紅蓮の灯火

 

 

第三話

 

 

 双葉と紅葉は月明かりが差し込む縁側に出ると慶夏の日記帳を開いて目を通す。日付は書いておらず、日記帳というより雑記帳に近い物だ。

 

 

慶夏の日記帳

 

 

 今年の夏は雨が降らなかった。このままでは飢饉になる事は間違いない。そうなると行われる事になるだろう。それが村を救う唯一の手立てだとしても、やっぱり気が進まない。どうか、茉莉が選ばれませんように。私が出来る事は、そう祈る事だけだ。

 

 

 私は今まで生きていた中で、今ほど自分が卑しいと思ったことは無い。茉莉と一緒に遊ぶ蛍ちゃんの姿を見て、茉莉が選ばれそうになったら蛍ちゃんを推薦しようと思ってしまった。私は茉莉の命を欲しさに、茉莉から親友を奪おうと考えてしまった。そんな自分が凄く嫌になる。でも、もし茉莉が選ばれそうになったら……私はどうするのだろう。

 

 

 今日、火の巫女が決定した。正直、安堵した。選ばれたのは茉莉でも蛍ちゃんでもなかった。火の巫女は灯形さんに決まった。灯形さんには悪いけど、これも村の為と割り切るしかない。それでも、私は内心喜んでいた、茉莉が選ばれなかった事に。いや、たぶんそれは私だけじゃないだろう。娘を持つ親なら誰しも願っていた事だ。……そう考えないと自分だけが卑怯者だと思えてしょうがない。だから……卑怯なのは私だけじゃない。

 

 

 炎の大祭が行われた。村の人達が見守る中で火の巫女である灯形さんは炎の楼閣に向かって歩いていく。灯形さんは誰かを探しているように歩いている。両脇に並ぶ村の人達を見回しながら向かって行く。これが最後の別れだから誰かに会いたかったのだろう。でも、私達が見守るのはここまでだ。それから先は大祭の関係者しか入る事が許されていない。正直、灯形さんの姿に胸は痛んだ。それでも、私は茉莉が選ばれなかった事に安堵している。これでよかったんだと、自分自身に言い聞かせる。

 

 

 大祭、失敗。茉莉が、茉莉が、いない。

 

 

 最後のページだけは墨で書かれた物ではなく、まるで血で書かれたように赤黒かった。その事に双葉は最後のページだけは普通に書かれた物ではなく、慶夏の念が書かれた物だと感じ取っていた。

「紅葉、この最後のページ」

 一応、紅葉の意見も聞いてみる双葉。紅葉も同じ物を感じたようで、頷くと自分の推測を話し始めた。

「うん、間違いなく慶夏さんの念が宿った物よね。たぶん、自分が死んだ原因と残した想いだと思うんだけど」

 その言葉に双葉は先程通り過ぎて行った慶夏の霊を思い出していた。

 確かに、慶夏さんは茉莉ちゃんを探している。たぶん、死んでからずっと探してるんだと思う。そして見つからないから今でも彷徨ってるんだ。……う〜ん、もし二人を引き合わせれば何か情報が出てくるかな。

「紅葉」

「なに?」

「もし、茉莉ちゃんの霊を見つけて慶夏さんに引き合わせたら、何か情報を引き出せるかな?」

 双葉は慶夏の霊が不憫に感じたのだろう。だが、紅葉は驚いた表情を見せる。

「珍しいわね、双葉がそんな事を言い出すなんて。分ってると思うけど、あんまり霊に情を移さない方が良いわよ」

「そんな事は分ってる。けどさ、今までこんな事は無かったから」

「確かに。たぶん、この手の事件は全部、菫さんが担当していたんでしょ。それが今回は私達に回ってきた。その意味は分かるでしょ?」

「分ってる」

 はっきりと答える双葉。それは菫が二人の成長を実感して、この手の事件にも対応できると判断したのだろう。だからこそ、双葉と紅葉をここに向かわせた。

 菫の期待が分っていても、双葉としては慶夏を茉莉に会わせてあげたいという思いを捨て切れなかった。

 そんな双葉を見て紅葉は溜息を付いた。

「まあ、その気持ちは分るけどね。私も出来る事ならそうしたいわよ。けど、情報を引き出すのは無理みたいよ」

「どうして?」

「ここに書いてあるでしょ」

 紅葉はあるページを双葉に向かって見せ付けてきた。

「大祭の関係者しか入る事が許されていないって。そしてこの大祭が霊障の根源に間違いないわ。ということは、大祭の関係者しか情報を持ってないって事よ。だから私達は大祭の関係者について調べないといけないのよ」

「つまり、只の村人である二人を引き合わせても、あまり意味は無い」

「そうね。……でも」

 日記帳を閉じて中庭を見詰める紅葉。その瞳には確かに悲しい物があった。それは双葉もしっかりと確認する事が出来たから、双葉は立ち上がると笑顔で紅葉に告げる。

「まあ、二人の事は何とかしてみよう。それに、根源を叩けば二人が会えるかもしれないし」

「そうね」

 双葉の答えに紅葉も笑顔で応えた後、何かを思い出したかのように口を開いた。

「そういえば、慶夏さんはもう何年も村の中を彷徨ってるのよね。それなのに、未だに茉莉ちゃんを見つけられないということは、何かカラクリがあるのかしら」

「……たぶん、霊的に封じられている所に隠れているのだとしたら、霊体である慶夏さんに見つけることは不可能。霊体は見てるんじゃなくて感じ取ってるんだから。そして封印されている所にいるのだとしたら、霊体には封印自体が見えていない」

「そっか、そうよね」

 霊という者は見ているのではなく、全てを霊気や気配、そして根源となる念によって感じ取っている。だから、何らかの要因で封印された場所に茉莉が潜んでいた場合、霊体である慶夏には封印が邪魔をして、その存在すら感じ取る事が出来ない。

 つまり、霊体は封印を感じ取る事すら不可能だ。だから封印されている場所は素通りしてしまう。

 それに霊には時間という概念が無い。いつまでも死んだ時の時間に縛られたままだ。だからこそ、慶夏は未だに茉莉を探して彷徨っているのだろう。

「じゃあ、ついでに怪しいところの封印は全部解いていきましょう。そうすれば、もしかしたら茉莉ちゃんを見つけることが出来るかもしれないでしょ。どうせ、村の中を歩き回る事になりそうだし」

「まあ、ハズレが出てもなんとか出来るだろうし、大丈夫だと思う」

「というか、ハズレって?」

「封印を解いた途端に一斉に霊が溢れ出す」

「……」

 無言で紅葉は立ち上がると双葉の肩に手を置く。

「その時は任せた」

「紅葉も少しは手伝って」

「だって、前線は双葉の役目でしょ。私はあくまでもサポートよ。それにいつもは私が贄になってるんだから、たまには双葉もそういう見せ場を作らないと」

「別に見せ場なんていらない」

「ひどい! 贄になるのは私だけで充分だなんて」

 ……いや、紅葉。そんな事を言った覚えは無い。

 だがワザとらしく泣く真似をする紅葉。そんな紅葉に双葉は諦めたように溜息を付いた時だった。突然、霊気が発生して二人とも咄嗟に戦闘体勢へと入る。

「紅葉!」

「分ってるわよ!」

 素早く双葉の後ろに回る紅葉。双葉も刀を抜いて戦闘体勢に入っている。そして段々と近づいてくる霊気。

 だが、その霊気が突然消えてしまった。

「……双葉?」

 霊気が消えた事に動揺を示しながら双葉の顔色を窺う紅葉。だが双葉は気を許していない。

「気をつけて、この村を取り巻く霊障の所為で霊の気配が察知しにくくなってる」

「ああっ、だからさっき双葉がやられたのね」

 余計な事を思い出さなくていい。

 そう紅葉に突っ込みたかったが、紅葉が言っている事も当たっている。先程は紅葉でも察知できないほど、霊気を感じずらくなる時がある。霊気が消えたからといって安心は出来ない。

 それを示すかのように、微かに声だけが二人に届く。

「……り、……つり」

 微かに聞こえる声に、紅葉は驚きの声を上げる。

「双葉、この声って」

「うん、間違いない。……慶夏さんだ」

 そして声ははっきりと聞こえるようになる。

「茉莉、茉莉」

 それでも相変わらず霊気は消えたままだ。その事に紅葉はなるべく双葉に寄り添い、襲撃に備える。

「それにしても、何で戻って来ちゃったワケ?」

「たぶん、紅葉が茉莉っていう慶夏さんの念を連呼したから」

「そんなに連呼してないわよ! それに双葉だって」

「私はその言葉を口にしてない」

 そうだっけ? と先程の会話を思い出そうとする紅葉。だが双葉は霊気ではなく、殺気を感じ取り、紅葉を突き飛ばして刀を押し出して防御の体勢に入る。

「茉莉はどこ!」

 いきなり現れる霊気と慶夏。慶夏はそのまま双葉に両手を伸ばすが、双葉は刀に霊気をまとわせて慶夏の手を阻む。

 だが慶夏は相当勢い良く突っ込んできたので、双葉は部屋の中にまで押し戻されてしまった。

 それでも、霊気をまとった刀が壁となって慶夏の手が双葉まで届く事は無かった。

 くっ……しかたないか。

 こうなってしまった以上は戦うしかない。双葉は決意すると刀から霊気を消すのと同時に横に跳ぶ。

 今まで壁となっていた双葉が突然横にずれた事で慶夏の勢いを止める物がなくなり、慶夏はそのまま双葉を通り越して部屋の壁、そのすれすれまで行って止まった。

 その隙に双葉は慶夏の背後から一気に斬り掛かるが、刃が慶夏を捉える寸前に慶夏は消えてしまった。どうやら再び霊気を消してしまったようだ。

 しかたなく一旦部屋の中央に戻り、辺りの気配を窺う双葉。だが双葉が慶夏を捉える前に紅葉が動いた。

「そこ!」

 紅葉が鉄扇を振るうと風が刃となり一気に飛び出す。風刃は双葉の背後へと飛んで行き、そこに潜んでいた慶夏を切り裂く。

「きゅああああああっ! 茉莉を、茉莉を帰せ!」

 悲鳴を上げながらも念の元となる茉莉の事を叫ぶ慶夏。だが慶夏が怯んでいる事は確かだ。その隙に双葉は一気に慶夏に接近すると逆袈裟(さかげさ)から一気に斬り下げる。

 双葉の一撃は慶夏の右腕を切り落とすが相手は霊体だ。腕の一本や二本を切り落としたところで致命傷にはならない。

 そのうえ相手は大直日神の力が届かない地縛霊だ。ダメージは与えられても、それが浄化に繋がらない。

 そうなると慶夏が戦えなくなるまで斬り続けるか、どうにかしてこの場を脱出するしかない。どちらにしても慶夏にある程度のダメージを与えてからではないと無理だ。

 だから双葉はすぐに刃を返すと、今度は左切上(ひだりきりあげ)から一閃を繰り出す。だが先程の攻撃で一旦退こうとしていた慶夏の胸辺りを軽く斬り裂いただけで、大きなダメージは与えられなかった。

 慶夏が距離を開けてきたので双葉も一旦、紅葉が居る場所にまで退がる。

 そのまま慶夏の出方を窺う双葉だが、慶夏の足元から霊気が発生するとそのまま慶夏に吸収されていき、胸に負わせた傷を回復させてしまった。

「ちょっと双葉、なによ、あれ!」

「私に聞かれても分らない」

 双葉の刀は普通の刀ではなく特注の霊刀だ。だから霊に対して斬り付ける事が出来るのだが、斬り付けられた霊はそう簡単に回復は出来ないはずだ。

 だが慶夏は二人の目の前で双葉に傷つけられた傷を回復してしまった。

 ……もしかして、村の霊障が霊達に力を与えている。そうなると……一撃で致命傷を与えないと消えないか。

 そのうえ時間が無い事も双葉は感じ取っていた。軽い傷をすぐに回復させてしまうのだから、時間が経てば切り落とした右腕もいずれは再生してしまうだろう。そうなるとかなりやっかいだ。

「紅葉、なんとか一撃で決めるからサポートをお願い」

「出来るの?」

 率直に聞いてくる紅葉。それは双葉も感じていた事だからしかたないだろう。

 慶夏の霊は先程の霊達とは違い、明らかに強い。それは茉莉を探すという慶夏の念が慶夏に力を与えているのだろう。霊は強い念を持つことで戦闘能力にも反映される。だから先程の村人とは強さが違う。

 それでも、一撃で決めないとこの場から脱出する事が出来ない。やるしかないと、双葉は覚悟を決めるが、後ろから紅葉が提案を出してきた。

「双葉。少しの間だけ時間を稼いで、なんとかしてみるわ」

「こんな所で一気に霊力を消費しない方が良い」

「大丈夫よ、そんなに霊力は使わないわ。それに、双葉より私の方が霊力が多い事は知ってるでしょ」

 霊力の総量で言えば双葉より紅葉の方が遥かに多い。だからこそ、数多くの加護を得る事が出来し、術の種類も豊富だ。

「……分った」

 双葉は振り向く事無く答えると、慶夏に向かって一気に飛び出す。それを確認した紅葉は術の詠唱を開始する。

「恐み恐み白す」

 後ろから聞こえてくる紅葉の詠唱を聞き流しながら、双葉は慶夏を間合いに入れるとすぐに斬撃を繰り出す。

 だが慶夏は左腕だけで双葉の刀を受け止めてしまった。いや、正確には左手に霊力を集中させて壁を作って刀を阻んでいるだけだ。

 これくらいなら霊力を集中させれば斬り裂けるけど……ここで霊力を消費するのは避けた方がいいか。

 霊刀にはもともと霊を斬り裂く力を持っている。だから双葉が霊力を注がなくとも慶夏を斬り裂く事は可能だが、後に何が待っているか分らない以上は霊力の消費を抑えたい双葉。

 ここは紅葉に任せよう。

 そう決めると双葉は一旦、刀を退かせると先程斬り落とした右側へと回り込む。現在、慶夏の右腕が無い以上はこちらが完全に死角となっている。

 すぐに横薙ぎに刀を振るう双葉だが、慶夏もそちら側では防げないと分っているのだろう。双葉とは反対側に飛び退く。

 浅いか。

 双葉の刀は慶夏の逆胴を軽く斬り裂いただけだ。

 なら、一気に攻める。

 間髪を入れずに一気に攻めかかる双葉。浅い傷ならすぐに回復されてしまうから、その時間を与えないためだろう。

 そして双葉の推測どおりに、慶夏は傷を回復させる事が出来ずに双葉の攻撃を避けるだけで精一杯だ。

 だが、避けているだけでは後が続かなくなってきたのだろう。慶夏は後ろに大きく飛び退くと霊気を薄くする。どうやらまた消えるつもりのようだ。

 させない!

 その事を察した双葉は跳んで一気に距離を詰めると、足に霊力を集中させてそのまま蹴りを入れる。重い刀を振るったのでは間に合わないと判断したからだ。

 その判断は正しく、慶夏が消える前に双葉の蹴りが入った為、慶夏は消える事が出来ずに後方へと蹴り飛ばされてしまった。

 仰向けに倒れる慶夏。いつもの双葉ならそのまま止めを刺すところだが、浄化が出来ない以上は止めを刺しても無駄な事は分ってる。だからこそ、距離を保ちながら慶夏の様子を窺いつつ、紅葉の詠唱が終わるのを待っている。

 このまま寝ててくれれば楽なんだけど。

 だがやはり、そうは行かないらしい。慶夏はまるで引っ張られるように一気に立ち上がる。その独特の動きはやはり霊だと実感させられる瞬間だ。

 そして生気の無い目を双葉に向けてくる。

「茉莉は、茉莉はどこ?」

 別に双葉だから言っているわけではなく、生きている人間になら慶夏は聞き続けるだろう。それが慶夏の念なのだから。

 そんな慶夏に言葉は通じないと分っていながらも、双葉は言葉を返す。

「出来る事なら会わせて上げたいけど、私達も知らない」

「茉莉はどこ? どこに行ったの!」

 やはり言葉は届いていないようで、慶夏は激昂したかのように双葉に迫ってきた。

 左腕を一気に伸ばしてくる慶夏。双葉も刀で慶夏の左手を斬り付けるが、やはり霊力が集中しているようで刀は途中で止まってしまった。

 そのまま拮抗状態に入る二人。それでも双葉は後ろに居る紅葉の言葉に耳を傾ける。

「加護を受けし者、紅 紅葉の名を持ってここに願わん」

 そろそろ終わりか。

 双葉の詠唱が終わりに近づいている事を知った双葉は、そのまま力尽くで慶夏を押さえ込み、拮抗状態を維持し続ける。

志那(しな)都比(つひ)古神(このかみ)、そのお力を我に」

 詠唱が終わり双葉は鉄扇を構えると双葉に向かって叫ぶ。

「双葉、もういいわよ!」

 自ら退いて拮抗状態を崩した双葉はすぐに横に飛び退く。その直後に紅葉は鉄扇を大きく振るう。

「舞い狂え、一陣の風!」

 鉄扇から放たれる突風。正確には幾つもの気流が入り乱れて、それが一つに重なっている。それが慶夏に向かって一直線に突き進む。

 慶夏も避けようとするが突風は部屋全体にまで広がっており逃げ場などは無い。どうする事も出来ないまま突風に呑まれていく慶夏。当然、近くに居た双葉も巻き込まれるが、刀を畳に突き刺してなんとか堪える。

 そして慶夏を飲み込んだ突風は壁にぶつかる事無くそのまま素通り越してしまい、慶夏もろとも壁の向こうへと消えていく。

「神風を遮る事は何人たりとも出来ないのよ」

 風が収まり、慶夏を吹き飛ばした事を確認すると紅葉は鉄扇を閉じる。

「これで時間が稼げるかな?」

 双葉も刀を鞘に収めて紅葉の元へと歩み寄りながら尋ねてたので、その答えに笑顔で応じる紅葉。

「そうね、双葉のおかげでかなり範囲を絞って一点に集中できたから、かなりの距離を稼げると思うわ。まあ、また遭遇すると思うけど、しばらくは大丈夫よ」

 あれで範囲を絞ってたの?

 確かに先程の紅葉が巻き起こした突風は、この大部屋全体に広がっていた。そのおかげで双葉も巻き込まれたのだが、それでも範囲を絞っていたのだから、広範囲になるとどれだけ凄まじい物になるか分かった物ではない。

 そして一点に風を集中できたからこそ、紅葉の霊力消費も少なくてすんだのだろう。その証拠として紅葉には疲れた様子は無い。それどころか、逆に満面の笑みを浮かべている。

 だがその笑みに双葉は疑惑を感じる。

 ……というか紅葉。思いっきり私を巻き込んだのは意図的にやったの?

 確かに先程の突風は双葉をも巻き込んでいる。まあそれに、双葉ならあの程度の突風を喰らってもどうにか出来る事は紅葉もよく知っている。仮に巻き込まれたとしても、肉体を持つ双葉が壁を通り越せる事は無い。つまり、紅葉は双葉が突風に巻き込まれようが、何とかしようが、どちらでも良いように術を発動したみたいだ。

 その事を紅葉に聞いてみたい双葉だが、紅葉の満足げな笑みがそれを阻む。

 まあ、紅葉にはいつもそんな役回りをやってもらってるし、いいっか。

 そういう結論を出す双葉。どちらにしても慶夏を撃退した事には変わりない。それに村の調査はまだ始めたばかりだし、問いただせば紅葉は必ず泣いたフリをして手が負えなくなる。それは長年コンビを組んできた双葉だからこそ分かる事だ。

 結局、紅葉は双葉の事をよく知っているからこそ荒業を使い。双葉も紅葉の事をよく知っているから余計な事は聞かない。つまり、二人とも伊達にコンビを組んでいるわけではない、という事だろう。

 それに今はそんな些細な事で時間を費やしている暇は無い。なにしろ夜はまだ始まったばかりだし、情報も少ない。そのうえ倒しても浄化されない霊達が村中に居るとなると、手早く事態を収拾しないといけない。

 その事は紅葉も良く分かっているようで、これからの事を聞いてきた。

「それで双葉、これからどうする? まだこの家を調べてみる?」

「そうね……」

 考え込む双葉は先程見た慶夏の日記を思い出してみる。

 やっぱり……一番気になるのは炎の楼閣か。けど、どこにそれがあるかは分らない。そうなると……神社を探した方が早いかな。雨乞いの為に大祭を行ったと書いてある以上、神社が関わっている事は確かだと思う。

 大祭、要は祭りだ。そうなると必ず神事は付き物。だからこそ、双葉は神社が関係あると思ったのだろう。

「とりあえず、神社を探してみよう。大祭と記してるからには神社が関係しているはずだから」

「そういえば……そうね」

 慶夏の日記帳をめくって、その部分を確認する紅葉。炎の大祭、火の巫女、炎の楼閣、というキーワードが並んでいる。

「まあ、大祭と楼閣は置いておくとして。双葉は火の巫女を何だと思う?」

「それは……紅葉も良く分かっていると思う」

「あっ、やっぱり双葉もそう思ってるのね」

 それでもあまり口にはしたくないのだろう、それ以上は何も言わない双葉。そんな双葉に向かって紅葉は溜息を付くと再び口を開く。

「けど、そうなってくると大祭って言うのも見えてくるわね」

「まあ、時代がかなり昔みたいだから、それぐらいはやってたと思う」

「そうよね……」

 なんとなく想像できる事に紅葉は再び溜息を付くと慶夏の日記帳を閉じた。

「それじゃあ、行きましょうか」

 無言で頷く双葉。二人はそのまま家を後にして村の探索へと戻って行った。

 

 

「せいっ!」

 双葉が放つ一刀の元に村人の霊は断末魔を上げる事無く消えうせるのと同時に魂は地面に括りつけられて再生を始める。

 慶夏の家を後にした二人は村の探索するが、その間にも霊達は二人を見つけるといきなり襲い掛かってきた。

 村人達の霊は慶夏のように強い念を持っているわけではなく、何らかの力でこの地に縛り付けられている地縛霊だ。だから慶夏ほどの強さは無い。それでも逃げ回る方が疲れると思った二人はしかたなく出会った霊を片っ端から叩きのめしていく。

 そして先程襲い掛かってきた霊達を全て倒した事を確認すると双葉は刀を鞘に収める。

「それにしても、キリが無いわね」

 鉄扇を袂に戻した紅葉が少し疲れた顔で言って来る。体力と霊力はまだまだ余裕があるのだろうが、ここまで頻繁に襲われると精神的に疲れてくるのだろう。だが双葉は精神的にも余裕があるようだ。

「たぶん、村に入った時に強制的に見せられた霊視。あの時の大火で村の人達は全滅して地縛霊になってるんだと思う」

 冷静に状況を分析する双葉に紅葉は呆れた視線を送って溜息を付いた。

「時々、双葉の性格がうらやましくなるのよね。困った事に」

 それはどういう意味かな、紅葉。

 そんな思いを視線に込めて紅葉に送るが、紅葉は決して双葉と視線を合わせようとしなかった。

 そんな紅葉を無視して歩き出す双葉。紅葉もしっかりと双葉の隣に並んで歩き始める。

 そして二人がそんなに歩かないうちに新たな霊気を察知して二人は戦闘体勢へと入る。

「双葉、後ろに一体だけ!」

 紅葉の言葉に従い、振り返って刀を構える双葉。紅葉も双葉の後ろで鉄扇を広げる。こうして完全に迎え撃つ準備が出来ている二人だが、それが現れると二人ともそのままの体勢で固まってしまった。目の前で起こっている事が信じられないのだろう。

 だが、それは二人に向かって口を開く。

「お姉ちゃん達、どこから来たの?」

 あまりにも幼く無邪気な笑み、それとは不釣合いの霊気に二人は言葉を無くして立ちすくむ。

 

 

 

 

 

後書き

 

 

 え〜、そんな訳で葵夢幻です。いつもなら贄に後書きは加えないのですが、今回は少し補足したい点がありまして後書きを書くことにしました。

 その点とは、ずばり逆袈裟です。本文で『逆袈裟から斬り下げる』と表現しましたが、これは間違いではありませんよ。よく、勘違いしている人が多いのであえて補足させてもらいます。

 まず、一度は聞いてあるとは思いますが袈裟、または袈裟斬り。これは自分から見て右上、相手の左肩に斬り込む斬撃ですね。そして逆袈裟、これはよく袈裟が斬り下げる物だから、逆袈裟を斬り上げる物だと思っている人が多いみたいです。

 けど、逆袈裟は袈裟の反対。つまり自分から見て左上、相手の右肩から斬り込む斬撃です。つまり、斬り下げる攻撃ですね。

 ちなみに、下から斬り上げるのは右切上(みぎきりあげ)、左切上、逆風(さかかぜ)です。右切上と左切上はそのまま相手の右側と左側、その斜め下から斬り上げる斬撃です。そして逆風は相手の真下から斬り上げる斬撃ですね。

 そんな訳で、時々見かける『逆袈裟から斬り下げる、という表現がおかしい』というのは間違いですよ。逆袈裟から斬り下げるで合ってますから、これを機に覚えて置いて下さい。たぶん、私の小説にはそういう表現が多くなりそうですから。

 ちなみに、私もつい最近まで間違って使ってましたので、以前の作品を読んで突っ込むのは無しの方向でお願いします。……いや、だって、誰にだって間違いはあるじゃん。

 ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そして、これからも贄をよろしくお願いします。

 以上、200892日以前の作品には突っ込まないでね、とお願いしてみる葵夢幻でした。