たまにある昼休み 体育館裏編
学校での昼休み。昇はいつものように四人の女の子に囲まれながら昼食を取っていた。
そしてその日はシエラから動いた。
「はい、昇、アーン」
ラブラブのカップルや新婚夫婦がやるかのようにシエラは昇にアーンを迫る。
「いや、自分で食べられるから」
さすがにこんな場所で、いや、普段からそんなことが出来ない昇は当然ちゅうちょする。その間に琴未の箸が伸びてきて、シエラの箸が掴んでいるから揚げを強奪、そのまま琴未の口に運んだ。
「琴未、行儀が悪い」
邪魔されて不機嫌になるシエラ。だが琴未はサラッと流すのだった。
「ごめんね、あまりにも目障りだったから」
そして琴未もシエラと同じ手段に出る。
「はい、昇、アーン」
いや、琴未、オチは見えてるから。
昇の予想通りに横から出てきたシエラの口が琴未の玉子焼きを強奪。そして玉子焼きは消え去った。
「シエラ、あんたね、人に行儀が悪いって注意してながらそれはなに!」
「目の前にオカズがあったから食べただけ」
「ほう、シエラには私に箸が見えなかったのかしら」
「……あったの?」
「上等じゃない!」
「相変わらず賑やかね」
琴未が机を叩いて立ち上がろうとした時、与凪が弁当箱を手にして昇達の元にやってきた。
「今日はご一緒させてもらっていいかしら?」
「なんじゃ、今日は独りなんじゃな」
「ええ、用事があるみたいだから」
詳しくは語らない閃華と与凪。まあ、そうだろう、与凪は昇達の担任である森尾の精霊で二人はラブラブという甘い関係なのだから。
いつもは森尾と二人でお昼を過ごす与凪だが、森尾の都合上でそれが出来ない場合は昇達の元に来る事にしている。
閃華が席をずらしてスペースを作ると与凪はそこに椅子を持ってきて座る。ちなみに、座る場所はいつも同じだ。昇の隣にはシエラと琴未、この二人は頑として譲らないだろう。そして昇に前にミリアと閃華が来るのだが、与凪が来る時は必ずミリアと閃華の間に座る。当然、そこが一番安全だからだ。どうやらミリアは食欲さえ満たせば昇の隣でなくてもいいみたいだ。
そして再び始まる二人の争い。
「昇、アーン」
再び先手を取るシエラ、だが琴未もすぐに巻き返す。
シエラの箸が掴んでいるオカズをダイレクトに口に放り込む琴未。
「琴未、行儀が悪い」
「目の前にあったオカズを食べただけよ」
同じ言い訳をする琴未にシエラは何も言い返さなかった。そして後手、琴未。
「昇、アー」
琴未が言い終わる前にシエラの口が琴未の箸を捉える。だがそれだけでは終わらなかった。シエラは思いっきり箸を噛むとそのまま顎の力だけで箸を折ってしまった。
折られた箸を見て唖然とする琴未。だがシエラは平然と言うのだった。
「このオカズ骨が硬い」
「ジャガイモに骨なんかあるか─!」
怒り心頭で立ち上がる琴未。シエラも折った箸を吐き出すと立ち上がる。
……あの〜、人の頭の上で睨み合わないでほしいのですけど。
昇の頭の上で火花を散らすシエラと琴未。そしてシエラは笑みを浮かべる。
「ふっ、琴未、そろそろ決着をつけてもいいと思わない」
「上等じゃない。二度と昇の前に出られないようにしてあげるわよ」
いや、ちょっと待って二人とも! ここで殺り合う気ですか!
だが昇の心配を余所にシエラはある提案を持ち出す。
「ここだとクラス皆に迷惑だから場所を移そう」
「いいわよ、どこだってやってやろうじゃないの」
そしてシエラと琴未は教室を出て行き、昇は呆気に取られて見送るだけだった。
「それで滝下君、どうするの?」
他人事のように楽しそうな笑みを浮かべながら聞いてくる与凪。
「与凪さん、他人事だと思って」
「他人事だもの」
……いや、そうでしょうけど、そんなはっきりと。
そしてこの状況を楽しんでいるのがもう一人。
「ふむ、放って置いても良いんじゃが、隠れて見てた方が楽しいかもしれんのう」
いや、閃華まで何を言い出すの。
「それでどうすんじゃ、昇」
「どうするの滝下君」
二人の期待に満ちた視線に昇は溜息を付くと立ち上がる。
「このままにも出来ないしね」
「じゃな」
「行きましょうか」
やっぱり付いてくるんですね、二人とも。
立ち上がる閃華と与凪。閃華はこんな状況でものんきに弁当を食っているミリアに一応尋ねる。
「ミリアはこんのか?」
「うん、興味な〜い」
「そうか」
そして昇と閃華と与凪はシエラ達の後を追って教室を後にした。
そしてシエラと琴未は体育館裏の人が来ない一角で睨み合っていた。
「さてシエラ、どうするの? 精界でも張って決着を付ける?」
だがシエラは笑みを浮かべるだけだった。
「琴未ごとき、私が手を下すまでも無い」
「はぁ〜、何言って」
言葉の途中でシエラは指を鳴らすと、今まで何処に潜んでいたのか分からないが、一目で不良と分かる人達がワラワラとシエラの前に出てくる。
「なっ、なによそいつら」
さすがにこの事態には戸惑う琴未。反対にシエラは胸を張って答える。
「決まってる、この学校に居るクズども!」
「いや、姐さん、クズどもって」
はっきりと言い切ったシエラに不良の一人が抗議の声を上げるが、シエラが睨むと黙ってしまった。どうやらシエラが怖いらしい。
「シエラ、あんたなにやってんのよ」
状況を理解した琴未が呆れた感じでそんな事を言ってきた。
「いつか使えると思って絞めといた」
「いや、使えないでしょ、それ」
「なんだと! コラッ!」
さすがに怒り出す不良達。メンチを切るなり、威嚇するなりで琴未をビビらせようとするが、琴未はすっかり呆れていた。
「それで、どうするの?」
「決まってる」
シエラが右手を上げると不良達は一斉にシエラに向く。そして……。
『姐さん、姐さん、姐さん』
一斉に巻き起こる姐さんコール。琴未は頭を抱えたくなってきた。
「あの〜、ちょっといいですか」
琴未が声を掛けても姐さんコールに掻き消されてしまった。そしてシエラが手を下ろすと姐さんコールも止んだ。
「琴未なに?」
「いや、シエラ、なにがやりたいの?」
「……一度やってみたかっただけ」
「へぇ〜、そう」
さすがにこめかみ辺りの血管が痙攣して来た琴未、怒りが爆発する寸前といったところだろう。
そしてシエラは手を前に出すと不良達に命を下す。
「さあ、あの胸だけがデカイ女をボコボコにしてやりなさい!」
「シエラ、もしかして気にしてるの?」
「……うるさい」
『イ──────っ!』
どこかの戦闘員のような声を出すと不良達は琴未に襲いかかった。
一分後
「……やっぱり使えなかった」
不良達は全員琴未に倒されていた。
「当たり前でしょ」
琴未の能力はエレメンタル。シエラと琴未の戦闘力の差はほとんどない。つまり、シエラに絞められたのだから琴未にも絞める事が出来るというものだ。
そしてその様子を物陰で見てた昇達は。
二人とも何をやってるの。
すっかり呆れていた。
「というか、シエラはいつの間にあんな人達を手下にしたんだろ」
「かなり前にやったみたいですよ。亮ちゃんがおかげで問題児達が大人しくなったって喜んでました」
「さすがはシエラじゃのう。あんな都合の良い手駒を得ているとはのう」
「いや、手駒って」
「実際そうじゃろう。あの程度の奴らはいつ切り捨てても惜しくは無いからのう」
……なんか、可哀想な人達。
不良達に同情を禁じ得ない昇。だがその不良の一人が物陰に居る昇達に気付いた。
「なに見てんだテメー!」
琴未にやられた腹いせだろう、不良は大声を出すと立ち上がり昇の元へ向かう。
えっと、どうしようか……。
迷う昇。だがそうしているうちにシエラ達が昇に気が付く。
「昇」
「どうしてここに?」
そして後ろからは不満の声。
「一応私達も居るんですけど」
「そうじゃな」
いや、二人ともそういう問題じゃないと思うんですけど。
そんなツッコミを入れる間もなく、迫ってきた不良が昇の襟を掴み引き寄せる。
「なんだテメーは!」
最大限に怖い顔をして不良は昇に言うが、昇は乾いた笑みでシエラ達を指差す。
「えっと、その二人の関係者?」
何故か疑問形で答える昇。そして昇の言葉にシエラが逸早く反応する。
「昇! はっきりと妻って言って」
「どさくさ紛れに何言ってるのよ!」
「あははっ……」
もう昇の笑みは乾ききっていた。
「さすがシエラじゃな、この状況でも自分の地位を上げようとするとはのう」
「琴未も頑張って〜」
お二人ともすっかり傍観者ですね。
この状況を楽しんでいる閃華と与凪、そして乾いてるとはいえ笑みを浮かべている昇。これだけ揃えば不良の怒りを爆発させるには充分だった。
「なめてんのかテメー!」
拳を振るう不良。だがその攻撃は昇に絡め取られて逆に投げられた。
昇が綺麗に投げたからだろう、不良は痛みはあまり感じずに何が起こったのか分からないといった顔をしている。
昇もシエラと琴未に鍛えられて強くなったものだから、これぐらいのことは簡単に出来るようになっていた。
そしてそんな事をすれば当然。
「なにすんだテメー!」
「やんのかコラッ!」
攻撃対象が昇に変わるわけだ。
琴未に倒された不良達がゾンビの如く立ち上がり、昇に敵意を向ける。
「おおっ、今度は昇が頑張る番じゃな」
「滝下君、のしちゃえ〜」
お二人とも加勢する気は無いんですね。
だが意外な事に加勢は別なところから来て、不良達は地獄絵図を体験する事となる。
「あなた達」
「昇に何をしようとしてんのよ!」
昇を敵に回すという事は、当然シエラと琴未を敵に回すという事で。二人は怒り心頭で不良達に襲い掛かる。
「えっ、ちょ!」
「待ってください、姐さん!」
「な、なんで!」
「た、助け」
不良達を更に叩きのめすシエラと琴未。当然、昇の元にまで来る事は無かった。
うわ〜、まさかこんな悲惨なオチが待ってたなんて。
目の前で巻き起こる惨劇に昇はそう思わずにはいられなかった。
一方、そのころのミリアはというと。
「ミリアちゃん、お菓子一緒に食べる?」
「食べる〜!」
クラスの妹的存在となっているミリアは女子の間では大人気になっており、お昼休みにはよくお菓子をエサに釣られていた。
……ちなみに昇達の弁当がすでに空になっているのは言うまでも無いだろう。