勝二は、忍びの里で、生まれたが、幕末には忍びは不要になっていた。ただ密偵などで、使われる事はあった。父や兄弟たちも、病気の母を置いて、出かけたが、返らなかった。勝二は、16で一人だけで暮らすようになった。勝二は山に出かけて、返らなかった。そして江戸に行った。幕末に近づいており、関所は甘かったが、裏街道を通って江戸へ向かった。金もなくなり、お腹もすいていた。ある商人が茶店で金を払おうとしていたが、小銭がなく、一両を出した。茶店の親父が慌てて、近くの庄屋で両替して、お釣りを払っていた。商人は急いでいた。しっかりと財布に入れなかった。そして急いで旅だった。途中で転んだが、そのまま立ち上がり、又急いで歩き出した。その場所に一分落としていた。勝二は、それをこっそり懐に入れた。そして歩いていると、掏摸が旅人から、財布をすっている所を見た。勝二は人の事だと思っていた。その掏摸は事もあろうに、勝二から、一分とばら銭しか入っていない財布をすろうした。その掏摸の手を掴み、道を外れた。掏摸は匕首を取り出して、逆らったが、勝二はその掏摸を痛めつけた。勝二は、掏摸の手を折ろうとした。掏摸は金を差し出して、許しを請うた。勝二は忽ち、数両が手に入った。
宿に久しぶりと泊まると、人の部屋に泥棒が入っている現場を見た。勝二は黙っていた。その後大騒ぎになった。勝二は翌日宿を立ったが、寂しい所で昨日の泥棒が襲ってきた。また勝二は、その泥棒を痛めつけた。勝二は手を折ろうとした。その泥棒も金を出して、許しを願ってきた。勝二は、悪い奴から金を取れば、問題が少ないと思うようになった。
しかし、そんな都合の言い事ばっかりは続かない。金はなくなってくる。人の家に忍ぶようになった。一人の泥棒が蔵に忍びこんで金を盗んでいた。よくみると、その泥棒は一部だけの金を盗んでいた。家を出た所で、その泥棒に話しかけた。その泥棒は藤一と言った。藤一は、勝二に襲いかかった。簡単にはいかなかったが、勝二は藤一を叩き伏せた。藤一は勝二に金を差し出して、二人で和解の酒を飲んだ。勝二はなぜ、一部しか金を取らないかと聞いた。藤一は運ぶのも面倒だし、全部取らないから発覚するまで時間が稼げるといった。藤一は、錠前の合い鍵作りの名人だった。二人で組み、いくつか仕事をした。ただ効率はそんなに良くなかった。藤一は情報の収集がそんなに巧くかった。
勝二は町で、純次にあった。純次も忍びであったが、死んだ事になっていた。密偵で潜入して情報を取る事が巧かった。勝二は純次には、金の在処、警備の状況や動静を探らせ、鍵のロウ型などを依頼した。三人で組むようになると、効率は上がった。藤一とは別々に仕事をする事が多くなった。藤一は人と調和して動くのが苦手だった。勝二は藤一に有り金の三分の一以下にするように注意した。不正の金とか表に出ると問題になる金に限定するようにした。藤一は盗んだ金の半分程度は、勝二に出すようになった。勝二の言われるまま動けば、それだけで、金が入ってきた。ただ警備が厳重な事もあった。勝二は、薬種問屋の手代の源三と飲み屋であった。金に困っている源三に痺れ薬や眠り薬を用意させた。源三は何に使うかは聞かなかった。源三の調合した薬は良く効いた。効率は更に上がった。数年間稼いだ。何に使う訳でもなかった。
飲み屋で金を欲しがっているお香にあった。金で寝る女だった。鉄平も遊んでいたので、お香と寝た。お香は最初から喘いでいた。芝居かがった女だと思いながらも、何回か寝た。お香は聞き上手だった。勝二も思わず自分の事を喋りそうになった。お香に色々な情報を集めさせた。金も渡した。誰がが稼いでいるか、どんな金かについて調べさせた。人の噂が中心だったが、これで純次の対象は限定されて、更に効率が高まった。藤一には合い鍵作りを中心に頼むようになったが、藤一は時々直接盗みをしたいと言ってきた。数千両の密輸事件があり、千両抜き取って置いた。警備が甘かった。そんな事件が結構あった。幕末の匂いがしている時代だったので、幕府の規律は緩み賄賂や不正は横行していた。勝二にも稼いだ金がいくらになる分からなくなった。ただ盗み出した金を運んでいる時に胸が痛くなる時があった。
少しつづその頻度がましているようであった。勝二は身体の事も少し分かった。これは心の病だ。医者にもいったが、満足な答えは得られなかった。稼いだ金は相当貯まっていた。お香は、自分が調べた事が盗みに使われている事を察知して、今までお手配にもなっていない。もう止めて自分と一緒に暮らして欲しいと頼むようになった。勝二は自分が長くないと思っていないので、すげなく断った。お香は去っていった。
藤一も金は貯まっていたので、錠前屋をやると言った。勝二は一人で最後の旅をするつもりだった。鉄平名義の通行手形も偽造した。金を渡して、もう勝手にしろと言ったが、源三と純次はついてきた。勝二は長崎に行って見たかった。盗みだした金を幾つかは、商人に化けて、為替にして、京、大阪そして福岡などの換金しやすい商品を買った。持ち運びには便利だった。小判は商人を装い、商品に混ぜて運び出した。持ち出せなかった金は江戸郊外の屋敷に隠して置いた。東海道は急いだ。京に着くと、商品を受け取り、換金した。そんな事を繰り返した。純次と源三は暇だったので、京や大坂でも数軒目星をつけた。勝二も問題にならないものを中心に盗みに入ろうとしたが、胸が痛み出して、結局出来なかった。源三は薬を調合してくれた。大坂からは船に乗った。福岡では暫く滞在した。家も買った。そして福岡と長崎の間の山も買った。金を隠して置いた。純次と源三は福岡で女が出来て、そこに住む事になった。勝二は金を贈った。勝二は長崎に行き、豪遊した。もう残り少ない命だと思っていた。金も残り少なくなり、又金を取りにいかなくてはならないと思っていた所、胸が痛み出し、倒れた。勝二は、結局悪銭は身に付かず、このまま死ぬのかと思いながら、意識を失っていった。気がつくと、目の前に次平がいた。次平は勝二を懸命に治療してくれた。少し良くなったが、次平はこのままでは長いことないと言った。
名前を聞かれたので、思わず鉄平と言った。そして可能性は低いが、賭けてみるかと聞かれた。勝二は同意した。次平は時間を掛けて準備して手術をした。信じられない事に勝二は生きていた。そして鉄平として蘇った。鉄平は元気になると、金を取り出して、長崎で家を買った。次平への贈り物の積もりだった。次平はそこで治療していた。ただ金の管理は適当だった。鉄平は金の管理をした。源三も純次も長崎に呼んだ。長崎の薬種問屋を一軒用意させた。福岡や長崎では西洋の薬も手に入れる事が出来た。漢方に混ぜながら次平に使わした。次平はその薬も使い出した。源三も日本で栽培できる薬草を栽培するために薬草園も準備した。行き倒れの男で三之助がいた。元気になってみると、色々な事を知っていた。鉄平は人入れ屋をやらせる事にした。
次平は、長崎への留学生といいながらも、市中で有名な医者になり、鉄平は医者も増やした。すべて順調に行きだして薬草も薬に使えるようになってきた。金も貯まりだした。
突然次平が松江に帰ると言いだした。話を良く聞いてみると、復讐だと言う。鉄平は思った。「次平には人を殺されてはいけない。」三之助を呼び、福岡までの道中で、次平の評判を吹聴させた。奇跡の医者だ、心の病では若いけど名医だという評判を街道筋でばらまいた。純次には、松江に前もってやった。藤一にも松江に急ぐように頼んだ。三之助は闇の情報にも詳しく、鉄平は三之助に殺人も請け負うような連中も探すように頼んだ。
鉄平は、次平が松江に帰る道中についていった。道中の奉行所にも挨拶に言って、付近の医者にも挨拶にいったりした。次平の評判を高めるようにしていった。次平はいい医者ではあったが、まだ若かった。薬にも色々手を打った。まだ入手する事が難しかった西洋の薬も少し入れて、効き目を増幅させた薬と鉄平の宣伝により、次平が福岡に着く頃には、立派な名医になっていった。薬種問屋では、丸薬も作り、緊急薬も作った。次平には薬草園で出来た薬草だと言って置いた。源三もそのように努力はしていた。だから次平の医院では鉄平の薬種問屋の店が必要だった。福岡や長州では藩の庇護も得られた。次平も作られた虚像よりも大きくなっていった。薬草の原末は始めは長崎だけで作っていったが次第に福岡、萩でも原末を作っていった。源三は、人の立ち入らないような僻地に薬草園を作り、充実させた。安かったし、秘密も守り易かった。
次平は、病人の願いには無視できる人ではなかったし、松江への道中には時間がかかった。評判は評判を呼んで、福岡につくまで、1月以上かかった。福岡ではお城にも呼ばれ、時間もかかっていた。純次の調査も進み、次平の許嫁に関する事情も分かってきた。源三にも毒薬も用意させ、福岡に呼んだ。いくつもの手を考えた。下関や長府でも時間がかかった。藤一も、家老の中山の家から金も盗みだし、既に江戸に帰っていた。手紙では今度が最後の仕事だ。料理屋もやると書いてきた。純次の工作に城代家老の腹心が引っかかり、目付から松江公まで届く騒ぎになり、次平の目指す問題の二人は切腹してしまった。
事は鉄平が目指していた通りに運んだ。しかし、弊害もあった。次平に人を助け、治療させ、次平の心に落ち着きを取り戻し、時間をかせぎながら、工作しているうちに、鉄平やその子分たちも影響を受けていた。みんなそれぞれ新しい人生を暮らす事にした。松江に着く前に、萩に薬種問屋を作り、源三に任せ、三之助や京二も、縁あった長州藩に仕える事になり、萩に残った。鉄平の何ヶ月にも及ぶ作戦は、無事に終了した。福岡での若君を次平が診察し、面倒を見る事になり、江戸にも薬種問屋と医院を作る事になった。長崎から薬種問屋の手代の伍平を送ったが、長崎からの送った金では足りなさそうだ。藤一、今は光次に隠れ家から、金を隠していた鉄瓶や陶器などを松江や萩に送って貰い、松江や萩から為替を江戸に送らせた。鉄平は、伍平が探してきた新しい番頭の忠助に任せる事にした。どうせ黒田公の若様のための薬種問屋だと云う気持ちもあった。昔の女のお香の事は、時々思い出したが、もう結婚しただろうと思っていた。女とも遊んだが、何故か女房にしようと思う女は現れなかった。
次平は、松江で御殿医になり、このまま何事になく、静かに暮らしていけると思っていたが、次平は神棚に上げられ、実際の医療活動が十分に出来ず、不満そうだった。黒田公の若君に面倒を見ていた田宮からの誘いもあり、次平と鉄平は、江戸に行く事にした。次平には、新しい空気が必要だったし、鉄平も江戸には郷愁を感じていた。
江戸へ向かう道中の大坂で、突然薬種問屋をやらないかとの誘いがあった。次平も京で宮中の診察が必要となった。大坂での薬種問屋は必要となった。萩にいる腹心の源三を呼び、大坂での薬種問屋を任せる事にした。鉄平は松江で薬種問屋をしているうちに、貧しい人に仕事を与える重要性に気付き、松江を始めとする各地の特産品を販売する事を考えていた。薬種問屋の話を持ちかけた鴻池との結び付きを利用して取りあえず、大坂で店を開く事にした。番頭は鴻池が準備してくれた。これで、各地の物産も売り込んでいけるし、各地での職も確保できる道が開けると考えていた。
鉄平は次平のために薬種問屋を作っていたが、西洋の薬の効能を分かってきた。それだけに、薬種問屋の将来には悲観的だった。ただ次平は医療活動をしていたし、薬も必要だった。源三は、薬草園を広げ、次平への薬の提供と共に、広げていった薬種問屋への薬の提供も必要になっていた。長州の三之助からは江戸幕府は長くないと言ってきた。長州や薩摩も結局、外国の実力を思い知っていた。新しい時代のには、新しい薬が出てくると考えていた。三之助の頼みに応じて、長州にも資金援助を密かに行っていた。秘密を共有する三之助のために、効き目のある薬を自由に販売できる時代のために。
江戸についてみると、昔の女のお香に会った。そして結婚した。次平は、どんどん偉くなっていった。お香と二人で、自分の薬種問屋と自分の抱いていた夢について語りはじめた。途中、鉄平とお香との間に子供も二人出来て、江戸に帰った時には、鉄平の夢はお香が追いかけていた。薬種問屋は、江戸の忠助と大坂の源三が切り盛りしてくれていた。新しい時代はもう直ぐやってくる。それは若い人が追いかけていく事になるだろうと思っていた。鉄平は、ただお香とゆっくり暮らしていこうと思っていた。薬種問屋は終わったと思っていた。ただ病人のために、そして次平のためにそれなりにやっていけばいい。忠助や源三は色々と考えて提案してくる。それはそれで対応していった。お恵に難問を出したら、お恵は生き残る方法とか時間稼ぎの対策を考えてきた。忠助とお恵にほとんど任せていた。お香はまだ頑張っていた。しかしお香も少しずつ、お恵に任せて、鉄平との時間を大事にしてくれた。鉄平はお香と二人で、新しい時代の展開を郊外の屋敷で眺め、生活を楽しんでいった。自分が描いた夢は、お恵たちが追いかけていった。
お恵に子供が出来た。お純は大きくなり、可愛くなっていった。孫まで出来るとは思わなかった。お純は可愛かった。言葉使いは幼いが、人形みたいな女の子だった。初めは教訓めいた話をしていた。お純は良く聞いていた。その上、言ってはいけない裏の事まで言うようになった。どこまで理解しているかは分からないが、この娘は核心の質問をする。ひょっとするとは思ったが、笑顔を見ていると、ただ可愛いと言うしかなかった。
思わず長生きをして、お純にも子が出来た。お純は商売をやり出すと、数年で社内をまとめてまった。小娘と言う事も良く知っていたので、人に任せてやるようにしている。俺やお香がお純にやった金まで、人に貸している。自分の親くらいの人を使って調査させている。お純は大した娘だ、次平もやっぱり人を見る目は持っていると思っていた。
忙しいのに、時々お祖父ちゃんと子どもも見せに来る。やっぱり長生きもいいものだ。