まだ肌寒い冬が空ける前である。ここ月央(つきおう)高校では入試試験の合格者発表が張り出されていた。広い掲示板に合格者の番号が並び、それを確認するために掲示板の前には人込みが出来ている。
そしてその人込みを目の前にちゅうちょしているのが、周防瑠璃菊(すおうるりぎく)彼女もこの高校を受験した一人だ。丸くて大きな眼鏡をしており、ショートカットの髪を揺らしながら自分の番号が無いか捜しているようだが、何故か人込みから離れた場所で探しているものだから当然下の方は見えないし、遠くだから番号もしっかりと確認できない。
そんな状況に瑠璃菊は溜息を付くのだった。そんな瑠璃菊の肩を誰かが優しく手を乗っけてきた。
「大丈夫、高校浪人も悪くないわよ」
「私落ちたんですかっ!」
「桜姉、見た目だけで勝手に落第生にしないの」
「えっ! だって彼女は落ちたから、こんな場所でキョロキョロしてるんじゃないの?」
「いや、あの、私は番号を確認していただけですけど、それよりもあなた達は何ですか?」
突然、瑠璃菊の後ろに現れた二人の女性に質問しながらも瑠璃菊は二人に見取れてしまった。なにしろ二人とも美少女と言っても過言では無い容姿をしており、スタイルも抜群だ。それに二人とも長い髪が更に彼女たちを引き立たせている。けれども、一人はそのまま垂らしており、一人はポニーテールにしていた。
更に二人には見取れる部分があった。二人とも同じ顔をしていたからだ。つまりは双子なのだろう。そんな美少女の双子に突然声を掛けられれば同じ女性である瑠璃菊でも見取れてしまってもおかしくは無い。
そんな二人に瑠璃菊が見取れていると二人は自ら自己紹介をしてきた。
まずは長い黒髪をそのまま流している方から口を開いてきた。
「あっ、私達? 私は備前桜華、ここを受験した受験生よ」
そんな一人の自己紹介に続いてポニーテールの方も自己紹介をしてきた。
「私は備前桃華、見ての通り私達は双子で、私が妹なの」
そんな備前姉妹の自己紹介を受けて瑠璃菊は慌てて自己紹介をするのだった。
「あっ、私は周防瑠璃菊です。私もここを受験して、今は合否を確認している最中です」
そんな瑠璃菊の自己紹介を聞いて桜華が口を開く。
「瑠璃菊って変な名前ね」
「はへっ?」
いきなりの言葉に呆然とする瑠璃菊。そんな瑠璃菊に構う事無く、桜華はドンドンと話を続けるのだった。
「というか、瑠璃なのか菊なのか、どっちかにしてほしいわね。なに欲張って二つも取っているのよ。そんな名前って憶え辛いじゃない。じゃあ、しかたないわね。これから瑠璃って呼ぶ事にするわ」
「えっと、あの〜、何を言って」
勝手な事を言い続ける桜華に対して瑠璃菊は付いていけてないようだ。まあ、突然そんな事を言われても付いていけないのが普通だろう。そんな瑠璃菊を見かねたのか、今度は桃華が口を開いてきた。
「桜姉、人の名前に文句をつけてもしょうがないでしょ。それに……この子が落ちてたら呼び方なんてどうでも良いじゃない」
「落ちてる事を前提に話を進めないでくださいっ!」
桃華の言葉に思わず突っ込む瑠璃菊。まあ、桃華の言い方からして瑠璃菊の突っ込みは決して間違いではないのだが、やっぱり初対面の人に突っ込んでしまった事に恥じらいを感じてしまったのだろう。瑠璃菊は軽く謝ると顔を俯かせるのだった。そんな瑠璃菊の手を桜華はいきなり取った。その事で驚いたように瑠璃菊は桜華の顔を見るのだった。
「なら落ちてるか一緒に確認しに行こう」
「だから何で落ちてる事が前提なんですかっ! 受かってる事は考慮しないんですかっ!」
「そうだよ桜姉、もしかしたらテストに名前を書き忘れたって可能性があるじゃない」
「それは合否以前の問題ですよねっ!」
「桜華に桃華、やっと見つけた」
瑠璃菊がすっかり備前姉妹に遊ばれていると、そんな備前姉妹を呼ぶ声が聞こえたので三人の視線が一斉にそちらに向かうと、そこには一人の女性が立っていた。見た目の年齢が同じぐらいだから彼女も受験生なのだろう。しかも備前姉妹を名前で呼んだ事から瑠璃菊には彼女が備前姉妹の知り合いだという事が分かった。
そんな彼女に備前姉妹がそれぞれ呼びかける。
「更紗(さらさ)、どこ行ってたの、ずっと探してたんだよ」
「桜姉、校門のところでいきなり私の手を取って駆け出したのは桜姉だよ。それで私達は更紗とはぐれたんだから」
「そうよ、だから迷子だったのは桜華の方よ」
どうやら備前姉妹が迷子になったのは桜華に理由があったらしい。そんな桜華が人込みに目を向けながら口を開く。
「だって……この中で落ちて泣いている子を見つけたから……そういう子を見ると優越感を覚えない?」
「ダメだよ桜姉、そういう上から目線は心の中でやらないと」
「桜華も桃華も同情という言葉を覚えなさい。それで、その子は?」
更紗がやっと瑠璃菊の事を聞いて来たので、瑠璃菊は更紗に頭を下げて自己紹介をする。
「あっ、私は周防瑠璃菊って言います」
「落第生だよ」
「劣等生ね」
「だから勝手に落ちた事にしないでくださいっ!」
勝手な事を言ってくる備前姉妹に突っ込む瑠璃菊。そんな瑠璃菊の肩に更紗は優しく手を置くのだった。そして更紗は瑠璃菊に向かって口を開く。
「つまり合否を確認する前に、この二人に絡まれたって事ね。ごめんね、二人が迷惑を掛けて」
「えっ、いや、あの、気にしてませんから」
更紗の常識的な言葉に慌てて言い繕う瑠璃菊。確かに二人に迷惑を掛けられたのは確かな事だが、更紗から謝られるとは思っていなかったので瑠璃菊は戸惑うばかりだ。そんな瑠璃菊を見て桜華が口を開く。
「まったく、災難な子よね〜」
「桜姉、それは自分が厄災をばら撒いてる事を認識して言っている言葉なの」
そんな会話をする備前姉妹に瑠璃菊は思わず苦笑いするしかなかった。けれども更紗は二人と付き合いが長いのだろう。そんな二人の毒舌漫才に動じる事無く、話を進めてきた。
「それで、二人とも合格発表は確認してきたの?」
「この私が落ちるぐらいの学校なら爆破してしまえば良い」
「桜姉、せめて窓ガラスを割るぐらいに留めときなさい」
「はいはい、二人が確認してない事は充分に分かったから、確認しに行くわよ。どうせだからあなたも一緒に行きましょう」
備前姉妹の漫才を軽くスルーした更紗は瑠璃菊にそんな言葉を掛けて誘ってきた。正直、瑠璃菊にはありがたい言葉だったのだが、そんな更紗の誘いを無視したかのように桜華が瑠璃菊に質問をしてきた。
「そういえば瑠璃はなんで、こんな所でキョロキョロしてたの? コンタクトレンズでも落として割ったの?」
「いや、私は眼鏡ですけど、それに何でもう呼び捨て何ですか」
「そうだよ桜姉、落第生に失礼だよ」
「だから落ちている事を前提にしないでくださいっ!」
「はいはい、この二人に付き合ってたら何時まで経っても確認できないから話を進めるわよ。それで瑠璃菊さんだっけ? なんでこんな所で立ってたの? 誰かと待ち合わせ?」
備前姉妹の漫才を更紗が止めてくれたのはありがたかったが、どうやら更紗の質問は瑠璃菊には答え辛い質問みたいだったようで、瑠璃菊は顔を赤らめて俯くと小さい声で答えてきた。
「えっと、私……人込みって苦手で、だからあの中になかなか入っていけなくて。それに一緒に受験した人も居ないし、だからここから確認できないかなって掲示板を見てたんです」
「あぁ、いじめられっ子なんだね」
「桜姉、せめて内気って言ってあげなよ」
「話が進まないから二人とも一分だけ黙ってなさいっ!」
必ず余計な一言を言ってくる備前姉妹にとうとう更紗が突っ込みを入れてきた。そんな更紗の一言が効いたのだろう。桜華は頬を膨らませて黙り込み、そんな姉を桃華は呆れた視線で見ていた。
それから更紗は優しく瑠璃菊の手を取って優しく微笑むのだった。
「だったら私達と一緒に確認しに行きましょ。私はともかく、あの二人はある意味では無敵だから心配要らないわよ」
「その無敵という部分に引っ掛かりを感じても良いですか?」
「それはダメ、さあ、話がまとまったところでさっさと確認しに行くわよ」
「無視ですか、えっ、あのっ、ちょっと」
更紗に引っ張られて、足を取られそうになりながらも何とか歩き始めた瑠璃菊。そんな瑠璃菊の後を備前姉妹が付いていく。そして人込みに辿り着くと更紗は備前姉妹に声を掛けた。
それを合図に備前姉妹が突撃、一気に人込みを切り開いて行き、その後に更紗と瑠璃菊が続く。
「ほら、道を開けなさい愚民ども」
「はいはい、どうせ落ちたんだから、さっさとどいて」
そんな備前姉妹の言葉がしっかりと瑠璃菊の耳に届いていたのだが、あえて聞こえない事にしようと瑠璃菊は自分に言い聞かせるのだった。
そんな事をしている間に四人は掲示板の前に辿り着いた。瑠璃菊としては人込みに囲まれて辛い状況だが、これでやっと番号が確認できるのは確かだ。
そして瑠璃菊が自分の番号を探している間にも更紗は備前姉妹の結果を聞く。
「二人ともどうだった?」
「この私が落ちるとでも思ってたの?」
「桜姉が出来る事を私が出来ないはずがない」
「はいはい、二人とも受かってよかったわね。それで瑠璃菊さんは?」
どうやら更紗も含めて三人とも合格だったようだ。そんな三人に比べて瑠璃菊には自信が無いだけに自分の番号を探すのに手間取っていた。なにしろ、この月央高校は進学校でかなりレベルが高い。それだけに大学への進学率も高く、高校受験から激しい受験戦争が行われるほどの学校である。
だからこそ瑠璃菊には自信が無かったのだが、そんな学校に受かる事を前提に挑んでいた備前姉妹を瑠璃菊は少し羨ましくも感じていながら自分の番号を探す。
そうなると当然のように備前姉妹が黙っている訳が無かった。
「ダメだよ更紗、落ちた人に結果を聞くのは」
「だから桜姉、落ちた人って言わない。せめて残念だった人って言ってあげなよ」
「私はあなた達の頭に同情という文字をねじ込みたいわ」
「更紗さん、ありがとうっ!」
更紗の言葉に思わず更紗に抱き付く瑠璃菊。そんな思い掛けない行動に更紗は驚くのと同時にある事を察したが、備前姉妹がそんな事を察するわけがなかった。
「そっか、うんうん、今は更紗の胸で思いっきり泣くと良いよ。じゃあ次を頑張ってね」
「短い付き合いだったけど決して忘れない。まあ、一分ぐらいで忘れるけど」
「二人ともいい加減にしなさい。それで……番号はあったの?」
更紗が聞くと瑠璃菊は涙目の顔を上げて、大きく頷いた。
「あった、ありましたっ! 私、合格しましたっ!」
「これから三年間よろしくね、瑠璃。同じクラスになったらだけど」
「おめでとう、社交辞令として心の底からお礼を言わせてもらうわ」
「私は二人の頭に前言撤回という言葉を叩き入れたいわ」
どうやら、これで四人とも春から同じ高校に通う事になったようだ。なんにしても瑠璃菊にとっては志望校に合格した事は良い事だろう。だが……備前姉妹と知り合いになった事は良い事なのかはまだ分からない。
何にしても、春から瑠璃菊は新たな生活をスタートさせる訳である。備前姉妹に更紗という爆弾にも似た人達と一緒に。その生活がどうなるかは、春になってみないとわからないが、今は四人の合格を喜ぶべきだろう。その後の事は……まあ、なるようになるだろう。
なんにしても、こうして備前桜華、備前桃華、飛騨更紗、周防瑠璃菊の四人は春から新しい生活をスタートさせるのである。その生活が幸ある物に……なるかどうかは不明であった。