2009年 夏合宿 山行記

筆者 S・K (3年生)

 基本的に夏合宿では、大体5、6日間の日数をかけ、普段よりレベルの高い山に登る。こういった特徴を見てもわかるとおりハードなものであるが、僕は普段の山行よりも楽しみにしている。標高が高いこともあり、いつもの1泊山行よりも、下界とかけ離れた景色を眺めることができ、長い行程を歩ききった後の達成感もひとしおだ。さらに目下にあるのはばら色の夏休みとくれば、これはもうやる気を出さずにはいられない、というわけである。

 だが今年は一人で勝手な期待をしているだけではダメだ。というのも今年の4月から、僕はいつの間にやら最高学年になってしまった。SLとしても、後輩たちにできる限りの指導をして、彼らにはしっかりワンゲルを継いでもらわなければなるまい。

7月25日 〈1日目〉

 集合は新宿駅。この南口は夏合宿恒例の待ち合わせ場所である。遅刻もなく、7月山行同様、早めに設定した集合時間のおかげで特急の自由席にもらくらく座ることができた。今回登るのは北アルプスであり、当然長旅となるが、何とか暇を潰した。しりとりを考案した人は天才だと思う。

 降り立った穂高駅からタクシーで中房温泉へ。山道を登る途中タクシーの運ちゃんが「晴れてたらあそこの間に大天井が見えるんだよー」と解説してくれた。天気はどうにもよくないようだ。昨日あたりも九州で大雨が降っていたことを思い出す。

 そして予定通りに幕営地到着。中房温泉の小屋はとてもきれいで、トイレの清潔度も山では最高レベルだったように思う。温泉の名も飾りではなく、テント場にも硫黄のニオイがかすかに立ち込めていて、近くの蛇口から出る水も地熱のため温かい(だからどうということでもないが)。最終日につかる温泉が今から楽しみだ。雨がぱらついていたような気がするが気にせずテントを立てる。

 しかし食事の頃にはその雨もそれなりに降ってきた。したがってテント内での調理となる。多少窮屈だったが、出来上がったものはおいしかった。やがて外も暗くなり、雨音の中での就寝となったが、僕はそれほど沈んだ気持ちでもなかった。これまでの経験から推測するに、夏合宿の初日なんて元々、降雨の魔法がかかっているに違いないのだ。



7月26日 〈2日目〉


 起きるとまず自分の体がかなり移動していて隣のシュラフを圧迫していることに気がついた。H、ごめん。朝食は悪夢のチキンラーメン。以前食して以来二度とお目にかかりたくないと思っていたが、合宿の初日に登場でびっくりである。そういえば山での朝食をおいしく食べられたことはないなあ……やはりまずい。普通のラーメンのほうがよかった。渇いたものをぽりぽりやっていた方がまだいける。

 と、チキンラーメンのバッシングはこのくらいにして、撤収、出発である。体操を始める頃にはいくらか雨は弱まってきただろうか。それでも雨具、ザックカバーを事前に装着してからの歩行である。Tの書いた天気図によると、やはりこれからも好天は期待できそうにないようだ。スパッツのつけ方を1年生に教えていなかったのは反省事項である。

 いよいよ歩行開始。今日はひたすら4時間登るのみである。最初は急な登りがあったが、そのうちSが咳をしだしてどうも様子がおかしくなってきた。見かねたMと先生によってパーティは一時停止となり、そのまま休憩。Sは体調が優れないらしくここで降りることとなってしまった。これもやはりチキンr…いやなんでもない。A先生はSに付き添っていったん下り、また後から登ってくることとなった。雨の中本当にお疲れ様である。

 そこからは順調に進み、4つのベンチを通過して合戦小屋で休憩である。名物のスイカも、この雨の中では特に魅力も感じなかった。またヘリコプターの発着も見たかったが、その願いはかなわなかった。
 そこからの歩行はあまりよろしくなかった。遅れる人が何人か出て、パーティがばらばらになりかけていた。先生がいない状況で、SLとしてとっさの判断ができなかったのは反省点かもしれない。
 燕山荘到着。着いてみればコースタイムよりは早いようだ。幕営の申請をする時小屋の人に水が有料だといわれたときは、ここまで来たか、という感じだった。
 狭くて傾斜のあるテント場に設営し、A先生が合流したところでホットドッグだ。山でのケチャップは本当にうまい。

 夕食の準備まで自由時間がかなりあったが、その間にも天気は一向によくならない。燕岳へのピストンも、天候いかんによっては中止ということになるらしい。

 水を買いにいって、調理開始である。といっても今日は炊き込みご飯なのでほぼK(2年生)の一人舞台である。しかし片方のヘッドの火が消えてしまい、煙のせいかライターもつかなくなってしまったので、コッヘルを一つライエスに移してたきなおすこととなった。最後の山行にして炊飯のしかたをはじめて教わり、少し得した気分になったが、案の定味はイマイチだった。

 就寝は昨日と同じ21時。しかし特にすることもないので今回の夏合宿は18時半に寝ることと決めていた。相変わらずぽつぽつと雨粒がテントを打つが、昼寝をしなかったのでよく眠れるだろう。明日こそは晴れるだろうか。


筆者 K・M (3年生)

7月27日 〈3日目〉

 トイレに行くことすら躊躇ってしまうほどの土砂降りの雨の中で目を覚ました。この日の朝食はうどん。普段と変わらずに調理したのだが、今回は酷く不味い。2700mにいることを忘れて麺のゆで時間を調節し忘れたことが原因ではないかと思う。

 朝食の片づけを終え、これからの行動について話し合うために先生方の所へ向かう。あまりに天気が悪いので暫くテント内で待機、行程も燕岳のピストンを断念して雨が弱まったときに常念小屋へと向かう方向へ変更した。このことをジャンエスへ戻ってからメンバーに伝えると皆から「停滞じゃなくて良かった」の声があがる。悪天候の中、先頭で歩く不安さえなければ、私も一緒に喜んでいただろう。

天気の回復を待つこと2時間弱、ようやく雨が弱まってきた。雲の間から日の光も漏れていたことも考えると、5時間程度歩く分には天気も持つように思える。

 急いで撤収を終えて出発。前日と比べて時間こそ長いものの、尾根を歩いていくことを考えると楽なコースではあったと思う。だが、天候と景色が悪かったせいか気分良く進むことができない。ルートもうっすらと前へ続く道が見えるだけでCLの立場からだと道に迷っているのではないかと何度も不安になった。

 進むこと2本強、ようやく大天荘に到着。軒下にザックを置き、山頂を目指す。目的地までは岩場ばかりだったが、何も背負っていないので進みやすく5分程度で辿りつく。ガスで白く塗りつぶされた景色の中、全員で標識を囲み集合写真を撮った。

 写真を撮り終えた後は大天荘へと戻り、昼食。大天荘の方の好意もあって小屋の中で食事をする。湯気が出ているコーンポタージュは冷えた身体によく効き、雨によって萎えた気力もこれで十分に蘇った。

 昼食を終えて常念小屋を目指して再び出発。残りは常念小屋まで下るだけだと油断していたが、東天井岳を越えてから雨足がより激しくなっていった。初めて雨の中で歩行をする1年生には精神的に辛いものだろうと思う。

 コースタイムよりだいぶ早く常念小屋に到着。標高が低いせいか、風は強いものの天気はだいぶ回復していた。天気が悪くならないうちにテントを張り、中で休む。雨の中で長時間歩いたからか誰の服も汗と雨で湿り、靴下に至ってはずぶ濡れだった。この日の夕飯は焼きそば、朝食のうどんとは違い安定した味だった。

 夕食を終えてミーティング。雨こそ降っていないが、相変わらず風は強い。3枚着込んでいたが、それでも寒いと感じた。気象係からの報告時に天気図を見る。停滞前線が本州を横断している天気図は、気象係ではない私にも酷い状況だと悟らせることが出来るほどの威力を持っていた。A先生の説明によると、1週間は天気が回復する見込みは無いらしい。結果、明日の天気が今日と変わらないようであればエスケープルートで早く下山することになった。

 就寝時間が近くなってから、風がより強くなる。台風と強風の間くらいの強さだろうか。テント上部が風にあわせて形が歪んでいた。無事に明日の朝に目覚めることが出来るのか不安になりながらも、眠りについた。



7月28日 〈4日目〉


 テントと共に吹き飛ぶことなく、今日の朝を迎えることに安堵しながら起床。天気は雨が降っていて回復する見込みはなさそうだった。先生方と話した結果、4時まではテントで朝食を作らずに待機。天気が回復したらエスケープルートを使って下山することが決定した。

 テントで待機すること1時間弱、天気も落ち着いてきたので朝食をとる。メニューは元々の予定のパスタからサンドイッチに変更した。

 テントの撤収を終えた頃だろうか、目の前には大きな虹があった。この虹は下界で見るのに比べて大きく、鮮明に現れていた。この山行における最初で最後の絶景。山で虹を見られるとは今まで考えたことも無かった。1年生達には物足りなかったかもしれないが、私にとっては連日の悪天候を挽回するほどの貴重なものだった。

 エスケープ終点の登山口までの道はぬかるんではいたものの、天気もよく歩きやすいものだった。休憩中に常念岳の方を見ると雲によって全体像が見えくなっていた。これまでの状況を考えると、エスケープして正解だったと思う。

 出発してから約3時間、何事も無く登山口に到着。タクシーを待つあいだに解散式を行って学院最後の山行は幕を閉じた。

 今回の山行は悪天候で思っていた以上に精神的には厳しいものだったと思う。だが状況が厳しかった分、個々の動きやチームワークは7月山行から変化してきているのではないかと思う。辛い場面もあるかもしれないが、後輩達にはこれからも存分に山を楽しんできて欲しい。


《「稜線」第31号(2009年度)所載》


大天井岳山頂にて 大天井岳から常念小屋に向かう道で

常念小屋幕営地で見えた虹 常念小屋幕営地で見えた虹



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