第八章
戦闘開始
堂々と宣戦布告をする音羽。そんな音羽の布告に神菜は怯えたように手にしていた本で顔を隠すが、すぐに本をどけて涙目になりながら音羽達に自分では鋭いと思っている視線を向ける。実際には涙目になっているから迫力も何もあったものではないが、神菜としては充分に威嚇しているつもりなのだろう。
「なら、神津家の巫女も一緒に退治するの〜。総員、掛かるの〜!」
神菜の掛け声に子鬼達は一斉に音羽達に向かって襲い掛かってきた。そうは言っても最初に襲ってきたのは数匹程度で後詰には沢山の子鬼達が自分達の出番を待っている状態だ。だからこそ音羽は最初に向かってきた子鬼達が到達する前に言霊を発する。
「天之尾羽張神、そのお力を持って我が霊刀に彼の敵を斬り裂く力を」
音羽はその言霊と共に刀を上げると刀から一気に霊力が噴出した。
「一刀乱閃!」
掛け声と共に刀を振るう音羽。その剣筋は早く、幾つもの剣筋をだけしか残さずに襲ってきた子鬼達を斬り裂いた。
「ほう、なかなかやるものじゃのう」
足元からナベがそんな事を言ってくる。
「当然でしょ」
音羽も短く返答するだけだった。なにしろ校庭中に溢れている子鬼達が音羽達を目指して襲い掛かって来ているのだ。悠長に話している時間などは無い。
ナベも音羽の足元から跳び上がると空中に足場があるかのように着地すると、総毛を立たせて自分の周りに幾つもの雷の弾を作り出す。
「剣戟雷神!」
雷の弾は剣の形となり、雷の剣はナベに襲い掛かってきた子鬼達に向かって放たれ、見事に刺し貫いた。
そうやって倒された子鬼達は式神であるため元の紙へと戻り、次々に焼けて消えて行ってしまう。それこそが式神を倒したという証拠だ。
けれども子鬼達の群れはまだ数え切れないほど群れを成している。音羽もナベもやられない自信はあるが、このまま子鬼達を相手にしていても時間が掛かりすぎると考えている。要するにこのまま子鬼達を相手にしててもキリが無いという事だ。
そんな戦闘の中で音羽はジャンプして上から襲い掛かってきた子鬼達に対して、音羽は方膝を折って一気に身を沈めると上空に向かって刀を横一線に振るう。
振るわれた刀は襲ってきた全ての子鬼達を切り裂いて紙へと戻す。けれども音羽の行動はそれで終わりではなかった。身を沈めたまま、片足を軸に半回転すると後ろから襲ってきた子鬼を斬り裂くと一気に走り出してナベと合流した。
ナベも丁度回りの子鬼達に雷を落としたところで音羽とナベは丁度背中を合わせる感じで合流する。まあ、この場合は背中とお尻といった方が的確かもしれないが、今はそんな事を言っている状況では無いようだ。
追い詰められているわけではないが、囲まれているのは確かだ。そんな中で音羽はナベに話しかける。
「さすがにキリが無いわね。どうする?」
このまま子鬼を全て相手にするには時間が掛かりすぎるし、その後に待っている神菜との戦闘には不利になるかもしれない。そんな考えを持っている音羽に対してナベには余裕があるようだが、全体的な状況を見れば逸早く墨由の元へと行って神菜を倒した方が手っ取り早い事は確かだとナベは考えていた。
「こうなってはしかたないじゃろ。中央突破しかあるまい」
「確かにそれしかないわね」
現状では式神の子鬼達を倒していくより、一気に神菜を倒した方が手っ取り早いと二人とも判断したのだろう。なにしろ音羽とナベを囲んでいる子鬼達はまだ数え切れない程の数が居るのだから。
そんな状況を高台で見ていた神菜は二人が追い詰められていると思い込んだのだろう。胸を張って二人に向かって言葉を投げ掛けた。
「どうなの〜、このために今日は学校をお休みして準備してた罠なの〜。だから絶対にそこの猫ちゃんは退治されるの〜。だから諦めて大人しく退治されるの〜」
そんな言葉を投げ掛けてきた神菜に音羽は呆れた視線を送る。
「あんた……このために今日は欠席したの?」
「そうなの〜、矢頭君を捕まえたり、猫ちゃんを退治する準備で忙しかったの〜」
「そんな事のために欠席しないでよね!」
神菜の言葉に思わず突っ込みを入れてしまった音羽。まあ、神菜の言葉を聞いていれば突っ込みたい気持ちも分らなくは無いだろう。なにしろ神菜はここまでの事をやるために学校を欠席して準備をしていたのだから。それが全て神菜の誤解だと神菜は分らないままに。
そんな神菜の言葉に思いっきり溜息を付いた音羽をナベは気を引き締めるように言い出す。
「これから敵陣に突っ込んで行くんじゃ。しっかりせい」
「分ってるわよ。そっちこそ準備は良いの?」
「むろんじゃ」
どうやら音羽もナベも突っ込んで行く準備は出来ているようだ。後はタイミングだけ、音羽とナベは周りにいる子鬼達を牽制しながらも駈け出せるように少しずつ足を動かしていく。
そんな二人の動きを察したかのように子鬼の一団が音羽とナベに向かって一気に駆け出してきた。ナベは「シャー」という鳴き声と共に子鬼の一団に雷を落とすと共に音羽は神菜に向かって一気に駆け出した。
もちろん音羽と神菜の間には数え切れないぐらいの子鬼の壁が存在するのだが、音羽の一撃が子鬼達を切り裂いていき、神菜へと続く道を作っていく。
そんな音羽の後ろを走るナベは空中に道があるかのように宙を駈けている。もちろん、その間に襲ってくる子鬼をナベは爪で切り裂きながらも音羽の後ろを守りつつ、どんどんと神菜との距離を縮めて行った。
「こ、こっちに来るのは卑怯なの〜。……えっと、え〜っと」
まさか音羽達が直接神菜を狙ってくるとは当の神菜としては考えてもみなかった事なのだろう。だからこそ校庭中に無数の罠を用意して、それでナベを退治しようとしていたのだから。そんな神菜の思惑を超えた音羽達の行動に神菜は動揺しながらも、どうして良いか考えると何かを思いついたらしく行動に出る。
神菜はうろたえたようにその場にしゃがみ込むと足元に用意してあった。大きな鞄から幾つもの本を取り出しては違うと言って放り出している。どうやら何かの本を探しているようだが、それが見付からずに慌てているようだ。
その間にも音羽とナベは子鬼の群れを切り裂いてドンドンと神菜へと迫る。確かに子鬼は広い校庭中に数え切れないほど存在しているが、音羽達は神菜へ到達するためだけの子鬼だけを倒せばいいだけだ。だから全ての子鬼を倒す必要が無い。つまりは目の前の敵と迫ってくる敵以外は無視しても大丈夫という事だ。
神菜がナベを退治するために用意した沢山の式神も音羽達の作戦の前では意味を成してなかった。神菜としてはナベが式神を全て相手にすると思っていたようだが、ナベとしてもそこまで神菜に付きやってやる必要は無い。だからこその中央突破という行動に出たのだ。
そんな予想外の事態に慌てふためく神菜は必死に鞄の中を探っている。その間にも音羽は前方の子鬼達を切り裂いて行き、ナベは追ってきた子鬼を切り裂いていく。見事なコンビネーションと言える行動だ。けれども実際は音羽は前方に集中するだけで良いが、ナベは音羽とナベに迫ってくる子鬼達を全て見ながら戦わなければいけない。つまりはナベのフォローがあるからこそ、音羽は後ろを気にする事無く前に突き進めるというわけだ。
音羽としては不本意だが、ここはナベの力を借りて乗り切る以外の方法で墨由を助ける手立てが浮かばない以上はナベに頼るしかない。それだけでは無く、神津家の当主もナベに協力しろと言っていた。現状と当主の言葉を信じて音羽は背中をナベに任せて突き進むのだった。
一方のナベは手応えの無さに少し飽きが来ていた。確かに音羽の後ろを任されるのは大変な任務と言えるだろうが、ナベの力を持ってすればそれしきの事は簡単な事だった。なにしろ相手は数で押すだけしか能が無い子鬼の群れである。その数を無視しての中央突破なのだからナベの敵となる者は存在しなかった。
そんな息が合っているのか、いないのか分らない音羽とナベの突撃は一気に子鬼達の群れを切り裂き。とうとう子鬼の群れを突破した。
「さあ、残すはあんただけよ、御堂神菜!」
子鬼の群れを突破した事で意気揚々と神菜に刀を向けて言葉を放つ音羽。けれども神菜はそれどころでは無いと言った感じで音羽の言葉を無視していた。
「って、ちょっとは聞きなさいよね!」
無視された事で声を荒げる音羽は後ろから襲ってきた子鬼を一閃の元に切り伏せる。子鬼の群れを突破したとは言え、未だに存在しているのは確かだ。だから音羽としてはこのまま神菜との戦闘に持って行き、子鬼に介入の機会を与えないようにしたかったのだが、その肝心な神菜は未だに大きな鞄から本を出しては放り出している。
「いったい何をしてるのよ?」
襲ってきた子鬼を切り伏せながらも音羽は神菜に訪ねるが神菜はそれどころでは無いと言った感じで声を荒げて返答してきた。
「うるさいの〜! 少し黙ってるの〜、もう少しで見つけられるの〜!」
「いや、うるさいって言われてもね」
神菜の無視っぷりに音羽は思わず毒気を抜かれてしまう。このまま神菜に切りかかっても良いのだが、あまりにも無視されているので斬りかかって良いものかと迷ってしまった。だが、音羽は迷いながらも襲ってきた子鬼を切り伏せる。
それはナベも同じようで音羽と視線を合わせるとしかめっ面で首を傾げた。そして横から襲ってきた子鬼をいとも簡単に爪で斬り裂く。
そんな時だった。突然に神菜が一冊の本を高々と上げる。
「有ったの〜!」
どうやら目的の本が見付かったようだ。それから神菜はやっと立ち上がって音羽達と対峙する。
音羽としてはこのまま一気に神菜に向かって切り掛かりたいが、子鬼の来襲がそれを妨げる。そのうえ先程は思いっきり無視されてしまっていたので切り掛かる機会を完全に逃してしまった。
一方の神菜は準備が出来たかのように一気に本を開くと自動的にページがめくれて行き、とあるページで止まった。それと同時に神菜から一気に霊力が溢れ出すと、その霊力は炎へと変換されていく。
「我、火之迦具土神と契約を結びし者なり、憤怒の炎、その姿を虎と化し、眼前の敵を焼き尽くせ。猛虎翔炎なの〜!」
霊力を言霊によって術へと変化させていく神菜。神菜の霊力は今は炎の虎となって音羽達の前に舞い降りた。そして炎の虎は大地を蹴ると一気に音羽達に向かってくる。
「随分と小癪なマネをしてくれるものじゃのう」
迫ってくる炎の虎に対してナベは妖力を一気に放出すると音羽の前に移動する。そして猫とは思えない程の咆哮を上げる。その鳴き声はライオンを思わせるほど勇猛で脅威ある咆哮だった。
そんなナベに炎の虎は牙を突き立てるように大きな口を開いてナベに接触すると、一気に大爆発して周辺の子鬼と共に音羽達を炎の海の中に叩き込んだ。
「やったの〜」
ナベが居た場所を中心に紅蓮の炎が広がり、炎の海と化した場所を見て神菜はナベを倒したと確信して喜びの声を上げる。
けれどもそんな神菜の声を消すかのように突如として突風が吹くと、それは竜巻となり、紅蓮の炎を吸い上げていく。そしてあっという間に炎の海は無くなり、そして焼け焦げた地面の中心点には音羽とナベの姿があった。
周囲に居た子鬼達は神菜の術で焼失してしまったが、音羽達は無事にあの炎の中を生き延びたようだ。
「な、なんでなの〜!」
音羽達が健在している姿に驚きの声を上げる神菜。
「さっきの術は私が使える術で最も高位の術なの〜、それなのになんで無事なの〜」
どうやらさっきの術は神菜の切り札とも言える高度な術だったらしい。けれどもナベと音羽はその術を喰らっても平然としていた。正確にはナベが完全に神菜の術を防ぎ、その後に出来た炎の海を消し去ったからこそ音羽も無事で居られたのだ。
だからと言って二人とも無傷というわけではなかった。
「やれやれ参ったのう。少し毛が焦げてしまったわい」
「その程度で済んでよかったじゃない。私もちょっと巫女服が焦げたけど、あんたのおかげでしのぐ事は出来たわ。その事だけは礼を言っておくわね。ありがとう」
「ふん、いつでもそのような正真さで居てくれば助かるんじゃがのう」
そんな会話をする音羽とナベ。音羽達の会話と姿から察するにどうやらほとんど無傷に近い状態でダメージはあまり受けていないようだ。
「なんで〜、なんで無事なの〜」
音羽達が平然と会話をしている姿にまだそんな質問をぶつけてくる神菜。そんな神菜を見てナベは鼻で笑って見せた。
「確かに強力な術じゃったが、そなたが使うには随分と早い術じゃのう。さっきの術は完全に制御できておらんかったじゃろ」
「うっなの〜」
ナベの言葉が当たっているのか、その場からたじろぐ神菜。そんな神菜を見て音羽はナベの言っている事が正しいのだと推測した。
確かに神菜の使った術はかなり高度で威力のある術だ。けれども、その術も使い手が未熟で完全な形としての術ならナベと音羽もここまで無傷ではいられなかっただろう。使い手によってはナベは完全に怪我を負っても不思議は無い術だ。
けれども今の二人は無傷である。それは神菜が術の使い手としてまだ修行中の身であり、今はまだこの術を使うには力が足りていない事を示していた。
そうなると今の神菜にはナベを倒すだけの実力が無いという証明にもなる。その事を確信した音羽は手にした刀を再び神菜に向ける。
「さあ、これで分ったでしょ。今のあなたにそこのナベを倒すだけの実力は無い。それにさっっきあなたが使った術の影響で辺りの子鬼も一緒に焼き尽くしてくれたからね。残っているのはあなただけよ。それが分ったらさっさと墨由を返しなさい」
更に音羽に追い討ちの言葉を掛けられて後ずさりする神菜。神菜としてもナベは強力な妖怪だという認識はあったものの、まさかここまで強力な力を持っているとは思っていなかったのだろう。
そんな神菜を見て音羽は少しだけ気を緩める。確かにさっきの術は神菜が使える最高位の術だろう。なにしろ本人がそう言っていたのだから、それは間違いないだろう。そしてそれが効かないとなると神菜は降伏か逃亡のどちらかを選ばなければいけない。どちらにしても音羽達の勝ちに揺るぎは無かった。
けれどもそんな音羽の推測は暴走特急と呼ばれる神菜にはまったく通用しないものだったようだ。神菜は袂から一冊の本を取り出すと先程のように霊力を一気に放出して本のページが勝手にめくれるとあるページで止まる。
「数多の式神、我が元に集結して我が剣となれ。式神合体! 召喚、剣鬼、槍鬼なの〜!」
まだ諦めていなかった神菜は一気に術を完成させると今まで校庭に密集していた子鬼達が元の紙に戻ると神菜の前に二つの束となって収束を開始した。
「やれやれ、まだやるつもりのようじゃな」
音羽と同じく神菜の出方を窺っていたナベがそんな言葉を投げ掛けてきた。
「まったくよね。そろそろ勝てない事を理解して欲しいわよ」
「そうじゃな、少なくともあやつの力では儂には勝てんのう」
儂という言葉を強調しながら音羽に言葉を投げ掛けるナベ。確かにナベの力は強大で今の神菜では勝つ事は出来ないだろう。それでも儂という言葉を強調したのは音羽への見栄といったところだ。
音羽はそんなナベの無意味な見栄を無視しながら話を切り替えてきた。
「それで、今度は何をするつもりなのかしら」
「さあのう。じゃが式神を新たに作り出して儂等に対抗しようとしている事は確かじゃのう」
確かに神菜の前には二体の式神が新たにその形を現し始めている。このまま式神が形成される前に切り掛かっても良いのだが、神菜もまったくの無能という訳ではない。
二体の式神には形勢の邪魔が出来ないように守護の結界が張られている。ナベの力ならその結界を破壊する事も可能だろうけど、今のナベにその気は無いようだ。どうやらナベはナベなりに今の状況を楽しんでいるらしい。だからこそ神菜が次にどんな手で来るか窺っている感じだ。
そんなナベに音羽は軽く溜息を付くと話を続けた。
「けど、あの程度の式神は私やあんたの敵にはならないでしょ」
「まあ、そうじゃのう。どうやら何か考えがあるようじゃが、それがいったいなんなのか、そういったところじゃな」
「つまり式神は時間稼ぎ、その間になんとかしようというわけね」
「そういう事じゃな。じゃから式神に手間取っておる時間は無いぞ」
ナベの言葉に頷く音羽。音羽としても一刻も神菜を倒して墨由を取り戻したいのは確かだ。だがそのためにはナベの協力が必要不可欠だ。その肝心のナベが今の状況を楽しんでいるからには音羽もそんなナベに付き合ってやるしかない。だからこそ妖描は自分勝手だと言われている要因にもなっている。
そんな状況に音羽も諦めたように溜息をもう一度付くと、神菜が作り出そうとしていた式神が完成したのか、その姿を現した。
「結構大きいわね」
「なりだけ大きくても力が伴ってないとただの紙切れじゃよ」
二人の前に現れた式神は大きな鬼だった。それぞれに刀と槍を手にしており、真っ赤な瞳で音羽とナベを見ている。
「さあ、邪魔するのをやっつけるの〜」
式神が完成した事で神菜は式神達に命令を掛ける。命令を受けた式神は大地を蹴って一気に音羽達へと迫った。
「刀はまかせたぞ、儂は槍の方を倒す」
「勝手に命令しないでよね」
迫ってきた二体の鬼に対してナベは音羽に命令をするような口調を言葉を投げ掛けると、槍を持って迫ってくる鬼に向かって空中を駆け始めていた。そんなナベが駆け出すのと同時に音羽も迫ってくる刀を持った鬼に向かって駈け始める。
鬼達もそれぞれの敵を認識したのか槍の鬼はナベに、刀を持った音羽に狙いを定めて一気に距離を詰めてくる。そして刀を持った鬼が急に身を屈めると一気に跳び上がった。
どうやら上から一気に音羽に向かって刀を振り下ろすつもりらしい。けれでもそんな簡単な攻撃を喰らう音羽では無い。音羽は神菜が剣鬼と呼んでいた式神の攻撃に対して、音羽は一気に真横に跳ぶと、音羽が居た地点に剣鬼が一気に刀を突き出しながら落ちてきた。
重低音が鳴り響き、剣鬼が落ちてきた衝撃で地面がへこみ、その衝撃が音羽にまで伝わってきた。けれどもその時には音羽はすでに動き始めていた。
音羽は剣鬼が落ちて来た時にはすでに安全圏にまで退避しており、剣鬼が落ちてきたのと同時に駆け出していた。
剣鬼は攻撃といえる落下を終えた直後だ。だからこそ今なら隙だらけだと音羽は一気に迫って剣鬼に斬り掛かるが、剣鬼は半分ほど地面に埋まった刀を一気に引き抜くと音羽の攻撃に合わせて刀を振るう。
鳴り響く甲高い刀同士が鳴り響く音。音羽の攻撃は完全に剣鬼に防がれてしまった。けれどもそれだけではない。音羽はそこから力押しで剣鬼の体勢を崩そうとするが、いくら力を込めても剣鬼の刀を押し返すどころか弾く事も出来なかった。
しかたなく自ら退いて距離を保つ音羽は先程の戦闘で感じた事をそのまま心に思う。速いし、それに力は完全にあっちの方が上ね。音羽はそんな事を考えながら次の手を探り出そうと今までの経験を頼りに思考を巡らす。
あの大きさ、それに剣筋も粗かったわね。そうなると一気に懐に飛び込んだ方が有利ね。すぐにそんな結論を出した音羽はすぐに実行するために駆け出す。
その頃には剣鬼も体勢を立て直しており、向かってくる音羽にタイミングを合わせて刀を振るうが、その攻撃は音羽にいとも容易く避けられてしまった。
そして一気に間合いに入った音羽は鬼の横腹を一気に斬り裂く。手応えは確かにあった。普通の妖怪なら痛みですぐには動けないだろう。けれども今相手にしているのは神菜の式神である。
剣鬼は音羽が自分に攻撃を与えた隙を狙って、再び音羽に向かって横一線に刀を振るう。さすがに式神だけあって痛覚などは存在しない。ただ神菜に注がれた霊力が尽きるか、倒されるまで戦うのみの存在である。だからこそ、そんな反撃が出来たのだ。
音羽としても反撃は予想していたが、剣鬼の反撃は音羽の予想よりも早いもので、音羽としては一旦その場から距離を保とうと移動しようとしていたのだが、その前に剣鬼の刀が音羽に迫る。
しかたないわね。音羽は一瞬にして自分の行動が間に合わないと感じるとすぐに反転して剣鬼が振るってきた刀に自分の刀をぶつけて防御する。けれども力は圧倒的に剣鬼の方が上だ。だから音羽はいとも簡単に吹き飛ばされてしまうが、音羽は地面に叩きつけられる事無く、何事も無かったかのように地面へと足を下ろした。
どうやら音羽は刀がぶつかりあった途端に自ら後ろに飛んで衝撃をなくしたようだ。そのため、ただ吹き飛ばされたわけではなく、自らの意思で後ろに跳んだ状態になったのだ。
再び距離を開く音羽と剣鬼。そして今度はどちらも動かなくなり、お互いに相手の出方を窺っている。
さすがに御堂家の姫巫女が作った式神……って言ったところかしら。そんな事を思う音羽。音羽としては剣鬼に攻めて来て欲しかった。なにしろあの巨体だ。攻撃をし続ければ、音羽が斬り付ける隙は簡単に生まれる。だからこそ音羽はあえて攻撃に出なかったのだが、剣鬼もまるでそれを分っているかのように、安易に攻撃をせずに音羽が攻撃をしてくるのを待っている。
剣鬼のような力で押し切るタイプは安易に攻撃を狙うより、一撃必殺の攻撃が一番効率良く相手を倒す事が出来る。式神とはいえ剣鬼もそれが分っているのだろう。そしてそれだけの式神を作り出した神菜も伊達に御堂家の姫巫女だと呼ばれてはいない。それに見合う力を持っているのだと改めて感心したのだった。
そんな状態となりお互いに動けなくなった剣鬼と音羽。その頃、ナベと槍鬼と呼ばれた槍を手にした鬼は音羽達とは違って動き回っていた。
槍鬼は手にした槍を連続でナベに向かって突いてくる。そのスピードはかなりのもので、普通の人間にはその剣閃すら見えないだろう。けれどもナベはそんな槍鬼の刺突をいとも簡単に避け続けている。まるで槍鬼をおちょくりながら避けているようにナベの顔には笑みが浮かんでいた。
そんなナベに槍鬼は業を煮やしたように槍を一気に振り上げると、ナベに向かって一直線に振り下ろした。
鳴り響く轟音に槍鬼の槍先は地面を突き刺すどころか弾き飛ばしており、槍先の地面は全て飛び散って無くなっていた。そんな槍鬼の攻撃をナベは更に上に跳ぶ事で完璧に避けて見せた。
そして今度は重力に従って落下を開始するナベ。槍鬼は先程の攻撃でナベの姿を完全に見失っており、ナベを探して左右を見渡している。どうやら攻撃に集中するあまり、ナベのスピードに対応できていなかったようだ。
そんな槍鬼に向かってナベは右の前足にある爪を全て出すと一気に妖力を流し込む。妖力に溢れたナベの爪は一気に長くなり、その強度も一気に増した。
その爪を槍鬼に向かって振り下ろすナベ。槍鬼もナベを見失っていただけに、この攻撃を避ける事は出来ずに、そのまま槍鬼の身体にはナベの爪痕が残った。
これで倒した。少なくともナベは一瞬だけそう思ったが、槍鬼は元の紙に戻るどころか反撃をしてきた。今度は槍先ではなく槍の全体を振るってナベに攻撃を仕掛ける槍鬼。今度は完全にナベの隙を付いた攻撃だ。これは避けられないだろうと槍鬼に心が有ったら思った事だろう。
けれども槍鬼の攻撃は予想を反してナベを捉える事が出来ずに空振りに終わった。またしてもナベのスピードに対応できずにナベの姿を探す槍鬼。
「やれやれ、まったく頑丈に出来ておるのう」
そんな声が槍の方から聞こえると槍鬼はそちらに顔を向けると、そこには探していたナベの姿があった。どうやらナベは攻撃の一瞬で槍の上に飛び乗ったようで、今でも槍の上でナベは総毛立ち、体からは電気を放出している。
そして猫とは思えない咆哮を上げると、今まで溜めていた電気を雷に変えて一気に槍鬼に叩き込むナベ。槍鬼の身体を雷が一気に駆け抜ける。さすがに大量の電流が身体に流れ込むと式神といえども動く事は出来ない。ただナベの攻撃を受けるしかなかった。
それからナベの放った雷が無くなると、さすがに式神といえども耐え切れなかったのだろう。黒い煙を体から上げながら横に倒れていく。
倒れていく槍鬼が持っている槍の上にいつまでも居られないナベはそこから飛び降りるが、その瞬間を狙っていたかのように槍鬼の槍が振るわれると、ナベは弾き飛ばされてしまった。それから槍鬼は倒れる事は無かったが、片膝を付いた状態でナベの様子を窺っている。
一方の吹き飛ばされたナベは予想外の攻撃だったが、咄嗟に衝撃吸収の結界を張っていたため、ダメージは受けずに済んだが、体格差がかなりあるため、槍鬼の力によってかなり遠くまで弾き飛ばされてしまっていた。
けれどもナベは空中で一回転すると、またしても空中に足場があるかのように着地する。まさかナベも槍鬼がここまで頑丈に出来ているとは思っていなかったようだ。だから少しだけ驚きの顔をしていた。
「なるほどのう、これが御堂家の姫巫女たる力か」
そんな感心した言葉を口にするナベはすぐに反撃には出ようとしなかった。なにしろ槍鬼は未だに体から黒い煙を出しており、片膝を付いた状態でナベの出方を窺っている。どうやら既に攻撃をするだけの力は残っていないようだ。
そんな状態の槍鬼だからこそナベは本能に従って、どうやって甚振って倒すかを考えていた。
圧倒的にナベが有利な状況とは反対に音羽と剣鬼は膠着状態に入っていた。けれども音羽は剣鬼に気付かれないようにナベの戦いを少しずつ見ていた。墨由の事も気がかりだが、ナベの事もほんのちょこっとだけ心配していた音羽だが、ナベの戦いを見ていてその心配が杞憂だと感じると共にある考えが思い浮かんだ。
だからこそ目の前に居る剣鬼に鋭い目線を向けると手にしている霊刀に霊力を注ぎ込む。
「雷の剣、我が霊刀に宿れ。建御雷之男神の力を持って眼前の敵を切り裂け」
音羽の言霊に従って霊力が電気に変化されると音羽の持っている霊刀から電気が放出される。その光景はまるで先程のナベのようだ。どうやら音羽もナベと同じ方法で相手に攻撃を加えようとしているようだ。
そして膠着状態だった均衡を音羽は崩すために自ら駆け出すと一気に剣鬼へと迫る。
向かってくる音羽に対して剣鬼は待っていたかのように刀を振り上げる。後は音羽が間合いに入るのを待って振り下ろすだけだ。
そんな剣鬼の行動を見ながらも音羽は駆けるスピードを落とす事無く、一気に剣鬼に向かって突っ込んで行く。
そんな音羽に向かって剣鬼の力がこもった一撃が一気に振り下ろされた。それと同時に音羽は軽く横へと跳び上がる。振り下ろされた剣鬼の刀は音羽のすぐ横を通り過ぎて行き、一気に地面へと叩きつけられた。どうやら音羽は完全に剣鬼の剣筋を読んで攻撃をかわしながら跳び上がったようだ。
更に音羽は一度着地して再び跳び上がると剣鬼の腕に飛び乗る。そこから更に跳び上がり完全に剣鬼の頭上を取った。
「雷刀一閃!」
重力に従って落ちる音羽は更に自らの刀を振り下ろす事で落ちるスピードを加速させる。そのうえ音羽の霊刀には建御雷之男神の力が宿っている。
建御雷之男神は雷の神様だが刀の神様でもある。だからその攻撃は雷撃だけでは無い、音羽の斬撃の威力さえも上げていた。だからこそ先程のナベの攻撃よりかは威力がある。
攻撃の直後で動けない剣鬼を一気に斬り裂く音羽の霊刀。縦一直線に剣閃が光ると剣鬼は悲鳴を上げるかのように仰け反る。
けれどもそれは一瞬の事で剣鬼はすぐに音羽に向かって刀を振るってきたが、その攻撃は空を斬るだけで音羽には届きもしなかった。
やっぱり無理だったようね。そんな事を感じる音羽。
なにしろ音羽は先程のナベと槍鬼の戦闘を見ている。だからこそ、これだけで倒せるとは思ってはいなかった。せいぜい倒せれば良いなとぐらいにしか思っていない。それでもやってみるだけの価値があると感じたからこその攻撃であり、倒せないと思っていたからこそ、すぐに身を退いて剣鬼の攻撃を避ける事が出来た。
その後、音羽は剣鬼とは大きく距離を開けてナベと合流する。剣鬼も槍鬼も大きなダメージを負ったばかりで今は動けない状態だ。だからこそ、音羽は剣鬼の事を気にしながらもナベと合流する事に決めた。
お互いに背中とお尻を向かい合わせながら音羽はナベに向かって言葉を投げ掛ける。
「それで、どうするつもりなのよ」
「まさかここまで頑丈だとは思っておらんかったからのう。さすがは御堂家の姫巫女と言ったところじゃな」
「そこだけは同感ね」
そんな会話をする音羽とナベ。このまま二匹の式神と戦っても良いのだが、今まで黙っている神菜の方が気になる音羽はこの機会に神菜の方に目を向けると驚愕する。
「って、御堂神菜、あんたいったい何をやっているのよ!」
思わず神菜に向かって声を上げる音羽。そんな音羽が見た光景は未だに宙吊りになっている墨由の胸に向かって何かしらの術を掛けようとしている神菜の姿だった。
いきなり大声で声を掛けられた神菜は一瞬驚きで身体を震わせると怯えたような表情で音羽の方に顔を向けてきた。
「これも猫ちゃんを倒すための手段なの〜。だから少し黙ってるの〜」
「墨由に何かしようとするのを見て黙ってられるわけ無いでしょ!」
思わず声が荒くなる音羽。なにしろ神菜の行動は音羽の予想は遥かに超えているものだったからだ。それは墨由はあくまでもナベを誘い込むだけの餌であり、墨由に危害を加えるとは思ってはいなかったからだ。
けれども今の神菜は墨由に何かをしようとしている。つまりは墨由の身に何かしらの危害が加わる事になる。そんな状況を見て音羽は焦らずにはいられなかった。
「いったい墨由に何をするつもりなのよ!」
こんな状況で悠長に話すつもりは無い音羽は直球に神菜に尋ねる。そんな音羽の気迫に恐れをなしたのか、神菜は本で半分ほど顔を隠しながら墨由の胸を指差した。
「猫ちゃんがここまで強いとは思わなかったの〜、それに神津家の巫女であるあなたまで来ちゃったからこうするしかないの〜」
「こうするって……まさか!」
神菜が指差した墨由の胸を見て音羽は最悪の事態を予想する。そして音羽が思ったとおりの言葉を口にする神菜。
「そうなの〜、こうなったら矢頭君の血統家宝を使って猫ちゃんを退治するの〜」
「ッ!」