なんだこれ、どうなってるんだ?
 絢世の意識は金色に包まれた空間の中にいた。そこはまるで母のお腹にいるみたいに心地よく気持ちよかった。
 なんか、凄く…眠い。
 暴走した魔力をコントロール出来るほど、絢世は魔術に優れているわけではない。つい先程覚醒したばかりなのだから。だから絢世の意識化が自分の魔力に飲み込まれていくのも別に不思議なことでもなかった。


 一方、現実にいる絢世の体は吹き飛び、柱に直撃していた。
 魔術の撃ち合いだと敵わないと踏んだ川菜は、魔術を使わない肉弾戦を選んだからだ。これなら強大な魔力を持つ絢世に魔術を使わせることなく、ぶちのめす事が出来る。
 なんとかあの人を気絶させないと。
 魔力が暴走した者を止める手段は相手を完全に気絶させるか、相手の魔力を奪い去るかだけである。
 川菜の魔力容量はほぼ完璧に埋まっている。だから絢世の強大な魔力を奪い去ることが出来ない。だから川菜は絢世を気絶させて暴走を止めようとしている。
 絢世はよろけるように立ち上がると、両刃の青龍刀『風華雷神』に魔力を込め始める。
 させない!
川菜は絢世との距離を一気に詰めると、頭に蹴りを入れてそのまま地面を擦るように吹き飛ばした。
 強大な魔力を持ちそのうえ暴走までしている、そんな奴が魔術なんて使ったら、こんな廃ビルなんて一瞬で消し飛んでしまう。
 だから川菜は絢世に魔術を使わせることなく気絶させねばならない。
 絢世は再びよろけながらも立ち上がる。まったく効いてないわけではないが、多少はダメージを負っているようだ。
「あの人、なんであんなにしぶといの?」
 自分の魔道具『流水』に問いかける川菜。
『魔力の放出自体肉体を強化しているのと同じだから…』
「防御力も飛躍的にアップしてるって事?」
『そう』
「まったく、なんてやっかいな人なのかしら」
 川菜は文句を言いながらも、再び風華雷神に魔力を込め始める絢世に突っ込んでいった。
 だが今度の絢世は魔力をあまり溜めることなく、すぐに風華雷神を振り抜いた。
「雷撃」
「なっ」
 予想外の攻撃に川菜は対応が出来ずに、絢世が放った閃光鋭い雷を直撃する。
 吹き飛ぶ川菜。だが川菜は空中で一回転すると見事に着地した。
「あの人、雷の属性なんだ」
『川菜と組んだら相性はいいけど、敵にすると厄介だね』
「そうね、さすがに私も超純水なんて作り出せないからね」
 水には普段からミネラルなどの不純物が混じっており、その中には電気を伝える物も混じっている。超純水とはそれら全てを取り除いた完全な水、つまりH2Oだけの状態の水のことだ。その中には電気を伝える物も混じってないため、完全に電気を遮断できる。要するに水を絶縁体に出来るということだ。
 けど私には超純水を作り出すことは出来ない。流水と水が繋がっているだけで私にまで感電させることが出来る。……本当、やっかいな人ね。
 だがそのやっかいな人は川菜がどう対応するか考える隙を与えずに、次々と電撃を放って来た。
 雷撃を避けながらも川菜の思考は止まらない。
 白兵戦じゃ敵わないから魔術の弾幕戦に切り替えようって言うの? 暴走状態でも多少は学習能力があるようね。それとも元々冷静な人だったのかしら? まあいいわ、本当の弾幕戦というのを教えてあげる。
 川菜は大量の水を一気に集める。
「拡散」
 水が数百もの粒に分散して、川菜は絢世に狙いを定めると魔術を発動させる。
「水弾閃」
 数百もの水滴が初動から超高速で絢世目掛けて放たれる。
 さすがにこれは受けきれないと思ったのか、絢世はギリギリまで水弾を引き付けると横に転がるようにして完全に水の弾幕を避けきった。
 だがまるで絢世の行動を先読みしていたように、再び水の弾幕が襲い掛かり、その身を弾幕の中にさらした後、よろけながらその場へと崩れ落ちた。
「……どうやらうまくいったようね」
 川菜は最初に全ての水弾を放ったわけではなく、三分の一ほど残しておいたのだ。初弾が当たれば追撃が出来るし、もし避けられても相手の着地点を狙えば確実しとめる事が出来る二段構えの策を取っていた。
「今度こそしとめた……よね?」
『たぶんだけど、あの人の魔力放出が消えてるのは確かだよ』
「そう、じゃあ大丈夫みたいね」
 魔力放出が消えるということは術者が魔術を使えない状態を意味する。つまり今の絢世は魔術が使えない状態になっている。つまり気絶したとも考えられる、そして川菜もそう判断した。
「本当、やっかいな人だったわ」
『かなり痛めつけちゃったけど、どうする?』
「う〜ん、しょうがないお父様にどうにかしてもらいましょう」
『他力本願』
「しょうがないでしょ、私じゃあ、あの人を完全に治療することが出来ないだから。どこかいい病院を紹介してもらわないと」
『そうだね。じゃあ一応あの人の状態を確認してから、本家に連絡する?』
「そうね、そうするわ」
 絢世に歩み寄る川菜。その顔には少し疲労を色が見える、さすがに疲れたようだ。
 だからなのか川菜は完全に油断していた。本来なら相手の状態を完全に確かめてから気を緩めるべきなのだが、今の川菜にそんな余裕、いや、完全に修行不足だった。
 絢世の元へ行く川菜。絢世の元にしゃがみ込み状態を確認しようとした瞬間だった。突如殺気を感じた川菜は絢世から飛びのく。
 だが絢世は完全に川菜の虚をを付いていた。
「烈風」
 振るった風華雷神から突風が巻き起こり、その中に生まれた風の刃が川菜を切り付けた。
 川菜はそのまま吹き飛ばされ、壁に着地すると地面へと舞い降りる。
 傷は浅いけど、服はところどころ切り裂かれたわね。この制服結構気に入ってたのに、……って今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「流水、今のあれって」
『……風の属性の攻撃、川菜あの人二つの属性をもってるみたい』
「なっ! なんで、どうやったらそんなこと出来るのよ」
『私に言わないでよ。私に言えることは、あの人が二つの属性を持っていて未だに暴走状態だということだけよ』
「くっ、本当、やっかいな人ね」
 再び対峙する絢世と川菜。絢世はもうボロボロだが、川菜にはかなり余裕がある。だがそんなことより。
 二つの属性、もし私も持てるとしたら、……そうか、あの人の強大な魔力は二つの属性を持っているからかもしれない。どちらにしてもあの人の秘密をどうにかして暴けないかしら。
 川菜は別なことに気を向けていた。


続く