よくある朝の風景、その一例

 滝下家の朝食はシエラと琴未が作っている。現在はこの家の主たる彩香はというと、シエラ達が来てからというもの、朝は起きてこずに怠慢な生活をしていた。それでも二人が文句を言う事は無い。そう、全ては昇に食べてもらう為に。

 だがこの二人が一緒に居て何も起きないはずが無かった。

「シエラ、塩取って」

 手元に無いのか琴未がそう言って手を差し出して、シエラは小瓶をその手の上に置くと琴未は小瓶をシエラに向かって投げ付けた。

 間近で投げられたというのにシエラは余裕で小瓶をキャッチする。

「なにするの?」

「あのね、私は塩を取ってって言ったの。そんなピンク色した謎の粉を取っては言ってない」

「充分塩の代わりになるのに」

「ならシエラが使いなさいよ」

「……昇が入院するから嫌」

「そんな物を渡すな!」

 しかたなく自分で塩を取りに行く事にした琴未はシエラの近くにある塩の小瓶を手に取り、自分が調理していたフライパンに塩を振る。

 そしてフライパンは爆発、琴未は思いっきり尻餅を付く事になった。

「あたたっ、って、何でいきなり爆発したの!」

 目の前の光景が信じられない琴未。それはそうだろう、なにしろ爆発はフライパンごと吹き飛ばしているのに周りには爆発の影響が出ていない。明らかに人為的なものを感じる。

 琴未は立ち上がるとシエラに詰め寄る。

「シエラ、あんた塩に細工したでしょ!」

 だがシエラは勝ち誇った笑みを琴未に向ける。

「琴未、自分の失敗を人の所為にするのはよくない」

「どうやったらフライパンを吹き飛ばすぐらいの失敗が出来るっていうのよ!」

「自分でやっておいて分からないの」

「あんたね……」

 琴未は頭の上に怒りのマークを五個ぐらい浮かべながら、強く握り締めた拳が震える。だがシエラはそんな琴未を無視して先程琴未が使った塩を自分の料理に振り掛ける。

「あ、あれ?」

 だが爆発は起きないでシエラは至って普通に料理をしている。そして隣にいる琴未に見下げるような笑みを浮かべる。

「だから言った。自分の失敗を人の所為にするのはよくない」

 そんなシエラの挑発を琴未は笑い飛ばして。

「ふっ、……その喧嘩買った───!」

 いなかった。




 昇がリビングに入ると閃華とミリアだけしか居なかった。ミリアはテーブルに突っ伏していて、閃華はお茶をすすっている。

 あれ、ずいぶんと静かだね。

 この時間なら朝の忙しい時間帯で騒がしいのだが、今日は静かな日らしい。

 とりあえず昇はテーブルに付くとお茶をすすっている閃華に尋ねる。

「シエラと琴未は?」

 呆れた目線を昇に送る閃華は単刀直入に応える。

「昇、目に力を集中させてみい」

「えっ、なんで?」

「やれば全ての答えが分かるぞ」

 閃華の言ったとおりに目に力を集中させる昇。そして昇の目に飛び込んできた光景は、白く染まった世界とボロボロになった我が家だった。

 あ〜、そういうことですか。

 力の集中を解く昇は閃華と向き合う。

「二人は何やってるの?」

「いつもの事が派手になっておるようじゃのう。まあ、あまり気にする事ではないじゃろ」

 いや、そうだけど、というか二人とも朝から精界を張るのはやめようよ。

 こんな事態にすっかり慣れた昇は大きく溜息をつくだけだったが、隣にいるミリアはとうとう我慢の限界を超えようとしていた。

「閃華〜」

「んっ、ミリアどうしたんじゃ?」

「お腹空いた〜、閃華が代わりに作って〜」

「うむ、そうしても良いんじゃが。朝食を作ると言い出したのはシエラと琴未じゃ。じゃから二人に責任を持って作らせるのが一番良いじゃろ」

 変な所が律儀ですよね、閃華さんって。

「まあ時間になったら終わるじゃろうから、それまで我慢せい」

 だが我慢しろと言われて我慢できるミリアではなかった。

「う〜、お腹空いたお腹空いたお腹空いた───! そうだ、昇が作ればいいんだよ」

「いや、僕料理はあんまりできないし」

「う〜、昇は料理も出来ないの〜」

 いや、そんな期待を裏切られた目で見られても。

 ミリアは昇の腕にしがみつき、捨てられた子犬がエサを求めているような目で昇を見上げていた。そんなミリアに閃華の一言が突き刺さる。

「そんなに我慢できんのならミリアが作ればよいじゃろ」

「この前料理をしようとしたら、シエラと琴未が台所立ち入り禁止令を出した」

 えっと、それはそういう意味なのでしょうか。

 昇が考えているように、以前ミリアが料理をした際には酷い事になったらしい。塩加減がどうとか、火が通っていないとかそんなレベルの問題ではない。そもそも料理が完成する事が無かったのだから。

 そんな訳でミリアの失敗例を昇達に話してみた。

その一、油を熱くしすぎて冷まそうとしたのだろう、水を投入。結果、大暴発。

その二、電子レンジで何かを暖める。結果、大暴発。

その三、大暴発。

 以上の事が有り、ミリアはシエラと琴未から台所に入るなと禁止令が出た。ミリアとしては納得がいかないものだったが、その話を聞いた昇と閃華は大いに納得した。

 だがその話を思い出したことにより、その時の悔しさがこみ上げてきたのかミリアはとんでもない事を言い出す。

「でも今はシエラと琴未が居ないからやってみても大丈夫だよね」

「いや、ちょっと待って、いや、待ってください」

「何で止めるの昇?」

 不思議そうな顔をするミリア。これは確実に何で止められたのか分かっていない。だがはっきりということが出来ない昇は苦肉の策に出る。

「いや、あの、閃華さんがお話があるようで」

 とりあえず閃華に振る事にした昇。閃華は呆れた目線を昇に送り、昇はミリアに見えないように頭を何度も下げる。

 閃華は溜息を付くとミリアに話しかける。

「ミリア、朝食の用意はシエラと琴未が言い出したことじゃ。じゃからミリアがやる必要は無いぞ」

「けど、お腹空いた〜」

「しかたないのう、これでも食べておけ」

 閃華が取り出したのは袋に入った何か。ミリアは袋を受け取ると中身を確認する。

「なにこれ?」

 見ても分からなかったのだろう。中身を閃華に確認する。

「骨せんべいじゃ」

「なにそれ?」

「残った魚の骨をカラカラに炒めた物じゃ。それでも食って大人しくしておれ」

 閃華さん、何でそんな物を持ってるんですか?

 だがこれが結構美味しいらしく、ミリアは骨せんべいを美味しそうに食べていた。おかげでミリアは大人しくなったが昇もそろそろ朝食にありつきたいのも確かだった。

 骨せんべいを一つ貰う昇。

 あっ、結構美味しい。

 意外といける骨せんべい。昇は骨せんべいをかじりながら閃華に訪ねる。

「これって閃華のおやつなの?」

「いや、酒のつまみじゃ」

「……いや、酒って」

「毎晩は飲んでおらん。じゃがときどき奥方に誘われるのでな、そのときにつまみとして出しておるんじゃよ」

 母さん、閃華にお酒を付き合わせないでよ。いや、閃華は精霊でもう人の一生を五回ぐらい生きてるって言ってたからいいのかな。

 結局納得してしまった昇が骨せんべいをかじっていると、突然目覚ましが大きな音を立てて鳴り始めた。

 だが誰一人として目覚ましを止める者は居ない。

 そしてリビングに突然シエラと琴未が現れる。二人とも精霊武具を身につけていて結構汚れいる。それに髪も凄い事になっていた。

 そんな事を気にせずに琴未は目覚ましを止めると、この時を待っていたかのようにミリアが騒ぎ出す。

「ご飯ご飯ごっはん───!」

「あ─っ、もうっ、分かってるから静かにして! こっちは一戦して疲れてるんだから」

「そんなの二人の勝手だもん。だから早くご飯」

「はいはい、分かったわよ」

 台所に戻って行くシエラと琴未。昇が時間を確認するといつもと同じ時間だった。

 今日も遅刻しないで済みそうだね。というか、二人とも毎朝毎朝よく飽きないで喧嘩するよね。

 どうやら二人が巻き起こす朝の騒ぎは毎日らしい。そこで閃華の提案で目覚ましをセットして、それが鳴ったら時間ギリギリだから二人は喧嘩を止めるというルールが決まった。

 おかげで今日も昇は遅刻せずに学校に行く事が出来る。