2006年 6月山行 山行記

筆者 A・S (1年生)


6月10日 〈1日目〉

 ワンゲル部員の持つ80リットルのザックは、持っているだけでいやでも人目を引く。今回の山行では学院で授業を終えたあとに電車で奥多摩駅へ向かうため、ザックを背負って学院に向かうのだが、電車でも街中でもこのザックを背負っている僕は、少なからず奇異な目で見られ、邪魔になってしまう。
 授業が終わると、部員は上石神井駅の拝島方面の先頭車両側に集合することになっている。学院生がひしめきあうホームに最初に到着したのは僕だった。誰もいなかったので間違えたかな……と思いつつコンビニで購入したおにぎりをほおばっていると、前方からT先輩が出現する。

 全員が集合したホームの端っこでは、山ルックの若人が7人。学院生はああ、ワンゲル部員か、という視線を、電車に乗る一般の方々からは邪魔だな、という視線を頂いた。そして、奥多摩に向かうにつれ人が少なくなる電車内では、一列を陣取った部員のザックが防壁のようなものをなしている。そんなザックであるが、下界では役になんか立たずともよいのだ。これは山で活躍するものなのだから。

 電車内からは、なにやら雨の降りそうな天気が窺える。途中、A先輩と今日中に雨が降るかどうかでジュース一本を賭けた。今日は降りそうにないが、明日には降ってくるだろう。憂鬱だ。

 電車は奥多摩駅に到着し、そこから氷川キャンプ場へ向かう。今日の行程はなくご飯を作って幕営をするだけだ。だけなのだが……いざご飯を作るときになって問題発生。なんと部室にガスヘッドを一つ忘れてきてしまったらしい。この日の夕食はビーフシチュー丼なのだが、これでは飯とビーフシチューが一緒に作れない。途端に不穏な空気が漂う。薪を買ってそれで火を熾そうかとの意見も出たが、とりあえずシチューから作ることになる。

 シチューを作っている間、僕はT先輩に天気図の取り方を教えてもらっていた。ラジオから流れる情報を書き取るのはなかなかの早業が必要そうだ。天気図は20分程で終了した。

 ガスヘッドが一つだけということで、皆で喋りながらのんびりとすすむ料理も完成。シチューはかなり水っぽくなってしまったが、ご飯はよく炊けていたし、なかなかいけるものであった。3年生が引退したら上手く飯炊きを出来るだろうか、と不安がよぎる。

 その日のミーティングでは忘れ物の反省と翌日の予定を話し、就寝ということになった。キャンプ場で騒ぐ大学生の声、誰かが演奏する笛のような楽器の音色、ジャーキーを知らない間に全部食べられたO君の悲痛な呻きを聞きながら眠りに入る。明日は早い。

 実は、このあたりから僕は身体の調子が優れなかった。なんだかお腹の調子が良くない。トイレに行っても治らなかったのだが、一晩寝れば治るだろうと思い、寝る。



6月11日 〈2日目〉

 山行の朝は早く、まだ暗いうちに起床する。起きたときは、眠い!と思ってしまうのだが実際眠っている時間が長いので、少しすればはっきりと目は覚める。ところがこの日僕の体調はむしろ悪化していた。頭がどうにもすっきりとせず、腹が痛いのである。夜、寝ているときの姿勢がいけなかったのだろうか。それとも昨日のシチューがもたれているのだろうか。相変わらずトイレに行っても変化はない。少しばかりしんどいとは思いながらも着々と準備をし、朝食のうどんを無理やり流し込んで、撤収となった。
 最初の一、二本はつらかった。どうにか腹に意識をいかせまいとしながらふらついて歩く。元気な人たちがうらやましく、正直、上までいけないとも思っていた。最初の休憩で、見かねた先輩方に荷物をもってもらい、申し訳ない……と思いつつ、つらいまま歩いていたのだが、二本目だか三本目ですうっと楽になった。あれ?と思ったら、足取りが軽快になっていった。万歳。T先輩曰く最初の一本が一番きついらしい。

 楽になったと思ったのもつかの間、今日の行程はなかなか長い。しかも途中で雨が降ってきた。あ、雨具がこんなに暑いものだとは……。

 50分の歩行時間というものはあまり短い時間でもない。痛い足とともに登っていると、次の休憩が待ち遠しくなってくる。頭の中ではJ-POPの歌詞のサビが半永久的に流れている。何とか気を紛らそうとして、まわりの景色を見ようとしたりする。で、躓いたりしそうになる。

 石尾根を歩く、歩く、歩く。疲れる。みんなはそうでもないのかもしれないが、経験の少ない僕にとってはつらいものだった。
 急傾斜となだらかな斜面が繰り返し続く。と、なんだか山頂らしきものが。鷹巣山山頂だ。山頂の空気は涼しく、とても心地よかった。展望はあまりなく、すこし残念ではあった。

 山頂には誰かが幕営しているらしく、テントが張ってあった。こんなところで幕営?とみな訝ったが、きっとオクタマニア(奥多摩のマニア)なのだ、との結論に達する。そんなことを話しながら、昼食のコーンスープ、サラミ、パンを食べていると止んでいた雨が降り出してしまった。コーンスープもすぐに冷めてしまう。食べ終えると、すぐに撤収となった。

 下りの稲村岩尾根のコースタイムは登りのタイムの半分とエアリアマップには記されていた。つまりそれだけ急斜面ということになる。早く下りられる、楽だ、という甘い期待を抱いていたのだが、その期待は無残にも打ち砕かれた。うねうねと曲がりくねった坂道だったのだが、それがいつ終わるとも知れず、果てしなく続いているように思えた。また流れ出すJ-POPのサビ。この山行から帰ったら持久力を鍛えなくては。

 とりあえず、降りきった。車道に出てバス停に到着するとこれまでの行程が全然苦に感じられないから不思議である。喉元過ぎれば熱さ忘れるというやつである。

 バスに乗って30分ほどで奥多摩駅に着くという。あんなに歩いたところがバスで30分とはこれまたあっけないものだ。というようなことを、N先輩が言ったような気がする。ここらへんが文明の利点であり、欠点なのだろう、と思った。

 明日は学校だ。憂鬱だ。そんなことを考えながらバスに30分ほど揺られた。この山行記を書く役目をO君がすっかり忘れ、自分が書くことになろうとはこのときの僕はまだ思ってもいない。 


《「稜線」第28号(2006年度)所載》


鷹ノ巣山山頂 鷹ノ巣山山頂

石尾根の尾根道



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