2022年 春季山行 山行記

筆者 T・H (3年生)

 事前に行われた準備会(延期される前から数えて8日前)では、少なくない部員の日々の練習への参加率の低さが取り沙汰され、まずもって部活動として体を成しているのか、山に登る意欲があるのかが問題となった。この問いは投げかけられたまま、その日から数えて15日後、丹沢山地南部にある塔ノ岳への山行が執り行われた。
 この猶予期間を通して、その問いは咀嚼され、解を得たのか、放置され、忘れ去られたのか。
 それは計画書の参加者名簿を見れば、直ちにわかる。後者であった。おおよそいつも来ている人間は来たし、いつも来ていない人間は来なかった。

4月2日 (土)  曇り時々晴れ

 歩行開始地点であるヤビツ峠に至るまでの筋書きは順調になぞられた。午前6時の新宿駅集合にTが数分遅刻したものの、予定していた電車には余裕を持って乗車し、東京から神奈川へ。通常より朝早い集合だったため車内では居眠りをして、1時間ほどで秦野駅に到着した。そして7時54分には満員の臨時バスに乗車し、あっという間にヤビツ峠に到着する。バスから降りると眠気が覚め、一般的な体操・休憩を済ませると、9時頃にはすぐ近くの登山道へ入っていく。

 これまでの山とは違い、樹林はうっすらとしか生い茂っていないし、周囲の見晴らしは良かった。加えて今までは登り始めは退屈なことが多かったのだが、それなりに景色の良い二ノ塔に至るまでの間ずっと、左右褐色の地面に積もった飾り程度の雪は目に新鮮に感じたし、登山道には常に上下のリズムがあり辛くなかった。泥が入った袋、階段。地面のぬかるみも私の足の邪魔をせず、痩せ細った木から雪解け水がポタポタと、金色の音と混ざって落ちてきた(のちにこの音の正体は1年生某の熊よけの鈴だと気づく)。つまりは穏やかな登り始めであり、心地良い時間だった。誰もがそういう顔をしていた。特記すべき問題は、起こらなかった。この間に多くはマスクを外し終えた。

 そして10時16分、二ノ塔に到着する。富士山がはっきり見える。この時点にして、今までになく壮麗な景色に参加者たちのモチベーションは上がったように思う。

 そして、このあたりから木道が代わる代わる現れる。尾根筋をずっとたどる道になり、周囲の景色は良いのだが、生えている木が少ないだけに午前の風も当たり、やや冷える。しかし、すぐに(10時30分ごろ)三ノ塔に到着し、広々とした休憩場所で早めの昼食を摂った。ちなみに、ここで軽アイゼンの使用方法の確認のみ行われた。アイゼンは以降登場しない。

 休憩中、私はより綺麗に見えた富士山と、後追いで見えてきた相模湾の写真を撮った。反対の方向にカメラを向ける者はいなかった。富士山の方向へ飛行機雲が何本も突っ込んでいった。そして30分ほどの休憩が終わって10時過ぎ、歩行再開だ。

 全員問題なくテキパキ進んだ結果、体感的にはすぐに行者ヶ岳を越えた。しかしそのすぐ後、13時を過ぎたあたりでかなりハードな、垂直に10メートル程度ある鎖場に出くわした。引率の先生2人のサポートを受けながら、1人ずつ慎重に下りていく。ここでは他の登山客とバッティングしまくるため、全員下りるのに30分ほどかかったと思う。下りた先の岩場では順番が早かったメンバーがくつろいでいた。私は手の指の爪を怪我したが、ここは全員スムーズに終えられた。
ちなみに、ここで今世代ワンゲル初、「鎖を使って鎖場を下りたことがない」の実績解除である。

 鎖場を超えたことで一区切りつくような雰囲気が生まれ、そこから一段と気合いが入ったのか、その後も適度なアップダウンがある尾根を着実に歩いていった。流石人気の山で、階段や例の木道も整備されており、そこまで苦しくなかった。途中でWの帽子が風に飛ばされるというアクシデントがあったものの、すぐに回収できた。

 40分ほどそのまま歩行を続けるに連れて、昼下がりという時間帯もあってか、段々と陽の光が増し、暖かくなっていった。そして、新大日ノ頭を越えて塔ノ岳へ向かう途中で、薄緑の木々がアーチ状になっているその下を階段でくぐるとき、雪解け水の音と例の金色の音がした(ここでその正体に気づいた)。塔ノ岳の山頂付近では雪が山道に広がっており、道として一番歩きづらい状態になっていた。混ざっている泥の匂いが鼻を突く。先に登った人が歩きやすいように少し除けてくれたものの、滑らないよう全員一歩ずつ着実に踏んでいった。

 長い尾根、鎖場、雪道、5時間ほどかけて越えて、ついに14時54分、予定よりかなり遅れて塔ノ岳に到着した。景色はそれほど変わらないのだが、太陽のもと薄く靄がかかった煌びやかな富士山が綺麗であった。そして30分ほどの休憩、集合写真の撮影を挟み、下山を開始した。

 日の入りの時間を気にしながらの下山となったものの、ほとんど真っ直ぐに整備された道だったため、何も考えずに下りると川の水のようにスイスイと攻略できた。南方平野部の街並みが望める道だった(つまり極端にいえばコロラドのインクラインのような景色だったのだ)ため、ある程度気を抜いて歩いた。試験区H、試験区E、試験区J、階段、木道、足元のクサイチゴ、極小のマメザクラ、鹿のフン、群生する白いアセビ、鈴の音。淡々と景色が流れ、いつの間にか影が長くなっていることに気が付くと、既にあたりは少し暗くなり、17時を回っていた。

 一方、休憩時の周りの様子は割と余裕綽々という感じで、体力的には問題がないようだ。あとはいつも通りの葛折りの樹林の道を畳み掛け、すぐに舗装道路に出た。18時頃だった。

 丁度バスに乗っている間に夕暮れを迎え、渋沢駅にて、解散。



 今回の山行に参加した者に関しては、運動能力には安心感を持てると確信した。帰りのバスで疲れている様子は見受けられたものの、足が動かないというようなことはなかった。また、一部の1年生に関しては、2年生に積極的にコミュニケーションをとって知恵を吸収しようとする積極的な姿勢も見られた。ぜひその姿勢を忘れずにいて欲しい。

 2年生については、挨拶が雑になりがちなこと等、細かい改善点はあるものの概ね機能していたと思う。総じて安定感のある良い山行だった。


《「稜線」第43号(2022年度)所載》



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