雪山でドン

 

 

 

「雪山の中の温泉って、風情があっていいんですよねえ!」

 ヌクヌクと炬燵に当たりながら、温泉番組を見ていたイルカが何気なく呟いた。

「行った事があるような口ぶりですね、」

 半纏を着て背中を丸めたカカシが、蜜柑を口に運びながら言うと、

「行った事あるんですよ、受付所の慰安旅行で。」

 イルカがさらりと答えた。

 途端に、

「えええええええ――――――――っっっ!?

 カカシが耳を劈くほどの大絶叫を上げた。イルカに向かって、ズズズイッと鬼気迫る顔で詰め寄ってくる。

「い、慰安旅行って…何時です?俺知らない…」

「そりゃあカカシ先生と知り合うより、ずっと以前の話ですから……」

「え、ええ?そ、そそそそ、それって、温泉に入ったって事ですか?まさか他の男と仲睦まじく、全てを曝け出して!俺以外の男と裸のぶつかり合いを!?

 あ、あああ、あんた何て事をしてるんですか!?と一人動揺し捲くるカカシの姿に、イルカはフウと溜息をついた。

「……カカシ先生、別に裸のぶつかり合いはしてませんから。」

こめかみを揉みながらイルカが辛抱強く答えると、カカシがブルブルと体を震わせた。いつも白い顔から血の気が引いて更に白くなっている。

「でも……全裸、だったんでしょ…?」

 当たり前だろ!

 イルカは心の中で即突っ込みを入れた。

服を着て風呂に入っている輩がいたら、お目にかかりたいわい!

そう叫んでやりたかったが、目の前のカカシが恨みがましい顔をして、ぶわっと涙を溢れさせたので、機会を逸してしまった。カカシは涙ながらに必死で訴えた。

「あ、あんたの一番は俺です…!俺が…俺がもっと風情のある雪山の秘湯に連れて行ってあげます…!!他の男との思い出なんて、全部塗り潰してやります…!もっと…しっぽりまったりと濃厚に…っ!!真っ白に塗り潰して…!!

 言いながら段々思考が軌道を外れてきたのか、カカシが恍惚とした表情でハアハアと息を乱す。一体何を考えているのかとイルカは戦慄しながらも、

 雪山の温泉エッチを考えているか…真っ白に塗り潰すってところで妄想しているか、どちらかだな…

 冷静に分析を入れる。今ではカカシが鼻血を噴く前に、絶妙のタイミングでティッシュを詰めてやれるようになったイルカだ。

「イ、イルカ先生…行きましょうね、雪山…温泉…!!

 がばりと押し倒されながら、「ハイハイ、」とイルカは適当に相槌を打った。

 きっとこのまま情事になだれ込んで、カカシは温泉の事なんて忘れてしまうだろう、と軽く考えていた。

 しかしカカシは忘れていなかったのである。

 しかもまさか自分達が白銀の世界に伝説を刻み込む事になるとは、イルカはこの時想像だにしていなかった。

 

 

 

 

「もうすぐですよ、イルカ先生。」

 イルカが雪深さに足を取られることを気にして、カカシが手を指し伸ばす。その手を握りながら、イルカは今来た道をふと振り返った。

 そこは寒とした空気と真っ白な雪が一面を覆う、清らかな世界だった。自分達以外は動く影もなく、敬虔な静謐が支配する。

 イルカはその光景に暫し見惚れながら、来て良かったなあ、としみじみ思っていた。

 雪山の秘湯を見つけてしましたよ、とカカシに言われた時、すぐに何の話か分からなかったイルカだ。本当はこの企画に乗り気でなかった。温泉は好きだったが、雪山の中を何時間も歩く秘湯中の秘湯だといわれて、秋のマツタケ狩りで遭難しかかった時の事を思い出していた。

 ……なんか碌な事にならないと思っていたけど…今のところ順調じゃないか…!!

 既に麓を出発して八時間が経っていたが、今回のカカシには余裕が見て取れた。機嫌よく鼻歌なんて歌っている。

 夜は下山途中の山小屋で一泊を過ごす予定だった。

 お昼のお弁当もきちんと残さず食べていたし…挙動不審なところは無いな…

 イルカはよしよしと心の中で頷きながら、

「今回は道に迷うって事はなさそうですね、」

 揶揄するように言うと、カカシが手を繋いでいない方の手で、恥ずかしそうに頭を掻いた。

「えへへ…実はそのう…何回も、下見をしに来てるんです…失敗のないように…今度こそ、イルカ先生のとびきりの笑顔が見られるといいなあ、と思って。」

 雪山での、一番の思い出にするんです。

 あっけらかんと屈託無く告げるカカシに、イルカは自分の頬がカーッと温度を上げるのを感じた。

 本当に些細な事を気にする人だ。

 些細な事に嫉妬深くて嫌になるけど、でも些細な事に一生懸命なところが愛しい。

 このところ任務が多いと思っていたら…隠れてそんな事をしていたのか…

 イルカの眼窩の奥がじんわりと熱くなる。上手く言葉にならなくて、イルカは思いを込めてギュッと手を握った。

 カカシマジックが始まっていた。

 二人しかいない美しい白銀の世界が、更にその効果を高める。

 俺も今日が一番の思い出になるよう頑張ろう…

 雪の中を歩きながら、イルカは性懲りも無くそんな事を思っていた。

 

 

 

 

「あ!あそこですよ、イルカ先生!」

 雪原の一角からモウモウと湯気が上がっているのを指差して、カカシが嬉しそうに叫んだ。

 こんなところに温泉が、と本当に吃驚するような場所だった。結構高い山の頂上付近にあるその温泉は、素晴らしい見晴らしを誇っていた。雪化粧をした連峰を見下ろすような景観は実に圧巻だ。

 イルカは早速湯に浸かりながら、ホウッと感嘆の溜息をついた。

「カカシ先生、すごいですね…!俺、こんな温泉、来たこと無いですよ…!」

 すごいなあ、と何度も口にしながら子供の様にはしゃぐイルカに、カカシもまた嬉しくて堪らないといったように、蕩けそうな笑顔を浮べた。

「イルカ先生が喜んでくれて嬉しいです…!」

 カカシは恥ずかしさを紛らすように、無意味にパシャパシャと水面を叩いた。

 お互いに湯にのぼせた訳でもないのに顔が赤い。

 な、なんか調子狂うな…

 イルカもまた気恥ずかしさに、何とはなしに積もる雪を掻き集めて、団子をせっせと拵えてしまった。

「雪だるまを作ってみました、」

 小さな雪団子を重ねて微笑めば、カカシがはにかんだような笑みで応えた。

「俺も何か作ってみます。」

 カカシはイルカに背を向けると、湯から立ち上がって何やらごそごそとしていた。

 そしてジャーンと振り向いたカカシの姿に、イルカは目を見張った。

「団子三兄弟です…!!

 そう言ったカカシの股間に雪団子が三つ、串刺しにされていた。

 うわあ、冷たそう…でもアレが熱く脈打っているみたいだから、丁度いいのかな?カカシ先生には……

 その変態ちっくな光景に微塵の憂いも抱かずに、イルカはアハハ、と明るい笑い声を上げながら、雪団子を払ってあげようとした。何だかんだいっても、凍傷が心配だ。

 しかし、弟二つを払った時、イルカの頭の中で閃くものがあった。

 そうだ、これだよ…!このネタはどうだろう!?

 先っぽに長男の雪団子を残した状態のソレを、イルカは突然ガシッと握った。

「イ、イルカ先生…!?

 上擦りながらも、何処か期待めいた声をカカシが上げた、丁度その時。

「いっい湯だな、はははん♪」

 イルカは先っぽに唇を寄せて、気持ちよさそうに歌った。

 雪団子を刺したカカシのソレがマイクに見えたのだ。

 ……湯に浸かったら、やっぱりこの歌だよな…!

 満足げなイルカの微笑みに、

「イ、イイイ、イ、イルカ先生…っ!!!

 キ、キク―――――ッ!とカカシが腹を抱えて笑いながら、ブボッと鼻血を大量に噴いた。

 雪山の開放感とラブラブ甘々した気持ちが独特の酩酊感を引き起こし、二人とも大分おかしい事になっていた。

 ボタボタと血を滴らせながらも大うけのカカシに気を良くしつつ、イルカは今度こそ本当に雪団子をカカシの先っぽから取ってあげた。

 その最後に残った長男をスポリと抜いた時、またイルカはいいネタを思いついた。

 今日の俺はなんか冴えてるな…!

 素晴らしい温泉に来て、心からリラックスしているのかもしれない…!!

 イルカは至極真面目にそんな事を思いながら、腰を突き出すようにして、その雪団子をお尻の上に乗せた。

 そして両手を頭の上からぴょこんと出して言った。

「うさぎ。」

「イ、イイイイ、イルカ先生―――――っ!!!可愛過ぎま――――すっっっ!」

 カカシは滝の様に鼻血を垂らしながら、辛抱堪らんとばかりにイルカにガバーッと抱きついてきた。

 ハアハアいいながら、猛る下半身を押し付けてくる。カカシは野性に帰っているようだった。

「ああ、ウサギのイルカ先生を拝めるなんて…夢のようです…っ…頑張った甲斐がありました…!」

「カカシ先生が喜んでくれて、俺も嬉しいです…」

「ふふ…本当にウサギみたい…」

 カカシは雪団子の尻尾を満足げに見詰めながら、背後から後孔に舌を這わせた。

「ごめんねイルカ先生…もうちょっと解した方がいいんだけど…我慢できない……」

まだ硬さを残す後孔に、ずぶずぶと性急にカカシのモノが潜り込んでいく。

「あ…っあぁ…っ」

狭い場所を割り開かれる衝撃に、侵入を拒むようにきゅっと内部を締め付ければ、それを広げるようにカカシの指がペニスと一緒に捻じ込まれる。

「はぁ…っ…うぅ…っ…カ、カカシ、せんせ…」

 荒々しい結合にイルカは眉間に皺を作った。

 それでも快楽を感じている証拠に、イルカのペニスもまた勃ち上がって天を仰いでいた。

 は…っ…乱暴にされてるのに…な、なんか気持ちいい…

 忙しなく息を吐くイルカの耳孔に、吐息を吹き込むようにカカシが唇を寄せる。

「イルカ先生イルカ先生……」

「あ、ああっ、はぁ…っ…うぁ…っ」

 ゆさゆさと激しく揺さぶられて、イルカはあられもない声を上げた。いつもは誰かに聞かれたらと声を我慢しているのだが、二人しかいないという開放感がイルカを大胆にさせていた。

「イルカ先生…すごい…っ」

 顔が見たいな、とカカシは一度己のモノを引き抜くと、イルカに前を向かせて自分の膝の上に乗せた。

 向き合う形で再び繋がると、カカシはガンガンと激しく突いてきた。

「ああっ、あ、は、あぁぁぁ…っ!」

「すごく、イイ顔……」

 夢中でお互いを貪る二人の耳に、

 ああっ、あ、は、あぁぁぁ

 ああっ、あ、は、あぁぁぁ

 ああっ、あ、は、あぁぁぁ

 イルカの喘ぎ声が山彦となって、サラウンド方式で木霊する。カカシは益々興奮した様子だった。

「ああっ…!すごいですね…!イルカ先生が一杯いるみたいです……!!

 夢のようです〜もっと、もっとです、イルカ先生!!

 カカシは調子に乗って、イルカにもっと嬌声を上げさせようと、感じる場所を狙って先端を擦り付けるようにして、激しく内部を突き荒らした。

「あ、あああぁぁああぁーーーー…っ!!

 一際大きい声を上げてイルカが前を弾けさせると、

あ、あああぁぁああぁーーーー…っ

あ、あああぁぁああぁーーーー…っ

あ、あああぁぁああぁーーーー…っ 

なんとも悩ましい喘ぎが山彦となって、カカシの頬をこれ以上も無いほど緩ませた。

しかしでれでれと至福を感じていたのも束の間。

その艶やかな山彦に混じって、ドドドドドという地鳴りのような音が聞こえてきた。

ん?とカカシが首を傾げて轟音のした方へと目を向けると、なんと頂上から崩れた雪が波の様に押し寄せてきていた。

雪崩だった。

イルカの喘ぎが雪崩を引き起こしてしまったのだ。

「た、たいへんだーーーーーー!!!

 最早一刻の猶予もままならなかった。

 カカシは繋がったまま、所謂駅弁スタイルでイルカを抱え上げると、脱兎の如くその場を駆け出した。死に物狂いだった。

「あ…っ、何をするんですカカシ先生…!?ああ…っ」

 カカシの激走に、ひくつく内部を穿たれるような形になって、イルカは甘美な声を上げた。

 カカシのモノは生死を賭けた緊張に、今までとは比べようも無いほどビンビンに硬く張り詰めていた。

 そんなモノに遠慮会釈なく擦られるのだから、イルカは堪ったものじゃない。まともに物事を考えられないほどの悦楽に、イルカはギュウッと目を閉じてカカシの首に縋りついた。

 イルカの耳には凄まじい地鳴りも聞こえていなかった。

「あっああーッ、そんなに激しくしないでくださ…っやめ…はあっ…!!う、あ、し…死ぬ―――!!

 過ぎる快楽にイルカが悲鳴のような声を上げると、

「だから本当に死んじゃいますって!!

 切羽詰った様子でカカシが叫ぶ。

「ああぁぁぁ―――…ッ、も、イク…ッアア―――」

 ビクビクとイルカが体を震わせると、

「だから本当の天国に逝きかけてますよ、俺達!!

 カカシもまた恐怖にぶるりと体を震わせた。

 そんなカカシの言葉さえも、一切イルカの耳には届いていなかった。

 カカシの必死の高速ランニングにガクガクと揺さぶられ、イルカの意識は桃源郷へとトリップしていた。

 もう…もう駄目だ…っ

「あああ―――――…っ」

 イルカは精を吐き出すと、遂には意識を手放していた。

 

 

 

「なあ、イルカ。ここ見てみろよ。」

 イルカの同僚がお茶を飲みながら新聞を広げ、三面記事の欄を指差して見せた。

「蛸壺村の雪山に雪男が出たって話なんだけど、どう思う?眉唾だよなあ。」

 イルカは同僚の言葉にビクッと体を震わせた。

 そ知らぬ顔で新聞を覗き込んでみれば、

「突然蛸壺村を襲った雪崩は雪男の怒り!?雪崩の先頭を走る仲間を抱えた雪男の怪」

 と、でかでかと見開きで報道されていた。

 村人が撮ったという写真付きだ。

 その写真は雪崩の先頭を走る、人影のようなものを捕らえていた。

 その姿形ははっきりとは分からないが、走っている雪男が銀の鬣をなびかせているのがよく分かった。そして胸に何かを抱え込んでいる事も。

ははは…雪男、ねえ……

 はっきりと写っていなくてよかった……

 イルカは何処か遠い目をしながら、

「雪男なんて…いるわけないだろ?」

 山林開発への警鐘で締め括られたその記事を、一笑に付した。笑い飛ばすしかなかった。

 蛸壺村雪男伝説。

 はからずしも自分達が作ってしまったエセ伝説は、その後雪男発見ツアーが組まれるほど、木の葉の里で一大ブームを引き起こした。

そのためイルカの良心は後々まで苛まれる事になった。

落ち込むイルカに、

「いいじゃないですか、俺は雪男で皆が騒ぐのは嬉しいですけどね。だって、イルカ先生を無事守りきれた自分を、皆も褒めてくれてるような気がして。死に掛けたけど、俺にとって不思議と嫌な思い出ではないんですよ。」

また行きたいなあ、とカカシが少し淋しそうに笑う。

 イルカは雪山なんてこりごりだった。

雪崩も怖いし、新たな雪男伝説を作りたくない。

 だけど。

「……今度行く時は、あんな山奥じゃない温泉にしましょう。」

 イルカは自然とそんな言葉を口にしていた。

 カカシに淋しそうな顔をさせるくらいなら、そんな事は我慢できるのだ。

 雪崩でもなんでもドンと来い!

 イルカは心の中でそう叫ぶと、嬉しそうに鼻血を垂らしながら、どーんと飛びついてくるカカシを、一先ずしかと受け止めた。

 

                   (終わり)