夏炉冬扇



第七話

 

 

 

葵夢幻

 

 

「あらあら、困ったわね〜。瑠璃ちゃ〜ん、どうしようか〜?」

「いや、この状態で私に尋ねられても困るんですけど」

 そんな瑠璃菊が姿身鏡を前にして、改めて自分が置かれている状況に溜息を付くのだった。まあ、それは仕方ないだろう。なにしろ、瑠璃菊は巫女装束を半脱ぎどころか、まともに着れていないのだから。

 事の発端は因幡蛍が瑠璃菊に巫女装束の着方を教えるところから始まった。蛍は瑠璃菊を下着姿にすると、半襦袢(じゅばん)から順番に着せていく事で、まずは巫女装束の着方から教えようとしたのだろう。そこまでは良かった、そして順番も合っていた。ただ……一つの事を完璧にやった後に、次に移ると確実に前のが崩れてくるのだ。

 半襦袢を身に付けたのは良いが、次に朱色の掛襟を付けたのだが、それと同時に何故か半襦袢の紐が緩んで半襦袢が半脱ぎの状態になった。けれども、蛍は気にせずに次々と作業を進めていく。たとえ、白衣を身に付けた後に緋袴を着けようとしたときに白衣の紐が緩んで肩を露出する事になっても。

 と、そんな経緯があり、瑠璃菊は巫女装束を身に付けた……というよりも身体に掛けた、と行った方が的確だろう。そんな状態になっていたのだ。着物はあちこちが崩れて瑠璃菊の肌が見えている部分が多々あるし、袴も思いっきり紐が緩んで傾いていた。とてもではないが、これを着たとは言えない状態になっているのだ。

 そんな自分の姿を姿身鏡で見た瑠璃菊は、呆れる事すら忘れたかのように呆然とするしかなかった。そして、その元凶となった蛍は思いっきり不思議そうな顔で瑠璃菊の姿を見ているのだ。どうやら、蛍は自分では完璧にやったつもりなのだろう。だが、結果としては、かなり酷い事になっていた。

 そして蛍の口から出た言葉。もう瑠璃菊は、どんな反応をして良いのかさえ分からなかった。そんな瑠璃菊とは正反対に蛍は未だに不思議そうな顔で首を傾げているのだった。そんな蛍の姿を見て、瑠璃菊は思わず思ってしまった。

 もしかして、蛍さん……天然さんですか。そんなツッコミに近い事を思った瑠璃菊だが、さすがに初対面の蛍には言えなかったのだろう。だから瑠璃菊は溜息を付くしかなかったのだ。そして蛍は、そんな瑠璃菊に話し掛けてくる。

「もう〜、動いちゃダメでしょ」

「私の所為にするんですかっ!」

 あまりにも唐突な言葉に、今度はしっかりとツッコミを口にした瑠璃菊。まあ、この状態を作り出したのは蛍だし、そんな蛍から、あのような言葉が出たのだから、瑠璃菊でなくともツッコミに近い事を口にしただろう。

 そして、そんな瑠璃菊の反応を見た蛍は首を傾げながら話を続けるのだった。

「じゃあ、地震の所為で崩れちゃったのね〜」

「ありませんからっ! 震度1でも、こんな事にはなりませんからっ!」

「あっ、分かった〜。瑠璃ちゃんの肌がスベスベだから着物が滑ったのね〜」

「私の肌は服が着れないほど滑りませんからっ!」

「……何か塗った?」

「塗ってませんからっ! というか、どうやったら、そんな発想が出来るんですか?」

「えっ、私、変な事を言った?」

「……なんか疲れましたから、もういいです」

 そんな言葉を最後に思いっきり溜息を付く瑠璃菊。まあ、自分の惨状もさりながらも、そこに天然としか言えない蛍との漫才みたいな会話をしたのだから、瑠璃菊は余計に疲れを感じたようだ。まあ、ツッコミの数で言えば、桜華や桃華を相手にするよりも多いのだから、そこは仕方がないだろう。

 そして元凶とも言える蛍はというと、瑠璃菊が疲れたように溜息を付いた理由が分からずに首を傾げるのだった。そんな瑠璃菊を無視するかのように、瑠璃菊はもう一度だけ溜息を付くと、とりあえず姿見鏡と向き合うと、まずは邪魔になっている緋袴と白衣を脱ぐのだった。

 どうやら、蛍は当てにならないと察したのだろう。だから自分でやろうとしたようだ。まあ、確かに蛍に任せた結果はこれだが、着方はしっかりと教えてもらった。だから出来るだろうと思ったのだろう。

 とはいえ、瑠璃菊も着物なんて小さい頃に着せてもらった覚えしかない。そのため、やっぱり途中で、どうやったら良いのかと迷ってしまった。そんな瑠璃菊の後ろに蛍が静かに立つ。

「あっ、そこはね」

「言葉だけで良いですっ! 後は自分でやりますからっ!」

「え〜、なんで〜?」

「いえ、オチは分ってますから」

「あ〜、マグロの骨に近いから、独特の美味しさがあるよね〜」

「それはマグロの中落ちですっ!」

 再び溜息を付く瑠璃菊。まあ、それはそうだろう。まさかオチの後に再びボケが来るなんて瑠璃菊は思いもしなかった事だ。恐るべし、天然娘、因幡蛍、と言ったところだろうか。何にしても、今は巫女装束を着れないと何も始まらない。だから瑠璃菊はなるべく蛍に口を開かせないように自分で頑張ろうとするのだが、そこに救世主が現れてくれた。

「瑠璃〜、着れた?」

「あっ、更紗さん」

 そんな事を尋ねながら巫女装束に着替えた更紗が顔を出してきたのだ。そのため、瑠璃菊の顔はまるで遭難者が待ちに待っていた助けが来たように、一気に希望に満ち溢れるのだった。だが、更紗は瑠璃菊の格好を見ると思いっきり驚くのだった。

「途中までだけど、しっかりと着れてるっ!」

「驚く場所はやっぱり、そこなんですかっ!」

 更紗の言葉に思わずツッコミを入れてしまった瑠璃菊。まあ、先程までの惨状と今の状況を思えば、何となくだが、更紗が驚くのも当然だとは思うものの、やっぱりツッコンでしまった瑠璃菊だった。

 そして更紗はというと誤魔化すように笑いながら瑠璃菊と蛍の元へとやってきたのだった。

「ごめんごめん、瑠璃。それよりも蛍さん、どんな魔法を使ったんですか?」

 いきなり蛍に質問をする更紗。まあ、その気持ちも瑠璃菊には充分に分かったが、当の蛍は意味が分からないとばかりに首を傾げるのだった。そんな蛍の代わりに瑠璃菊が更紗の質問に答えるのだった。

「たぶん、最初は更紗さんの予想通りになってたと思います。けど、着方は間違っていなかったみたいですから、最初から自分でやり直したんですよ」

「あ〜、なるほど」

 瑠璃菊の言葉に納得したように頷く更紗。やはり更紗も最初っから蛍がしっかりと瑠璃菊に巫女装束を着せる事が出来ないと分っていたらしい。

 それから更紗は蛍を瑠璃の後ろからどかすして瑠璃菊の後ろに立つと、朱色の掛け襟を結ぶ紐を手に取るのだった。

「じゃあ蛍さん、後はいつも通りに私がやりますね」

「いつもありがとうね〜、更紗ちゃん」

「…………えっと、更紗さん」

「んっ、どうしたの瑠璃?」

「先程の会話について聞きたい点があったんですが、それを聞いたら負けなんでしょうか?」

 そんな瑠璃菊の質問に更紗は困ったような、それで少し呆れたような、複雑な顔をしながら答えるのだった。

「答えられない事は聞かなかった事にしましょう。そして結局は私が着方を教えるのも恒例行事だから」

「ある意味では、ここの洗礼なんですね」

「まあ……そうね。けど、蛍さんは基本的には良い人だよ。誰にでも気を使ってくれるし、周囲に気を配ってくれるし、困ってたら手伝ってくれるし……でも有害」

「最後にさらりと嫌な単語が聞こえたんですけどっ!」

「じゅあ、着方を教えるから一回で覚えた方が身のためよ。大丈夫、私はしっかりと教えられるから」

「って! 無視ですかっ! 明らかにスルーしましたよねっ! それにさっきの言葉にも不安になる単語があったんですけどっ!」

 明らかに行き先に不安を感じてツッコミを連続する瑠璃菊。そんな瑠璃菊の両肩に更紗は優しく手を置くと、まるで女神のような微笑を浮かべていうのだった。

「瑠璃、安心して……慣れれば避けられるから。それに、桜華と桃華に比べたら天使に見えるでしょ」

「それはいろいろな意味で諦めという事ですか。というか、ここの人達は何で、こんなに癖が強い人が多いんですか」

「だから言ったでしょ、類は友を呼ぶって。そんな事よりも、さっさと着替えて仕事に入らないと怒られるわよ。じゃあ、掛け襟を止める紐の結び方からね」

「分かりました。桜華さんと桃華さんに絡まれた時点で運命だと思って諦めます」

 そんな言葉を口にがっくりと頭を垂れる瑠璃菊。そんな瑠璃菊に巫女装束の着方をしっかりと教える更紗。その手付きや説明の分かり易さから、先程のいつもが意味している事を実感する瑠璃菊だった。

 そんな更紗の手伝いもあり、今度はしっかりと巫女装束を着る事が出来た瑠璃菊。そんな時だった。突如として部屋の襖が開いた。

「瑠璃、まだ着替えている途中だよね」

「桜姉、更紗が居るって事は遅かったみたいよ」

 そんな事を言いながら部屋に入ってきたのは桜華と桃華だ。まあ、二人とも神社の娘という事と家の手伝いというバイトなのだから巫女装束なのは普通と言えるだろう。けど何故か、二人の首からは明らかに高感度で高そうな一眼レフのカメラがぶら下がっていた。そんな桜華と桃華を見て、瑠璃菊は真っ先に尋ねるのだった。

「桜華さんに桃華さん……ところで、そのカメラは何ですか?」

 そんな瑠璃菊の質問を聞いて桜華と桃華はカメラを手にすると自慢げに言うのだった。

「一眼レフの高解像度カメラよ。瑠璃、目でも腐った」

「桜姉、瑠璃はメガネっ子だから」

「私の目は至って正常ですっ! それからメガネは関係ありませんっ! 私が聞いたのは、カメラを使って何をしようとしていたのかですよ」

 瑠璃菊が質問の意味をしっかりと口にすると備前姉妹は真顔で先程の質問に対して答えるのだった。

「写真を撮るに決まってるじゃない。それに、着物って……思いっきり乱れている方が人気があるのよ。それが瑠璃でも」

「だから、その手には高値で売れるのよ」

「お二人とも肖像権ってご存知ですか? というか、思いっきり犯罪行為ですよ、それって!」

「肖像権も含めて瑠璃の人権は私のものって言ったでしょ。だから問題なんてないでしょ」

「だから桜華さんも勝手に私の人権を強奪しないでくださいっ!」

 ウィンクをしながらさらりと宣言した桜華に対して思いっきりツッコンだ瑠璃菊。だが、そんな瑠璃菊のツッコミを思いっきり無視して桜華と桃華は勝手に話をするのだった。

「それにしても失敗したわね、やっぱり昨日のうちにカメラを探しとけばよかったわ」

「桜姉が場所は分かるなんて根拠の無い返事をするからよ。おかげで散々、探し回る結果になっちゃったんじゃない」

「まったく、誰があんなところに隠したってのよ」

「桜姉が勝手に仕舞ったんでしょ。まったく、久しぶりに稼げると思ったのに」

 そんな会話を繰り広げる桜華と桃華。そして嫌でも二人の会話が耳に入ってくるために瑠璃菊は思いっきり溜息を付いてから会話に参加をするのだった。

「というか、お二人は、ここに新しい人が入ってくるたびに、そんな事をしてるんですか?」

「何を言ってるのよ瑠璃、そんな事をしたら犯罪じゃない」

「瑠璃、常識を落としたのなら、すぐに探した方が良いわよ」

「お二人が私の事をどう思っているのか改めて実感しました」

 既に諦めの境地に至っているのだろう。既にツッコミを放棄して、すっかり諦めたような、というか、諦めた言葉を口にする瑠璃菊だった。そんな瑠璃菊がふと疑問に思ったのだろう。再び桜華と桃華に質問をする。

「というか、更紗さんがここに居る理由は分かるんですが、桜華さんと桃華さんは、ここに居て良いですか? というか、自分の仕事はどうしたんですか?」

『瑠璃が心配だって理由でサボってるに決まってるじゃない』

「サラウンドで堂々と言いましたね。さすが双子ですね。わ〜、凄いですね〜」

 いつもなら瑠璃菊からツッコミが来そうな場面なのだが、今回に限っては笑顔で言葉を返す瑠璃菊だった。そんな瑠璃菊に不満を覚えたのだろう。今度は桜華と桃華が質問……というよりも文句に近い事を言い出してきた。

「瑠璃のクセに随分と余裕ね。桜姉、とりあえず瑠璃をスマキにして裏の池に放り込んだら」

「桃華の言うとおりね。というか、瑠璃のクセに私に文句を言うつもり」

「いえ、文句なんてありませんよ。けど……お二人の後ろに立っている方には文句がありそうですけど」

 少し呆れたような顔で、そんな事を口にする瑠璃菊。そんな瑠璃菊の言葉と顔に何か思う事があったのだろう。桜華と桃華は後ろを振り向くと……一気に顔色が青くなるのだった。そんな二人が見たものは……全身から黒いオーラを出している乱菊の姿だった。

「って! 母さんっ!」

「桜姉、骨は拾わないからっ!」

 いつの間にか背後に立っていた乱菊の姿に驚く桜華、そんな桜華とは違って素早く危機を察した桃華が一気に逃げ出そうとする。けど、瑠璃菊には見えないほどの動きで、素早く桃華の襟首を掴む乱菊。そのため、勢いが余って首を引っ張られるように尻餅を付く桃華だった。

 そんな桃華とは違って桜華は目を泳がせながら、少しずつ後退り、何とか言葉を口に出そうとするが、乱菊の黒いオーラがそれを邪魔していた。そして、またしても瑠璃菊には見えないほどの動きで桜華の襟首を掴むと乱菊は笑顔ながらも黒いオーラを一気に噴出させて桜華と桃華に向かって言うのだった。

「二人とも、仕事を放り出して何をやっているのかしらね。瑠璃ちゃんの事は蛍ちゃんと更紗ちゃんに任せておけば良いって言ったでしょ。それなのに、二人とも未だに今日の仕事には、まってく手をつけていない始末。これは、どうなっているのかしら?」

「瑠璃の事が心配だから見に言ってくるってメモを残しといたでしょっ!」

「私は桜姉以上に、メモだけじゃなくて皆にも言っておいたよっ! それに仕事も後でやるってメモに書いておいたし、皆に言っておいたよ!」

「えぇ、メモも見たし、皆からも聞いてたわよ。けど……見に行くだけで、どうして、こんなにも時間が掛かるのかしらね? それに、そのカメラは何? それと、サボってるって言葉が聞こえたんだけど、しっかりと桜華と桃華の声でね。そこのところをしっかりと説明してもらいましょうか。もちろん、私が納得する理由をしっかりと付けてね」

『うっ!』

 乱菊の言葉に同時にバツの悪い声を上げる桜華と桃華。まあ、これだけ物理的な証拠としっかりとした発言が乱菊の口から先に出てしまったのだから、桜華と桃華にして見れば言い訳のしようが無いと言えるだろう。というか……無理だろ、確実に。

 そのうえ、桜華と桃華の襟首はしっかりと乱菊に握られている。つまり……逃走も無理。そのため、瑠璃菊は初めて動揺をする桜華と桃華の姿を目にするのだった。まあ、学校では、あれだけやりたい放題やっている桜華と桃華だけに、この光景は思いっきり珍しいと言えるだろう。

 そして、言い訳も逃走も無理だと判断したのだろう。黙り込む桜華と桃華……まあ、それでも何とか逃げようと考えているのだろうが、その前に乱菊が再び口を開く。

「あらあら、二人とも黙り込んじゃったわね。じゃあ……更紗ちゃん、代わりに説明をお願い」

「桜華も桃華も、最初はいつものように服が乱れまくっている事をしってましたから。そんな瑠璃の写真を売って、一儲けしようと仕事をサボってました」

「あっさりと売ったっ!」

 乱菊の質問にサラリと当然のように答える更紗。まあ、いつもなら桜華や桃華を助けたり、フォローしたり、後始末をしたりと二人の補佐役と言っても良い更紗だけに、あっさりと桜華と桃華を裏切った事に瑠璃菊も思わずツッコンでしまったようだ。

 そんな更紗がもの凄く爽やかな笑顔で瑠璃菊の肩に手を置いて言うのだった。

「瑠璃、私だって自分がかわいいのよ」

「いや、そんな爽やかな笑顔で言われても対応に困るんですけど」

「なら、ここで桜華と桃華の味方をする?」

「自分から地獄に特攻をする趣味は無いので、心の底から遠慮します」

 更紗の問い掛けに真剣な表情で答えを返す瑠璃菊。まあ桜華と桃華が乱菊の前では、まるで首を掴まれた猫のような状態だ。普段の桜華と桃華をよく見ている瑠璃菊だけあって、それだけでも乱菊が恐るべき存在だという事は充分に察する事が出来たようだ。

 だが、ここに諦めが悪い二人が瑠璃菊と更紗に向かって文句……というよりも、ヤケになっているのだろう。子供っぽい悪口を叫ぶのだった。

「更紗と瑠璃のバカ、アホ、ぬか漬けに足を突っ込んじゃえっ!」

「桜姉の言うとおりよっ! 二人とも帰りに犬のフンを踏んじゃえっ!」

 普段の桜華と桃華からは想像が出来ないほどに子供っぽい悪口が飛んできた。そんな二人に呆れたような態度しか取れない瑠璃菊だが、更紗はすっかり慣れているのだろう。いつものように冷静に、そして、いつもとは考えられてないほど冷たい言葉を返すのだった。

「はいはい、後で手伝ってあげるから、今は二人とも黙ってなさい。じゃあ、乱菊さん、ここに桜華と桃華が居ても邪魔なんで、さっさと連れて行ってください」

『更紗の裏切り者っ!』

 またサラウンドで来ましたね〜、というか……桜華さんと桃華さんが涙目になっているのなんて初めて見た気がします。桜華と桃華の叫びに、そんな事を思う瑠璃菊。まあ、それも仕方ないだろう。なにしろ、桜華と桃華の二人が、ここまでムキになって叫ぶ姿なんて、今まで一度も見た事が無いし、二人が涙目になるなんて瑠璃菊には想像も出来なかった事だ。

 そんな珍しい光景を目にしながら、瑠璃菊は事態を見守っていると乱菊は笑顔を瑠璃菊達に向けて言うのだった。

「じゃあ、私は二人を連れて戻るから、更紗ちゃんはいつも通りにお願いね。それから、蛍ちゃんは予定通りに瑠璃ちゃんをお願い。瑠璃ちゃんも初日だから、あまり気負わなくても良いわよ。自分のペースで仕事を覚えて行けば良いから」

「えっ、あっ、はい」

 最後には思いもしなかった優しい言葉が乱菊から瑠璃菊に向けられたので、瑠璃菊は驚きながらも返事をするのだった。それから乱菊は瑠璃菊達にも仕事に向かうように言うと、桜華と桃華を引きずって部屋を後にしようとするが……やっぱり諦めが悪い二人だった。

「更紗のバカっ! 長い付き合いなんだから助けなさいよっ!」

「そうよっ! 桜姉はともかく私だけは何とかするようにしてよっ!」

 最後の最後まで諦めの悪い桜華と桃華だった。そんな二人の言葉を聞いて乱菊は足を止めると、ゆっくりと顔を後ろに向ける。そんな乱菊の表情は笑顔なのだが……瑠璃菊には、やっぱり違うように見えたようだ。

 笑ってないっ! 顔は笑顔でも心の底から黒いオーラが出てるっ! あれは笑顔であって笑顔じゃないっ! 瑠璃菊がそんな事を思っていると乱菊から桜華と桃華に向けてトドメの言葉が出るのだった。

「桜華も桃華も、いいかげんにしないと……今夜は徹夜作業にするわよ」

『ぐっ! ごめんなさい。ちゃんとやります』

「なら、よろしい。けど……サボった分はサービス残業ね。それじゃあね〜」

 最後には普通の笑顔を瑠璃菊達に向けて再び歩き出す乱菊。引きずられている桜華と桃華はすっかり諦めたように涙を流すのだった。そんな乱菊を無言で見送る瑠璃菊と更紗、その隣では呑気に手を振っている蛍の姿があった。やっぱり天然さんだけあって、あの光景を見ても、何も感じずに日常の一部だと思っているのだろう……まあ、ある意味では間違っていないと思うのだが……ねえ。

 そんな呑気な蛍とは違い、瑠璃菊は新たな真実の扉が開いたような、または、新たな境地に悟りを開いたような、そんな心境を顔に出して更紗に話し掛けるのだった。

「更紗さん、今日……私は上には上が居るという事を初めて実感した気がします」

「だから言ったでしょ、上には逆らっちゃダメって」

「今では、その言葉がとても重いです」

「まあ、常識の範囲内で動いてれば大丈夫よ……たぶん」

「だから最後に不安になる言葉を付け加えないでくださいっ!」

「いやいや、私が言っているのは乱菊さんの事よ。ああ見えても、優しい人だし、皆から慕われているのも確かよ。だから人望はしっかりとあるのよ。まあ、桜華と桃華を優しく、少し常識を入れたような感じの人だから」

「……取ったとか、を無くした、という単語は含まれないんですね」

「まあ、桜華と桃華のお母さんだしね。それに私が、たぶんって言ったのは……」

 更紗はそこまで言うと視線を蛍に向けるのだった。そんな更紗の行動に気付いたのだろう、瑠璃菊も同じく蛍に視線を向ける。そして、二人からの視線を受けている蛍は意味が分からないと言った感じで首を傾げている。

 瑠璃菊が、そんな蛍を目にしていると更紗が瑠璃菊の肩に手を乗せてきた。そして、真剣な表情で一言。

「瑠璃、ちゃんと生きて帰ってくるのよ」

「いきなりなんですかっ! まるで戦場に送り出すかのような言葉はっ! というか、その真剣な表情は何なんですかっ!」

「警戒をしてれば回避可能だから」

「だから何をですかっ! 何を回避するんですかっ!」

「ごめん……さすがに私も、そこまでは予測不可能だから」

「それって私の身に予測不可能な事態が起こるという予言ですかっ! というか、何で涙ぐむんですかっ!」

「あっ、ごめん……瑠璃の事を思ったら。じゃあ、これ以上は辛くなるだけだから、私も仕事に戻るわね」

「って! 爽やかな笑顔で去らないでくださいっ! 更紗さんっ! 更紗さーんっ!」

 涙を拭いて颯爽と去っていく更紗。行動の速さに瑠璃菊のツッコミも部屋に響いただけで更紗には届かなかったようだ……まあ、意図的に無視したとも言えるのだが。何にしても、すっかり取り残された瑠璃菊。そんな瑠璃菊が更紗が去って行った方向に手を伸ばして呆然としていると、その手を蛍が取るのだった。

「じゃあ〜、そろそろ私達も仕事を始めましょうね〜。瑠璃ちゃんは〜、今日が初めてだから、私と一緒に溜まってる雑用からやってもらうわね〜」

 そんな事を言って来た蛍に目を向ける瑠璃菊。その瞳には不安が思いっきり詰まっていたのだが、蛍が気付くわけが無く、ニコニコと笑っているだけだ。そんな蛍の表情に不安を覚える瑠璃菊。それでも、ここまで来たからには、やらないワケにはいかないと覚悟を決めてから、瑠璃菊は蛍に質問をするのだった。

「えっと、最初に聞いておきますけど……溜まっている雑用って何ですか?」

「ん〜、蔵の整理だよ〜」

「……えっと、それだけですか?」

「そう、蔵を整理、掃除もかな〜。それだけだよ〜」

「……それだけですか?」

「初日だからね〜、それだけだよ〜」

 ……えっと、つまり……掃除だよね。まあ、初日だし、新入りだから雑用で掃除ってには分かるんですけど……予測不能と回避可能って単語が直結しないんですけど。というかっ! 掃除ですよねっ! 整理をするだけですよねっ! なんで私に死亡フラグが立っているような言葉を残したんですかっ! 更紗さんっ!

 更紗が残した言葉と蛍から言われた言葉。この二つがあまりにも繋がらないために混乱する瑠璃菊。一方の蛍は混乱している瑠璃菊の手を引いて、さっさと歩き出すのだった。

 だが、この数十分後には瑠璃菊は実感する事になるだろう。そう、蛍が秘めている……もの凄い力に……。

 

 

 

 

 

後書き

 

 

 はい、そんな訳で……思いっきり久しぶりの更新です。いやね、少しは書こうとしてたんだよ……けどね〜。まあ、いろいろと溜まっていたんで、そちらを処理しているうちに……凄く久しぶりになりました〜。

 さてさて……やっと全員が巫女服だっ!!!! いやはや、巫女属性を有している者としては、これは外せないよね〜。まあ、今回もいろいろと話が脱線したために……あまり話は進んでません。

 というか……今回は思いっきりページを使ったね〜。まあ、いつものように短くしようとしたんですけど……なんか……いろいろと濃いキャラが多くなって、それが好き勝手に動くから……もう収拾が付かない状態になってしまいました〜。

 まあ、そんな訳で、今回は少し長くなりました〜。というか……桜華と桃華は意外な一面を見せましたね〜……乱菊さん、あなたの躾は最強だと思います。それから更紗、さすがに乱菊には逆らえないようですね〜。そんな訳で、今回はあっさりと備前姉妹を売る事に。まあ、更紗も自分が大事という事で。

 そして最後に……蛍。なんか……思っていたより出番が少なかったね〜。ん〜、私としては、もう少し活躍をさせようと思ったんだけど……やはり備前姉妹が濃過ぎるみたいですね〜。けど、まあ、次回は蛍の能力が全力全開になる予定……瑠璃……生きて帰れよ。

 と、まあ、今回と次回の話について軽く触れたワケですが……相変わらず次回の更新がいつになるのかは分かりません。というか……なんか……いろいろと終わってないから、まずは、それを終わらせてからかな〜ってのが予定ですかね。まあ、今になって言っても仕方ないけど……何も考えずに、いろいろと始めたから、もう収拾が付かない状態です。だから……この夏炉冬扇も放置状態になってるんですけどね〜(笑)

 という事で、とりあえずは、いろいろと収拾を付けつつ、こちらも更新が出来ればな〜。と思っております。まあ……今年と来年一杯ぐらいまで掛かりそうですけどね〜(笑) まあ、これも何も考えずに始めてしまった私の不徳という事で……どうかご勘弁下さい(土下座)

 という事で、一応、念のために謝った事だし、長くなってきたので、そろそろ締めますね〜。

 ではでは、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。更に感想もお待ちしております。掲示板にでも書き込んでくださいな。

 以上、つ〜か、これも続きの話は考えてあるんだけど、なかなか書く時間が取れない葵夢幻でした。