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「カカカカ、カカシ先生、こ、こ、こ、これ、ウニ丼じゃないですよね・・・?」

行儀が悪いと思いつつ、イルカは山葵ともみ海苔の下に隠されたウニもどきを箸の先でつついた。何だかプルプルしている。それは薄暗い蝋燭の明かりの元でも、ウニじゃないだろう、と分かるような代物だった。鼻先を寄せてみると、醤油の匂いに混じって僅かに甘いような香りがする。それが一体なんなのか、イルカには想像もつかない。しかし既にご飯を掻き込んでいたカカシは、口をもぐもぐとさせながら不思議そうにイルカを見詰めた。

「・・・え?そんな事ないですよ、イルカ先生?ウニですよ、ウニ。」

ちゃんとウニの味がします〜とカカシはハッキリきっぱり言い切る。イルカはそんな馬鹿なと思いつつも、あまりに迷いのないカカシの態度に、

そうだよな・・・世の中には紫ウニという高級なウニもあるらしいけど・・・俺は馬フンウニしか食べた事ないし・・・
仮にも上忍の用意したものなんだから、俺の知らない高級なウニなのかもしれないぞ・・・!

うっかりと状況判断を誤った。それならば、と思い切ってイルカはウニ丼を口に運ぶ。
次の瞬間。

「う・・・ッぐっ・・・うぇおぇ・・・・!!!!」

イルカは口元を手で押さえ、吐き出しそうになった内容物を必死で遣り込めた。幾ら衝撃的な味わいだといっても、吐き出すなんて礼儀に欠ける事は出来なかった。これは決してウニなんかじゃない。この味は。

「こ、これ・・・っ・・・!!!!プリンじゃないですかーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!????」

イルカは目尻にうっすらと涙を浮かべながら、恨みがましい絶叫を上げていた。
醤油のしょっぱさともみ海苔の磯臭さと山葵の爽やかな辛味とが、カスタードのとろけるような甘さと口の中で超絶不協和音を奏でていた。イルカの25年の人生の中で経験した事のない味だ。それでもプリンが甘さ控えめなら多少救いがあるだろうに、たっぷりな甘さが魅力のプッチンプリンだった。イルカは缶ビールの残りをぐいっと飲み干して、口や喉に残るその味を残らず洗い流した。

そういえば貧乏グルメ番組で、 プリンに山葵醤油をつけるとウニの味がするって、見たことあるなあ・・・

イルカは今更そんな事を思い出して、ふふ、と口元に哀愁の笑みを浮かべた。
まさか自分がそれを食べる事になるとは。カカシはウニの味がするといっていたが、カカシもテレビ番組もどうかしていると思う。全然ウニの味なんてしない。イルカにとってやはりプリンはプリンで、それ以下でもそれ以上でもなかった。

問題はカカシ先生が確信犯かどうかなんだけど・・・

イルカがちらとカカシを見遣ると、

「え?だ、だって、プリンって・・・」

カカシは戸惑ったようにおろおろとしていた。

「そのまま食べたらプリンで、醤油をかけたら『ウニ』になるんでしょ・・・?紅がそう教えてくれました。」

く、紅先生・・・!!

イルカは思わずがっくりと首を垂れた。

カカシ先生、紅先生に遊ばれてるなあ・・・というか、もしかしてこれは虐め・・・?虐めなのか!?

イルカは上忍仲間にそれと知らず弄られるカカシの姿を想像して、あまりの憐れさに目頭が熱くなった。カカシはちょっと常識がなくてタラリラリンで趣味が悪いだけで・・・まあ、問題点は色々あるけれど、心根は決して悪くないのだ。それに忍びとしては優秀で、命を賭して里を守ってくれている。そんなカカシが騙されたり苛められているのかと思うと、イルカは何処か憤然とした気持ちになった。

「き、気に入らなかったですか?不味かった・・・?」

イルカのその態度をどう思ったのか、カカシが泣き出しそうな情けない声を上げる。イルカが慌てて顔を上げた時には、既にカカシの瞳からスルスルと涙が零れ落ちていた。

「カ、カカシ先生・・・っ!?」

上忍で写輪眼なのに。加えて言えば、26歳のいい年をした大人の男なのに。子供の様に無防備に泣き顔を晒すカカシに、イルカは度肝を抜かれていた。子供の涙に弱いイルカだ。思わず条件反射でよしよしと頭を撫でてやると、カカシはぶわっと涙を溢れさせた。鼻からは鼻水もタリンと零れ落ちている。

「お、俺・・・一生懸命、イルカ先生をもてなそうと・・・」

「分かってますよ・・・。」

イルカは優しく言いながらポケットからティッシュを取り出すと、カカシにチーンと鼻をかませた。ああ、俺何やってんだ・・・?と思わないでもなかったが、カカシの家に行くと決めた時からこんな事になるんじゃないかと予想はしていた。

「俺・・・と、友達がいなくて・・・イルカ先生となら友達になれそうな気がしてたんです・・・!だから・・・だから、頑張ったんですけど・・・」

「はあ・・・」

イルカは間の抜けた相槌を打ちながら、友達かあ、とぼんやり考えていた。上忍と中忍との間で果たして友情は成り立つものなんだろうか。甚だ疑問だが、もうここまでくれば腹を括るしかない。

何と言っても、放っておけないんだから仕方が無い・・・!!

イルカはごしごしと目元を強く擦るカカシの手を掴み止めて、諦めたように言った。

「・・・俺もカカシ先生とは友達になりたいって思っていました。」

その言葉にカカシの涙が現金にもピタリと止まる。次の瞬間カカシは急に顔を真っ赤にして、モジモジと体をくねらせた。どうしたのかとイルカがいぶかしんでいると、カカシが伏目がちにぼそぼそと恥ずかしそうに言った。

「実は・・・友達としてイルカ先生にお願いがあります・・・」

 

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