えっと、俺はどうすればいいのだろう。
 絢世は目の前で繰り広げられている魔術バトルにとまどう、というかのんきに見物気分になっていた。
 川菜も飛住も本気で戦っているのに本当にのんきな者である。
 戦いは川菜が優勢、なにやら川菜は戦い慣れしているような、かなり余裕があるみたいだ。だが飛住はそんな川菜に翻弄されて防御に回るのが精一杯で押されている。
 そしてとうとう飛住は壁際に追い詰められて、川菜は宙に飛ぶ。
 どうやら一気に決めるようだ。
「水竜翔」
 川菜は流水に魔力を一気に流し込み、流水は注ぎ込まれた魔力を練り上げて形にしていく。そして流水から膨大な量の水が竜の形をして飛住に襲い掛かった。
 横に転がり何とか川菜の攻撃を避ける飛住、だが完全には避けきれず足にダメージを負ったようだ。
 先程の川菜が空けた大穴を見ながら、飛住は息を整える。
 くそっ、なんなんだこの強さは、しかもこんな小娘に。
 飛住がそう思うほど川菜は強く、戦闘慣れをしていた。まるで戦闘訓練を受けて育ったような感じで、とても今の飛住では敵うはずが無かった。
 こうなったらしょうがねえ。
 飛住が決意しようとしていた時には、絢世のそれはもう始まっていた。


 なんだこれ、体が熱い、それにまぶしくて目が開けられない。
 突然起こった絢世の異変、それは前触れも無く絢世を導いていく。
「……華…雷……じ」
 微かに聞こえる言葉に絢世は困惑する。
 なに、いったい何の声、これ、いったい何なんだよ。
「風……雷神」
 聞こえてくる声は次第にはっきりと聞こえるようになり、絢世の内に眠る物を引き出そうとしてくる。
 やめろ、やめろやめろやめろ。
 それは自分の内臓を取り出されそうな感覚で、絢世は必死に抗うがとても止められる物ではない。それほど絢世の物はもの凄く大きな力を持っているのだから。
 そしてその力は絢世の意識すら飲み込もうとしていた。


 川菜が絢世の異変に気付いた時にはもう手遅れだった。飛住との戦闘に川菜自身が熱くなり過ぎた。
 しまった。私達の戦闘魔力を感じて覚醒が始まっちゃった。
 絢世は全身に金色の魔力をまとい、まるで抗うように苦しんでいる。
 確かあいつは足にダメージを負っていた筈、なら先にあっちの覚醒を…。
『川菜』
 川菜は思考を中断して語りかけてきた流水に目を向ける。
 魔道士達が使う魔道具には多少の知識と意識がある。だからなのかほとんどの魔道士達が魔道具を只の道具としてではなく、戦闘の相棒と思っている者が多い。
「何流水、こっちは忙しいんだけど」
『ごめん、だけど、あいつ逃げたみたい』
「あいつ?」
 川菜が飛住がいた所に目を向けると、すでの飛住の姿は無い。近くにそれらしい魔力も感じられない。どうやら絢世の覚醒に川菜が気をとられているうちに逃げたようだ。
「まあいいわ、先にあっちをどうにかしないと。それに……下手をすれば暴走するかも」
 絢世のもの凄くでかい魔力が暴走を開始すれば、川菜だけでは止められる自信は無い。だからこそ、覚醒の途中で止めて正規の手段で覚醒させないと。
 覚醒時の暴走は覚せい剤の服用に良く似ている。自分を制御できずにただ自分の魔力を振り回すだけだ。結界の中ならともかく、現実でそんな者が暴れればどうなることやら、川菜は想像するだけでも嫌だった。
 だから一瞬であの人を気絶させる。
 川菜は駆け出すと薙刀の刃がついてる反対、石突とよばれる部分に大量の水を集めて渦を任せる。
 あれほどの魔力を放出している絢世だ。だから多少乱暴でも大丈夫だろうと、川菜は容赦をせずに絢世に一撃を入れるつもりだった。
 だが先に絢世が叫ぶ。

「風華雷神」

 絢世の前に魔力が集まり具現化を開始した。川菜は具現化を阻止するために突っ込んでいくが、絢世の強大すぎる魔力の前に逆に吹き飛ばされてしまった。
「ぐはっ!」
 川菜はビルを支えるコンクリの柱に思いっきり体がぶつかり、衝撃で柱がクレーターのような跡を残す。
 そのまま崩れ落ちる川菜に流水は心配そうに声を掛けてきた
『川菜、大丈夫?』
「うん、なんとか。それよりあの人は?」
『……手遅れみたい』
 先程まで絢世を包んでいた魔力は引っ込み、代わりに絢世の手には青龍刀が握られていた。しかも青龍刀の両端に刃が付いた変わった形をしている。
「あなた、自分の名前言える!」
 川菜は叫ぶが絢世はまったく反応をしない。その目はまるで死んだ魚のように光を失っていた。
「あぁ、完全に暴走してますね、これ……流水どうしようっか?」
『本家に応援でも頼む?』
「役に立たない足手まといが来てもしょうがないでしょ」
『じゃあ、やっぱり?』
「私達が何とかするしかないみたいね」
『あまり無理しないでね、川菜』
「分かってる」
 相手は暴走状態で罠にかかりやすい。でも、あの異常ともいえる強大な魔力をあいてにどう戦えばいいのか、川菜は必死に自分の思考を廻らしていた。


続く。