母乳育児を成功させるための10カ条
                           (UNICEF・WHOによる共同声明1989)

JALC(日本ラクテーションコンサルタント協会)の研修で助産師の粟野氏、助産師・保健師の柳澤氏の二人の発表が、現場からの声としてとてもよかったので簡潔にまとめてあるものをご紹介します。

よく行われている出産直後からの処置の例

これをEBMに基づいて見直すと次のようになります。

参考文献
1)Marcha Walker:Core Curriculum for Lactation
2)マレー・エンキン、マーク・J・N・C・キアース,北井啓勝監訳(1995):妊娠・出産ケアガイド(医学書院)

 助産師で保健師でもある柳澤氏からは、子供の両親は子供に最良の栄養を与えるため、最新の研究で裏付けされた方法を知らされる権利を持っているにもかかわらず、現場の保健医療専門家でさえも、母乳と人工乳、母乳育児に関しては多くの誤解を持ったまま、母親に「指導」をしているような状況が見受けられる報告がありました。例えば「誤解クイズ」の一例を記しましょう。AとBどちらが正しいでしょうか?

  1. A:人工乳は栄養面でほぼ母乳と同じレベルまで開発が進んだ
    B:人工乳は今なお、母乳の栄養的価値に達することはできていない
  2. A:張っている乳房は新し.い乳汁を速やかに産生でき、張りの少ない乳房は新しい乳汁を産生しにくい
    B:張りの少ない乳房は新しい乳汁を速やかに産生でき、張ったままの乳房は新しい乳汁を産生しにくい
  3. A:1日に8回くらいの授乳になれば母乳分泌が十分である目安となる
    B:1日10回かそれ以上授乳していても、母乳分泌が不十分な目安ではない
  4. A:母乳中の成分は月齢とともに薄くなり、出産後1年も経つと栄養的価値はなくなる
    B:母乳中の成分は月齢とともにわずかな変化はあるが、幼児期になっても良質な栄養を提供し、免疫を強化し、良好な母と子の関係性を築くのに役立つ
  5. A:生後2カ月頃より果汁・スープなどを与えるのは、母乳だけでは不足しがちなビタミンを補い、水分を補給し、スムーズに離乳食が受け入れられるよういろいろな味に慣らすためである
    B:完全母乳育児は、生後6カ月未満の乳児に必要なすべての栄養と味覚を提供しており、6カ月未満の乳児には母乳以外の水も果汁もその他の食べ物も必要ない

例えば1番の解説は次のとおりです。正解はもちろんBです。
人工乳は常に一定の味と栄養を提供するが、母乳は、初乳から成乳へ、飲み始めから飲み終わりへ、さらに離乳期へと子どもに合わせて成分を変化させている。(1)
母乳中には必須脂肪酸であるドコサへキサエン酸(DHA)が含まれ、「母乳で育っている子どもは皮質(訳注:大脳皮質)に少しづつDHAを貯めることができるが、人工乳で育っている子どもは生まれたときの量を維持するだけである(2)」と言われている。おそらくこれは、人工乳にPHAが添加される以前の結果であろうと思われる。最近の人工乳にはDHAを添加したものが多いが、「アメリカのデータでは、母乳育ちの赤ちゃんや、DHAを添加しない人工乳を飲んだ赤ちゃんの方が、DHAを添加した人工乳を飲んだ赤ちゃんよりも心身発達が進んでいたために、添加の是非についてまだ意見が分かれている(3)」という記載もある.
母乳は人工乳よりもコレステロール濃度が高く、事実、母乳で育っている子どもの血液中のコレステロール値も高い。しかし、「人生早期に高いコレステロールを摂取しておくことは、成人後のコレステロールの代謝を良好にし、心疾患を予防する効果がある(4)」と言われている。
母乳中の蛋白質は、60%がホエイ蛋白であり、子どもの胃内でソフトカードに変化し、速やかに吸収される。対照的に、牛乳を原料とする人工乳にはカゼインが多く含まれ、カゼインはハードカードに変化し、消化しにくく、消化するために高いエネルギーを消費する。(5)
母乳中の鉄分濃度は人工乳のそれよりも低いが、母乳で育っている子どもが鉄分不足になることはめったにない。それは母乳中のラクトースとビタミンCが鉄の吸収を助けるためである(6)。母乳中の鉄分は49%が吸収されるのに対して、鉄強化人工乳ではわずか4%しか吸収されない。いくつかの乳児用人工乳には、母乳の20倍もの鉄分が含まれている。こうした製品はラクトフェリンの作用(消化器感染症を起こす微生物内の鉄と結合してその活動を停止させる)を抑えてしまい、子どもの感染に対する反応に影響を与える危険性がある。(7)
カルシウム濃度も母乳の方が低いが、吸収率は67%と高い。新生児低カルシウム血症とテタニーは人工乳で育っている子どもに多い。

 また母乳育児期間中、母親達が不安になり人工乳を追加しないではいられなくなる問題に「体重増加不良」があります。「新生児の体重は1日30g以上増え一ヶ月健診までに1kgは増えていること」、「生後3ヵ月で生下時体重の2倍になる」などとよく言われます。いわゆる体重増加曲線と母乳で育っている子どもの発育の違いが指摘されています。「母乳育ちの子どもと人工乳育ちの子どもは発育パターンが異なる。母乳育ちの子どもには、基準となる母乳育ちのための発育曲線がふさわしい」(49)
「NCHS−WHO international referenceの発育パターンは、「WHOの推奨する母乳育児」で育った子どもの発育パターンの評価としてふさわしくない」とWHOも認めている。母乳で育っている子どもの発育曲線作成のため2000年より7カ国で調査中。2003年に完成予定。(50)
Normalな体重増加は、(51)
はじめの3〜4カ月までは1週間に113〜227g以上
    4〜6カ月は  1週間に85〜142g以上
    6〜12カ月は  1週間に42〜85g以上
WHOは、生後6カ月までの1日の体重増加が18g以下、1カ月の体重増加が500g以下の場合を体重増加不良としている。(52)
UNICEF/WHOのマニュアルでは、「頻繁な授乳をしでいれば、生後2〜3週までに、出生時の体重まで増え始めるであろう。はじめの6カ月間は、1日に18〜30gずつ増えるものである。体重は、生後5〜6カ月までに2倍に、生後1年までに3倍になるものである。(53)」と記されている。
体重増加ばかりが発育評価の判断基準ではなく、身長と頭囲も重要な発育の指標であり、これらが相応ならば子どもは月齢に見合った行動発達を見せるものである。(54)
母乳育ちの子どもと人工乳育ちの子どもの身長と頭囲の発育はほとんど差がないので、標準発育曲線での頭囲と身長の発育評価は有効である。

 エビデンスに基づいた母乳育児支援について、保健医療者側はもっと真剣に学ぶべき時が来ていると思われます。UNICEFやWHOは途上国向けで、日本は関係無いということはありません。

 前出のクイズの答えは、Aは全て誤解であり正解はBです。しかし実際に日本では、出産する施設で産後支援を受ける家庭の中で、そして健診や育児教室などでも度々誤解の方がまことしやかに母親に伝えられ、いつの間にか母乳育児に自信を失ったり悩んだり、中にはそのために母乳育児を断念してしまう母親でさえ少なくありません。
相談を受けた時に、適切な支援が受けられれば、母親の自尊感情も高められ、単に母乳育児が出来たというだけでなく、大変な時もつらい時もあったけれど全体を振り返れば楽しい母乳育児をすることが出来たという達成感が得られ、自信につながり周囲にも好影響が及び、ひいては社会全体の女性エンパワーメントにつながっていきます。「私にも出来たからきっとあなたにも母乳だけで赤ちゃんが育てられるわよ。」と実際に母乳不足感などで悩む友人を連れてくる母親達が相談室を訪れることが多くなりました。

参考文献
*母乳育児クイズ
1)Lawrence RA and Lawrence RM:Breastfeeding.A guide for the medical
profession,Mosby,1999:P.271
2)Riordan J,Auerbach K:Breastfeeding and Human Lactation,Jones and Bartlett Publishers,1999:P.127
3)本郷寛子:母乳とダイオキシン,岩波ブックレット,1999:P.41
4)(2)p.128
5)(2)p.129
6)(2)p.132
7)N.Baumslag,D.L.Michels:MILK,MONEY,AND MADNESS:橋本武夫監訳:母乳育児の文化と真実,メディカ出版,1999:P.117−9

*体重増加不良
49)K Yoneyama,H Nagata;Growth of Breast-fed and Bottle-fed Infants From Birth to 20Months;Bulletin of Nara University of Education1994,43(2):p.25−35
50)WHO/EXECUTIVE BOARD、105th Session:Implementation of resolutions and decisions,Infant and young child nutrition:the WHO multicentre growth reference study,Nov.1999.
51)(12)p.118
52)WHO:Not Enough Milk.Division of Child Health and Developmant Update.1995.
53)(10)p.68
54)(2)p.342

もっと詳しくお知りになりたい方は・・・
JALKに関する問い合わせ先
日本ラクテーション・コンサルタント協会事務局
〒065-0023 札幌市東区北23条東1丁目7-5
FAX:011-733-3188
E-mail: info@jalk-net.jp
Web site: http://www.jalk-net.jp/


  1. 母乳育児についての基本方針を文書にし、関係するすべての保健医療スタッフに周知徹底しましょう
  2. この方針を実践するのに必要な技能を、すべての関係する保健医療スタッフに訓練しましょう
  3. 妊娠した女性すべてに母乳育児の利点とその方法に関する情報を提供しましょう
  4. 産後30以内に母乳育児が開始できるよう、母親を援助しましょう
  5. 母親に母乳育児のやり方を教え、母と子が離れることが避けられない場合でも母乳分泌を維持できるような方法を教えましょう
  6. 医学的に必要でないかぎり、新生児には母乳以外の栄養や水分を与えないようにしましょう
  7. お母さんと赤ちやんが一緒にいられるように終日、母子同室を実施しましょう
  8. 赤ちゃんが欲しがるときに欲しがるだけの授乳を勧めましょう
  9. 母乳で育てられている赤ちゃんに人工乳首やおしやぶりを与えないようにしましょう
  10. 母乳育児を支援するグループ作りを後援し、産科施設の退院時に母親に紹介しましょう