あの大変な事になった日からか翌日、絢世はいつもと同じように起きて飯食って、そして学校へといった。そして教室に入ると視線が絢世へと一気に集まった。
 まあ、こんなナリだからな。しょうがないか。
 絢世は顔には大きなバンソウコウを張っており、袖口からは包帯が見える。
 昨日川菜に応急処置はしてもらったものの、家に帰ると母親は驚き、結果今の姿になったわけだ。
 その後、絢世は怪我の事で質問攻めにあうが適当に誤魔化して自分の席へと座る。
 どうせ本当の事を言っても信じないだろうし、昨日魔道士のバトルに巻き込まれて、しかも俺も魔道士になったなんて、只単に笑い者にされるだけさ。
 絢世は机に突っ伏して、他の生徒達は絢世の事をあまり気にせずに騒いでいた。
 だが、絢世は気付いていない。その中で只一人、絢世に注目していた人物といつもの日常がこれで終わりだということを。
 チャイムがなりホームルームの始まりを告げて担任の先生が入ってきた。一気に静かになる教室内、絢世はその静けさに何か嫌な予感がした。
 なんだろう、何か変な感じがする。
「突然だが、今日転校生が来たので紹介する」
 一気に騒がしくなる教室内、先生はそんな生徒たちを無視して廊下に向かって「入ってきなさい」と合図を出す。
 静かに開く教室の扉、絢世は背中に氷を入れられたように悪寒が走り、教室内は一気に静まる。
 そして入ってくる転校生。
 その瞬間、男性陣からは歓声が上がり絢世はその場に凍りついた。それもそのはず、その転校生は腰以上まで伸びた美しい髪を持ち、清楚な顔立ちの美少女だからだ。そして絢世とも顔見知りである。
 転校生は黒板に大きく自分の名前を書くと皆に向き直り、頭を下げた。
「伊達川菜といいます。皆さん、これからよろしくお願いします」
 また明日って言うのはこういう意味か───! いくら俺の魔力に興味があるからといって転校までするなよ!
「それじゃあ、席だが」
「あの、ちょっといいですか?」
 先生が川菜の席を指定しようとした時、待ったを掛けた。
 何考えてんだ、川菜の奴。
 更に嫌な予感が走る絢世。
「私、絢世、じゃない、池上君と知り合いなんです。ですから、早くこの学校に馴染む為にも彼の席の隣が良いのですけど」
「うむ、そうか。じゃあ……」
 男性陣から一斉に絢世に集まる痛い視線。絢世はその視線に耐えながらも机に突っ伏してそのまま泣きたくなってきた。
 結局、川菜の提案は受け入れられ、川菜の席は絢世の隣に決まった。
「これからよろしくね」
 笑顔で行ってくる川菜に絢世はジトッとした目を向ける。
「ずいぶんと芝居が上手だな。つーか、ワザと俺の名前を言った後、苗字に言い直しただろ」
「そうしたほうが親しいですよってアピールできるじゃない」
「そのアピールのおかげで俺はこの場から逃げ出したいよ」
「ごめんね、私って罪な女で」
「っけ、言ってろ」
 顔を背ける絢世に対して、やりすぎたかなと思わず心配になる川菜。
「ちょっとした冗談じゃない。そんなに怒んなくても…」
 再び川菜に顔を向ける絢世。その表情から不機嫌なのは確かなようだ。
「川菜の場合、冗談にならないから怒ってんだよ」
「あら、絢世も私のことをそう思ってたんだ」
「違うよ。俺はこの痛い視線をどうにかしたいだけだ」
 確かに傍目から見れば美少女の川菜と絢世は親しげに話しており、それだけでも絢世にいろいろと念のこもった視線が送られてくる。
 それにさっきの紹介だってそうだ。あれじゃあ、俺と川菜がとても親しいように聞こえるじゃないか。実際には昨日会ったばかりなのに。
 そうは思えど本当のことを話せない絢世は授業が始まるまで耐えるしかなかった。


 だが絢世の災難はそれで終わってはくれなかった。
 川菜は授業の合間にある休み時間に絢世を引き連れて学校内を案内させた。絢世は教室内に出入りするたびに再び受ける視線を無視しながも、何とか昼休みまでに全ての案内を終えた。
 そして待望の昼休み。絢世は購買でパンを買って教室に戻ると、何故か絢世の机の前で川菜が待っていた。
「お昼買ってきたわね。それじゃあ、行きましょう」
「これ以上、案内する場所は無いぞ」
「違うわよ。一緒にお昼食べながら話がしたいの、昨日のこともあるしね」
 男性陣から一斉にギラッと視線が絢世に集中するさなか、川菜は頭を抱えている絢世の腕を取り、そのまま教室から引っ張り出した。


 そして二人が着いた場所。そこは屋上へと通じる扉の前だった。
 危ないからとの理由で屋上には鍵が掛けられており、普通の生徒は屋上へは簡単に出入りできない。だが、川菜は普通の生徒ではない。ドアノブの鍵穴に手をかざす川菜は魔力を集中させると「開」と言葉を発すると、カチリと鍵が開いた。
「へぇ〜、そんなことも出来るんだな」
「こんなの魔道士にとっては初歩中の初歩よ。じゃあ、行きましょ」
 屋上への扉を開ける川菜。屋上はちょうどいいぐらいの日差しで、あまり風もなく昼食を食べるには絶好の場所だろう。
 そしてどこに持っていたのか、川菜はビニールシートを広げると絢世を招く。ここまで来てしまったものだからしょうがない。絢世は溜息を付きながもビニールシートに腰を下ろした。
「流水」
 弁当を広げた川菜は、すぐに自分の魔道具『流水』を呼び出した。そして何事も無かったかのように弁当を食べ始めた。
「何やってんのよ。あんたも風華雷神を出しなさいよ」
「何でだよ?」
「大勢で食事をしたほうが楽しいでしょ」
「そんな理由かよ」
「もちろん冗談よ。絢世は昨日魔道士になった見習い魔道士でしょ。そして私は絢世のことを調べてに来てるの、だったら絢世に聞くより風華雷神に聞いたほうが早いでしょ」
「はいはい、そうですか」
 望んでもいないのに魔道士に、しかも見習いになった絢世はまるで場違いな場所にいるような居心地の悪さを感じた。
 俺はオマケかよ
 そう思いながらも絢世は手に魔力を集中させる。
「そういや絢世、昨日あれから風華雷神と話しをした?」
 いきなり問いかけてくる川菜に集中を乱されて絢世の魔力は散布する。
「集中を乱すなよ」
「ああ、ごめんごめん、まだ一瞬で呼び出せないよね」
「俺は昨日覚醒したばかりの見習いだろ、少しは配慮しろよ」
「だからごめんって、っで風華雷神と話でもしたの」
「……一応、いろいろと分からない事だらけだからさ。最初は呼び出すのに苦労したけど、いろいろと話を聞いて少しは知識をつけたよ」
「そう、よかった」
「なにが?」
「人も魔道具も同じ、お互いに話し合って理解しあわないと一緒に戦うことが出来ないのよ」
「そういうもんかね?」
「そういうもんよ。さあ、風華雷神を出して」
「はいはい」
 再び手に魔力を溜める絢世。そして魔道具を具現化出来るまでの魔力が溜まると、その名を呼ぶ。
「風華雷神」
 魔力は一気に魔道具を形成して具現化を開始する。そして絢世の手には柄の両端に青龍刀が付いた魔道具『風華雷神』が現れた。そして無造作に自分の横に置くと先程買ったパンにかぶり付いた。
「というかさ、昨日会ったばかりなのに、何ですぐに転校できたんだ」
「ああ、それはね。実は実家がかなりの権力を持ってて、そして催眠の魔術とハッキングを駆使して今日こっちに転校することが出来たの」
「ちょっと待て! 今何って言った。ハッキング?」
「そう、この学校のパソコンに侵入して今日私が転校する手続きを書き加えた後、今日私が催眠魔術で前から決まっていたかのように思い込ませたの」
「いや、その前に魔道士がハッキングって」
「何いってんの、最先端で便利な物はどんどん取り入れていく、そうしないと時代に取り残されちゃうわよ」
『だったら川菜もパソコンぐらい使えるようになれば』
「うるさいよ、流水」
 川菜は顔を赤くしながら弁当を一気に掛け込み、むせた後でお茶を飲み落ち着いたようだ。
 実は川菜って機械オンチ?
 絢世はそう思うと急に可笑しくなった。今まで見てきた川菜は全て完璧だったが、実はそんな弱点があるなんて思いもよらず笑いだす。
「何笑ってんのよ?」
「いや、川菜にも苦手な物があるんだ」
「全てを完璧にこなせる人間なんていないわよ。私は幼い時から魔道士として育てられたから、魔道士として優れているだけよ」
 よくそこまで自分の事を言えるな。普通自分がそんなに優れてるなんて思わないと思うんだけど、せいぜい得意ぐらいが一般的かな。
「それで、絢世はどうなのよ?」
「どうって?」
「どれだけ風華雷神から教えてもらったの? 少しは知識を頭の中に入れたんでしょ」
『あまり入ってないだろうな』
 突然横からちゃちゃを入れてきた風華雷神を絢世は睨み付ける。
「あれだけの量をすぐに覚えられるわけ無いだろ」
『まあ、確かに昨日も途中で寝てたしな』
「ぐっ」
「まあ、昨日一日だけだからね。しょうがないといえばしょうがないよね」
『そうそう、時間を掛けてゆっくり覚えていけば良いよ』
「流水、絢世の場合そうゆっくりはしていられないのよ」
『なんで』
「絢世は強大な魔力と二つの属性、この二つの異能とも言える力を持っている。だからどこかの誰かさんが、いつ絢世に目を付けもおかしくないのよ」
「どこかの誰かさんはすでに一人いるけどな」
 そんな絢世の皮肉が聞こえないかのように、川菜は食べ終わった弁当箱を片付け始めていた。
「そうね。もうすでに目を付けられてるかも、私達の会話も聞いてたみたいだし」
「川菜?」
 手持ちの荷物を全て片付けた川菜の目は教室内で見せた穏やかな物ではなく、すでに敵を見据える目をしている。
「ずいぶんと隠れるのがうまいじゃない。私が今まで気付かないなんて、あんた何者?」
 問うのと同時に川菜は手で印を組むと一気に魔力を放出した。
 最初は川菜の前に出来た小さな四角い空間は一気にその大きさを広げて、最終的には学校内全てを飲み込んだ。
 見た目は何も変わらないけど、凄い静かだ。まるで学校内の雑踏が消えたかのように、辺りは静まっている。
「川菜、これは?」
「これが結界。この中ならどんなに破壊しようとも現実には影響を与えないわ。そして結果以内にいるのは私達と…あの壁に隠れてる奴だけよ」
 それは屋上へと通じる階段がある小部屋。
 あの奥に誰かいる。
 絢世はそう思うとつばを飲み込み、腰が引けた。だが川菜はすでに流水を手に取り、攻撃に移っていた。
「円流錐」
 川菜の前に集まった大量の水はドリルのように円錐状になり、高速回転をしている。そして一気に壁に向かって放つ。
 川菜は、いや、絢世も水のドリルは壁を貫き、その奥にいる相手に多少でもダメージを加える物だと思っていた。
 だが水のドリルは壁に食い込む寸前に、その前に築かれていた魔術の壁に阻まれて水は全て散布してしまった。
「なっ!」
「くっ、なんて強力な防御壁なの」
 予想外の出来事に驚きを隠せない絢世と川菜。
「ちょっと待って、私はあなたと争う気は無い」
 壁の向こうから聞こえる落ち着いた声。絢世はその声をどこかで聞いた気がするが、どうも思い出せない。
「じゃあ、なんで私達の話を隠れるように聞いてるわけ?」
「ごめん、ちょっと絢世君が気になったから。とりあえず、私はあなた達との戦闘を望まない」
「じゃあ、どうしたいの?」
「少し話がしたい。だから結界を解いて」
 川菜は少し考えた後、結界を消した。さすがに学校内だし、時間も限られている。だからあまり時間を無駄にしたくは無かった。
 結界が消えたことを確認したのか相手の防御壁も消えて、壁の置くからその姿を現した。
「あれ、君は……」
 確かに絢世はその姿に見覚えがあった。


続く