繋ぎの龍

 

埼玉県秩父市秩父神社

 

 狭い谷に広がる田畑、それはどこにでもある珍しくない風景。ここは武蔵国、または武州秩父村と呼ばれる場所。

 何の変哲も無い田舎そのものだが、今では村人を困らせる事態が巻き起こっていた。

「まただ、またやられてる」

 五郎作(ごろさく)は自分の畑を前にして、膝を地に付けて目の前の真実を受け入れられないでいた。

 五郎作がこうなるのも仕方が無い。なにしろ自分の畑が荒らされている、しかも尋常ではない荒らされ方だ。

 水浸し、そのうえ嵐でもこうはならないほど土が掘り返されて縦横無尽に溝が走っている。

 昨日は嵐どころか雨すら降っていない。だから畑がこんな事にはなり得ないのだが、目の前の畑は無残な形となっている。

 最近秩父ではこういう被害が多発していた。

 雨が降っていないのに田畑が水浸しになり、乱雑に掘り返されたように溝が出来る。昨日まではいつもどおりの田畑なのだが、一晩で無残な形になるものだから村人の衝撃は大きいものだった。

「村長! こっちだ、五郎作の畑だ!」

 そこに連絡を受けた村長がやってきた。村長だけではない、村人もぞくぞくと五郎作の周りに集まってくる。

 村長は五郎作に掛ける言葉が見つからず、先に集まってきた村人に昨日の夜について聞く。もちろん、五郎作の畑をこんな風にした犯人を探し出すためだ。

 だが誰一人、昨日の夜は外に出た者は居なかった。

 村長は深い溜息を付くと五郎作の隣に座り肩に手を掛ける。

「五郎作、お前の畑をこんなにした奴は必ず何とかしてやる。だから、今は畑をどうにかする事だけを考えろ」

「けど村長!」

 悔しさで涙を流しながら五郎作は村長にすがるように訴える。

「ウチはここ以外に田んぼもやられてるんだ! もう年貢どころか食っていく事も出来るかどうか分からねえ。オラは、オラ達はどうすればいいんだ?」

 泣きながら崩れ落ちる五郎作。村長も村の人達もなんて言葉を掛ければ良いのか分からず、ただただ五郎作の嗚咽だけがその場に響いた。

 村の人達もそれぞれ被害に遭っているのだが、五郎作の所が一番酷かった。田んぼは全て潰され、今年は米が取れないことは確定している。更に畑もいくつも潰されて残り二つになってしまった。

 そのうえ五郎作には年老いた両親と幼い子供が三人居る。とてもこの状況では家族を食べさせていく事は不可能だ。

 村長は泣き崩れている五郎作の背中を優しく撫でる。

「大丈夫だ、五郎作。お代官様も村の事は充分に分かってくださってる。だから年貢は納められる者だけが納めればよいと言ってくださった。それにお役人様も動いてくださってる。もうじきなんとかなるだろ」

「けど、けどよ」

 だがそれでも進展が無いのも確かだった。役人が動いているのに未だに誰かを捕まえる気配は無かった。それどころか目星も付いていないらしい。

 そんな状況だ。このまま事態が続けば村は逼迫(ひっぱく)して行くのは必至。

 村長は少し考え込むと、何かを決意したように村人を見回す。

「村の衆」

 一斉に村長に目線が集中する。

「このままでは五郎作と同様、村の田畑は全滅するのを待つだけだ。お役人様も動いていらっしゃるが手が足りない。そこでだ、ワシらも動こうではないか。ワシらの田畑をこんなにした奴を捕まえようではないか」

 村長の言葉に最初は戸惑う村人だが、すぐに村長に同意する者が出た。

 明日はわが身、その思いが村人を決断させていく。

 次々と賛同する者が出る中で五郎作も同意、その意気込みは鬼気迫るものがあった。

 絶対、絶対にウチの畑をこんなにした奴を捕まえてやる!

 田畑を壊滅状態に追い込まれたのだから五郎作の気持ちも分からなくはなかった。その気持ちを村長は汲んだのだろう。五郎作に自警団の指揮を任せて、手が空いている者は五郎作の田畑を再生するために手伝うように言い付けた。

 そしてその場は解散となった。

 

 

 家に帰った五郎作は真っ先に刀を取り出す。

 秩父では甲源一刀流と言う剣術の流派が広まっており、その門人はほとんど農民だ。だから五郎作が甲源一刀流の門を叩き、門下に入るのも何ら不思議な事ではなった。

 刀の状態を確認する五郎作。そんな五郎作に妻の梅は恐る恐る声を掛けた。

「あ、あんた?」

 突然帰って来たと思ったら刀を取り出しているのものだから、いぶかしむのも無理は無い。そのうえ五郎作は鬼にでもなったかのような形相をしている。何かあったのは確かなようだから、梅は少し怯えながら五郎作に声を掛けたようだ。

「また、またウチの畑がやられた」

 梅に背を向けたまま、五郎作は呟くように報告する。

 驚愕した梅は五郎作の背に駆け寄ると双肩を掴み喚き散らす。

「またって、あんたどうすんだい! ウチには米も野菜もほとんど残ってないんだよ! このまま何も採れなかったら」

「分かってる!」

 梅を怒鳴り付けて黙らせると刀を鞘に戻して振り返り、今度は五郎作が梅の双肩を掴み真っ直ぐ見据える。

「だからオラの手で畑をめちゃくちゃにした奴を捕まえるんじゃねえか! そうすればお代官様から褒美も出る、来年まで食って行けるんだ」

 そう、それしかねえ。もうそれしかねえんだ。

「捕まえるって、あんた。そんな危険な!」

「だがそれしかねえんだ! 危険なのは分かってる。だがやらねえと、後は……口減らししかねえ」

 さすがに黙り込む梅。

 逼迫しているこの状況。確かに打開策が無ければ後は口減らし、両親か子供達を手放さなくてはいけない。両親は確実に死に、子供達はまともな人生を歩めなくなるだろう。それだけはどうしても避けたかった。

 だからオラが捕まえなくちゃいけねえんだ。

 もう手はそれしか残っていない。家を守るためには多少の危険など考慮に入れる隙間も無かった。

 意を決した五郎作はすぐに次の行動に出る。

「梅、すぐに布団を敷いてくれ」

「布団なんか敷いてどうするんだい? まさか寝るのかい?」

「ああ、寝る」

 突然の言葉に梅は呆けてしまうが、五郎作はそんな梅を見て溜息を付くと丁寧に説明する。

「あのな梅、田畑を荒らしてる奴は必ず夜に来る。だからこっちも夜通し田畑を見張ってねえといけねんだ。そのためには今寝とかねえといけねえ」

「あぁ、そうか」

 やっと五郎作の意を理解する梅はすぐに布団を用意する。

 待ってろ、絶対に捕まえてやるからな!

 鬼以上の闘志を燃やし、五郎作は夜に備えた。

 

 

 幽霊がよく出るという丑三つ時はとうに過ぎた。途中、夜回りをしてもらっている役人達に出会ったが、すでに引き上げたようだ。

 それもしかたない、月はとうに輝きを失って白くなっている。それに東の空が少しだけ白味を帯びてきた。夜明けは近いようだ。

 今日はダメか。

 後一刻もすれば夜が明けるだろう。一晩中、村の田畑を見て周ったが未だに変化は無い。空振りに終わりそうな気配に、五郎作は林を背に座ると提灯の火を消した。少し明るくなってきたから、もう必要ないのだろう。

 まだだ、まだ一日目じゃねえか。

 さすがに夜通し歩き回って疲れたのだろう。五郎作のうな垂れて気持ちは折れそうになるが、それを気合で持ち直す。

 ここでしっかりしねえでどうする! おっとうやおっかあ、それに梅と子供達を守らなくちゃいけねえんだ! 

 気合を入れなおして顔を上げる五郎作。だがその顔はすぐに不思議そうな顔になった。

 あれ、どうなってんだ? さっきよりも……暗い。

 朝が近いというのに暗くなっている。いや、暗くなっているのは五郎作の近くだけだ。

 不思議な出来事に五郎作はふと天を仰ぐと、自分の目を疑いたくなるほどの驚愕な光景が飛び込んできた。

 なっ、なんじゃありゃ!

 紺青(こんじょう)に染まった空に漆黒の長い影。蛇のように長い影を五郎作に落としながら、それは村の上を飛んでいた。

 りゅ、龍じゃ! あれは龍じゃ!

 その龍は村の上を品定めすかのように田畑を見て周っている。そしてこの場には気に入った所が無かったのだろう、龍は移動を開始する。

 慌てて立ち上がる五郎作は急ぎ龍の後を追う。

 なんじゃ! なんで龍が現れるんじゃ!

 ワケが分からず驚く事ばかりだが五郎作は龍の後を追い駆ける。それにどんな意味があるのかなんて気にしている場合ではない。田畑を荒らす犯人の事など忘れたかのように五郎作は龍の後を追って駆ける。

 だが相手は空を駆る龍。地上で必至に走っている五郎作の事など気にも留めない。だから五郎作は途中で何度も道無き道を進まざる得なかった。

 そしてやっと龍が止まった。

 五郎作も藪の中から龍の様子を覗き見る。

 なんじゃ、どうしたんじゃ。……あっ、あそこは三郎の畑じゃねえか!

 三郎の畑をじっと見詰める龍。そして大きな口をあけると大量の水を吐き出し、畑をドロドロにしてしまった。

 なっ!

 龍はそのままドロドロになった畑にその身を付ける。そして泥遊びでもしているかのように、泥を自身の体に付着させていった。

 一時泥の戯れて満足したのだろう。龍は畑だった所から再び体を上げると、再び口から水を吐き出して体の泥を落としていく。

 その様子を藪の中でじっと見ていた五郎作は憤怒に震えていた。

 あいつが、あの龍がオラの畑をやったのか!

 先程まで龍が泥遊びをしていた所は五郎作の畑同様に龍の跡である溝が走っており、今も龍が吐き出している水によって水浸しになっている。それは被害に遭った田畑同様の姿だった。

 今すぐに飛び出して斬り付けたい五郎作だが龍は上空におり、一人で討ち取れるほどの武勇を持っているわけでもなかった。

 歯がゆい気持ちを抑え込み、龍の動向を見守る五郎作。体を綺麗にした龍は再び移動を開始した。もちろん五郎作も龍の後を追う。

 龍がいる上空を見ながら走り続けたため、五郎作は何度も転び、道無き道を進まなくてはいけなかった。それでも五郎作は諦めることなく龍の後を追う。

 龍の正体が分かれば討ち取る事が出来る! オラ一人では無理かも知れねえが、村の衆もお代官様も協力してくれるはずだ。そのためには、なんとしても龍の正体を見届けねえと。

 あのような龍と正面から戦っても勝ち目が無いのは明らかだ。だが龍になんらかの正体があれば打開策を講じることが出来る。五郎作は龍を倒すために、今は必至で龍の後を追いかけて行く。

 そして龍が辿り着いた場所。そこは秩父大宮妙見宮、またの名を秩父神社と呼ばれる場所だ。

 なんで龍がこんなところに? ここに龍神は祀ってないはずだ。

 ここに祀ってあるのは八意(やごころ)思兼(おもいかねの)(みこと)、知識の神様で龍神は一切関係ない。

 やっぱり(あやかし)か!

 そうなると龍は神ではなく妖、人に害をなす化け物ということになる。

 龍は本殿の右側へと回りこみ、五郎作も龍に気付かれないように後を付けて物陰に隠れる。

 一点を見つめるいた龍は突然光だして辺りを照らし、五郎作も目を開けてはいられないほど眩しい。そして光が消えて五郎作が目を開けると、龍の姿はどこにもなかった。

 物陰からゆっくりと出る五郎作。まだどこかに龍がいるかもしれない、という恐怖心を抑えながら龍がいた場所へと近づく。

 だが辺りには龍どころか何もいなかった。いつものように静かな朝を迎える神社、そうした風景があるばかりで怪しいところは何も無い。

 一応神社の周りを見て周る五郎作だが、龍の形跡すら見つけることが出来なかった。

 龍がいた場所に戻ってきた五郎作。捕り逃したと思い悔しさがこみ上げてくるが、突如五郎作の耳に小さな音が聞こえてきた。

 なんじゃ。……これは、水の音?

 微かに聞こえる水が落ちる音。五郎作は音が聞こえてくる方向、本殿へと目を向ける。

 なぜ水溜りが?

 本殿の近くには小さな水溜りが出来ており、未だに上から水が滴り落ちて来る。そのまま目線を上に上げる五郎作。そしてそこには。

 龍じゃ! 龍がいた!

 龍はいた。だがそれは龍の彫刻。けれども龍の体は濡れており、そこから水が滴り落ちている。

 そうか、この龍が暴れておったんじゃな。

 遂に龍を見つけた五郎作。だが突然龍の彫刻が光りだした。慌てて身を隠す五郎作は息を潜めて龍の彫刻を凝視する。

 そして光が止まると、龍の彫刻からは人魂のような物が出てきて、そのままフワフワとどこかに移動していく。

 龍の正体も分かり、後はこの龍をどうにかするだけだが、人魂も気になる五郎作はその後を追うことにした。

 先程の龍とは違い、ゆっくりと漂うように移動する人魂。五郎作も気付かれないようにゆっくりと進む。

 そして人魂が辿り着いた場所。

 ここは、一五番か。

 秩父には三四の札所があり、札所めぐりでは順に周る事になっている。ここはその一五番目の少林寺。

 人魂は少林寺を通り過ぎると更に奥に向かう。

 一体どこまで行く気だ?

 この少林寺に住み着いているのはないようだ。人魂は更に奥へ奥へと向かい、辿り着いた場所は天ヶ池だ。

 池の中にスーッと入っていく人魂。

 そういうことか!

 やっと全てを理解した五郎作。

 そう、全ての元凶はこの天ヶ池に住む人魂。どういう理由でこの池に住み着いたのかは分からないが、神社にある龍の彫刻に入り込むことによって龍の体を得ていた。そして龍の体を得た人魂は田畑を荒らしまわっていたわけだ。

 今すぐに人魂を退治したい五郎作だが、あんなものをどうすればよいのかまったく分からなかった。

 しばらく天ヶ池を睨みつける五郎作。そうしているうちに夜は明けて朝が来た。

 

 

「龍だ! 神社の龍がやったんだ!」

 昨日と同じく、被害に遭った三郎の畑に集まった村人に対して五郎作は到着するなり、そう大声で言い張り、先程見た事を説明した。

 だが五郎作の説明を聞いた村人達も信じられないという顔をしている。まあ、無理も無いだろう。五郎作自身も未だに信じられないのだから。

 それでも見たものは見た。必死になって言い続ける五郎作。村長はそんな五郎作の前に進み出た。

「五郎作、お前自分の畑をやられたから気がふれたのはないか?」

 どうやら村長も信じる気にはなれなかったらしい。それは村人も同じようで同意するように頷いている。そしてそんな態度を取られれば五郎作も当然むきになる。

 怒鳴りつけるように周りに言い続ける五郎作。そして村長にも必至に訴える。

「けど見たものは見たんだ! それに村長、今回の事をオラに任せてくれたのは村長だ。そのオラの事を信じないってのは無責任でねえか!」

 なるほど、そう言われるとそうだと、村長は考え込む。

 確かに今回の事を五郎作に任せたのは村長だ。だから村長には五郎作が言い出した事を収拾させる責任がある。ここで村長は一つの妙案を提示する。

「なら、五郎作が言った事を確かめてみようではないか」

 不確かな事なら確かめてみればいい。それで全てがはっきりするのだから。

「確かめるって、どうやってだ?」

「なに、簡単な事だ。これから十日程、毎日神社の龍を見張るんじゃ。五郎作の言ったとおりなら龍が抜け出すところが見れるじゃろ。そして見間違いなら何も起こらん」

 なるほどと村人は納得したように頷き、五郎作も同じように納得した。

 この村長の提案により、五郎作と村人数名、それからお役人まで毎晩神社を見張る事になった。

 これで龍退治が出来る!

 五郎作は畑の敵が討てると乗り気だが、数日の間はそのやる気も空回りするだけだった。

 

 

 張り込みを始めてから五日。未だに何も起こらなかった。

 村の衆どころか役人までいい加減に飽きてきたようだ。中には見張るのをやめて寝てしまう者まで出てきた。まあ、五郎作の話し自体が信じ難いし、これといった証拠も無かったのだから飽きられても無理は無い。

 そんな中で五郎作は辛抱強く人魂が来るのを待った。あの時見たものは間違いない、そして田畑をめちゃくちゃにされた恨みを辛抱強さに変えて五郎作は龍を待ち続ける。

 そして六日目の朝方、ついにその時は来た。

「来た、人魂が来たぞ」

 飽きてすっかり眠りこけている村の衆や役人を静かに叩き起こす五郎作。叩き起こされた人達は眠りを邪魔されてすっかり不機嫌だ。それでも自分の役目を覚えているんだろう、龍の彫刻へと目を向ける。

「……なにも起こってないぞ」

「さっき人魂が龍の中に入った。もうじき龍が動き出すぞ」

 ほんとかな、と疑わしげな顔になる周りの人達を放っておいて、五郎作は龍の彫刻を凝視する。

 そして突然強い光を発する龍の彫刻。五郎作も含めて誰もが目を開けることが出来なかった。光は徐々に弱まり、辺りは元の暗さを取り戻した。

 ゆっくりと目を開ける見張りの衆、辺りを見回すが何も変化は無い。そんな中で五郎作は黙って天を仰ぎ、指し示していた。

 五郎作と同じく上を向く見張りの衆。

「ぎっ」

 思わず悲鳴を上げそうになった者の口を塞ぐ五郎作。他の者にも「黙れ」と言い渡して気付かれないようにする。それはそうだろう、上空にいる龍に襲われたら五郎作達は一貫の終わりだ。

 幸いにもそれ以上は声を上げる者はいなかった。数人は腰を抜かして声も出せなかったのだろうが、龍に気付かれる事は無かった。

 そして龍は田畑を目指して飛び去っていった。

 

 

「見たか! オラの言ってた事は本当だったろ!」

 物陰から出た五郎作は龍が完全に飛び去った事を確認すると、物陰から出てきた見張りの衆にそう威張り、言い張った。

 これにはただ頷くことしか出来なかった見張りの衆。実際に目の前で龍が現れたのだから疑いようが無い。あと疑うとすれば自分の目と頭だけ、だが多数の目撃者がいる中でそれは無意味だ。

「確かに龍は出た。五郎作の言ったとおりあの龍が田畑を荒らしているというのも本当だろう。後は……あの龍をどうするかだな」

 役人を取り仕切る者がこれからの対策を相談してくるが、そればかりは五郎作にも良い案は無かった。

 結局、その場で話し合っていても何も打開策は出ないと思ったのだろう。龍が帰って来た時に見つかるのもマズイし、その場を早々に離れる事になった。

 そして朝を迎える。

 村長も含めて被害に遭った田んぼの前で見た光景を話す役人。さすがに役人が話した事だけに、それなりの説得力があったようだ。

 今度こそ納得する村長と村人達。さすがにこれだけの人数が同じ事を言えば信じざる得ないのだろう。

 だがそうなってくると問題は一つ。

「神社の龍をどうするかじゃな」

 龍の彫刻を取り壊そうという案も出たが、それは役人達が猛反対。あの彫刻は神君家康公が奉納した名品だから取り壊すのはもってのほかだという。

 江戸や京から祈祷師や陰陽師を呼ぼうという案もあったが、ただでさえ田畑が荒れて藩の財政は逼迫しているというのに呼ぶだけの金は無い。それに江戸はともかく京から出てくるとなると時間が掛かりすぎる。その間に田畑は全て潰されるだろう。

 結局、なにも妙案が出てこずに時間だけが過ぎていく。だが何かしら手を講じないと田畑は荒れるばかりだ。

 皆が黙り考え込んでいる時だった。村長が突如手を叩き、視線が一気に村長に集まる。

「なにか妙案が出たのか?」

 役人が聞いてくると村長は頷き、五郎作に目を向ける。

「五郎作、その人魂は龍の彫刻に入る事で龍の体を得ているんじゃな?」

「そうじゃが」

 今更そんな事を聞かれてものう。

 それは五郎作が何度も説明した事。だが村長はそこに打開策を見出したようだ。

「つまり、天ヶ池に住む人魂だけではどうにも出来ないとうことじゃ」

 それは分かっている、と言いたげな顔になる役人達と村の衆。だが村長は笑みを浮かべると更に説明する。

「要するに人魂に龍の体を与えなければよいだけだ」

「だがどうやって?」

「それは簡単じゃよ。龍が出れないように縛り付けてしまえば良い」

 なるほどと、感心する村の衆と役人達。確かにそれなら彫刻も守られるし、村の被害も収まる事になる。だから誰も反対する者は出なかった。

 そして方針が決まった役人達はすぐに動き出す。

「では我等はこの事を報告してから鎖を持って来よう。村の衆は神社に集まって龍を縛り付ける準備をしておいてくれ」

 駆け出していく役人達。村長も村の衆をまとめると神社に集合するように言いつける。

 神社にはすぐに足場が組まれて、いつでも龍を縛り付ける準備が出来ていた。

 そこへ鎖を持って到着した役人達。だが役人達の中には意外な人物がおり、足場の上にいた村人はすぐに降りて他の村人と同様に平伏する。

「お代官様直々に御出で下さるとは」

 村長が村を代表して代官を迎え入れる。まさか代官が出てくるとは村の誰もが思っていなかったようだ。だが代官はそんな村人達に笑顔を向ける。

「なに、散々苦しめられた龍を一目見ようと思ってな。……これが、その龍か」

 龍の彫刻に目を向ける代官。

「はっ、今朝方この龍が出て来るのをしっかりと目にしました」

 見張りをしていた役人の一人がそう代官に報告する。

「家康公が奉納した名品と聞いていたが、名品故に妖も宿りやすかったのだろう」

 龍の彫刻から目線を外した代官は次に村人達に目を向ける。

「五郎作はおるか?」

「はっ?」

 まさか自分が呼ばれると思っていなかった五郎作はつい間抜けな声を上げてしまうが、すぐにちゃんとした返事をして代官の前に進み出る。

「そなたが五郎作か?」

「は、はい」

 内心かなり動揺して平伏する五郎作。まさか代官の前に出るような事になるとは思ってもみなかったのだろう。だが代官は五郎作に笑みを向ける。

「よくぞこの龍が田畑を荒らしている事を突き止めた! 後で褒美を出すから代官所まで取りに参れ」

「はっ? ははっ〜」

 思ってもみない。いや、期待はしていたがまさか期待どおりになるとは思ってみなかった五郎作は平伏しながらも満面の笑みを浮かべる。

 代官は作業に取り掛かるように命じると龍に鎖が巻かれる。これで被害が収まればと村人達が期待する中で、遂に龍は縛り付けられた。

 

 

 それからというもの、田畑が荒らされる事は無くなり、平穏な田舎に平穏な時が戻った。

 五郎作も代官から出た褒美により、恙無(つつがな)く暮らす事が出来ている。

そして村を苦しめていた人魂はというと、体が無い限り悪さは出来ないらしい。そして体に出来るのは、名品と呼ばれるものに限られているらしい。

名品には職人の魂が宿るというが、どうやら別の魂も宿るらしい。だが今では宿る事が出来る体はどこにも無い。

 だからこの人魂が天ヶ池から出る事はもう無くなった。

 ある村人の話ではどこかに住まいを変えたらしいが、そんなことはどうでもよい事だった。

 なにしろこの秩父ではあの人魂はもう悪さが出来ないから。

 そして神社の龍はというと未だに鎖で繋がれており、未来永劫に鎖が解かれる事は無いだろう。この龍が縛られている限り、この地は平穏であり、縛られている龍がそれを示しているのだから。

 

 

 

 

 

後書き

 そんな訳でお送りしました。妖語(あやかしがたり) 繋ぎの龍。いかがでしたでしょうか?

 まあ、この話は私の生まれ故郷である秩父に伝わり、今現在でも秩父神社に存在する繋ぎの龍、その話しを勝手に書かせてもらったものです。ですから、今現在でも秩父神社にはつなぎの龍と言われる鎖が巻かれた龍の彫刻が存在します。秩父に行った際にはご覧になるのも良いかもしれませんね。

 さてさて、この話は資料があまりなく、しかも幾つか食い違う部分がありました。龍は天ヶ池に住んでいたとか、だがそれだと神社の龍を縛る意味なくね? ただ龍が暴れまわったとか、ならなんで龍を縛る事になったんだ? などなど、いろいろな伝承が伝わっているようです。まあ、そのまま書くと話がまとまらないので、勝手にまとめさせてもらいました。したがって、この話が正しい訳ではないです。というか、大部分は作らせて貰いましたので、話の内容が違うとかいう苦情は受け付けません。ただ、先程も書いたように勝手に書かせてもらったので、秩父神社から苦情が出た際には、このページは撤去させていただきます。そんな訳で秩父神社の方、出来れば優しい目で見てください!!! お願いします!!!

 さてさて、言い訳も終わったので、ここで少し宣伝をさせてもらいます。というか、お願いですね。

 え〜、そんな訳で冬馬大社では各地の地方に伝わる伝承を探しております。簡単に言うとネタをください。私自身も探しておりますが、どうしても限界があります。そこで、私のところにはこんな話があるよというのを募集しております。

募集の絶対条件としては、伝承を裏付ける証拠が有る事、今回の話で言えば神社のしばりの龍ですね。これは実際に鎖が巻かれた龍の彫刻があります。と、このように何かがあって、それにまつわる話しを探しております。

更に出来る事なら鬼や龍、妖怪たぐいが出てくる話が良いです。一応タイトルが妖語なので、妖にまつわる話しを募集しております。

最後に、頂いた話は極力書くようにしますが、時間の都合上、または資料が足りずに話が思い浮かばないという場合には書かない事もありますのでご了承ください。まあ、資料が無くても大半は作りますので、決して文句は言わないでください。

ではでは、皆様からのご提供をお待ちしております。出来れば資料が多くあるサイトを添えていただくと助かります。

ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に感想などもお待ちしております。

以上、秩父神社で若く可愛い巫女さんを沢山雇う事を密かに願っている葵夢幻でした。……ごめんなさい。・゚・(ノд`)・゚・。