(8)

はあー・・・どうしたもんかなあ・・・・

イルカは昨晩の事を思い返して盛大な溜息を漏らした。昨晩イルカは迂闊にも自ら進んでカカシと「友達」になってしまったのだ。その時はあまりの憐憫に、人助けをするような殊勝な気持ちになっていた。なってはいたが。

まさかあんなお願い事をされるなんて・・・

イルカは皺の寄ったままの眉間を軽く揉みながら、もう一度溜息をつく。幾ら揉んだところで皺はとれず、苦悩が晴れる事はないのだが、とりあえず揉むしかないイルカだった。カカシは昨夜恥ずかしそうに顔を赤くしながら言った。

「イルカ先生って・・・すごく、もてますよね・・・?」

「え?いやぁ・・・そんな事ないですよ、カカシ先生の方こそ、ずっとおもてになると思いますけど・・・」

イルカは意外な話の転換に吃驚しながらも、さり気なく流した。勿論カカシが云々はお世辞ではない。忍服に身を包んだカカシは実際物凄くもてるのだ。忍びの間でも、はたけカカシは女をとっかえひっかえ、摘み食いのいいご身分だ、とやっかみ半分の噂になるほどに。とりあえず、カカシはもてる事はもてるのだ。
イルカの言葉にカカシは力なく首を横にフルフルと振った。

「・・・確かに付き合ってくれだの、好きだの愛してるだの・・・沢山の女性に言い寄られるんですが・・・俺、いつもすぐに振られちゃうんです・・・最高で七日間しかもったことがなくて・・・ちゃんとしたお付き合いをした事がないんです・・・」

だろうなあ・・・

イルカは切々と訴えるカカシを真摯な眼差しで見詰めながら、うんうんと頷いた。カカシの真実を目の当たりにしているイルカには、カカシが女をとっかえひっかえなのではなく、女達の方からカカシに三行半を突きつけているのだという事実が至極納得できた。

友達として付き合うにも、ちょっとキビシイなあって思っちゃうもんな・・・

イルカがしみじみとそんな失礼な事を考えていると、

「どうしてなんでしょう・・・?俺、何処か悪いところでもあるんでしょうか・・・?全然分からなくて・・・すっごく悩んでて・・・」

カカシは話しているうちに気持ちが高ぶってきたようで、またボロボロと涙を零した。

「俺・・・俺・・・彼女が欲しいんです・・・!も、もう26歳だし・・・できれば結婚もしたい・・・!!料理の上手な笑顔の可愛い奥さんに『あなた、お帰りなさい、お仕事お疲れ様vv』って、チュウで迎えて欲しいんです・・・!!!!それがささやかな俺の夢なのに・・・このままじゃ、このままじゃ俺・・・・・っ」

一生独身です〜〜〜〜〜〜〜うわ〜〜〜〜〜〜ん!!!!!!

カカシは堪えきらなくなったのか、そう叫ぶとがばりとその場に身を伏せて、思う存分オイオイと泣き出した。イルカはイルカで、男のプライドや恥を全てかなぐり捨てたカカシの魂の叫びに、同じ男として大いに心を揺さぶられていた。

カカシ先生・・・そんなに悩んでいたなんて・・・!!ささやかな男の夢・・・俺にもよく分かるなあ・・・!

思わずもらい泣きしそうになって、愚図つく鼻をズズッと啜ると、カカシが突然顔を上げて真剣な眼差しでイルカを見詰めた。

「そこでお願いです、イルカ先生・・・!俺に・・・俺に、女性とのお付き合いの仕方を教えてください・・・!!!!き、昨日、イルカ先生、すごく綺麗な女性をスマートにあしらってたじゃないですか・・・イルカ先生すごく格好良かった・・・俺もあんな風になりたいんです・・・お願いします・・・!!!!」

あー・・・そういえばそんな事あったなあ・・・成程、それで・・・意外によく見てるんだなあ・・・

流石上忍、とイルカが変な事で感心していると、カカシがイルカに向かって畳にグリグリと額を擦りつけた。いわゆる土下座だ。天下の上忍に土下座されて、流石にイルカもギョッとした。

「カ、カカシ先生・・・頭を上げてください・・・!」

狼狽するイルカに、

「駄目です・・・イルカ先生が『ハイ』って言ってくれるまで、ずっとこのままでいます・・・!!!!」

カカシは恐ろしいほどに意思が固い。しかし、はい、分かりました、と安請け合いできない内容だ。何と言っても男の夢がかかっているのだ。

どどどどど、ど、どーすんだ俺・・・!?

自問して迷うイルカの前で、背中を丸めてカカシがフルフル震えている。友達もいない。彼女もいない。しかもまともに女性とお付き合いした事がない。恥ずかしい事実を全て晒して、地位が下の自分に縋るカカシ。放って置ける筈がなかった。

「言っときますけど・・・俺の言う通りにしたからって、女性と上手くいくとは限りませんよ・・・?それでもいいんですね・・・?」

「は、はい、勿論です・・・!」

イルカの諦めまじりの言葉にカカシが勢い良く顔を上げる。その顔は涙でぐちゃぐちゃながらも、期待に輝いていた。

全くなあ・・・まさかこんな事になるとは・・・

イルカはフーと静かに息を吐き出しながら、

「分かりました・・・俺でよかったらカカシ先生に協力させていただきます・・・」

遂にはそんな事を引き受けてしまったのだった。その後また嬉涙をはらはらと零すカカシの顔をハンカチで拭ってやりながら、結局二人でプリン丼を食べた。イルカは誰かが自分の為に作ってくれた物を無碍には出来ない性分なのだ。カカシの思いやりを頂くつもりで、無理して流し込んだ。流し込みながらも、「ウニっていうのは海に住む生物で、黒いとげとげした姿をしてるんですよ、プリンとは別物です。」と説明するのを忘れなかった。「イルカ先生って物知りですねえ・・・!そっか、プリンとウニは別物なのか・・・」明日、紅にも教えてやろう、きっと紅も知らなかったんだと思うから。そう言って和やかに笑うカカシを見て、イルカは目頭が熱くなった。どうにかしてあげねば、という思いは高まる一方だった。

だけど・・・何処から手をつけたらいいんだ・・・?

イルカはとりあえず、カカシの部屋を家捜しして見つけ出した、未払いの公共料金払い込み用紙の束をじっと見詰めた。

先ずは文明生活の復旧からだよな・・・

昨夜空の丼を洗おうとして、イルカはカカシの家が水道までも止められていることを知った。汚れた丼をどうしたらよいのか、流しで途方に暮れるイルカにカカシはにっこりと笑って言った。

「俺についてきてください、イルカ先生」

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