2016年 両神山 山行記

筆者 R・N (2年生)

9月24日(土) 〈1日目〉 曇りのち雨

 O先輩が夏合宿をもって引退し、新体制となって臨む初めての山行は、今シーズンより新設した「仲秋山行」である。私の発案で計画されたこの仲秋山行は教員の引率のない個人山行で、9月の下旬に1年生の強化を目的として比較的傾斜のきつい山に挑戦することをコンセプトとしている。

 ワンゲル部として2007年以来9年ぶりの個人山行となる今回は、普段私達が定例山行で訪れている奥多摩を離れ、奥秩父に位置する両神山へ登る。この両神山は古くから山岳信仰の山として奥秩父の人々に親しまれ、日本百名山にも数えられている。そんな両神山に思いを馳せながら集合場所の石神井公園駅に向かった。

 当日は13時15分に石神井公園集合であった。通常と異なる場所での集合で心配されたが、ほぼ全員の部員が時間通りに集合することが出来た。しかし、集合時間を迎える直前、練馬区の石泉地区がゲリラ豪雨に見舞われ、徒歩で駅を目指していた2年生のBがその影響を受け集合時間に遅れてしまった。結局電車の時間には間に合ったため大事にはならなかったが、これからは時間に余裕を持って集合場所へ集まって欲しい。

 また、今回の山行にはOBとして基幹理工学部1年のW先輩にも参加してもらった。1年生と2年生の新入部員はこの日が初対面であったがすぐに打ち解け、ワンゲルでの思い出話に花を咲かせていた。

 所沢駅に着くと、ここからは特急レッドアローに乗って西武秩父駅を目指す。普通電車に揺られることの多い私達だが、今回ばかりはバス時刻との兼ね合いもあり珍しく特急を選択した。特急は予想に反し混雑しており、秩父が人気の観光エリアであることを実感した。西武秩父駅に到着すると隣接している御花畑駅まで歩いた。この時、秩父市は濃霧に覆われていた上に霧雨が降っていたためとても不安になったが、明日の天気の好天を祈り私達は秩父鉄道で三峰口駅を目指した。長い電車移動で少し疲れた様子だった。

 電車は40分ほどで終点の三峰口へ到着し、ここで日向大谷口行きのバスに乗り換える。この間に気象係のMとNは駅前のベンチでラジオを聴いていた。しかし電波の入りが悪かったらしく気象図は未完成に終わってしまった。

 その後しばらくバス停で談笑していると日向大谷口へのバスが来た。マイクロバスのようなとても小さなバスであったため、てっきり乗客が少ないものだと考え、奥に詰めず適当に座ってしまった。しかし、しばらくすると三峰口駅に電車が入り、その電車から多くの人が大急ぎでバスへ乗車しバスは満員になってしまった。私達はサブザックであったことも功を奏しすぐさま全員が奥の席へ座り直したため最悪の事態は免れた。そんなこんなでバタバタしているうちにバスは発車し深い霧に包まれる山奥へと進んでいった。

 1時間ほどバスに揺られると、今日宿泊する両神山荘のある日向大谷口バス停へ到着した。宿へ入ると山荘の家主さん夫妻が出迎えてくれて私達の泊まる2階の部屋に案内してくれた。初めての小屋泊に心弾ませながら階段を登ると、12畳ほどの広間に案内された。窓際にザックを置き、家主さんに全員で挨拶を済ませると山荘内のトイレ等の設備の説明を受け、食事係である私とKは食事の準備に取り掛かった。

 すると山荘の女将さんが天ぷら指差して「これ作っておいたから」と私に言った。「いや、私達素泊まりなのですが…」と返すと「いいの、サービス」と言って野菜の天ぷらを私たちに差し出してくれた。申し訳ない気持ちになりながらも女将さんの善意をありがたく頂戴し、天ぷらを夕食と一緒にご馳走になった。天ぷらはナスとイモとかき揚げの三種類で他にコンニャクの刺し身まで頂いた。それらはどれも非常に美味しく、秩父の人たちの優しさに浸り、私達は皿洗いをお手伝いするつもりで台所へ皿を返しに行った。

 すると台所にはナシとリンゴが用意されており、これも食べなさいと差し出された。少し食べ物を戴き過ぎのような気がしたが、ここまでしてもらってむしろ断るほうが失礼だと考え、お言葉に甘えて果物も頂戴した。予想以上に食事の時間が長引いてしまったものの食べ終わるとミーティングの時間を決め、協力して布団を敷き、夜に備えた。

 しかしCLであった私には一抹の不安があった。それは部員たちの心の緩みである。正直な所ここまでの行程はほぼ校外活動のようなもので、部員たち全員が明日危険な山に「挑む」という意識になっているかどうか非常に不安だったのだ。この山荘にチェックインしてからもMが部屋のコンセントでスマートフォンの充電をするなど緊張感を欠くような行動も見受けられた。

 そこでミーティングではこれは個人山行とはいえ「部活」であることを部員たちに伝えた。また、緊張感が緩むと寝坊をしかねないということで全員にアラームのセットを徹底させ、起床時間である3時には布団の片付けが始められるような状態を目指した。少し厳しいこと言っているのは重々承知であったが、事故を起こしてしまっては元も子もないと思い、心を鬼にしてミーティングを終えた。

 就寝時刻は普段通り19時とした。いつも奥多摩では大学生や家族連れがうるさく眠れないことも多い中、静かな山荘の中で満腹の部員たちはコロッと眠りについた。



9月25日(日) 〈2日目〉 晴れ

 翌朝、私は起床時刻の30分ほど前に自然と目が覚めた。しばらくするとアラームを聴いて続々と部員たちが起きてきたので他の宿泊客の迷惑にならないように静かに布団の片付けを始めた。

 朝食はビスケットとけんちん汁であったため、お湯を沸かすのみですぐに朝食にありつく事ができた。夏合宿では朝食を残す人が多かったためこの山行からは腐ることのないビスケットを採用し、味噌汁で体を温めるという形を取った。これが大正解で、誰一人朝食を残すことなく素早く朝食を終えることが出来た。

 また、窓から空を眺めるとオリオン座がきれいに光っており、天気が好転したことが分かった。台風続きの異常気象で晴天の中で山行を行うなど夢にも思っていなかったが、日頃の行いが良いからであろうか、嬉しいことにこの日は一日中晴れだったのだ。感動もつかの間、ザックの中に道具をしまい、宿の方々に別れを告げ、ヘッドランプを装着し歩行を開始した。

 両神神社の鳥居をくぐると、ここからは薄川の渡渉が続いた。暗い中での渡渉は少し不安だったがペースを落としゆっくり歩くことで後ろの人達が慌てて川を渡ることを防ぎ、同時に後に待ち構える鎖場に向けて部員の体力を温存しつつ着実に歩行を進めた。1本目が終わる頃には徐々に明るくなっていったためヘッドランプをしまって歩行した。急坂を登って清滝小屋を超えるといよいよ鎖場が登場した。

 実は、今回私が両神山を選んだ理由の一つに、1年生に鎖場&サブザック歩行を経験してもらいたかったというものがあった。2年生は金峰山・瑞牆山などで嫌というほど鎖場を経験したが、1年生にはそれがない。そこで鎖場の講習も兼ねて山行を企画した側面があった。鎖場の登りはなるべく鎖は意識せず重心を低くして這うように登るよう心掛け、足場選びに慎重になりすぎて時間を掛けすぎないようにと指導した。優秀な今年の1年生はコツを掴みサクサクと鎖場を登っていった。

 鎖場を超えさらに神社の本殿を超えると頂上が見えてきた。最後の急登を登りきり山頂へ到着すると秩父盆地が一望できてとてもいい景色だった。部員たちはとても感動しており、充実感に浸っていた。ここからは鎖場続きの道と同じ道を下るという行程が待っている。

 下山を始めると程なくして鎖場の下りに差し掛かった。鎖場の下りは鎖を意識しながらこちらも重心を低くして下っていく事が重要だと指導した。夏合宿を通じて1年生は少し苦戦しがちなのが特徴であったので、こちらは丁寧に講習をするように心掛けた。少し時間がかかってしまったが安全に清滝小屋までたどり着けた。

 清滝小屋にはテーブルとイスがありそこで昼食のパンを広げて食事を行っていた。しかしその最中、数匹のキイロスズメバチがパンに集ってきた。怖くなったので刺激をしないように荷物を撤収し急遽小屋の中に入って昼食を取ることになった。

 ここまで少し時間がかかってしまい、11時48分のバスに間に合うか微妙な情勢となっており、私は事故を避けるためこのバスへの乗車を諦め、時間にゆとりをもって下山する旨を部員に伝えた。

 昼食を食べ終え、トイレ休憩をとったあと再び日向大谷へ向かって歩き始めた。ここから丁度2本で日向大谷まで下り、駐車場を借りて解散式を行った。

 宿代は下山後でいいと言われていたため、私とMは宿代を払いに山荘へ戻った。そして、全員一列に整列し家主さんに「ありがとうございました」と挨拶をした。するとここでも、とても親切な家主さんがバナナとジュースを下さった上にキュウリの浅漬けやジャガイモの天ぷらなどをチェックアウトしたはずの私達に振る舞ってくださった。涙が出そうなほど感動した私達はお礼を言ってバスを待つ間、料理を頂いた。バスに乗る前にもう一度全員でお礼をして大満足の仲秋山行は強烈な充実感とともに幕を閉じた。

 この山行は9年ぶりの個人山行ということでもう二度と個人山行ができなくなるような事態にならないか、安全に山行を行うことが出来るかと個人的に非常に心配していた上に、小屋泊という普段とは異なる、「甘え」ともいえる環境の中で、肝心の行動中は要所要所で気を引き締めて登山を行うことが出来、個人山行の醍醐味を満喫しながらも登山を心から楽しむことが出来た。

 1年生に鎖場の講習ができたこと、8人全員が山行に参加できたこと、歩行当日が久しぶりの晴天だったこと、OBの方に参加してもらえたこと、そして何より山荘の家主さん達に非常に良くしてもらったこと、数え切れないほどの成功がただただ嬉しく、このような山行で始まる新体制でのワンダーフォーゲル部が今から非常に楽しみなってきた。

 準備会や反省会を行う会議室の手配や山荘の予約、OBの方への声掛けなど大変なことが沢山ある個人山行であるが、終わってみればその苦労などすべて吹っ飛んでしまう。このような個人山行を今後も定期的につづけていきたいものである。

 今回は久しぶりの個人山行ということで日程やコースなども余裕を持ったものになるように工夫した。そのため結果的に普段の山行にない緩い感覚に部員たちは浸っていることだろう。しかし来月には定例山行である秋1山行がある。新体制はまだまだ始まったばかりだ、そのため今回の成功に慢心することなくギアを上げて練習に励んでいきたい。


《「稜線」第39号(2017年度)所載》


夜明け前に両神山荘を発つ 両神山の山頂直下を登る

両神山山頂から南西を望む
遠景は、左に甲武信三山(木賊山、甲武信ヶ岳、三宝山)、その右奥に金峰山がわずかに見える
中央に小川山、右奥に八ヶ岳

両神山山頂にて



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