暁と鏡は猫の道

 

 

 

 

 私の名前はハクヨルカルガツ=ヨーデンホルト。

 なに、変な名前だと? ふん、人間にそのような事を言われる筋合いは無いわ。

 我輩は由緒正しき血筋を持つ高貴な猫なのだぞ。見ろ、この立派な毛並みと黒い縦縞の模様を。人間はこの模様を黒虎などと呼んでいるが我輩に言わせれば虎などのような野蛮な種族と一緒にされるだけでも嫌になる。

 それに血筋を理解しない輩が多いのも不愉快だ。人間は野良猫などと呼びおるが、我輩はヨーデンホルト家の血を受け継いでおるのだぞ。そこら辺の庶民猫と一緒にされては迷惑というものだ。

 まったく、人間は高貴な血を理解できないから困ったものだな。

 まあ、説明した所で理解できないかもしれんからな。細かく説明するだけ無駄という物だろう。

 だから我輩の事はハクと呼ぶがよい。まあ、貴様らに呼ばれる事など無いだろうがな。

 

 

 さて、我輩はいつものように領地を見回っている最中だ。最近はどこから来たのかも分らない輩が多くて困る。

 だがそんな輩は我輩の威厳ですぐに大人しくなる。当然だ、我輩の領地で勝手な振る舞いは許されないのだ。

 ここ最近は数が多くて少し疲れてるのも確かだ。まったく、どこからこんなに流れて来るんだか。

おっと、愚痴を言ってもしかたないな。ここは一つ我輩の別荘でくつろぐ事にしよう。

 我輩は領地の中に幾つもの別荘を持っておるからな。領地の中ならいつでもくつろげるという訳だ。しかも別荘を管理している人間は珍しく我輩の高貴さを理解しており、しっかりともてなしてくれる出来た人間だ。

 我輩が行けばすぐに食事を出し、日当たりの良い昼寝場所をいつでも使えるように整えておる。まったく良く出来た人間も居るものだ。

 それでは、さっそく近くの別荘に行くとしよう。

 

 

 ここだ。ここはかなり広く、老夫婦が管理しておる。

 だが、ここ最近は何故か人間が多く駆けつけおり、ごった返しておった。別荘の噂を聞きつけて見学に来たに違いない。まったく、困ったものだ。

 まあ、そうなってもしかたないというものだな。ここの婦人はかなり出来た人間だ。我輩が来るとすぐに食事を出し、背中のマッサージまでやってくれる。その撫で方が絶品で我輩が虜になるほどだ。一度でも体験すれば病み付きになるのは間違いないだろう。

 ……夫の方は最悪で少なくとも紳士とは呼べんがな。

 では、さっそく魅惑のマッサージを味わいに行くとするか。

 いつものように手入れの行き届いた庭に降り立ち、中に向かって一声掛ける。そうすればいつものように戸が開いて……開いて。

 ………………。

 …………。

 ……。

 んっ、どうした事だ? 何故いつまで待っても開かん。 おっと、そうか、つい紳士に出すぎて聞こえなかったのだな。どれ、もう少し大きな声で。

 ……。

 おいっ、今のはかなり大きな声で呼びかけたぞ。それはもう別荘中に伝わるような声で、それなのに何故出てこないんだ。

 ……ふっ、面白い。これは我輩に対する挑戦なのだな。いいだろう、受けて立とう。出てくるまで叫び続けてくれるわ!

 …………。

 ……。

 ふっ、なかなかやるな。さすがに声がかすれてきたな。だが! 我輩は負けん。そうだ! この程度で負ける我輩ではないのだ。

 ……。

 ぐっ、まさかここまでやるとは、計算外だった。いや、我輩の計算に間違いなどあるはずがない。そう、最後に勝つのは我輩だ!

 ……。

 はぁはぁ、まさか、こんなはずは。……ふっ、だが我輩はこんな所では立ち止まれないのだよ。そう、あの時誓った約束を胸に、我輩は……そうであろう、トーマス。さあ、戦いで散っていった魂達よ。我輩と共に戦おうではないか!

 ……。

 我輩は……死ぬのか、こんな所で……ふっ、あっけないものだな。所詮、死などというものはこんなものか。だが、我輩は逃げたりなどはしない。受け入れようではないか、全ての運命を!

「んっ、さっきから五月蝿いと思ったらお前か」

 開いたな、では行くとするか。

 んっ、婦人の姿が見えんな。戸を開けたのも最悪の夫だからな、婦人はどこに行ったのだ?

……まあ、良い。我輩はくつろぐから食事でも出してもらおう。

 さて、とりあえず上がってと。

「こら! 勝手に上がるな」

 蹴落とされてしまった。まったく、これだからこの夫はどうしようもない。我輩を何だと思っているのだ。

 いつもいつも我輩を追い出そうとして、ここは我輩の別荘だぞ。まったく……まあ良い、すぐに婦人が来てもてなしてくれるだろう。それまでしばらく待つとするか。

 ……。

 おかしい。何故いつまで経っても婦人が出てこない。いや、それより、我輩はいつまでこの夫と睨み合いを続けなければいけないのだ。そろそろ緊張に耐えられなくなって……。

「……まあいい、餌が残ってるからな。それぐらいはやってやるか」

 おっ、引っ込んで行ったな。ふっ、我輩の威厳に恐れをなしたようだ。さすが我輩。

 では、さっそく上がって日当たりの良い場所に。

 ……んっ、なんだ、この匂いは。今まで嗅いだ事の無い匂いだな。まあ、悪くは無いが良い香りというほどでもないな。……なんとなくだが、我輩の感性が悲しいと告げておる。どうやらあまり良い物ではないようだな。

 我輩の別荘でそのような物があること自体が窺わしい。どれ、一つ調べてみるとするか。

 ……。

 この部屋だな。爪を入れて、しっかりと食い込ませ、全身を使って一気に引き込む! よし! 開いたな。まったく、ここは人間に合わせて作ってあるから戸を開けるのも一苦労だ。

 どれどれ、匂いの原因はと……これか。なんだ、緑の棒から煙が出ておる。しかも数本立っており、先端が赤くなっているな。何故このような事をしておるんだ? 何かの儀式か?

「ここに居たのか」

 んっ、なぜ夫の方が食事を持ってくるのだ。婦人はどうしたのだ?

「……お前には分るのか? あいつがもう居ない事が」

 居ない? どういう事だ? ってこら! きちんと説明せぬか。なんだ、変な飾りの前に座りおってからに。

 ……この、食事を飾りの前に置きおって。まあよい、そこで食事をしてやろう。

 では、さっそく。……んっ、なんだ、飾りの前にある机に婦人の絵が置いてあるな。

「あいつはお前を可愛がってたからな。お前も別れを言ってやれ」

 何を言っているんだ? まるで……そうか、そういう事か。

 婦人は……亡くなったのだな。おしい人が逝ってしまった。我輩を理解する数少ない人間なのに……そうか、亡くなったか。

 虚しい、実に虚しい。今、我輩の心を例えるなら、深海に沈んでしまった財宝を、って、こら! 乱暴に撫でるな! 我輩の毛並みはデリケートなんだぞ!

「……これから……いや、あいつには苦労をかけっぱなしだった。今頃気付くなんてな」

 ふん、後悔か。貴様にはお似合いだ。

「なんで、向き合ってやれなかったんだろうな」

 ……なるほど。だが今更そんな事を思っても遅いぞ。存分に悔やんで後悔するが良い、それが貴様の罰だからな。

 っと、我輩が罵っても婦人は喜ばんな。ここは一つ、哀悼の意を捧げるとしよう。

 ……。

 そういえば、婦人は私によくこぼしておったな。夫が話を聞いてくれない、一生懸命伝えようとしているのに伝わらない、だから我輩に聞いてもらってるのだと。

 この夫はようやく婦人がやりたかった事を理解したようだな。

「なんで……もう少し家の事に目が向けられなかったんだ」

 ふん、涙ぐんでも無駄だぞ。仕事とかいう事しかやっていなかった貴様が悪いんだ。と、普通の猫なら思うだろうが我輩は違う。こう見えても我輩は人間社会も充分に勉強しておるのだ。

 確かに人間は仕事をしないと生きては行けないだろう。だがな、仕事だけをしておれば良いという訳ではない。まったく、一生懸命になりすぎるのも人間の欠点だな。

「もう少し家に居る時間が多ければ」

 ふん、それは違うぞ、間違っている。

 重要なのは時間ではない。理解しようとする意思だ。

 貴様は婦人の言葉を聞こうとしなかったではないか。いくら婦人が伝えようとしても聞くほうが耳を塞いでいては意味が無い。

 ある人間は伝える努力が足りないとか、もっと必死になって訴えるべきだとか的外れな事を言うが、我輩に言わせればそういう事を言ってる時点で間違いを犯している。

 そもそもそういう人間は自分勝手だ。自分は何もしないから必死に伝えろと威張っているようなものだ。だから理解しあえないのだ。

 互いの理解を望むなら、聞く方も相手の意見を聞き、それを理解しようとする努力が必要なのだ。

 伝えようとする努力と理解しようとする努力があって始めて互いに理解できる。猫の社会では常識だ。

どうやら人間社会ではそういう事が出来ないらしい。まったく、困ったものだ。人間は伝える方だけに努力を求める、という考え方が主流らしい。それで互いに理解しようというのだ。最早、笑う気にもなれんな。

 だからこの夫に一番必要だったのは時間ではない。婦人を理解しようとする意思と努力だ。それがあれば時間など関係無く、婦人の事が理解できただろう。それが出来なかったから今頃になって後悔する事になるのだ。

 だからこの夫は最悪なのだ。

 

 

 ……味気無い。いつも婦人が用意してくれたのと同じなのだろうけど、今日はいつもより味気無い。

 しかたなかろう。なにしろ我輩の胸には大きな穴が開いたかのように風が吹いておるのだから。……なんとも味気無い食事だ。

 さて、婦人が居ないのではここにいてもしかたない。別な所に行くとするか。……もうここには来ないであろうな。我輩は食事だけをしに、この別荘に来ていたわけではないからな。我輩にとって一番大事なのはくつろぎよ。

 では、最後に。

 ……婦人よ。最後食事ご馳走になった。では、良き旅を……。

 

 

 

 

 






                                           後書き



 そんな訳でお送りしました暁と鏡は猫の道、いかがでしたでしょうか。楽しんで頂ければ幸いです。

 まあ、こんな感じの本文なのですが……ハクが凄く偉そうだ煤i ̄д ̄) しかもどこぞのエセ貴族っぽい( ̄д ̄;;)

 ん〜、初期設定……というか、思い付きと勢いだけで書いた作品になりましたからね〜。すっかりこのような形になってしまった。……まあ、いいっか〜。という事にしておきましょう。

 さてさて、今回は第一話となっているので、第二話なのですが……いつになるか分かりません。というか、いつものように出来上がったら掲載しますね。

 申し訳ない( ̄д ̄;;)

 ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。

 以上、……次にこのネタをやって良いのだろうか、とか迷ったりする葵夢幻でした。