所々制服が切り裂かれているにも関わらず、川菜は羞恥心よりも強い好奇心を抱いていた。
あの強大な魔力もそうだけど、それ以上に二つの属性を持てるなんて、普通では考えられない。一人に対して一つの属性、それは大自然に決められた法則のような物なのに、それを覆すなんて。本当、なんて興味深い人なのかしら。
人が遺伝子の情報に従い人の姿として生まれてくるように、魔術の属性も生まれたときから決まっている。人は手足が二つずつ、そして胴と頭一つと決まっているように、魔術の属性も一つと決まっている。そして一人一人容姿が違うように、属性も人それぞれなのだ。
だが絢世はその法則を覆し二つもの属性を持っている。それは明らかに異常であり、川菜にとってはこれ以上無い、興味の対象でもあった。
『川菜、どうしよう』
心配そうに声を掛けてくる川菜の魔道具『流水』だが、川菜は流水の心配をよそに笑みを浮かべて絢世の様子を伺っていた。
「そんなの決まってるじゃない。こうなったらあの人をボコボコにして、本家に連れて帰るのよ」
『勝手にそんなことしていいの?』
「非常事態よ、だから何してもいいの」
『川菜……それはちょっと違うような』
「うるさい、とにかくあの人をぶちのめすわよ。いいわね、流水」
『うん、分かったよ。でも気をつけてね、川菜』
「分かってる。大丈夫よ」
さすがに先程のダメージが残っているようで、絢世は自分から仕掛けることなく、川菜の出方を伺っているようだ。
だが鍛え方が違うのか川菜はかなりの余裕を残していた。だから相手にこれ以上回復の時間を与えないために速攻に出る。
初動から最大加速して一気に差を詰める川菜。絢世はそれを待っていたかのように両刃の青龍刀『風華雷神』を構える。
「雷撃」
鋭い一閃の雷が迫るが、川菜はスピードを落とすことなく華麗に雷をかわして見せた。そしてぶつかり合う流水と風華雷神。
「烈風」
絢世はダメージを負っている分、そのまま力比べになると不利になる。暴走状態でもそう判断したのか、絢世は武器がぶつかり合うとすぐに魔術を放つ。
先程は油断していたが、今の川菜に油断は無い。川菜は絢世に蹴りを入れながら、そのまま上半身をそらして一回転、見事に絢世の魔術をかわした。
戦闘技術の差が出た結果、絢世は後ろに倒れ、川菜はそのまま流水に魔力を注ぎ、追撃に入る。
「乱流球」
絢世の上に現れた成人男性の身長ぐらいある水の玉は乱れたような渦を巻いており、すでに降下を始めていた。
「これで、終わりよ!」
川菜の言葉を合図に水の玉は急降下、絢世に直撃、そして更にに渦巻いた水がダメージを大きくしていく。
絢世の体は完全に床にめり込み、水の玉の影響ですでにクレーターのようになっている。
そして絢世から完全に魔力放出が消えたことを確認した川菜は水の玉を散布させて、すべてを水蒸気に戻した。
目が覚めてみると見慣れない天井が見えた。いつもの自分の部屋の天井ではなく、まるで廃ビルのような感じだ。
えっと、俺、何でこんなところに寝てるんだ?
絢世が体を起こそうとすると激痛が走り、起きることが出来ずにまた横になる。
いっつ〜う、何で体中がこんなに痛いんだ。
『川菜、気付いたみたいだよ』
「もう、ずいぶんと早いお目覚めね」
声が聞こえたほうへと顔を向ける絢世、そこには絢世の脇に座りながら両手の先に光の玉を浮かべて、何かをしている川菜の姿があったのだが。
あれ、この子確かさっき助けてくれた。……というか制服の所々が切り裂かれていて目のやり場に困るんだけど。見たいような、これ以上見ちゃいけないような。
「君は?」
なるべく川菜に目線を向けることなく尋ねる絢世。
「あぁ、あんな状況だったからね。自己紹介がまだだったね。私は伊達川菜、見てのとおりの魔道士よ」
「魔道士?」
「何その反応は、あなた今朝のニュース見てないの?」
「いや、見たけど。……あれ本当なの?」
「嘘だとしたら、ずいぶん壮大なドッキリね。本当に本当、だいいち私のウチは代々魔道士の家系だもの」
「魔法って実在してたんだ…」
「正確には魔術だけどね」
改めて自分の常識を書き換えざる得ない絢世。だが本物の魔術バトルを見てしまった物はしょうがない。
まさかあんなニュースを今日中に信じることになるとは…。
正直今の絢世も魔術が実在しているとは信じきれていなかった。だがそれは絢世の希望であって現実とはまったく異なった真意である。
「それで、あなたは?」
「えっ」
「えっ、じゃないわよ。私が名のったんだから名のり返すのが常識でしょ」
「ああ、ごめん。池上絢世、それが僕の名前。近くの久賀高校に通ってる。一年生さ」
「久賀高校…」
久賀高校と聞いていきなり言葉を濁す川菜。だが流水には分かる、川菜がなにかとてつもないことを考えてるという事だけは。
「起きてみて」
川菜が絢世に光の玉を向けること数分、川菜は光の玉を消すとそう言った。
先程の激痛を覚悟しながらも体を起こす絢世、だがそんなに痛みは無く、全身が軽い筋肉痛ぐらいにしか感じない。
「応急処置の治療魔術。どう、まだどこか痛い?」
「体中が少し痛いけど、動けないほどじゃない」
「そう、それはよかったわ。思いっきりぶちのめしたから、正直病院行きかなと思ったけど、そんなにたいしたこと無くてよかった」
「いや、良くないって。思いっきりぶちのめしたって…俺を?」
「そうよ」
「何で」
「暴走したから、詳しく聞きたかったら私よりあなたの相棒にでも聞いてみたら」
「相棒?」
「その手に持ってる奴」
いわれて始めて自分が何かを握り締めていることに気付く絢世。
なんだ、これ? 棒じゃないよな、なんか棒の両端に刃が付いてるけど。
「なにこれ?」
「あなたの魔道具」
「魔道具?」
「魔道士というのは必ず魔道具を通して魔術を発動させるのよ。正確な手順で言うと、まず発動する魔術をイメージして魔道具に魔力を流し込む、後は魔道具がそのイメージ通りに魔術を組上げて、術者の発動キーである言葉を合図に魔術を発動させるの、分かった」
「う〜ん、なんとなく…」
「まあ、いいわ。自分に何が起こったのか、その魔道具に尋ねるのが一番手っ取り早いのよ」
「どうやって?」
「普通に話しかけなさい」
そう言われても、なんて言えばいいのか。
戸惑う絢世、いきなり道具に話しかけろといわれてもそれは困るだろう。だが、そんな絢世に痺れを切らしたのか魔道具の方から語りかけてきた。
『風華雷神だ』
「うわっ、しゃべった」
「いや、今更そんなことで驚かないでよ。まあいいわ、絢世の変わりに私が訪ねてもいい?」
『構わん』
「そう、ありがとう。っで、なんで暴走なんてしちゃったの?」
『それはこやつが悪い』
魔道具に目は無いのだが絢世は視線が自分に集まるのを感じた。
「おっ、俺は別に何もしてないぞ」
『逆だ、何もしなかったから暴走する羽目になったんだ』
……えっと、どういうこと。
ワケが分からず呆ける絢世に風華雷神はため息をついて自体の説明に入った。
『つまりだ。絢世は溢れ出る自分の魔力をコントロールしようとせず、すべてを任せてしまったんだ。例えるなら水道の蛇口を思いっきり開いて後は放って置くようなものだ。そこへ暴走を止めようと川菜嬢が戦いを仕掛けてきたから応戦した。まあ、簡単に説明するとそういうことだ』
「要するに、自分は何もせずに魔力を放出し続けたわけだ」
なんだろう、言葉に棘を感じる。
『その暴走を止める為に私達がどれだけ苦労したことか』
うっ、すいません。
『まあ、絢世も何も知らん一般人だからな、しょうがないといえばしょうがないのだが、もう少し自制心という物を持ってもらいたいものだ』
えっと、それはフォローしてくれているのだろうか?
落ち込む絢世。痛い視線を感じながら風華雷神を床に置き、まさに落ち込んでますよというように両足を抱えて俯く。
「そうだ! そういえば気になることがあるのよね。風華雷神、ちょっといい」
『何だ』
「あんた、どうして二つも属性を持ってるの?」
『……難しい質問だな。まあ、持っている物だからしょうがない、とでも言っておこう』
「答えになってない」
『そう言われても我にも分からんのだ。なぜ絢世が二つの属性を持つことが出来たのかはな』
「う〜ん、やっぱり自分で調べるしかないか」
考え込む川菜。流水は嫌な予感がするが何も言わない、言ったところでどうせ聞かないということを良く分かっているからだ。
「まあいいわ、そのことはじっくり時間を掛けて調べましょう」
『調べるって何を?』
「絢世の強大な魔力と二つの属性を持つ秘密」
「ちょっと待て、川菜って言ったな。お前俺に何する気だ」
「別に変なことはしないわよ。只単に魔力の秘密を探るためにいろいろと実験を…」
「俺にそれに付き合えってか」
冗談ではない。今日だけで散々酷い目にあってきたんだ。これ以上、何かされてたまるか。
あくまでも拒否の姿勢を崩さない絢世に川菜はジトッとした目を向ける。
「なっ、なんだよ?」
「見たでしょ」
「何を?」
「私の下着」
「べっ、別に見てねえよ」
確かに所々切り刻まれている川菜の制服から下着が見える、そして絢世もしっかりと見ていた。
「それに、私の制服を切り刻んだのはあんたの魔術なんだけど」
「ぐっ、それは……しかたないと」
「ひどい! 嫁入り前の娘を辱めといて仕方ないなんて。ひどい、ひどすぎる」
嘘泣きだ。あれは絶対に嘘泣きだ、騙されるな俺。
泣く真似をする川菜に絢世はなんとか自制心で抵抗するも、結局女の涙には勝てないのか、川菜の調べごとに付き合うことを約束されてしまった。
「じゃあ、そういうことだから。よろしくね」
「はぁ」
満面の笑みを浮かべる川菜に絢世はため息で答える。
「じゃあ、今日のところは疲れたし、これで解散にしましょう」
「ちょ、これどうするんだよ」
『これというのは酷くないか』
道具扱いされてふて腐れる風華雷神だが、今の絢世にしてみれば未だに風華雷神は道具に過ぎない。人間関係と同じように魔道士と魔道具も時間を掛けて絆を築いていく物だから
「絢世が消えろってイメージすれば消えるわよ。そして出す時は名前を呼べばいいだけ」
簡単に説明をして帰ろうとする川菜を絢世は風華雷神を消した後に呼び止め、上着を脱いで差し出した。
「さすがにその格好じゃ帰れないだろ」
そんな絢世に川菜は微笑みかける。
ぐっ、ちょっと可愛いと思ってしまった自分が悔しい。
「ありがとう。でも大丈夫よ、さっき迎えに来てくれるように連絡しておいたから。もう、下に着いてるのよ」
「そうか、それはよかった」
「じゃあ、また明日ね」
それだけ言い残して川菜はさっさと行ってしまった。
んっ、また明日? 確か川菜が着ていた制服、この近くにある末津高校の制服だよな。たしかに俺が通ってる久賀高校とは近いけど、また明日ってどういう意味だ。
その時は意味は分からなかったが、翌日俺は川菜の行動力に驚かされることになろうとは、この時は思いもしなかった。
続く