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汚れた丼を抱え、カカシに連れて行かれたのは近所にある公園だった。

「ここでね、いつも洗ってるんですよ〜。」

カカシは邪気のない笑顔を浮べながら、水飲み場の隣にある水道の蛇口を捻った。唖然とするイルカに構わず、持参したスポンジで丼の中をグルッと一回擦ると、ザアザアと水で流す。

「ハイ、お終いです。」

手渡された濡れた丼には、まだもみ海苔の残骸がこびり付いていた。こんな不衛生な丼でもてなされていたのかと、イルカが戦慄に体を硬くしていると、更に驚くべき事が目の前で起こった。なんとカカシが突然、蛇口の下に頭をやって、髪を濡らし始めたのだ。それだけではない。微妙に中腰になって上手く体勢を変えながら、肩やら胸やら、その体を水で濡らして行く。唯一身につけていた赤い短パンがびしょ濡れになるのもお構い無しだ。

「カ、カカシ先生・・・!?ななな、何してるんですか・・・・!?」

イルカは予想外の光景に思わず悲鳴のような声を上げていた。

「何って・・・シャワー代わりですよ。うちは水道止められてるし・・・丼を洗いに来たついでに、浴びていこうかと思って。冬だったら流石に無理ですけど、今が夏でよかったです〜。」

カカシは何のてらいもなく堂々と言ってのけると、短パンのポケットから徐に石鹸箱を取り出し、銀髪に直接擦りつけ始めた。

い、今時石鹸で頭を洗っているのか・・・!?どうりで髪がゴワゴワでいつも爆発している筈だ・・・!!

イルカは新たな謎の解明にほんのちょっぴり満足しながらも、突っ込みどころはそこじゃねぇだろ!と自分自身を諌めた。そう、問題なのは公園の水道で、里の誇る上忍が食器を洗ったり石鹸持参で水浴びをしているという事実だ。しかもそれに何の羞恥も感じないとはいかがなものか。

これじゃ本当に浮浪者と変わらないじゃないか・・・!!

こんな事は即刻止めさせねばとイルカは焦った。第一こんな所を誰かに見られたら、絶対に不審者通報をされてしまう。

も、もう銭湯とかは流石に閉まってるよな・・・仕方ない・・・今から俺の家で風呂を沸かして・・・・っ

「カ、カカシ先生、や、やっぱり今から俺の家に・・・・!!」

しかし、イルカがそう言葉にした時は手遅れで、カカシは既に全身が泡だらけだった。しかもカカシは短パンにも石鹸を擦りつけ、その布地を手で揉むようにしている。

「こうするとね、イルカ先生。洗濯も一緒に出来て一石二鳥なんですよ!」

何ーーーーー!?せ、洗濯も兼ねてたのか・・・・!?

嬉々として短パンの中にも石鹸を滑らせるカカシに、イルカは脱力して思わずその場にへたり込んでしまった。

「家に帰ったらこの短パンを干して、新しいパンツに履き替えるんです。」

カカシは水道で泡を洗い流すと、首に巻いたタオルを解いて濡れた体を拭った。散々体を拭き終わると、また元通り首に巻いて、今度は「これで終わりですから、」と歯を磨き始めた。

あの短パンは果たして洗濯したと言えるのか?とゆーか、カカシ先生のパンツの中身はちゃんと洗えているのか・・・?
それを干して、また箪笥に仕舞うって・・・どうなんだろう?首のタオルも気になるな・・・ちゃんと新しく代えてるんだろうか?

怒涛の様に押し寄せる様々な疑問と葛藤にイルカは堪えきれなくなった。このカカシの体中から発せられている救難信号を今すぐレスキューしなくては・・・!!これ以上手遅れにならないうちに・・・!イルカは猛烈な使命感に思わず、信じられない言葉を口走っていた。

「カカシ先生・・・っ、電気やガスや水道が復旧するまで・・・・俺のうちで暮らしませんか?」

言ってしまった後でドッと冷や汗が出た。

なななな、な、何言ってるんだ俺・・・!?幾ら放っておけないからって・・・

イルカはカカシとの同居生活を咄嗟に思い浮かべて、3秒で失神しそうになった。

友達になった上、女性との付き合い方の指導までも約束し。
それだけでも、俺って無茶してるよなあと思うのに、プライベートな癒しの時間までも明け渡すつもりか・・・!?

後悔に打ち震えるイルカが、どうか断わってくれと祈りながら恐る恐るカカシの顔を見遣ると、カカシは顔を茹蛸の様に真っ赤にして、嬉しくて仕方がないといった様子で、満面の笑みを浮かべていた。

「い、いいんですか!?イルカ先生・・・本当に?うわー・・・嬉しいなあ!友達のうちにお泊りっていう奴ですね!?俺、誰かの家に泊まったことないんですよ・・・うわあー・・・な、何持ってったらいいんですかね?ドキドキしてきました・・・!」

カカシは照れ臭そうに頭の後ろをガシガシと掻いた。何度も何度も、「本当に?」「迷惑じゃないですか?」とイルカに確かめる。そんな様子を見ていたら、イルカも今更駄目だとは言えなくなってしまった。結局イルカはカカシと同居する破目になってしまった。昨晩は遅かった事もあり、色々仕度もあるからと、一応それぞれの家に帰ったが、今日からはもうカカシがイルカの家にやって来る予定だ。

どうせ2〜3日の辛抱だよな・・・

イルカは未納の公共料金払い込み用紙を握り締めて、ぐっと唇を噛んだ。今からこれを精算して(給料袋も未開封のままのものがカカシの部屋の其処彼処で見つかったので、そこからあてる事にした)、処理が済めば2〜3日中には全てが元通りになるだろう。ついでにこれからのために、口座を作って口座引き落としにしておいてあげよう。イルカはあれこれと考えながら、暇な時間に受付所の仕事を抜け出し、全ての手続きを済ませた。

「あの・・・2、3日中にはすぐに元通りに復旧しますよね・・・?」

滞納などした事がないイルカが、おずおずと受付で尋ねてみると、受付の女性は感じのいい微笑を浮べながら、

「処理によっては十日から二週間かかる事もありますが、どうぞご了承くださいvv」

蒼白になるイルカを尻目に、無情にも言い切った。

 

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