2015年 春合宿 山行記

筆者 H・T (2年生)

 今回の山行は、一年生が一人、急遽参加できないということで、生徒5人と先生1人の計6人という少数パーティーによるものとなった。また、長くワンゲルの引率をなさっていたM先生の最後の山行へのご参加ということであった。

4月5日 〈1日目〉

 朝、目が覚めると、連日の天気予報の通り雨が降っていた。今年の春合宿は、行程への不安とともに始まった。

 今回の集合は、新宿南口に6時45分というものであった。この春合宿は東丹沢を縦走するというものであり、よって移動時間を考慮してかなり早い時間に集合した。だが、皆概ね時間までには集合でき、一人が電車遅延のために数分遅れただけ、という良い滑り出しであった。

 スムーズに集合できたために予定より20分早い電車に乗り、そのまま渋沢駅、出発地点の大倉バス停にも20分ずつ早く到着した。いざ大倉バス停に着いてみると、曇ってはいたものの雨は降っていなかった。散々雨を覚悟していただけに、曇天とはいえ嬉しく、バス停前の公園のようになっているところで準備体操をして歩き出す。

 この日のルートは、最初の方はずっと細かい砂利を敷いた硬い林道となっている。普段は歩きづらいためあまり好きでない硬い道路であるが、水はけが良いのでぬかるみが無く、この時ばかりはそれがありがたく感じられた。大倉バス停で止んでいた雨はこの頃には降ったり止んだりという不安定な状況になっていた。これから登る山の上の方を見てみると靄がかかっていて、心なしか風も強くなってきているようであった。

 林道を約2時間歩くと普通の登山道に繋がっており、我々はそこで各自持ってきた昼食を食べ再びスタートをする。風と靄は上に上がるほどに強く濃くなっていってはいたが、幸運にもこれ以降雨が降ってくることは無かった。

 そのまま尾根へ出ると鍋割山まではずっと登りが続いた。ほぼコースタイム通りで山頂に到着し、そして風により枝から飛んでくる水滴の中さらに尾根を進むと、この日の宿泊場所である尊仏山荘に着く。ここは塔ノ岳の山頂にあり、そこは遮る物がないために台風のような強風が吹き荒れていた。風によろめきながら山荘の扉を開けると、そこは、風がない、そして何より暖かい。室内なので当然なのだが、建物というのがいかに偉大であるかを痛感させられた。

 この日は、やはり天候のためか宿泊者は我々だけであった。そのためか山荘の方には何かと親切にして頂き、雨具などを干させて頂いたり、極め付きは、我々の中で米を忘れた人がいたので(誰かはあえて言いませんが)サービスで米を一合頂いたりもした。非常に助かりました。ありがとうございます。

 登り始めの時間が早かったため時間は十分あったが、強風の中遠い水場まで水を汲みに行ったり皆んなで談笑したりなどしていたらすぐに食事準備の時間となったため調理を開始する。この日の夕食は麻婆白菜であった。白菜の水気により少し汁っぽくなったが、体が温まっていいメニューであった。自分は、今回パーティー唯一の炊飯係であったためコッヘル二つで同時に6人分炊いたが、芯なく焦げなくいい具合に炊け、非常に自信がついた。

 このような調子で順調に食事は終えたが、心配事はやはり天気である。気象係の書いた天気図には天候回復の可能性が示されてはいたが、その時点では外は大荒れで、食後のミーティングでは明日のルート変更も検討された。しかしそれも明日にならないことにはわからない事であり、我々はいつもと違って広い寝床に体を投げ出し眠りについた。



4月6日 〈2日目〉

 午前3時半。スマホのアラームで目を覚ましまず驚いたことは、昨夜あれほど唸っていた風の音が全く聞こえないことであった。空には月も見え、麓の夜景も見渡せた。なんと、昨日の天気図の通り見事に晴れてしまったのである。何の奇跡かと思いながら朝食のけんちんうどんを食べ終えて水汲みのため外に出ると、夜が明けかけの景色が何とも言えず綺麗であった。次第に赤くなっていく地平線とまだまだ眠る街の明かり、雲を見下ろして丹沢の稜線が青く浮かび上がり、遠くには依然白く雪をかぶっている富士山が大きく聳え、その上には丸い月が小さく光っている。去年も晴れていい景色が眺められたが、二年連続というのは非常に幸運であると思った。

 午前6時前に山荘を出発し、いよいよ丹沢縦走のため尾根を北上していくのだが、この日は昨日と違ってとても暖かかった。バスの時間までには相当余裕があったため、この日もコースタイム程度の速度で歩いた。丹沢山を越え、蛭ヶ岳に差し掛かる頃には日もだいぶ高くなり、初夏を思わせるような陽気で、坂を登っていると半袖でも暑かった。我々は蛭ヶ岳の山頂で昼食のサンドイッチを食べだが、去年、同じ場所で昼食を食べた際には雪が残って寒かったので少し不思議な気がした。

 丹沢最高峰の蛭ヶ岳を過ぎても姫次までは時折まとまった登りが出現し、この頃になると日差しもより強くなり体力を奪っていった。しかし姫次を過ぎると下りがメインとなり、本格的に樹林帯の中に入ることとなるので日差しもしのげ、だいぶ楽になった。ただM先生はかなりお疲れのようで、ペースは変わらずゆっくりと、着実に歩を進めていった。

 黍殻山と焼山をそれぞれ巻いて進んでいくと、いよいよ今回の山行も終盤となる。登山口が近くなってくると道が石畳に変わり、その歩きづらさにそれの存在意義を考えるなどしつつ歩いていると、道は林道となり、やがて民家が現れ、そして西野々のバス停に到着した。

 出発時に絶望的とも思えた天候は、蓋を開けてみると初日もあまり雨には降られず、二日目に至っては一日を通して晴れてしまった。一年が一人参加できなかったのが残念ではあったが、とてもいい山行にすることができた。
 今回でM先生が登山に参加されるのは最後になるが、その締めくくりが非常に良いものとなったと思う。M先生、今まで引率して下さりありがとうございました。また、あくまで顧問としては残られるということで、これからもよろしくお願いします。


《「稜線」第37号(2015年度)所載》


塔ノ岳山頂にて 丹沢山山頂にて

丹沢山からの下り・富士を望む (右は不動ノ峰) 蛭ヶ岳山頂にて



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