2019年 春合宿 山行記

筆者 I・B (2年生)

 春合宿は、ワンゲル部の山行の中でも時期的な意味でとても重要なものであると私は考えている。なぜなら、この山行は今のメンバーで行う最後の山行であるとともに、歩行時間も夏合宿に次いで長いものとなっている。今までの練習の成果と共に、新入生入部を前に部としてのあり方が試される山行であるからだ。
 私としては主将になってからはじめてCLを務める山行であり、気が引き締まった。

3月28日 〈1日目〉 晴れ

 集合時間の6:05には全員新宿駅南口に集まることができた。

 本来は6:30集合でもよかったのだが、今回は様々なアクシデントを想定したうえで今の部員が最速で集まれる時間に集合した。

 理由は二つある。一番の理由は、久しぶりの山行であるため歩行時間が普段よりかかる恐れがあるということ。二つ目の理由は、大きなザックを背負っての電車移動を考慮したためだ。大きなザックを背負っての混雑時の電車移動は私たちにとって負担であるし、周りの方々の迷惑にもなる。春合宿に限った話ではないが、早めに行動しておいた方が結果的に部員の負担軽減につながるのではないかと考えたのだ。

 予定は6:20乗車であったが、1本早い6:12の小田急線急行小田原行に乗車することができた。都心とは逆方向であるからてっきりすいているものだと思っていたが、乗客は案外多かった。というより、むしろ混んでいた。そして、到着駅の秦野まで乗客の数はほとんど減らないのだ。

 考えてみれば当然の話だ。今回登山を行う丹沢は秦野市の住宅街のすぐそばにあるのだ。

 秦野駅を降りて大倉行のバスに乗った後も、車窓から見える景色はごく普通の住宅街だった。本来行くべき道とは別の道を行っているような、変な気分になった。

 大倉には15分ほどで到着した。すぐに準備体操を済ませると、8:04にA隊は歩行を開始した。二俣までは林道であるためテンポよく歩行をできた。問題は二俣から鍋割山までの登りである。

 しばらく登ると、1年生のが息を切らし始めた。顔は真っ赤になっている。もちろん自身の体力不足もあったのだが、登山に向かないズボンをはいてきてしまったらしいのだ。それゆえ、ズボンが伸びず歩きづらくなってしまったらしい。

 登山で大事なのは体力だけではない。ザックの詰め方や靴の履き方、装備を整えるところからが登山であり、そこをしっかりしなくてはどんなに体力があっても登山は行えない。自身、今回の山行で再確認したと思うのでしっかりと修正してほしい。
 3回目の休憩を終えた直後、今度は2年生のM・Kが足をつり始めた。M・Kは決して体力がないわけではないのだが、どうしても山行になると足をつってしまうことが多い。前回の冬季山行でも足をつってしまっていた。本人曰く、このままでは足をつる先輩として汚名を着せられてしまうというので奮闘したのだが、結局先生と共に隊に遅れて歩行するようになった。

 結局、尊仏山荘に到着したのが13時。当初の予定通りに到着することができた。そして、そこから50分ほど後にA先生とM・Kが到着した。

 2人を待つ時間に会計のR・Kと会計補佐のは山荘の受付へ、私と1年生のはサブザックを背負って水汲みへ行った。

 私にとって、この水汲みがこの日一番の苦行であった。まずこれでもかと山を下るのだ。たどり着いたかと思えば、水場から出る水は小便程度の些細なものである。おそらく、今年は暖かく残雪が少ないことが影響していたのだろう。
 私たちはどうして自分たちだけがこんな苦行を受けなければならないのかとぶつぶつ文句を言いながら水がたまるのを待った。

 とりあえず、ポリタン2本に水がたまると、私がそれを担いで上にあがった。登りは地獄そのものであった。どこまでも続く階段、雪混じりの風が横から吹き付けて私の体力を奪っていく。やっとの思いで山荘に戻ると、すでにM・K先生が到着した後であった。つまり、水汲みだけで1時間以上かかったのだ。

 さすがにこの水汲みを何回も繰り返すわけにはいかない。それに水汲みまでのコースはかなり急であるから、就寝前や早朝に行くには危険すぎる。私とSLのは、どうすれば水汲みを残り数回でできるか思案を重ねた。

 とりあえず、この先、水を使用する場面は夕食用の炊飯とカレー、朝食用の棒ラーメンと歩行中の飲料水である。まず、早めに炊飯と料理を行うことにした。食事自体は気象係の天気図作成が終わる17時あたりにならなければ開始できないが、米は吸水させた状態にしておけばよいわけだし、カレーは作っておいて食べる直前に再加熱すればよいのだ。

 早速、山荘に入ってすぐに調理をはじめた。さらに、コッフェル1つを水で満たした。これでメンバー半分の朝食用水を賄うことができる。

 これで空いたプラティパスを2年生の、SLの、1年生のNに水汲みに行ってもらった。特に体力のある選抜メンバーである。

 この際、先生が持ってきてくださっていた1.5Lほどの水筒も使わせていただいた。そしてプラティパスは2Lが容量だと記載されているが、実際はそれよりも少し多くの水が入る。その余剰分をかき集めて1.5Lの水と足し合わせれば、もう半分の朝食用水を確保することができる。これによって、どうにか日没以降の水汲みを避けることができた。

 外は雪が降っていたが、山荘の中はとても暖かかった。これも小屋泊ならではの恩恵ということなのだろう。

 炊飯は、用いるコッフェルをすべてアルミ製に変えていたから失敗することはほぼなくなっていた。ただ、今回はコッフェルに米をたくさん入れすぎてしまったため、炊いている途中に膨らんだ米が鍋のフタを持ち上げるという事件が発生してしまった。味自体は問題なかったのだが、今後一つの鍋に入れる米の量には注意したい。

 カレーは今回初めて作るコンビーフカレーである。ちなみに考案者は私である。なぜコンビーフを使ったカレーを作ろうと思ったのかは、年の夏合宿に端を発する。去年の夏合宿の2日目には大豆ミートを用いたカレーを食べた。

 個人的にはまずくはなかったのだが、部員の間では賛否両論というより批判がかなり多かった。そこで保存がきく食材を用いて、かつ栄養バランスを整っており美味しいカレーを作れないものかと考えたのだ。

 結論として、私は保存の肉類と野菜類にそれぞれコンビーフとトマトソースを選んだ。コンビーフを選んだ理由はカレーに合うということはもちろんのこと、ツナや大豆ミートのように水切りがいらずサラダ油の代わりにもなるという便利さからだ。野菜類に関しては、幕営地での調理の手間が省け、鮮度が保てる物を選ぶ必要があったため、トマトソースを選んだ。

 個人的に試作品は何度も作ったが、実際に山で作らなければわからないということで今回の山行でコンビーフカレーを作ることになった。今回は夏合宿ほどの長期山行ではないため、一応タマネギとジャガイモも具として用いた。

 味自体は悪くなかったのだが、個人的には少し課題が残った。カレーとトマトソースを合わせる発想自体は悪くないのだが、どうしてもカレールーの味付けが強いため、うまくトマトの味が引き立たない。トマトソースを隠し味にするというふうに割り切ってしまえばよいのだが、隠し味にする程度ならそもそもトマトソースを使う必要がないのではと思ってしまう。カレールーをカレー粉に変更するなどして再検討することが必要だと思った。コンビーフは具としては大成功だったのだが、缶に入っているためどうしても重くなってしまう。そこでコンビーフにジャガイモを混ぜたコンビーフハッシュという食品を代替案として用いてみようと考えている。それならばパックであり、持ち運びも便利なうえ、ジャガイモも同時に使うことができる。

 食事については、食事係の人たちにも相談してより議論を深めていきたい。

 思いのほか早く行動が済んだので就寝は6時半、起床は2時半にすることにした。明日の天気が不安であったということと、気温が上がると地面がぬかるんでしまうのではないかという心配があったからだ。ただ、あまりにも朝早くに起きて不用意に動き回ると他の宿泊客の方に迷惑になってしまう。幸いこの日に炊事場を使っていたのは私たちだけであったので、あらかじめ朝食の用具を炊事場に置かせていただくことにした。さらに、山荘の方のご厚意により1階の炊事場にザックをすべて置かせていただいた。これによって、私たちは2階の寝室で不用意に動き回ることなく1階の炊事場に直行できる。

 明日の準備をあらかじめ済ませておくように部員に伝え、予定通り6時半に就寝した。



3月29日
〈2日目〉 曇り

 思った通り小屋泊は快適であった。なんといっても布団がふかふかで暖かい。隣の人に蹴り飛ばされる心配もなければ、陣地の取り合いをしなくてもよい。騒音や石に眠りを妨げられることもない。

 たまにはこのような体験をすることも大事だとは思うが、個人的にはやはりテント泊の魅力も再確認せずにはいられない。

 私は、時々何かに守られてぬくぬくと過ごしている自分にどうしようもない嫌悪感を抱くことがある。実際、私の生活のほとんどがその類にあたるわけだが、普段はその環境が当たり前になっていて何も感じない。けれど、ふとした時(都合が良い時だけ)私の頭にその考えは浮かぶ。一度浮かんでしまうと靴の裏にへばりついたガムのように私の脳裏から離れない。忘れるときは、忘れることを忘れた時である。

 テント泊は、私を砂漠のど真ん中に放り出してくれる。どうしようもなく孤独になり、テントに吹き付ける風の音が私を突き放す。それは錯覚にしか過ぎないけれども、今の私が逃げられる限界はそこしかないのだ。

 午前2時半、音は出せないのでバイブレーションだけで私たちは目覚めた。どうやら、全員ぐっすり眠れたようで元気であった。

 朝食の棒ラーメンはお湯が沸騰するまでに少し時間がかかってしまった。山で食べるラーメン(カップヌードルを含め)ほどうまいものはない。ただ、リッツやパンに比べて時間がかかる上にカロリーが少ないのが唯一の欠点である。

 4時01分に山荘を出て歩行を開始した。雪が少しちらつくほどの寒さで右手には住宅街の明かりがきらめいていた。今回のコースの良い点は住宅街と離れていないが故、夜景を見れたところであろう。早起きは三文の徳である。

 地面は昨日の足跡も残したまま凍っていて霜ができていた。おそらく、気温が上がるとぬかるんでしまうのだろう。幸運なことに、この山行では終始太陽が隠れていたため気温が上がることはなかった。ただ、念のため日の出前に歩行を開始した判断は間違っていなかっただろう。

 足跡の霜を踏みつぶして上書きしながら進むと、暗闇の中にうごめく無数の目がこちらを見つめている。ヘッドライトの明かりを反射した野生動物の目である。日の出前の歩行は夏合宿や秋2山行でも経験したが、こうして暗闇の中で動物と目を合わせるのは今回が初めてである。うまく言葉にできないが、日中に野生動物と見つめあうのとは少し距離感が違った。ごまかしようがないのだ。電車でたまたま目があってしまったでは許されない雰囲気がそこにはあった。

 以前の山行と同じように、私たちの動きを察知して動き出す野生動物の動きは頻繁に感じ取った。日の出前の歩行は視界が制限される分、他の感覚がより研ぎ澄まされる。動物の動く音もこの時間帯だからこそ聞き取れるためとても面白い。

 5:08に丹沢山の頂上に到着した。この時間帯から周囲はガスでおおわれ景色がほとんど見えなくなった。雪混じりの風も勢いを増し、私を含めた数人の髪の毛はあまりの寒さに凍り付いてしまった。

 今回のコースは、ぬかるみへの対策のために階段や木道が多く設置されていた。1日目の登りで私たちを苦しませた階段も、2日目の下りでは逆に歩きやすくなった。丹沢山の頂上周辺は少し雪が残っており、滑りやすい場所もあったが、木道や階段のおかげでアイゼンを装着するほどにはならなかった。

 2日目は下り中心ということもあり、1日目に比べると全員に余裕があった。

 地蔵平を通過した直後の8:04に昼食をとることにした。下界ではまだ朝食の時間である。今回はロールパンを廃止して食パン3枚に主食を変更した。というのも、はちみつやツナマヨ、ピザソースを塗ることを考えればロールパンでは塗りにくいだけでなく、何かを塗るには味付けが強すぎる。パンに塗るソースも保存や持ち運びを考慮して全てチューブ式にした。ベーコンとハムは元々要冷蔵の物であることに加えて汁で手が汚れてしまうため、より栄養価の高く手軽に食べられる魚肉ソーセージに変更した。

 以上のような食料計画の変更はかなり好評で、先生からもお墨付きをいただいた。しかし、食料計画にはまだ問題は残されている。フルーツ缶を廃止するかの是非だ。

 フルーツ缶は水分量が多いため重さがある。栄養価も大して高くなく何より食べにくい。フルーツ缶が長きにわたって山行の食料計画に導入されている背景としては、重い荷物を背負ってでも甘いものを食べたいという歴代先輩方の願望があったらしい。ただ、フルーツ缶の好き嫌いが分かれる今の状況ではわざわざ食糧計画に記載する必要性があるのかは疑問を覚える。食べたい部員は行動食として似たようなものを持ってくればよいのだ。栄養価の面を考えれば、ドライフルーツなどの方が軽くて優れているわけであるから、この点に関してはこれから考えていきたいと思う。

 昼食を終えると、その後は黍殻山と焼山を巻いて11:15に西野々バス停に到着した。当初は15時ぐらいの到着を見込んでいたから予想以上の好タイムである。

 あまりこういうことは言うべきでないのかもしれないけれども、今回の山行はほとんど大きなトラブルは発生しなかった。部としてのまとまりが出てきたということでよいことなのだが、少しうまくいきすぎたようにも思える。次回の山行で油断してしまう気がするのだ。

 人間、欠点があればそれ修正することを目標や課題として持つことができる。しかし、今のワンゲル部のようにある程度うまくできてしまうと具体的な目標や課題を持てず、緊張感がなくなってしまう。それが大きなトラブルの引き金になってしまうことが多くある。

 今のワンゲル部は次のステップに進むべきなのだろう。つまり、部長の先生方の指摘をもとに行動するだけでなく、自分たちで目標設定をできるようになるということだ。もうすぐ新入生も入部する時期であるから、一人一人が部員としての自覚を持ってほしい。

 無論、先生方の指摘を受けた生徒も何人かいる。私も先生から正確な時間に休憩を行うことは大事だが、風が強い場所などでは臨機応変に場所を選んだほうがよい、というアドバイスをいただいた。これからはあらかじめ地形を把握するなどして、できるだけ部員の負担がかからない場所で休憩するように努めたい。

 また、CLとして歩行スピードももう少し気をつけたいと思う。1日目はどうしても感覚を取り戻せず、早めに歩いてA先生から注意されることも多かった。歩行開始直後は特にスピードに注意したい。

 正直、いまだに自分が書きたいような山行記を書くことができていないのがとても悔しい。次に私が書くのはおそらく夏合宿であろうからそれまでには山行記を書く技術も上げていきたい。


《「稜線」第41号(2019年度)所載》



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