月央高校、正式名称は月央女子高等学校である。つまりは女子高、しかもただの女子高ではなく進学校であり、六大学はおろか他への専門分野がある大学への進学率が高い。そんな学び舎にも桜が咲き、春が訪れ、新たなる若人達を迎え入れる時期が訪れたのだった。

 そして今日は月央高校の入学式である。だがその前に昇降口の横にはクラス分けの掲示板が張り出されていた。そんな掲示板の前は同じクラスになった事を喜んだり、残念な顔をしたりする女子生徒で溢れている。

 そんな光景を掲示板から少しはなれた所で辺りを見回す瑠璃菊。いや、正確にはこの位置から掲示板を確認しているようだ。どうやら相変わらず人込みが苦手らしい。更に言うと中学から、この月央高校に入ったのは瑠璃菊だけである。それだけ心細く、どうして良いのか戸惑うばかりだった。

 そんな時だった。

「あっ、居た居た。瑠璃ー」

 どこからか聞き慣れない呼ばれ方で、聞き覚えがある声が聞こえてきたので瑠璃菊はそちらに目を向けると一気に表情が明るくなった。

「あっ、更紗さんっ!」

 瑠璃菊と更紗は合格発表以来の再開である。そして、この状況では更紗の存在が瑠璃菊にとってはとてもありがたかった。なにしろ顔見知りが居ない高校なのである。その中で顔見知りと言える更紗と出会えたのだから瑠璃菊にとっては運が良いと言っても良いだろう。だが現状は瑠璃菊が思っているほど甘い物では無い事を知るのは、もう少し後になってからである。

 今はとにかく更紗と合流して、出来れば一緒にクラス割の発表を確認したい瑠璃菊だが、久しぶりの再開である。瑠璃菊は更紗の前に立つと大きく頭を下げて挨拶した。

「お久しぶりですね、更紗さん」

 随分過ぎるほど丁寧な挨拶に更紗は軽く笑うと、こんな事を言い出した。

「これからは一緒の学校に通うんだし、そんな他人行儀じゃなくても良いのよ。それに私の事も更紗って呼び捨てでも構わないわよ」

 そんな事を言ってきてくれた更紗に瑠璃菊は表情を明るくするが、すぐに真っ赤になって俯いてしまった。

「……えっと、あの、私……どうも呼び捨てって出来なくって、だから更紗さんって呼んで良いですかっ!」

 最後だけ身を乗り出して確認する瑠璃菊。どうやら瑠璃菊は更紗とは上手く友達になれそうな気がして、そのような事をいったのだが、肝心の更紗は瑠璃菊の態度に苦笑いするだけだった。さすがに真顔でそんな風に迫れては苦笑いするしかないだろう。

 そんな状況に更紗は軽く瑠璃菊を押し戻すと話を戻した。

「ま、まあ、好きに呼んでもらって構わないわよ」

「本当ですかっ! ありがとうございますっ!」

「……いや、瑠璃……そこまで喜ぶ事じゃ無いと思うんだけど」

 あまりにも瑠璃菊の喜び方に更紗も少しだけ戸惑うのだった。そしてそんな更紗に追い討ちを掛けるように瑠璃菊は更紗の手を握って来た。

「じゃあ、これから一緒にクラス割の掲示板に連れて行ってくださいっ!」

 相変わらず人込みが苦手な瑠璃菊に更紗は思いっきり溜息を付くのだった。

「まったく、相変わらず人込みが苦手なのね。それと、クラス割を確認しに行く必要は無いわよ」

「えっ、何でですか?」

「すでに桜華と桃華が確認しに行ってるから。もちろん瑠璃のクラスも確認するように言っておいたわ」

「…………」

「もしかして桜華と桃華と一緒に行きたかった?」

「心の底から遠慮させて頂きます」

「賢明な判断ね」

 即答する瑠璃菊に更紗は思わず笑ってしまった。だが瑠璃菊にとっては決して笑い事ではない。なにしろあの備前姉妹と行動を共にするのである。ただでさえ見た目だけでも注目を集める備前姉妹だというのに、そのうえ、あの性格である。だから瑠璃菊にとっては決してお近づきになりたくない姉妹なのだが、何の縁があってか瑠璃菊はその姉妹とすっかりお近づきになってしまったのである。

 そんな瑠璃菊が突如として祈るかのように掲示板に向かって手を組むのだった。そして心の底から願うのである。どうか神様っ! 絶対に、絶対絶対絶対絶対絶対絶対に――――っ! 桜華さんと桃華さんと同じクラスにしないでくださいっ!

 もし、この場で二人がこの言葉を聞いたら数百倍にして返ってくる事だろう。だからこそ、瑠璃菊は心の中で一生懸命に祈るのだが、そんな瑠璃菊の肩に更紗は静かに手を置いてきた。

「ねえ、瑠璃……こんな言葉を知ってる?」

「えっ、何ですか?」

「……類は友を呼ぶ」

「それって私が桜華さんや桃華さんと同類って事ですかっ!」

「まあ、人とは違って個性が強い事は認めなさい」

「いえいえ、更紗さんっ! 私は至って普通ですよっ! 決して桜華さんや桃華さんみたいじゃないですよっ!」

「……自覚が無い所も二人と一緒よね〜」

「すでに同列ですかっ! それなら、あのお二人と居る更紗さんも同類って事じゃないですかっ!」

 更紗の言葉に思わず、そんな突っ込みを入れてしまう瑠璃菊。そして、そんな突っ込みを入れられた更紗はというと……まるで動きの悪い人形にように首を回して瑠璃菊に顔を向けると、決して瑠璃菊では歯向かえないオーラをかもし出す。

「あのね瑠璃、私はあの二人の保護者なの。まあ、何かしら不思議な縁があるのは確かね。だからあの二人とも付き合いが長いの。分かった、だから私はあの二人とは違うの。だ・か・ら、もう二度とあの二人と私を一緒にしないでね」

「は、はい、分かりました」

 というか更紗さん。顔がもの凄く怖いですっ! もの凄い笑顔なのにもの凄く怖いですっ! というか、その笑顔が怖さを倍増させているんですけどっ! というか……もしかして更紗さんが一番最強なんじゃないですか。最後にそんな事を思う瑠璃菊。

 そんな時だった。突如として掲示板の前に居る人込みからの騒ぎが、より一層大きな物になった。そして人込みは自然と二つに割れて道を作る。そんな光景を見て、更紗はすっかりいつもの状態に戻ると人込みに目を向けた。

「どうやら二人が戻って来たみたいね」

「道が自然と出来るのは分かるんですけど、何か……黄色い声が聞こえて来るのは何故なんでしょう?」

 瑠璃菊の質問に更紗は視線を向ける事無く、それが当然のように答えてきた。

「そんなの決まってるじゃない。あの二人は黙っていれば、殴りたくなるような美少女と言っても良いのよ。そんな二人の正体を知らない人から見れば、同じ女の子からだって黄色い声が自然と上がるわよ」

「……更紗さん」

「何?」

「説明ありがとうございます。それで、その説明に質問したい部分があったのですけど、質問しても良いでしょうか?」

「ダメ」

 ……やっぱり更紗さんが一番最強なんでしょうかっ! 更紗への質問が拒否されて、そんな事を思う瑠璃菊。その間に桜華と桃華の二人は人込みから抜け出して、人を探すかのように辺りを見回す。

 そんな二人に手を振る更紗。そんな更紗の姿が見たのだろう、それに隣に居る瑠璃菊にも気付いたのだろう。桜華はすぐに桃華の手を取って駆け出すと一直線に二人の元へやってきた。

 そして到着すると桜華は桃華の手を離して、すぐに瑠璃菊の手を取るのだった。

「よかったね瑠璃、私達四人とも一緒のクラスだよっ!」

 ……終わった〜、神様は私の願いを叶えてくれなかったよ〜。桜華は瑠璃菊と同じクラスに慣れた事に喜んでいるようだが、肝心の瑠璃菊は確実に落ち込んでいるようだ。そんな瑠璃菊の肩に桃華が優しく手を乗せてきた。

「とにかくよかったじゃない、これで私達は友達になった訳だし、同じクラスなら一緒に時間も増えてお互いの事が理解できるから」

「……桃華さん」

 珍しく桃華らしかならぬ事を口にする。その事に瑠璃菊は思わず少しだけ感動してしまうのだが、それが間違いだとすぐに気が付くのだった。

「これで戦力が強化された事は間違いないし、瑠璃という特攻兵も確保出来たんだから」

「って! 戦力って何ですかっ! しかも私は特攻兵なんですかっ! それって私が確実に酷い目に遭うって事ですかっ!」

「…………」

「桃華さんっ! なんで目を背けるんですかっ! なんでこっちを見ようとしないんですかっ!」

 更に桃華に突っ掛かる瑠璃菊。今度は桜華がそんな瑠璃菊の肩に優しく手を置いて来て、静かに口を開くのだった。

「大丈夫だよ瑠璃、状況によっては生き残れるから」

「それは逆に言えば状況によっては死ぬって事ですよねっ!」

「……瑠璃、あなたは私達の心の中で一生……生き続けるから」

「すでに殺さないでくださいっ!」

「そうだよ桜姉、特攻兵は生かさず殺さずが基本だよ」

「桃華さんもさらりと酷い事を言わないでくださいっ!」

「え〜、じゃあどうすれば良いの?」

「まったく、わがままね、瑠璃は」

「何で私が悪いみたいになってるんですか」

 久しぶりに備前姉妹と会話したからか、瑠璃菊は疲れたように溜息を付いた。なにしろ瑠璃菊が備前姉妹と会話するのも、合格発表以来だ。だからすっかり二人のペースに巻き込まれて、とてつもない疲労感に襲われてもしかたないだろう。

 すっかりうな垂れる瑠璃菊。桜華はそんな瑠璃菊の頭を優しく撫でてやると、瑠璃菊はやっと頭を上げて桜華に目を向けてきた。

「なんにしても、これから一緒のクラスなんだから仲良くしようね、瑠璃」

「……桜華さん」

 こちらも珍しくまもとな事を言う桜華。そんな桜華の言葉に瑠璃菊ははっきりと答えるのだった。

「はいっ! 桜華さんも桃華さんもこれからよろしくお願いしますっ!」

 はっきりと元気に挨拶をする瑠璃菊。まあ、相手が備前姉妹にしろ、高校に入って友達と言える存在が出来た事については瑠璃菊にとっても良い事だと言えるだろう。だが、その友達があの備前姉妹である。瑠璃の返事にもしっかりと毒を持っていた。

「こちらこそ、よろしく〜。ところで瑠璃、お墓はちゃんと持ってる?」

「だから何で死ぬ事が前提なんですかっ!」

「そうだよ桜姉、死体なんて見付からないところに放置しとけば良いんだから」

「私は供養すらしてもらえないんですかっ!」

 そんな瑠璃菊の突っ込みに対して思いっきり笑い出す備前姉妹。そんな備前姉妹に釣られるかのように瑠璃菊も自然と笑い出した。確かに備前姉妹は毒を持っているかもしれないけど、その毒こそが二人の個性なのだ。だから、そんな強烈な個性でも馴染んでしまえば笑えるものになるではないのかと瑠璃菊は思うようにした。

 そんな瑠璃菊の後ろから更紗が静かに呟く。

「類は友を呼ぶ、あの二人との会話が成立している時点で同列ね」

「……はぅっ!」

 更紗の言葉でやっと自分を取り戻した瑠璃菊がダメージを受けた悲鳴を上げた。そう……備前姉妹と仲良くなれるという事を認めてしまった瑠璃菊は、自分自身も備前姉妹と同列と認めたのと同じである。

 それを理解した瑠璃菊は再びうな垂れて、涙を流すのであった。そんな瑠璃菊を放って置いて更紗は桃華に話しかける。

「それで、私達のクラスはどこ?」

1Bよ。さっさと乗り込んで窓際の良い席を確保しとこうか、更紗」

「そうね、それじゃあ、行きましょうか。ほら瑠璃、行くわよ。桜華も瑠璃であまり遊ばない」

 傷心の瑠璃に頬を突付いて遊んでいた桜華に声を掛ける更紗に対して、桜華は瑠璃の手を取るとすぐに更紗と桃華と一緒に自分達のクラスに向かって歩き始めるのだった。……桜華が瑠璃菊を引きずって行く形で。

 引きずられながら瑠璃菊は思う。

 わ、私の高校生活……どうなるんですか――――――っ!

 そんな不安だらけの瑠璃菊と一緒に、備前姉妹と更紗はさっさと昇降口へと歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

後書き

 

 え〜、そんな訳で、なんか知らんけど書いてしまった夏炉冬扇の第二話目ですが……まあ、なんというか……次の話を自然と頭が勝手に考えてるっ!!! そんな訳で、気が向いたら第三話目も上げているかもしれません。

 というか、短編を書いている時間なんて無いんですけどね〜。いや〜、エレメを書いている時の休憩ついでに書き始めたら……書き終えっちった。……まあ、こんな時もあるよね〜。というか、エレメもあわせれば確実に一万字ぐらい書いてるな。ちなみに所要時間は約三時間ぐらいだと思います。

 まあ、明日にはエレメを書いて、何とか仕上げたいですね〜。……さすがに更新が滞っているので、そろそろやる気を出していかないとマズイ事になるかもしれない。まあ、それでもエレメは長いですからね〜。新規の読者が最新話まで行くまで時間が掛かりますからね〜。多少は滞っても問題は無いですよね〜。

 ……はい、ごめんなさい。なるべく滞らないようにします。いやっ! 頑張ってるんだよっ! これでも頑張ってるんだよっ! そうっ! ネトゲでいろいろとっ! 

 ……いや〜、最近ではついつい、そっちに現実逃避をするようになってしまって、すっかり更新が滞ってしまってますね〜。……つまり……もの凄くごめんなさいっ!!!

 いや、気にしてるよ。書かないとって思ってるよっ! でもさ……なんか……つい……やる気が……。だがっ!!! もう大丈夫っ!!! なにしろ先日病院に行った時に薬を変えて、意力が出る薬に変えてもらいましたから、これで効果が出れば、一気にやる気が出て、小説も更新しまくり……かも(てへっ)

 まあ、そんな訳で、うつ病の薬も変えてもらったので、これからは自発的に、そして意力的に小説の更新が出来る……かも

 あっ、忘れてたけど、近いうちに第一話も揃って私のホームページに上げる予定です。なので、第一話を読み逃した方は、そちらも読んでみてくださいね。そんな訳でホームページに上げたら、またお知らせします。

 さてさて、長くなったので、そろそろ締めますね〜。

 以上、今日は赤穂浪士が討ち入りを行った日じゃないかっ! と日にちを見て思い出したから忠臣蔵でも見るかと思った葵夢幻でした。

 

 

 

 

 

夏炉冬扇
第二話
葵夢幻