ト   イ   レ   賛   歌


M・F (3年生)

 私がワンゲルで2年半やってきて一番くやしかったことは、テント泊の客は小屋の中にあるきれいなトイレを使えなかったことだ。トイレは私にとって死活問題であった。

 1年生の新歓の時、私はそこのトイレにとまどい、我慢することにした。が、途中で我慢も限界に達し、1回目の山行にして野○○デビュー。さらにうかつにも出発直前にサカエヤのアイスに手を出した春合宿では、思いっきり腹を壊してしまい、散々な思いをした。降りしきる雨の中……。こんな経験がトラウマにでもなっているのかもしれないが、とにかく私はトイレに対して人一倍神経質になった。

 それにしても山のトイレは実にバラエティに富んでいたし、その全てが私のトイレの定義に待ったをかけた。今振り返れば、いい印象を持ったキャンプ場を羅列すれば、それはトイレのレベルの順に並ぶのである。とにかく私の山行での気分はトイレにかなり左右された。山行前に地図でそのキャンプ場のトイレのレベルを予想したのも、今となってはいい思い出だ。たいてい林道から近いと整備がよく、山奥になると肥溜めのようなトイレが待っている。たまに番狂わせもあり、油断できないが、うれしい誤算も何回かあった。

 しかし、そんなトイレも私の山に登りたいという衝動に待ったをかけるには及ばない。それを差し引いてもあまりある山の魅力なのである。私はそんな山からいろいろな感動を享受するだけでなく、文明の恩恵というものを痛感させられた。水道や平坦な道の有り難味。その筆頭がトイレ、ただそれだけのことである。

 学院50周年の節目をむかえ、我々ワンゲルも「稜線」21号を大々的に発行する。こんな後世にのこるであろう代物に、こんな品も知性もない文章を残してしまったことにいつか後悔する日がやってくるかもしれない。しかし、後悔しようが、トイレのFのレッテルを張られようが、私達が日頃利用しているトイレがどんなに素敵な物であるかということを声を大にして言いたいのである。



《「稜線」第21号(1999年度)所載》

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