第九章

 

神降ろし

 

 

 暴走するにも限度って物があるでしょ! 神菜の言葉に音羽は言葉を失いながらもそんな事を思う。なにしろ神菜がやろうとしている事は前人未到どころか無謀以外の何ものでもないのだから。

「御堂神菜、あんたは墨由の血統家宝が何なのか知ってるの!」

 そもそも墨由の血統家宝が何なのか音羽ですら知らない。ただ強力な力を持っているしか分らない。それは血統家宝を調べるという事が血統家宝持ちに過大な不可を与えて、下手をすれば死に至る事があるからだ。

 しかも神菜は調べるだけでもそれだけの被害を出す血統家宝を使おうというのだ。本来なら血統家宝は持っているもの、つまり墨由の血統家宝は墨由にしか使えない物だ。だから外部からの干渉は墨由の身に何が起こっても不思議ではないという事だ。

 けれども神菜は神菜なりの思惑があっての行動だろう。それがどれだけ暴走していても今の神菜を説き伏せる事は不可能だ。

 そんな神菜が胸を張って音羽の問い掛けに答えてきた。

「そんなの知らなくても推測は付くの〜。これだけの力を持っているのは神現鏡(しんげんきょう)しかないの〜」

「なっ!」

「神現鏡じゃと!」

 神菜の言葉に驚きの声を上げる音羽とナベ。まさかそんな言葉が出てくるとは思ってもみなかったが、墨由の力から考えるとそうであっても不思議では無いと納得もする音羽だった。

 だからと言って神菜の言っている事が必ずしも正しいとは限らない。なにしろ神菜は思い込んだら止まらない暴走特急と呼ばれているのだから。

「確かに墨由の力からみて神現鏡の可能性はあるけど」

「じゃが神現鏡は血統家宝の中でも秘宝中の秘宝じゃぞ。なにしろ神現鏡を使えば神降ろしの儀式をせずとも神を降ろせるんじゃからのう」

 そう、それこそが神現鏡の力だ。

 ナベが言った神降ろしとはその名の通り神をこの世に降ろして、その力を借りて強大な敵すらも瞬時に倒す事が出来る最大級の技だが、その為には幾つもの儀式をしないといけない。

 その儀式というのも通常なら一週間もかけてやっと一人の神を降ろす事が出来るほど効率が悪い。けれども降ろす事が出来れば得られる恩恵は大きいので、相当強力な敵を前にしない限りは退魔士で神降ろしをやろうと思う者はいないだろう。

 けれども神現鏡の力を使えば手間の掛かる儀式を全て無視して、すぐに神を降ろす事が出来る。だからこそ血統家宝の中では秘宝中の秘宝と呼ばれている。

 確かに墨由の血統家宝はかなりの力を持っているは音羽もナベも気付いてはいるが、それが神現鏡だとは思いもよらなかった事だ。そもそも血統家宝の中身を気にするほど退魔士は愚かでは無いし、ナベもそこまでの興味を抱かなかった。

 だが墨由の力を改めて考えてみると墨由の血統家宝が神現鏡でも不思議では無いと音羽もナベも思っている。

 だからと言って血統家宝持ち以外が血統家宝を使う事は血統家宝持ちに過大な負荷を掛ける事は間違いない。だから音羽はこのまま黙って見ている訳には行かないと神菜への攻撃を強行せざる得なかった。

「たとえ墨由の血統家宝が神現鏡でも外部からの干渉がどんな被害をもたらすか分った物じゃないでしょ。そんな事を黙って見ている訳には行かないのよ」

「そんな事は分ってるの〜。でも、このまま猫ちゃんに神現鏡を渡すぐらいなら、ここで私が使った方が良いの〜。犠牲は覚悟のうちなの〜」

「勝手に墨由を犠牲にしないでよね!」

「そうじゃぞ、それに大切な餌の提供者をここで無くす訳にはいかん! じゃから力づくで止めさせてもらうぞ」

 神菜の勝手な言い分に耐えかねた音羽とナベはここぞとばかりに神菜に襲い掛かろうとするが、そんな音羽達に前に剣鬼と槍鬼が立ち塞がる。二匹とも傷は完全に癒えてはいないが、音羽達の行動を邪魔するだけの力は残っているのだろう。

「そこをどきなさい!」

「紙風情の相手をしている時間はないんじゃ」

 音羽とナベは剣鬼と槍鬼に一気に斬りかかる。けれども音羽達の攻撃は完全に防がれてしまい。そのまま戦闘へと雪崩れ込むと音羽とナベは思ったが、予想外に二匹ともその場から動かずに音羽達の動きを窺っている。どうやら完全に防御に徹して神菜に神降ろしをする時間を稼ぐつもりのようだ。

「一気に決めるんじゃ!」

「分ってるわよ!」

 予想外の乱入者に焦る音羽とナベ。その間にも神菜は神現鏡を使った神降ろしを実行しようと準備を進める。そんな神菜の術が行われている間にも音羽とナベは目の前に立ち塞がっている剣鬼と槍鬼をどうにかしようと攻撃を加えるが、二匹とも防御に専念しており音羽達の攻撃が通る事は無かった。

 なにしろ二匹とも攻撃を一切せずに音羽達の攻撃を防いでいるだけである。そんな二匹を無視して神菜に迫ろうとしても、どうしても二匹の鬼が音羽とナベの前に立ち塞がる。ここまでされるとさすがにナベが強力な妖怪と言っても梃子摺るようだ。

 そんな事をしている間にも神菜は術式をドンドンと組上げていき。とうとう最後の祝詞へと入ってしまった。この祝詞が唱え終われば神降ろしが完成する。神菜は勝った事を確信したような顔で最後の仕上げへと入っていく。

「我、御堂の巫女にして御身に仕える者として恐み恐み白す。我が敵を討つため、御身の遷し世に降ろし、我にそのお力を与えん。天から照らす恵の大神、高天原の統治者。天照大御神、御降臨なの〜!」

 神菜が術を唱え終えると墨由の身体が光り輝き、その光は天に向かって柱のように一気に伸びていく。

「嘘っ! 本当に成功したの!」

 墨由の身に起こった現象に神降ろしが成功したと確信した音羽は驚愕した。まさか本当に墨由の血統家宝が神現鏡だとは思ってはいなかったからだ。けれども、この現象は正しく神降ろしの前兆であり、それは神降ろしが成功した事を告げていた。

「しかも三貴子の一人じゃとはのう」

 ナベも神降ろしの成功に驚きはしたが、それ以上にこれから降りてくるだろう神に脅威を抱いていた。なにしろ神菜が降ろそうとしているのは、イザナギとイザナミの子、高天原の統治者である天照大御神なのだから。

 天照大御神は太陽の神であり、その力は不浄なるものを焼き尽くす力を持っている。つまりは妖怪にとってこれほどまでに脅威となる神は他には存在しない。それほどまでに天照大御神の力は強大であり、ナベにとっても脅威でしかなかった。

 それほどの存在が今まさに目の前に降りてくる。その事実だけで音羽もナベも驚き、ただ呆然とその光景を見守るしかなかった。

 なにしろ相手は神である。人間や妖怪がどう足掻いても太刀打ちできる相手ではない。だからこそ、神菜も強力な力を持つナベに対抗するために神降ろしを実行したのだ。

 そんな神菜の思惑通りに光の柱を伝って更に光り輝く存在が降りてきた。それは正しく神であり、こうなってしまってはナベにもどうする事も出来ない。

「さあ、猫ちゃん、観念するの〜」

 神降ろしが成功した事で勝ち誇ったように胸を張ってナベに声を掛けてくる神菜。確かに相手が神であれば妖怪であるナベにはどうする事も出来ない。それは神に仕える巫女である音羽も同じである。

 まさか神に仕える巫女として、その神に刃を向ける事などは到底許される事でも無いし、どんなに足掻いても勝てるものでは無い事は確実だからだ。

 そんな事実を前にどう抵抗しようかナベも音羽も思考を巡らすが、神降ろしが成功したからには、どうしても良い提案が思い浮かばない。だからナベも音羽も黙って神が降りてくるのを見ているしかなかった。

 そしてとうとう強い光を放っている存在は墨由の上にまで降り立つと光の柱が消えて、神がその姿を現す。

「へっ?」

「なんで?」

「どうなっておるんじゃ?」

 降りてきた神の姿を見て音羽達だけでなく神菜までもが驚きの声を上げる。それは降りてきた神は男性の姿をしており、その手には剣が握られて、荒々しい姿をしている。

「なんで、なんで〜、天照大御神じゃないの〜」

 神の姿を見た神菜は思わずそんな声を上げえる。それはそうだ。なにしろ神菜が降ろそうとしていたのは天照大御神だからだ。天照は女性の神であり、そのうえ三貴子の一人として、その姿は高天原の統治者らしく雄大で華麗であると退魔士の間では伝わっているのだ。

 だから今現在、降りてきた神は退魔士に伝わっていた天照とはまったく姿が違っている。その事で混乱する神菜。そんな神菜に追い討ちを掛けるかのように降りてきた神は荒々しく咆哮を上げる。

 そんな神の咆哮は衝撃となり音羽とナベにまで空気が震えるのを感じさせるほど強烈だった。

「なんで〜、なんであんな神様が降りてきちゃったの〜」

「そんなの知らないわよ! ……って、なんであなたがそこに居るの?」

 いつの間にか神菜は墨由の傍から離れて今では音羽の影に隠れるように様子を窺っていた。そんな神菜を見て、音羽は神菜を引っ張り出すと自分の横に立たせて向かい合う。

「とりあえず、なんであなたがここに居るのか、それから説明してちょうだい」

 今まで敵対していた神菜がいつの間にか音羽の傍に来ているのだ。その事実だけで音羽は少しだけ冷静さを取り戻すと、そんな質問から神菜にぶつける事にした。そして、そんな質問をされた神菜は指を震わせながら降りてきた神を指差す。

「だって〜、あんな怖い神様の傍に居るのは怖いの〜。だからこっちに逃げてきたの〜」

「って、自分で降ろしたんだから自分で責任を取りなさいよね!」

 神菜の言葉に思わずそんな突っ込みを入れる音羽。けれども神菜は予想外の事態によっぽど混乱しているのか、そんな音羽の突っ込みを無視したかのような言葉を放つ。

「だって〜、だって〜、あんな神様が降りてくるとは思わなかったの〜、私が降ろしたのは天照大御神のはずなのに〜、なんで男の神様が降りてくるの〜」

「って、人の話を聞きなさいよね」

 音羽の言葉を無視して混乱ぶりを示すかのような言動を放つ神菜に対して音羽は思わず溜息をつきたい気分に狩られていた。そんな二人に対して一番冷静なナベが厳しい言葉を放つ。

「ええいっ! 二人とも黙らんか! 今はそんな時ではないじゃろ!」

 ナベに怒鳴られて音羽も冷静さを完全に取り戻すと、とりあえず神菜に向かって話を続ける。

「とりあえずあんたの式神を仕舞いなさい。神様の対応はそれからよ」

「う、うん、分ったの〜」

 音羽にそう言われて素直に従う神菜。どうやら未だに混乱しているようで、なにがなんだか分らないうちに音羽の言葉に従ったようだ。

 これで神菜が作り出した式神は全て紙に戻され、音羽達は降りてきた神と向き合う。

「それでナベ、いったいどうするつもりなのよ。相手は神様よ、まさか戦う事なんて出来ないでしょ」

「当然じゃ、神に敵うのは……神だけじゃ」

 そもそも人間や妖怪が神に向かって刃を向けること事態が大罪に価する。それは神が日々の生活にいろいろな恩恵をもたらしている象徴でも有り、退魔士達にとっても神の力を借りて妖怪と戦っているのだから。そんな神に向かって戦う事どころか刃を向けることすら禁忌とされている。

 けれども現状ではそんな事を言っていられる場合ではなかった。神菜が降ろした神は片手に剣を持ち、明らかにこちらに、いや、全てに向かって敵意を向けている。これは神菜が行った神降ろしが不十分であったことの証拠だ。

 つまりは降りてきた神は暴走に近い状態になっている事を示していた。そしてそんな神の一番近くに居るのが墨由だ。音羽は墨由に向かって叫ぶが未だに気を失っており、血統家宝を外部から使った影響も有るのか、未だに目を覚ます気配は無い。そんな状態で神菜が降ろした神が暴れ回るような事になれば音羽達の手ではどうする事も出来ない。

 このような状況下だ。さすがのナベも少し後ずさりして、神が放つ気迫に押されている。そんな中でやっと式神の処理を終えた神菜が再び騒ぎ始める。

「猫ちゃん、猫ちゃん、なんであんな神様が降りてきちゃったの〜」

 もうこうなるとナベに頼るしかないと観念した神菜がそんな言葉を発する。けれども今の現状を作り出したのはこの神菜だ。だからこそナベも容赦の無い言葉を神菜に向ける。

「そんなの決まっておるじゃろ。そなたの神降ろしが失敗したからじゃよ。完全に失敗してくれれば良かったものを、中途半端に失敗したから余計な神を降ろしてしまったんじゃよ」

「え〜、私の所為なの〜?」

 今更ながらそんな言葉を口に神菜に対して音羽は思いっきり突っ込む。

「あんたの所為に決まってるでしょ!」

「あう〜、怒らないで欲しいの〜、怒ると怖いの〜」

 音羽の突っ込みに今度はナベに隠れるように立ち位置を変える神菜に向かって音羽は思いっきり溜息を付いた。もう神菜にどんな突っ込みを入れてもしょうがないと音羽はやっと気付いたようだ。

 それから音羽はナベに向かって話しかける。

「けど、なんであんな神様が降りてきちゃったわけ?」

「さあのう、それは分らん。じゃが一つだけ言える事があるのは確かじゃのう」

「それはなに?」

「決まっておるじゃろ。墨由の血統家宝が神現鏡では無いということじゃ。もし本当に神現鏡ならこんな失敗を引き起こすわけが無い。じゃが墨由の血統家宝が神に関するものなのは確かなようじゃな。じゃからこそ中途半端に神降ろしが成功したというわけじゃ」

 つまりは神菜の神降ろしが中途半端に成功したのは墨由の血統家宝が関わってくるというわけだ。それは墨由の血統家宝が神現鏡ほど神降ろしに影響を与えはしないが、少しは神降ろしの助けとなる血統家宝と考えたナベの結論だ。

 そんなナベの答えを聞いて音羽はもう一つの質問をする。

「それで、あの神様はいったい何者? どう見ても私達に味方をしてくれる神様には見えないんだけど」

「確かに味方にはならんじゃろうな。なにしろあの神は……天津(あまつ)甕星(みかぼし)じゃからのう」

「なっ!」

 ナベの言葉に驚きを隠せない音羽。それはそれで仕方のない事だろう。退魔士なら誰でも知っている神の名前をナベの口から聞くことになったのだから。

 未だに驚いている音羽とは違って神菜は首を傾げてナベに尋ねてきた。どうやら神菜だけは退魔士としては例外に値するらしく、天津甕星の事を良くは知らないようだ。そんな神菜に向かってナベは説明をしてやる。

「天津甕星はいわゆる『まつろわぬ神』じゃ。つまりは普通の神のように祀られ崇められる事が無い神。その由縁となのが天津甕星は葦原中つ国、つまりは人間の世界じゃな。その葦原中つ国を平定して高天原、分っておろうが神の世界に弓を引いて戦を仕掛けた張本人じゃからのう。それ以来、天津甕星はまつろわぬ神となったんじゃ」

「要する人間世界から神の世界に喧嘩を売った神様って事。だから私達、退魔士でも天津甕星の力を借りる事は神に弓を引くとされ、その力を借りる事は禁忌とされていたのよ」

 ナベの説明に補足説明を加える音羽。そんな音羽達の説明を聞いて神菜も思い出したかのように手を叩いた。どうやら神菜もやっと天津甕星の事を思い出したらしい。

「でもでも、なんでそんな神様が降りてきちゃったの〜」

 やっぱり神菜としてはその事が気になるのか、もう何度目かになる質問を繰り返す。その言葉を聞いた音羽とナベは溜息を付いてしまった。どうやらこのまま完全に神菜のペースに乗せられると思いっきり疲れる事を理解したようだ。

 そんな神菜に向かってナベは口を開く。

「おそらくは墨由の血統家宝が原因じゃろうな」

「なんで矢頭君の血統家宝が原因なの〜?」

「それしか考えられんからじゃよ。墨由の血統家宝が天津甕星に関連した物か、それとも他の何かなのか、それは分からんが、どちらにせよ良くない物なのは確かなようじゃな」

「あっ!」

 ナベの言葉を聞いて音羽は何かを思い出したかのように声を上げると神菜の両肩を引っ掴む。それから神菜に迫るように早口で言いたい事をぶつけ始めた。

「早く墨由を解放しなさいよ! 墨由は天津甕星の真ん前に居るのよ、このまま天津甕星が暴走したら墨由の身が一番に危ないじゃない! だから早く墨由を解放しなさい!」

 そう叫ぶ音羽。なにしろ墨由は未だに宙吊りの状態で気を失っており、そんな墨由の後ろには墨由の身長を遥かに超すほどの巨漢の神、天津甕星が今にも暴れだしそうに咆哮を上げているのだから音羽としては一刻も早く墨由を救出しなくてはいけなかった。

 そんな音羽の気迫に押されて神菜は涙目になりながらも音羽の問い掛けに答える。

「それは無理なの〜」

「なんでよ!」

「だって〜、本をあそこに置いてきちゃったの〜。本を見ながらじゃないと解放の術がどんな言霊だったのか分らないの〜」

「はぁ〜」

 神菜の言葉に音羽は思わず素っ頓狂な声を上げる。それはそうだろう、普通の退魔士なら自分が使う術の言霊ぐらいは暗記しているものだが、神菜に至ってはさまざまな術が使えるだけにその全てを暗記するのは無理なのだ。

まあ……ただ単に暗記力が無いだけとも言えるが、神菜は本を見ながらでないと術が使えない事を音羽に告げてきたのだから、音羽も思わず頭を抱える結果となってしまった。

 けれども今はそんな場合ではないと音羽は気合を入れなおすと刀を手に墨由の方に向かって鋭い視線を向ける。そんな音羽の視線を感じ取ったナベが忠告を発する。

「どうするつもりじゃ、相手は神じゃぞ。儂らが束になって掛かっても決して勝てる相手ではないんじゃぞ」

「そんなのは分ってるわよ。けど墨由をこのまま放っておくわけには行かないでしょ。だから墨由だけを何とか助け出して、後の事はそれから考えるわよ」

「……どうやらそれしかないようじゃのう」

 天津甕星の咆哮が鳴り響き、ナベも覚悟を決めたかのようにそんな言葉を口にする。今の天津甕星を見れば、いつ暴走して墨由に斬り掛かって行ってもおかしくは無い。だからこそ音羽は力づくでも墨由だけは解放しようと刀を手に墨由に向かって駆け出した。

 そんな音羽の隣を同じく駆けるナベとしても、やっと手に入れた安住の場所を提供してくれる墨由を失うわけにはいかないのだろう。だからこそ音羽と共に墨由に向かって一気に駆けるが、そんな音羽達が天津甕星の瞳に写ると天津甕星は音羽達に向かって手にしていた剣を横一線に振るう。

 それだけで巨大な衝撃波と突風が音羽達に襲い掛かり、音羽とナベの足を止められるだけではなく、その場からかなり吹き飛ばされてしまった。

 それから天津甕星は次のターゲットを探すかのように辺りを見回す。どうやら完全に暴走状態に入ったようで、こうなった天津甕星はもはや破壊神と言っても良いぐらいの破壊と滅亡をもたらすだろう。

 そんな天津甕星の瞳にすぐ前に居る墨由の姿が写りこんだ。さすがにすぐ前に居るだけに天津甕星も見逃すつもりは無いのだろう。だからこそ天津甕星は剣を大きく振り上げると、墨由に向かって狙いを定める。

「墨由!」

 先程の衝撃波の影響でダメージが残っているものの、ようやく立ち上がった音羽はそんな光景を見て思わず声を上げるが、その声が墨由のところまでは届く事は無かった。

 そして天津甕星の剣は一気に振り下ろされる。その光景に思わず音羽は目を瞑ってしまった。