人生はうっちゃり
優勝決定戦でイルカご贔屓の小柄な小結力士がそれまでの劣勢をひっくり返して、土壇場で横綱をうっちゃっり、勝利を決めた瞬間。
イルカはテレビの前で、おお、と興奮気味に手を打ちつつも、
「こういう事って現実には滅多にないから、スカッとしますよね!」
などとしょっぱい事をしみじみ言ったものだ。
イルカ曰く。
敵との戦いでピンチの時に突如として最終奥義に目覚める事は無いし、厳しい家計を何とかしようと宝くじを買って勝負に出ても、当たる事は決して無い。
「寧ろ、あの時宝くじを買わなければ今頃三食カップ麺生活を送る事は無かったのに……と後悔する事しきりで。一発逆転なんて当てにしちゃいけないですよね。」
との事だった。
話の方向がちょびっとズレていると思わないでもなかったが……カカシはうんうんと頷きながらその話を聞いていた。
「滅多に無い、ありえない事が起こったからこそ、名勝負として歴史に残るんでしょうね〜」
なんて知ったような口をきいて。
思えばなんと悠長な事か。
一年後、まさか自分がその起死回生の大逆転に挑む事になるとはカカシは思いもしなかった。
一本、二本……三本……
一本…二本……三本……
何度数えても増えるわけじゃない。
分かっているのに、カカシがついつい何度も確認していると、
「あっ、カカシ先生、サボっちゃ駄目だってばよ!」
ナルトに横から注意され、カカシは子供のように唇を尖らせた。
「サボってない〜よ、何本取ったかなってちょっと数を数えてただけでしょ。」
「数えるほど無いだろ、」
いつも無表情なサスケが流石に呆れた顔をした。
「オバQの髪の毛と一緒で三本しかないもんな!」
キュッキュ、キュッキュキュッキュ、Q太郎はね〜♪と調子に乗って歌い出したナルトに、サクラはドスッと容赦なく肘鉄を食らわせると宥めるように言った。
「何度も見ちゃう気持ちは分かるけど……焦っても仕方が無いわよカカシ先生。皆集中力無くなって来たし、この辺でそろそろ休憩にしませんか?私、お茶の用意して来たんです。」
「え〜……」
渋るカカシをほっぽらかして、
「ひゃっほう、お茶お茶!!喉渇いてカラッカラだったんだってばよ、さっすがサクラちゃんw」
「急がば回れだぞ、カカシ。」
ナルトとサスケが心得たように大きなレジャーシートを野原の上に広げると、その上にサクラが持って来た紙コップとサンドイッチをせっせと並べた。
もう休憩する気満々だ。
これが任務だったら、
「こらーお前達!まだ休憩していいと言ってないよ!!」
と叱りつけるところだが……
これは任務でも修業でも何でも無かった。
カカシのごくごく個人的な用件。
それに子供達は根気よく付き合ってくれているのだ。
今日だけでなく昨日も一昨日も、そのまた前の日も。
だからカカシは何も言わず、焦る気持ちをグッと堪えて子供達の横にポスッと腰を下ろした。
「はい、これ。カカシ先生の分。」
カカシはサクラが取り分けてくれたサンドイッチをパクつきながら、自分が空腹だった事に気付いた。
そう言えば、朝から何も食べていない。
夢中になって次から次へとむしゃむしゃ食べていると、サクラが笑いながらカカシに向かって不思議な匂いのお茶を差し出した。
「……何これ?」
「ブルーベリーティーです。ブルーベリーは眼精疲労に効くって言うから。こんな大量の三つ葉の中から四つ葉のクローバーを探し出すのって、目が疲れるでしょう。」
「……ふうん、」
サクラの気遣いにカカシは密かに感動しつつ、湯気の立つそれをコクリと一口飲んだ。
途端にほのかな甘さと温かさがじわっと身体に伝わって、長時間の作業で硬くなった身体が解けていくように感じた。
「……美味しい、」
「でっしょー!?おかわりたくさんしてね、カカシ先生。」
サクラが笑顔で魔法瓶を揺らして見せると、ナルトがハイハイハイ!と手を上げた。
「サクラちゃん、おかわりぃ!」
「あんたは自分で注ぎなさいよ!あっ、サスケくんもうコップが空っぽじゃない、おかわりどう?」
「いただこう、」
「サスケには注ぐのかよ!?」
ぎゃーぎゃー騒ぐ子供達の姿に、カカシはフと笑みを漏らしつつ、
確かに休憩は必要だったかもしれない。
今更ながらそう思った。
「……お前達にいろいろ気を遣わせちゃって、ごめ〜んね!だけど休んだらまたやる気が出て来た〜よ、なんだかいけそうな気がする……!!!」
はたけカカシ、不屈の闘志復活!とばかりにグッと親指を立てて突き出して見せると、子供達がおお〜!と歓声を上げながらパチパチと拍手をした。
「出たわ、カカシ先生の根拠のない『なんだかいけそうな気がする』発言!」
「いけた試しは無いけどな、」
「俺はさ、カカシ先生が頑張るって言うんなら熱烈応援するってばよ!!来月までに616本の四つ葉のクローバーを揃えるなんて無理だと思うけど、だって四つ葉の発生確率は十万分の一って言うし。だけど、どんなに無駄な努力でも最後まで決して諦めない、それが俺の忍道だから!なっ、カカシ先生。」
ビシッとよい笑顔でポーズを取るナルトにカカシは人知れずダメージを受けつつも、
「だ、だ〜よね……」
と辛うじて頷いて見せた。
そう、カカシは今616本の四つ葉のクローバーを来月までにイルカに届けるという無理難題に果敢に挑んでいる真っ最中だった。
言いだしっぺはイルカだ。
話は一週間前に遡る。
「イルカ先生、好きです。俺と付き合って下さい。」
暮れなずむ空の下、下校の時刻を知らせるサンサーンスの白鳥の音楽が流れる校庭で、カカシは通算409回目になる告白をした。
「気をつけて帰れよー」
イルカは生徒達の背中が見えなくなるまで見送った後でカカシの方に向き直ると、はにかんだ様に鼻の下を指で擦りつつ言った。
「お断りします。」
409回目の玉砕に、しかしカカシは慣れる事無くショックを受けて、その場に崩れ落ちそうになりつつも何とか堪えて、イルカへと詰め寄った。
「ええええ……っ!?な、なんか今いけそうな雰囲気じゃなかった?センセ、今満更でも無い笑顔浮かべてたよね……?」
「そんな笑顔浮かべてません、あなたの勘違いです。」
「そ、そんな……俺今日木の葉星占いで一位だったんですよ、ラッキーな場所は夕暮れの校庭って……俺、俺、今日こそはって期待してたのにィ!」
その様子を鉄棒の辺りから見守っていた七班の子供達に、
「カカシ先生、全然いけそうじゃ無かったってばよ!」
「どう見ても、イルカ先生困って笑誤魔してる感じだったしねえ〜…それを満更でも無いって……なんか痛いわカカシ先生……」
「というか、いい加減諦めたらどうだ?」
次々と容赦ない言葉を浴びせかけられ、
「俺も諦めた方がいいと思いますよ、」
イルカにニッコリ笑顔でそう追い打ちをかけられて、カカシはガクリとその場に膝をついた。
ここまではいつも通りであった。
が、しかし。
「俺は絶対に諦めません……!イルカ先生は俺が諦める事を諦めてください……!!!」
カカシが怖いほどの執念を見せると、イルカがちょっと怯んだ様子を見せて、
「これだけ断られてもまだ続けるつもりですか?あなたの本気のほどは十分過ぎるほど伝わりました……いいでしょう、お付き合いの事を俺も真剣に考えます、」
いきなりそんな事を言い出したのだ!
「イ、イルカ先生……っ!」
カカシは先走って、すぐさまイルカに抱きついてキスをしようとしたが、それを渾身の力でグググと押し止めてイルカは会心の笑顔で言った。
「あなたが来月の頭までに四つ葉のクローバーを616本用意してくれたら……俺はあなたとお付き合いします!できなかったら、俺の事はキッパリ忘れて金輪際俺にはつき纏わないでください、」
いいですね?と念押しを忘れずに。
今となっては上手くあしらわれたような気もするが、
遂に俺の努力が実ったのだ!!俺の灼熱の愛がイルカ先生の鋼の心を溶かした……!!!今までの苦労を思えば、616本の四つ葉のクローバーなんてたやすいものだ!!!
その時カカシは有頂天だった。
続く