エピローグ

 

 

 そんな出来事から数日が過ぎた。

 墨由はいつものように生活をしていた。ナベもあの翌日にはしっかりとマグロを食べた事で満足したのだろう。今は飼い猫らしく、そして墨由を守るためにしっかりと窓から見える木の上で呑気に昼寝をしていた。

 そんなナベが昼寝をしてる方向とは逆方向へと顔を向ける墨由。そこには御堂神菜の席があるのだが、あの事件後は神菜が一度もあの席には座ってはいない。

 音羽の話しではよっぽどこっぴどく怒られたらしく。今では自宅謹慎をしているそうだ。まあ、神津家の管轄である墨由に手を出した事だけでも大事だというのに、そのうえ墨由の血統家宝まで使おうとしたのだから、その程度の処分で済んだのは神菜が御堂家の正統後継者である姫巫女であるからだろう。

 特に変わった事は無いと言えば無いが、あれからというもの音羽が墨由の体調について五月蝿くなったのは確かだ。

 未だに影響は無いとはいえ、神菜が外部から墨由の血統家宝を使ったのは確かであり、その影響が墨由の身体に出ても不思議は無いのだが、そんな兆候は一向に現れずに墨由は至って健康に過ごしていた。

 その事についてはナベがこんな事を言っていた。

「たぶんじゃが、神魔斬滅刀は神をも殺す禁忌の血統家宝じゃ。そんな血統家宝を使っての神降ろしじゃったからこそ、天津甕星のようなまつろわぬ神が降りてきてしまったんじゃろう。じゃが結局は墨由が無意識とはいえ覚醒して血統家宝を使ったんじゃ。じゃから墨由は血統家宝の正統継承者と認められて神降ろしの影響を消し去ったんじゃろうな」

 つまりは墨由が神魔斬滅刀を使えるようになったからこそ、それ以前に受けた外部からの干渉を打ち消す事が出来たとナベは言ったのだ。

 けれども墨由はまったくそんな実感は無かった。血統家宝は覚醒すれば自由自在に使えるとはいえ、禁忌の血統家宝と言われるほどの代物だ。そうそう簡単に使ってよい物ではないと音羽に言われながらも墨由は神魔斬滅刀を取り出そうと試みた事がある。

 けれどもあれ以来、一度たりとも神魔斬滅刀を使うどころか出現させる事が出来ず。全ては夢だったのではないのかと疑ったりもしたほどだ。けれどもナベと音羽がそんな出任せを言うはずも無く。話してくれた事は全て事実だった事も墨由は理解していた。

 それでも神魔斬滅刀を使えないのは使わない方が良いからだと勝手に判断して、それからは墨由は自らの血統家宝を出現させようとはしなかった。

 なんにしても、全ては終わった事である。これからはいつものように普通に生きて行けば良いと思ったりもする墨由だが、再び視線をナベに戻すとナベがいる時点で普通に生きていると言えるのかと考えたりもした。

 けれどもそこに妖怪であるナベが存在するのは事実であり、これからもナベと普通に生きていけると墨由が思ったのもまた事実である。

 結局は何かが変わったようで変わらない。いや、少しずつ変わって行っているので、その事に気付きもしないのでは無いのか。そうやって人は少しずつ変わっていく日常を普通と呼ぶのではないだろうか。墨由はそんな結論を出しながらも、授業を適当に聞き流していた。

 そして昼休み。

「あ〜、すー君。ナベちゃん今日も来てるよ」

 嬉しそうに声を上げながらナベに向かって手を振る撫子を見ながら、墨由は撫子から手渡された弁当箱を開ける。

「ほら撫子、あんまり乗り出すと危ないわよ」

 やっぱりナベを見ると撫でたくなるのか撫子は窓から身を乗り出そうとするが、それを音羽はいつもの調子で止める。

 そんな光景を見ながら墨由は思わず笑ってしまった。そんな墨由に視線を向けてくる撫子と音羽。

「どうしたの、すー君?」

「何かしたの墨由?」

 二人で一斉に尋ねてくる質問に墨由は手を振って答える。

「いや、これが僕の日常なのかなって思って」

 そんな墨由の答えに首を傾げる撫子と音羽。そんな二人を無視して墨由は撫子のお弁当に喰らい付く。

 全てはこれで良いのかもしれないと思ったからだ。確かに最近になって墨由が驚かされる事が多発されているが、墨由はこうしていつもの日常を送れるだけで充分に幸せなんだと思ったからだ。

 そう、全てはこれで良いのだ。例え妖怪が存在しようと、音羽が巫女であっても、墨由はいつもの日常を送れればそれだけで墨由は自分が充分に満たされていると感じられるのだから。