暁と鏡は猫の道
第二話
久しぶりだな皆の衆、猫貴族のハクだ。何? 覚えておらんだと。それでも一向に構わんがな。人間に覚えて貰おう何ぞ我輩は思っておらん。
そんな事よりもだ。我輩は今、非常に不愉快である。
少し前から我輩を付回している奴がいるからだ。我輩に嫉妬する猫ではない事はすぐに分った。それはあまりにも不自然で気配などまったく消してないからな。
それに図体が無駄にでかい。見ずとも人間だと、すぐに察する事が出来たわ。
しかもその人間は何度か見たことがある。何でも動物学者とかいう奴らしい。まったく、我輩に惹かれるのは分るが、ここまでしつこいと嫌気がさしてくる。しかもその人間は自分が見つかっていないと思い込んでいるらしい。
困ったものだ。
だが我輩は寛大だからな。そのような人間でも威嚇はせずに接見を許すのだが、我輩と目を合わすと逃げ出してしまう。やはり我輩のような高貴な者に近づき難いのだろう。
だから遠巻きに見ている事を許しているのだが、ここまでしつこいと少しばかり威嚇したくなってくる。普通の猫ならとっくに威嚇しているだろう。そこが下賎の猫と我輩の違いだ。
高貴な者は寛容でなくてはいかんからな。例え不愉快であっても、それを許す心を我輩は持っているのだ。
それにしても、あの人間は時々独り言を発しているな。何を言っていることやら。
……いや、違うぞ。気になっているのではないぞ。ただ高貴な者として下の者の考えを理解してやらないと、そう思っただけだぞ。
どれどれ、人間はどこで何をしておるのかな。
んっ、かなり離れた曲がり角に姿を隠しておるな。それに……丁度独り言を言っているようだ。人間には聞こえない距離だが猫の聴覚ならしっかりと聞き取れる範囲だな。
さて、何を言っているのやら。
「こっちを見てるな。気付かれたかな? でも猫の研究を続けるために諦める訳にはいかない」
どうやら我輩を観察しておるようだな。いつの世でも下の者は上の生活に憧れる物だから、それぐらいは許してやろう。
「まだこっちを見てる。何かに気を逸らせてくれないかな」
どうやら我輩の視線が気になるようだな。しかたない、ここは気付かないフリをしてやろう。やれやれ、我輩ほどの猫になると周りに気を使う事が多くなっていかんな。
では顔を前に戻して、ついでにこの姿勢も疲れたから伸びでもしとくか。ん〜、おっと欠伸まで出てしまった。今日は心地良い気温だから欠伸も自然と出てくるな。
「あっ、やっとあっちを向いてくれた。……それにしても、何でいきなり伸びをしたんだろう」
そんなのは同じ姿勢をしていたからに決まっておろう。人間に限らず動物なら、同じ体勢でいると伸びをしたくなるものだ。まったく、そこに疑問を感じるとは、あの人間もまだまだ真理が分っておらんのう。
それにしても……さすが我輩だな。一挙手一投足まで見られておるとは、これが高貴な血ゆえの宿命という物だろう。どれ、ここは一つ高貴な者の振る舞いを見せてやろう。
手始めに毛づくろいだな。我輩のやり方は普通の猫とは違い、しっかりと作法に乗っ取ったやり方をしておるからのう。じっくり見ておるなら参考になるだろう。
では始めるとするか。まずは前足からじっくり舐める。何も分っていない猫なら、そのまま顔をやるのだが、それだと前足の汚れを顔に擦り付けるような物だ。高貴な猫はじっくりと前足の汚れを落とし、毛並みを整えてから顔をやるのだ。
前足の毛並みが整ってないと顔の毛並みも整わんからな。だからこう、じっくりとそして丁寧に前足を整える。
大事だぞ、これは凄く大事だぞ。ここを疎かにすると次で失敗するからな。分っておるか、これは大事だぞ。
それをこう、じっくりと整えてだな。充分に整ったら顔を……殴る!
撫でるではないぞ、殴るのだ! ここで優しくやっては意味が無い。毛並みに合わせて鋭いパンチを放つからこそ、最も美しく整うという物だ。だから殴る! 素早く! 鮮やかに! そして華麗に!
……ふっ、下手な猫なら痛みを伴うが、私ほどになればまったく痛くは無い。これが高貴な技というものだ。
「って! あの猫、顔の洗い方が激しくないか。よっぽど痒かったのかな? それとも何か別の意味が?」
我輩の技に人間も驚いているようだな。我輩ほどの者になれば顔の毛並みを整えるだけで注目を浴びるという事だ。
次は首の毛を整える。普通の猫はこれをやらんが、高貴な猫はそこもしっかりと整える物だ。
さすがに首は舐めたり、前足では出来んからな。ここは後ろ足を使う。
少し体勢を傾けて、そして足の爪を思いっきり出し……斬るべし!
毛並みに逆らう事無く爪という刃を通す! 素早く! 軽やかに! そして寸分の狂いも無く!
人間で言うと櫛を通すのと同じ事のようだな。だが猫は人間と違って道具などは使わん。道具以上に使い慣れた爪を使うからだ。道具に頼っている人間とは格が違うのだよ、格が。
「今度は首を思いっきり掻いてる! なんだあの猫、普通の猫とは違うぞ!」
やれやれ、この程度であそこまで驚くとは。よっぽど高貴な物とは縁が遠かったらしいな。これを機に勉強すると良いだろう。
さあ、思う存分見るが良い。これが高貴な者の振る舞いだ!
……いかんいかん、ついつい調子の乗ってしまった。少しサービスし過ぎたかもしれんのう。
さて、あの人間はどうしてるかな?
「猫ってあんな行動をするんだ。こんなのどの本にも載っていないぞ。……もしかして新発見か! これは是非とも行動の意味を解き明かさないと」
……あやつはバカか?
いや、それを言うなら人間の考えがバカと言えるな。
っと、いきなりこんな事を言っても人間には分らんか。
我輩の取った行動は我輩が幼少の頃より教えられた振る舞いだ。そこに意味などは無い。強いて上げるとすれば、自分を自分らしく見せるためと言えよう。
つまり自然と取った行動だ。そこに意味などという物は存在しない。全ての行動に意味があると信じているのは人間が愚かだからだ。
物事全てに意味がある訳ではない。特に意味の無い物は世の中に溢れるぐらい存在している。人間はその事全てに理由を付けようとしている。
例えば、何気ない行動を遊んでいるとか、本能がそうさせているとか、どれもこれも大して意味などいらない事だ。そうしたいから、そうしている。ただそれだけの事だ。
その中でも一番酷いのは生に意味を求める事だな。人間は特別だと思っているのだろうか。生などという物に意味などはまったくない。他の生き物と同様に繁殖し、次の世代に代わるだけの事だ。
それなのに人間は、生まれたからには必ず意味がある。そう思っているのだから愚かでしょうがない。自分という存在に理由が無いと生きては行けないと思っているようだ。
お前はそこに居る、ただそれだけの事ではないか。それなのに大層な理由を求めおってからに。
自分が何かしらの使命でも持っていると思っているのか? 生きる意味が無ければ生きていけないのか? ただ生きるという事がそんなに不満か?
そんな事を考えているのだから愚かだというのだ。どうして目の前の事実をそのまま受け止める事が出来ないのだろうか?
まったく、困ったものだな。
「そうか! あの行動は……」
やれやれ、あの人間も勝手に意味を付けたようだな。わざわざ意味を付けるのだからご苦労な事だ。
まあ、そんな事は人間が勝手にやってれば良い事だ。猫貴族である我輩にはまったく関係ないことだからな。精々、無駄な努力に精を出してもらうとしよう。
さて、人間に付き合ってやると疲れるな。ここらで我輩は昼寝をさせてもらうとしよう。
それではな。今度はいつ会うか分らんが、気が向いたら来るが良い。
後書き
そんな訳でお送りしました暁と鏡は猫の道ですが……やっぱり長いな、タイトルを略した言い方を考えた方が良いのかな。
……まあ、それは気が向いたらという事で( ̄ω ̄)
さてさて、今回の話ですが……相変わらず思い付きだけでやりました。その切っ掛けとなったのが某TV番組。
……いや、なんか、それを見たら思い出した事があって、それで書いてみました。まあ、その番組が何であっても突っ込まないで下さい。
突っ込まれてもリアクションが返せないからね( ̄ω ̄)
まあ、そんな訳で、すっかり忘れていた。というより、小説にしようと思わなかった事を今回を機に書いてみました。
それは……『物事には必ず意味があるとは限らない』という事。
実は言うと、私も思春期の頃には生きる意味を考えてみた事があります。それで達した結論がそれですね。
『何をしなくてはいけない』では無く『何をすべき』なのだと思います。
まあ、簡単に申し上げますと。あなたが生まれたのには意味は有りません、だから自分がやりたいと思った事を全てやって、その中から自分が『すべき』事を決めれば良い。そう思ってます。絶対『何かをしなくてはいけない』訳ではないのです。
だから何もしないも一つの結果ですね。
そんな答えを出した私は、とりあえず興味が沸いた事を片っ端からやってみました。まあ、失敗も多かったですけど、それで自分には向いていないという事が分っただけでも大きな収穫でしたね。
今のご時世、若い人は選択肢が多すぎて何をして良いのか分らないという人が多いかもしれません。けど、それは逆に言えば気になる事を全部やってしまえ、という事にもなります。
だから一昔前みたいに何かを無理して続ける必要は無く、続けられる事を続ければ良いのではないか、そんな事を思ったものです。
まあ、それが『今』だとも思っていますがね。けど、あまり口に出さない方が良いですよ。古い考えの人には受け入れられないでしょうからね。
そんな訳で、これを読んで何かをやってみようと思ったらやってみてください。例え失敗しても自分が損するだけですから。
けど『若いうちは苦労を買ってでもしろ』の意味はこの事だと思いましたね。私もいろいろとやって学ぶ事が多かったです。
さてさて、長くなりましたのでここいら辺で締めますね。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。
以上、やっぱりハクは上から目線なんだ、とかしみじみ思った葵夢幻でした。