2026年 夏合宿 山行記
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筆者 J・O (3年生)
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7月30日 (木) 〈1日目〉 晴れ
初日は高尾駅に6:55に集合となり、前回7月山行のように遅刻者はいないかと心配になったが、全員が時間通りに集合することができ安心した。
高尾駅始発の普通列車に乗り、甲府駅まで1時間半ほど電車で揺られ、甲府駅からは広河原までのバスに2時間ほど乗った。バス料金は2800円ほどであり、なかなかの痛い出費ではあったが、広河原までのアクセスを考えてみると仕方ないだろう。登山シーズンのためか、臨時で2台分のバスが用意されており、我々は2台目のバスに乗った。バスの中では、雑談をするほかの登山客グループなどでも賑わっており、部員はそれぞれ仮眠をとったり、暇つぶしをしたりで、広河原に到着する頃には部員もみな元気そうで安心した。
広河原で昼休憩(11:12〜11:45)をとり、準備体操をして歩き始めた。歩き始めてからすぐに野呂川を渡る大きな吊り橋を渡った。上流のほうには美しい山々が見え、部員各自で写真を撮りつつ歩いた。
12:41〜:51に休憩をとった。水分補給をするようCLが指示を出したが、ここで1年生の一人が水入りプラティパスをバスに忘れてしまったという報告を受け、他の部員のプラティパスを使用した。このため、北岳をピストンをして下るという案も上がってしまい、少し心配になりつつも出発をした。
12:49に第一ベンチ、13:15に第二ベンチを通過した。体調不良の部員が現れたため、13:16〜13:26に少し早めの休憩をとった。
14:11に白根御池小屋に到着。幕営の手続きが終わり、14:17〜14:36にテント設営をした。人数に対して設営するテントの数は少し多かったが、新入部員の手助けもあり何とか設営を終わらせることができた。
調理開始まで小屋の共用スペースであるベンチで部員たちとくつろいでいると、ほかの登山客のグループの方に話しかけられ、自分たちの所属などを話しているとなかなかに会話が弾み、これも登山の楽しいところだと実感した。
この日の夕飯は牛丼とフルーツゼリーであった。飯はかなり良く炊くことができ、牛丼の具も炒め具合などはとても良かったっが、3年生が持参した牛丼のたれが非常に薄く、飯が進みにくかったが、十分な栄養は補給できた。
ミーティングで、翌日は3:00起床とし、19:00に就寝と決まった。
7月31日 (金) 〈2日目〉 晴れ
予定通り3:00に起床し、朝食の準備を始めた。朝食はインスタントのきつねうどんである。私は去年の北アルプスの夏合宿で塩分過多のきつねうどんで脱水症状を起こしたトラウマがあるため、付属の粉の量を半分にしてあっさりした味にすると、おいしく食べることができた。
テントを4:11に撤収完了をして、準備体操をしてから歩行を開始した。草すべりの急登に気を付けながら登った。途中、靴紐を結びなおしたり、脱いだ上着をしまうために手間取ってしまい、後続の団体に追い抜かれてしまったが、5:20〜5:30の休憩を通り、6:06に二俣分岐を通過した。このあたりから森林限界を過ぎ、周りの視界が開け、良い景色が見えてきた。
6:24〜6:34に小太郎尾根分岐のところで休憩をとった。皆、森林限界での風景を楽しみながら写真を撮っていた。ここからは稜線歩きとなり、足場にも気を付けながら歩いた。
7:04〜7:14に北岳肩の小屋で休憩をとった。記念撮影用の看板のような小道具やスペースもあり、良い記念となった。
7:30に両俣小屋分岐を通り、何度か偽の頂上に騙されながらも、北岳に到着。写真撮影をし、休憩をとった。周囲を360度見渡せる絶景で、北岳肩の小屋や、宿泊予定先である北岳山荘も見えた。よく目を凝らしてみると広河原の方面も見えた。この先登る間ノ岳や、おととしの夏合宿で登った仙丈ヶ岳なども見ることができ、かなり良い眺望であった。
名残惜しくも山頂を離れ、本日の宿泊先である北岳山荘を目指した。下りは足場の悪い岩場で、少々危険な場面も何度か見られたが、8:30に吊尾根分岐、8:54に八本歯のコルへの巻き道分岐を通り、9:15に北岳山荘に到着した。
9:26〜9:51にテントを設営。風の影響や、足元に石が多く、場所を確保するのに苦労し、設営に若干時間がかかった。
テント内で休みつつも、11:00に魚肉ソーセージとロールパンの昼食をとり、調理開始までかなり時間が余ったので、電波を探したり、数時間寝転がれる涼しい場所を探し、景色を楽しんだ。
15:18に調理を開始し、16:05に炊事を完了させた。この日の夕飯は麻婆春雨丼で、レトルトでお湯を沸かすだけで具材は完了なので、非常に気楽だった。飯もいつも通りよい出来だった。
次の日の宿泊地である大門沢小屋は予約が不可能で早い者勝ちのため、ミーティングで明日の起床は2:30と決まり、就寝は18:00となった。
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筆者 K・M (3年生)
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8月1日 (土) 〈3日目〉 晴れ
この日に宿泊予定である大門沢小屋は事前の予約が一切できず、テントの場所取りは先着順となるため、起床時刻は前日よりも30分早めて2時半とした。
朝食はロールパンとスープであった。スープはお湯を沸かして食器に粉とお湯を入れるだけなので、食事は比較的早く済ませることができた。テント場は稜線上であったために風が強く、前日のテント設営は時間を使ってしまったが、朝はそれほど風はなく、テント撤収は問題なく行えた。したがって、歩行開始は予定の4:00よりも早く、3:37となった。
1本目は遅いペースで歩き始めた。日頃から1本目は遅く歩くように言われていることに加え、1日目に体調不良者が出ていたこともあって、必要以上にペースを落としてしまったことは反省事項である。このため、歩行中何度も後ろから来る人に追い抜かれてしまった。
結果として、1本目で中白根山にコースタイムより7分遅れて到着し、そこで1回目の休憩(4:39〜4:49)を取った。日の出時刻は4時55分頃であったので、若干東の空が赤らんでいた。
休憩中に日の出を見られなかったので、歩いている途中に止まって写真撮影の時間をとった。この日は天候が良く、富士山も綺麗に見ることができた。歩行のペースも普段通りであり、コースタイムより10分早く間ノ岳に到着した。
山頂で2回目の休憩(5:44〜5:57)を取った。景色が良かったため、部員が写真を撮る時間を考慮して、少し長めの休憩とした。
間ノ岳を下っていくと、農鳥小屋が見えた。上から見下ろす形だと実際よりもだいぶ近く感じたので割合早く着けるかと思ったりもしたが、結局ほとんどコースタイムを縮められなかった。この下りは普通の速度で歩いていたが、新入部員達もついてこられていたのは良いことだ。三国平への巻道分岐に6:40に到着して、農鳥小屋に6:52に着いた。
前日に部員一人の調理用プラティパスが完全に破損して使用不可になってしまっていたため、前日のミーティングで既に部員に話していた通り、大事を取って農鳥小屋で給水をすることとなった。とりあえず、部員を10分間休息させたのち、農鳥小屋で給水を行った。
農鳥小屋には給水場所が二箇所あり、小屋でもらえる有料の水と往復30分の無料の水場があったが、前述のように時間があまりないため、有料の方を選んだ。1Lあたり200円の水を4L分、1年生のプラティパスに給水した。小屋付属の有料の水と言えば、去年の燕山荘にあった蛇口を想像していた。しかし予想に反して、受付で渡されたのは4Lの水が入った大きいボトルと漏斗であり、こぼさないように慎重にプラティパスに水を注ぐのには神経を使った。
給水に時間を使ったので、出発は7:08となった。次の西農鳥岳へはコースタイムで70分かかるとのことだったが、折角なら山頂で休憩を取りたかったので部員と相談して、少し休憩が遅れてもこの1本で西農鳥岳まで進むことにした。やはり森林限界の上は歩きやすく、特に問題もなく西農鳥岳山頂に到着、4回目の休憩(7:59〜8:09)を取った。西農鳥岳山頂は非常に狭く、他にも数人登山者がいたため、ザックの置き場に困った。
先程農鳥小屋で渡された水は4Lを超えていたため、1年生部員のプラティパスには規定量以上の水が入ることとなった。過重によって破損しても困るので、ここでは彼らのプラティパスの水を使った。農鳥小屋の水は雨水を使っていると聞いていたが、味の違いは私には良く分からなかった。
西農鳥岳から農鳥岳への所要時間は地図上では50分と書いてあったが、これまでとペースは特に変えていないにもかかわらず、1時間を要してしまった。農鳥岳山頂で昼休憩(8:59〜9:28)を取り、その後5分で集合写真を撮った。
農鳥岳からは専ら下りである。時間を縮めるためにある程度速度を出して歩いていたが、意外にも新入部員も後をしっかり追えていた。他方で、少し段差があるところや歩きにくいところで間が空いてしまっていた点は、彼らの今後に期待したい。
10:06に大門沢下降点に着いた。準備会の時から幾度もここからの下りが過酷であることを伝えられていたため、部員も緊張しているように見えた。私は、森林限界を離れるのが名残惜しかったが、時間があるわけでもないので、そのまま下り始めた。
大門沢下降点からは、初めからつかむためのロープがあるほどに急であり、話には聞いていたものの、これほどかと戦慄した。少しペースは落とし気味で歩いていたが、やはり新入部員達も大変そうに見えた。2回ほど新入部員が転びかけていたため、彼らにとってはペースが少し速かったことは私の反省事項である。ただ、反省会で知ったことだが、この時の私の速度は先輩方の過去の記録と比べると普通の速さであったようだ。
下降点から少し歩いたところで開けた場所に出たため、そこで5回目の休憩(10:29〜10:39)を取った。その後も下っていき、6、7回目の休憩(11:23〜11:33、12:23〜12:33)を取った。計画の段階では、農鳥岳から1本で大門沢下降点を超えて休憩を取り、そこから2本で大門沢小屋に着く予定だったが、この日は長めのコースの終盤であり、部員の体力や集中力が落ちていたため、そこから3本で歩くこととなった。やはりコースタイム通りにはなかなか上手くいかないものだなと実感すると同時に、自分の計画の甘さを思い知ることとなった。
大門沢小屋には12時59分に到着した。しかし、受付を済ませてテント場に行くと驚愕した。なんとテントを立てるスペースがないのだ。見えている範囲には軒並みテントが立てられており、辛うじて、奥の方に一か所6・7人用テントと4・5人用テントが設営できたものの、もう一つの6・7人用は通路に被さる形での設営を余儀なくされた。別に特段歩行が遅かったわけでもないのだが、このような事態となったことは遺憾である。
我々よりも先に到着していた高校生の団体の登山者によると、彼らは前々日は我々と同じく白根御池小屋に泊まっていたが、前日はそこから北岳山荘を超えて農鳥小屋まで進んでいたらしい。そのような行程も存在するようだ。
以上のことがあってテント設営は困難を極めた。組み立ててはいろいろ位置を動かして設営できそうな場所を探していたため、23分も掛かってしまった。
この日の夕食はレトルトカレーであった。だが、作り始めると、鍋の一つが異常に汚れており、沸かした水がやけに濁っていた。部員によると前日に飯を炊いた後に拭いた記憶がないとのことだ。気を付けてほしいものである。
幸いレトルトカレーであれば、空気孔が水に浸からなければ食品自体が汚染されることはなく、この後でこの鍋を必要とする食事もなかったため、あまり問題は起きなかった。
レトルトカレーは買い出しの時に部員が色々な種類のものを買っていたため、部員それぞれが食べたいカレーを選ぶことができた。飯も上手く炊けており、レトルトカレーは部員には好評なようだった。
翌日は特に急ぐ必要もないため、3:30起床とし、したがって19:30就寝となった。
8月2日 (日) 〈4日目〉 晴れ
予定通り3:30に起床し、朝食の準備を始めた。朝食は前日と似たようなもので、スティックパンとスープである。テント場の関係でテント同士が離れていたため、お湯やパンの受け渡しが面倒であったが、比較的早く食事は済ませることができた。
ちなみに元々計画書ではランチパックを食べる予定であったが、いざ買い出しに行ってみると、この日まで消費期限が持つものが売っていなかった。そのため、急遽、食料計画を変えて、日持ちするスティックパンに切り替えたのだった。これは計画書作成時の調査ミスであるため反省事項だ。
テント撤収も早々に終わらせて、4:43には出発することができた。出発時刻が普段より遅いこともあって、出発時にはヘッドランプがなくてもぎりぎり歩けるくらいの明るさになっていた。
大門沢小屋を出るとすぐに沢に合流して、沢沿いに歩いて行った。
二つ目の橋を渡った後に、私は道を間違えた。橋を下りてすぐ左に沢沿いに歩いていく道で、そのまま直進してしまったのである。その時、私は後続の部員が橋の上で滞留しないようにと焦り、橋から下りるスペースを空けるため、正面の傾斜へ上がってしまったのである。
後続に押されつつ上がっていくと、だんだん違和感を覚えてきた。踏み跡は多少あるものの、橋の前まではあった赤テープは見なくなり、足元周りに背の高い草が生えてきたのだ。ただ、ある程度行ったところで左に明確な踏み跡が見えたために、それも杞憂かと思ってしまったのが最悪だった。
その踏み跡通りに50mほど歩いたところからだんだんと踏み跡が薄くなってきて、土も柔らかく崩れやすくなった。皆であちこち道を探しては進んでいたが、ぱったり道が消えてしまったところで、M先生が道を戻って正しい道を探し始めた。その後、ある程度戻って、沢の方に下ると赤テープが見えて正規の道に戻ることができた。
今回道に迷ったことには幾つもの反省事項がある。例えば、赤テープを探すことなく進んでしまったことや、違和感を覚えた時点で早急に引き返さなかったこと、隊列が長すぎてパーティ内での情報共有が上手く為されなかったことなどが挙げられる。これらの経験・反省は今後の後輩たちの山行に引き継いでほしいものである。
道に迷ったことで休憩間隔が乱れてしまったが、6:17から1回目の休憩を取った。この時、我々は他の高校の団体を抜いた状態であり、何度も彼らを抜いたり抜かれたりしていると迷惑をかけるので、彼らに追いつかれないように短めの休憩とし、6:23には出発した。
アクシデントはあったものの、その後は悪くないペースで下ることができた。新入部員達もなんとかついてきてくれていたのは良かっただろう。7:17に大門沢方面登山口に到着し、ここから林道を歩いた。部員の要望で舗装道路では速めのペースで歩いたため、コースタイムよりもずいぶんと早く進めた。
7:31に2回目の休憩を取ったが、部員達はさほど疲れていない様子であったため、5分間の給水休憩となった。再び歩き始めて、奈良田温泉には8:05に到着した。バスは9:50発であるので、ここで解散式を行い、夏合宿は終了した。
今回の夏合宿は、一部トラブルはあったものの、全体としては良い山行であったと言えるだろう。準備の段階から、参加者が減ったり、それに伴って役割分担が変更されたりと、慌ただしい状況が続いた。新歓山行、6月山行は、当初の予定よりも難易度を下げたものとなり、私自身も7月山行には参加することができなかった。そのような状況下で行われた今回の夏合宿において、各々が自らの役割を全うし、大きな事故なく、無事に終えることができたのは、素晴らしいことである。
3年生は今回の山行を最後に引退となるが、これからこの部を牽引していく後輩たちにとって、今回の夏合宿はこの上ない良い経験となったことと思う。後輩たちには、楽しかった記憶も、苦い反省点もすべて受け止め、この部活動の一員として、これからも山に親しんでいってほしいと願う。
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《「稜線」第47号(2026年度)所載》
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