台風大接近中石垣島へ 台風直撃無謀旅 | omiのダイビング史 |
2005年07月15〜20日 石垣島 目差すは3回目 川平でマンタが念願 1度は18本目一人旅川平へ行けず 2度目は昨年夏台風で荷物だけ石垣島往復 それだけに思い入れのある今回の石垣の川平 今回も台風が近づいていると天気予報 それでも潜れそうなら行ってみよう〜 台風は逸れるかもしれない・・・ 今回はバディtakaさん(現夫)を得、初日車をレンタル 川平海岸を訪れると海の透明度 ブルーさに心がはしゃぐ |
|||
米子工房の奇妙な形 カラフルな造形物に意表をつかれる |
島気分を堪能後食事処を探すがほとんどのお店は6時には閉店
最後のご飯と出して貰った沖縄料理タコスライス
島内では早い腹ごしらえを肝に銘じよう〜
2005年07月16日
1本目 米原Wリーフ西
2本目 米原Wリーフ北
台風が接近しているのだからリーフしか潜れなくても仕方が無い
ハタタテハゼ ニセゴイシウツボ サザナミヤッコ ヒトスジリュウキュウスズメダイ
クロユリハゼ オグロクロユリハゼ スキツキ ハクテンカタギ ヒレフリサンカクハゼ
カスミアジ ホウセキキントキ アオウミガメ スミレナガハナダイ モンガラカワハギ
ネッタイスズメダイ ヒレナガスズメダイ マダコ
夜に石垣島台風直撃 のニュースが飛び込む 予想は外れない・・・しまった
shopでは木を縛り付け車を飛ばされない位置に移動 台風に備えた慌しい動きが見られる
外は雨 が降り始め風 もどんどん強く なっていく
今晩中に通過すれば明日は潜れる可能性だが夜8時の夕食時には中止 決定が下された
マリンメイトの食堂はアンティークな雰囲気をかもし出し、ガラス越しに台風を見守るばかり
豪風に豪雨 沖縄の台風を体験できる事に恐怖よりワクワクした気持ちが湧き上がる
島の台風ってどんな風になるのだろう
夜通し風は音を立ててふき続けたが台風直下は思っていたより静かに思えた
それは単純に部屋で過ごしていたか
2005年07月17日
朝4時には風が落ち着き、台風を気にしながら寝ていた私達はようやく眠りに落ちて翌日は少し寝坊
7時過ぎであったろうか 朝起きると飛行機 が飛んでいない かもしれないので
空港まで出かけた方が良いとshopの人に聞かされた
私達は直ぐに空港に向った shopは島の空港の全く反対側 川平周りで空港に向う事にする
先に大木が根から折れて道をふさいでいる 改めて台風が強大だった事を思い知らされる
島の道は狭く1本道なので引き返す
大木は2〜3日はそのままらしい 道が開通される予定は未定 途中数匹のカメが道を横断していた
shopまで戻り今度は反対周りで空港までやっとたどり着く 飛行機は予想通り欠航
明日の午前中の予定も欠航 表示板が出され私達は石垣島に缶詰になった
航空便の変更は明日の早朝早く並んだ順
道がまたいつ通れなくなるとも限らないと、ホテルを空港近隣に移動することに決めた
空港近くのホテルは予約で 室 電話をかけまくり、やっと一つの宿を押さえることが出来て安堵
空港内は【いつ開通するか分からない時】をロビーで寝泊りしながら待ちわびる人達でごった換えしていた
午前中にホテルを移動終わると、やることは何も無い 腹をすえるしかない
私達はのんきに町でショッピング
「こうなったら帰れる時まで待とう・・ あがいても仕方がない」
上司に連絡 「いつ会社に出勤できるか分からない 」と告げた
台風はもう過ぎ去っているのに上空はそうはいかないらしい
2005年07月18日
翌朝飛行場に向うとやはり午前中は欠航 午後は未定 しかも羽田までの直行便は全便欠航
「欠航で足止めされた人達は本日中に全員那覇までは行けるようにします」と航空会社からアナウンスが流れる
午後3時過ぎから時間が表示されたが、その時間も遅れまた遅れ 掲示板を眺める時だけが過ぎ・・・
私達が飛べたのは最終の夜10時近く
羽田までの乗り継ぎ最終便には間に合わず那覇に一泊するはめに・・・
那覇宿泊ホテルがダイビングホテルより豪華な事に笑えた
ああ〜せっかく那覇に来たのに 後一日休めたら ・・・なんて不謹慎にも思ったり
2005年07月19日
早朝那覇から羽田まで午前一番で飛び、私はそのまま会社に直行 社内では一躍有名人
思い出は海より、台風直下生体験 倒れた大木は鮮明に目に焼き付いた
教訓 台風情報が出ている時は島旅は中止にしよう〜