1998年 7月山行 山行記

筆者 M・F (2年生)

7月19日 <1日目>

 列車、タクシーと乗り継いで、15:00ごろ川場野営場に到着した。そう時間に余裕があるわけでもないので、テントを張り終わるとほとんどすぐに食事の準備に取りかかった。三つの鍋で作ったオニオン・スープのうち一つが何故か赤く変色していたが、おいしい夕食だった。

 ところで、今回の山行は夏合宿に登る岩山の穂高岳を見据えて、岩場の多い上州武尊山を選択している。明日はどんな岩場があるのかなあなんてことを考えながら、眠りについた。


7月20日 <2日目>

 3:00起床。朝食、撤収の後、予定通り5:00に出発した。

 歩きはじめは静かな樹林帯の中であった。その中をしばらく登っていると、雨が降ってきてしまい、雨具をつける。岩場があるということなので、ちょっと不安になった。雨の中、さらに登っていく。

 そして、岩峰(不動岩)に登りついたところで、パーティが急に立ち止まった。どうやら鎖場にさしかかったようだ。危険なため一人一人慎重に挑む。全く進まないので、一体どんなふうになっているのだろうかと前に出て見てみると、トップのR・Sさんが落差15mくらいはある岩壁を鎖を使って直降していた。見た感じ足場がない。まさに鎖だけが頼りといった感じで、見ているだけでも怖い所だった。ガイドブックには「岩壁下降が楽しめる」と書いてあったが、冗談じゃない。結局、この鎖場には巻き道があったので、2人目からは巻き道を行った。しかし、安心してもいられなかった。ここら辺りからちょくちょくと岩場が出現してきた。その中には、前日のミーティングで鎖は補助的なものであることを強調していた先生に「ここは腕力だなあ」(=鎖のみが頼り)と言わせる所もあった。富も栄冠も名誉もいらないから、足場がほしい。そんなことを考えながら、必死に鎖にしがみつく。足場がない岩場を鎖だけで登ったり降りたりするのは、本当に怖かった。

 悪戦苦闘した岩場の群れをやっとの思いで通過すると、次の問題に直面してしまった。大所帯だから仕方ないことなのだが、時間を取りすぎてしまったのだ。我々は16:00に武尊神社でタクシーを予約していて、それに間に合うかは微妙なところだ。そこで、ペースアップや昼食休みのカットで時間の節約を図る。しかし、道は急な登りで、ペースアップはけっこう辛かった。

 途中で雨は止んだが、沖武尊の山頂に着いても眺望はなかった。

 山頂でちょっと長い休憩を取ったが、結局眺望を得られないまま下山した。僕はいつも山頂で眺望がない時には必ず再登頂を思うのだが、今回は思わなかった。下りは時間との戦いである。16:00のタクシーに間に合うように急ぐ。が、また岩場が出現した。一部、豪快に駆け降りていく者もいたが、大抵は慎重に降りるので時間がかかってしまった。そして、ここを過ぎると、あとは普通の山道である。

 ここにきて、僕の集中力は完全に途切れてしまい、転倒の連続であった。いつか先輩の言っていた、「危険な場所では集中してるからなんとかなるけど、たいしたことのない所だと足場に対する集中力がなくなって転んでしまう」という言葉を思い出し、納得しながらも転び続けた。パーティの方は、結局最後の林道を風のように歩いたので、タクシーの時間より40分くらい早く武尊神社に着いた。

 しかしながら、タクシーが来るまでなかなか暇である。近くに「裏見ノ滝」という、うってつけのものがあったのだが、それは階段を10分ひたすら降りた所にあるという。降りたらまた登らなくてはならない。行こうか、行くまいか、ずっと迷っていると、タクシーが来た。行かずして、暇を潰せたようだ。そして、そのタクシーに乗って、帰路についた。


《「稜線」第20号(1998年度)所載》

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