2006年 新歓山行 山行記
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筆者 S・Y (3年生)
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5月3日(火) 快晴
かなりしつこい教室回りのおかげで、この春、新たに3人もの新入部員を迎えることができ、とてもうれしい思いである。骨太ワンゲルMENに成長してくれることを切に願う。
今回の集合は八王子駅。遅刻もなく、すぐに完了した。電車に乗る。GWということもあって、電車はいつもの山行のそれとは比べ物にならない混みようであった。 塩山を過ぎたあたりで、座りきれずに八王子から立っていたOに座るよう勧めた。彼は例によって断るのだが、いざ座ってみるとやはり爆睡していた。体は正直である。その後、遠くにパラシュートを見つけて盛り上がったりしていた。
それにしても不思議なものだ。各駅停車で仲間とのんびり旅行していると、普段なら気にも留めないようなささいなものや景色も話のネタになり、それを肴にバカ話で盛り上がることができる。また、そうして過ごす車中でのひとときはとても楽しい。その魅力に気づくきっかけをくれたこの部活には改めて感謝したいと思う。
さて、韮崎である。A先生とはホームですぐに合流できた。実は今回のCLであるTの体調が前日からかなり悪く、韮崎の時点で回復しない場合は今回の山行は中止ということになっていた。しかし電車で寝ていたこともあり、体調は比較的回復していたようなので、山行をそのまま続けることにした。
予約していたタクシーで登山口の瑞牆山荘へ向かう。定番の話題である学院教師ネタがここで初登場。この話題が登場しない山行はこれまでにも、そしてこれからもないだろう。Sが現社で当たったT田氏の話で盛り上がりは最高潮に達した。
瑞牆山荘に着く。ストレッチを済ませて幕営地の富士見平へ1本で向かった。今回の山行では、メインザック行動は瑞牆山荘〜富士見平の往復だけである。これだけ見れば、それはそれは夢のような山行である。
出発前にMのザックの調整で若干てこずったが、それ以外は順調であった。途中、行動中のルールを場合ごとに教えていきながら、富士見平に着いた。部室前で何度か練習していたため、幕営もスムーズであった。
昼食をとった後、瑞牆山へのピストンに出発する。全体的に岩がゴロゴロした登山道である。いったん沢まで下り、そこからは岩の転がる斜面の急登である。この時点で、すでに、融けた雪が凍っているのが岩の隙間などにちらほらと見受けられた。山頂直下で、登山道は岩を巻いて北側に回りこむ。ここから山頂までは完璧なアイスバーンであったため、アイゼンを着けて山頂へ向かった。正直、私は1年生より危なっかしい歩き方をしていた。あれほどのアイスバーンを登るのは初めてだった、というと言い訳がましいのだが……。
急に視界が開け、瑞牆山の山頂に出た。富士山こそモヤで霞んでいたが、南アルプスや八ヶ岳など、とにかく素晴らしい展望である。巨大な岩に覆われた山頂で、みな思い思いに過ごした。岩の隙間から下の絶壁を覗き込んだり岩の上で寝そべったり、といった具合である。
山頂での時間を過ごした後、登ってきた道を富士見平まで戻る。アイスバーンを登り以上に神経を使ってそろそろと下った。一歩でも足の踏み場を誤ればとんでもないことになる。先ほどの岩でアイゼンを外し、そこからは岩の合間を縫って沢まで下っていった。その後、沢から富士見平までは急登が疲れに拍車をかけたが、全員無事に富士見平へ戻ることができた。
水場へ寄って少し休んだ後で、夕食の準備にかかる。新歓ということもあって、今回はカレーライスであった。ある事件の発覚以外は――ちなみに容疑者の少年(17)は「むしゃくしゃしてやった。何でもよかった。今は反省している」と型通りの言い訳をしていたが――スムーズに料理できたと思う。今回はMが横で見学していたせいか、ライスも久しぶりにうまく炊くことができた。
また、食後のミーティングでTが検温したところ熱が37度以上出ており、Sも体調を崩していたので、金峰山登頂を取りやめ、金峰山の稜線への合流地点にある大日岩で折り返すことになった。
5月4日(水) 晴れ
夜が明けた。5時。陽はとっくに昇っており、辺りはもう明るい。出発前のテント撤収がない分、余裕をもって個人のパッキングや朝食作りができた。ちなみにタラコ嫌いの某T先輩が引退した今年度、それまでぱっとしなかった朝食メニューにタラコスパゲッティがまるで狙い澄ましたかのように戻ってきた。もう、いくらでも食える気がした。これは革命だ。
体調の回復しないTとSをテントに残して、4人で大日岩を目指して富士見平を出発した。結局、2人は私たちが戻るまで寝ていたらしい。今日はTがいないので、トップを歩くのは必然的に私だ。もともとペース作りには気を使う方だが、今回は新歓ということもあっていつも以上に気を使った。もっとも私の場合それで疲れるということはないから、日頃からそのくらいまめにやっていてもいいのかもしれない。薄暗く、しかし起伏の少ない樹林の中を歩き、1本で大日小屋に着いた。比較的遅いスタートだったこともあってかよく人に会う。
さて、今日の目的地である大日岩を目指して、ここから北側斜面の急登にかかるのだが、私にとっては勾配よりもむしろアイスバーンの方がはるかに過酷であった。とにかく、一面凍っているのである。今回は股関節を痛めて参加できなかったが、Aがもしあの場にいたら、泣いて喜びそうなものだ。まあいい。後戻りはできないのでひたすら登る。後ろを歩く1年生の登る様子は、今日もやはり私よりはるかに危なげない。なんとまあ情けないことよ。結果的に時間だけ見れば、1本で大日岩まで登ったことになるのだが、実際に登っている間はそれがとんでもなく長い時間に思えた。
金峰山の稜線上にある大日岩からは西側に展望が開けており、八ヶ岳や南アルプスの山々が瑞牆山からのそれとはまた違った表情を見せていた。A先生のデジカメの調子が悪かったので、写真はMの携帯で2枚――どれが誰の顔か分からないほどの画であったが――撮るだけに留めた。その後、来た道を大日小屋へ下ったが、その1本もまた、むしろ登り以上に長く感じられた。慣れていないと心臓にも悪い。大日小屋でアイゼンを外し、次の1本で富士見平へ戻った。途中すれ違った何人かの軽装の人にはこの先の状況を伝えたが、はたして彼らは大丈夫だっただろうか。
富士見平に着いて少し休んだ後、昼食をとってテントを撤収し、再び合流したTを先頭に瑞牆山荘へ下って、解散となった。タクシーの時間よりだいぶ早く下ることができたので、みんなで話をしていた。ワンゲルを選んだ理由や私たちの引退後にいよいよ現実のものとなる独裁者Aの恐怖などなど、話題はさまざまであった。
タクシーに乗ってからも、酔いやすいSのために私は話を振り続けた。他のネタは尽きていたので、教員ネタや受験ネタでつなぐ。また、爆睡していたOの寝顔も格好の餌食となった。
そうしているうちに、韮崎駅に着いた。電車に乗り、帰路につく。車窓を彩る新緑は、午後の光を浴びて眩しいほどに輝いていた。
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《「稜線」第28号(2006年度)所載》
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