(6)

「すぐに食事の用意をします。飲み物でも飲んで、適当に寛いで待っていてください。」

カカシは浮き浮きとした調子で言いながら、犬のリュックを下ろしてその中から缶ビールを出した。イルカは遠慮せずに「いただきます、」とすぐさまそのプルタブに指をかけ、ごくごくと一気に飲み下した。カカシの家は暑い事この上なかった。ただでさえ真夏の熱帯夜だ。窓を開け放してはいるものの、なんと窓が一箇所にしかないため風が通り抜けず、もわんとした湿度に満ちた空気が停滞している。その中でイルカは特大の蝋燭の火を前に胡坐をかいている。揺れる炎にあぶり焼きにされているようだ。最早それは我慢大会の様相を呈していた。壁にはイルカ憧れの最新式のエアコンが取り付けられているというのに、電気が通っていない今は、それは神経を逆撫でるものでしかない。

扇風機も使えない家なんて・・・カカシ先生は暑くないんだろうか・・・?

イルカは冷えた缶ビールにようやく人心地ついて、カカシの部屋の様子を窺うゆとりが出てきた。カカシほど支障なく暗闇で動く事はできないが、イルカだとて中忍の端くれ、ある程度夜目は利くのだ。
カカシは真っ暗な台所に立って何やら一生懸命やっている。その後姿をぼんやりと見詰めながら、イルカは不吉な予感に囚われていた。

なんか・・・さっきからカカシ先生、包丁や俎板を全く使っていないよな・・・

軽快な、とまではいかないくても、包丁が俎板を叩く音は一切聞こえてこない。それどころか、食材を洗うような水の音もしない。百歩譲って、カカシが洗ったり切り刻まなくてもいい食材を料理しているのだとしても、ガスも使わないというのはどういうことだろう。今のところガスが使われるような形跡はなく、台所には鍋の一つも出ていない。茹でたり、揚げたり、炒めたり。そんな事もしないつもりなんだろうか。

腕によりをかけて作りますから、ってカカシ先生言ってたけど・・・
・・・ひょっとして出来合いの惣菜とか買ってきたのかな・・・?

さっきから聞こえてくるのはぺりぺりとラップを剥がすような音と、パカンとパックの蓋を開けるような音ばかりだ。その音を聞いていると、何故かじっとりと冷や汗が出てくる。イルカの頭の中では昨夜会った時のカカシの言葉がぐるぐると回っていた。

ポテトチップご飯ですよ。このご飯に砕いたポテトチップとマヨネーズを混ぜて食べるんです。海苔塩味とマヨネーズがマッチして、洋風手巻きみたいな味になるんですよ・・・!

それは洗ったり切ったり加熱したりしなくていい料理(?)だ。まさかそんな、とイルカはしくしくと突然痛みを訴えだした胃を押さえた。

カ、カカシ先生を信じるんだ・・・!腕によりを掛けてくれるって言ってたじゃないか・・・!!

そう思うのにイルカはつい訊いてしまっていた。

「カカシ先生・・・今日はポテトチップご飯ですか・・・?」

不安そうなイルカの声音にカカシはくるりと振り返った。

「まさか!腕によりをかけるって言ったじゃないですか・・・!ポテトチップご飯は確かに美味しいですけど・・・お客様に出すようなものじゃないでしょ?」

予想外にそんなまともな事を言われてイルカは心底驚いていた。

カカシ先生・・・多少は常識あるんだ・・・

大変失礼ながらそれはイルカの率直な感想だった。

「そ、そうですよね、幾らなんでも・・・すみません、変な事を訊いて。」

イルカが顔を赤らめながら、自分はなんてカカシ先生に失礼な事を訊いたのだろうと激しく後悔した。非常識の塊のようなカカシにまともな部分が残っているとは思いもよらなかったのだ。イルカがしおしおと首を垂れると、

「え?全然変じゃないですよ。」

カカシがフォローするようににっこりと優しく微笑む。その笑顔は暗がりでも仄かに輝きを放っているかに見えるほど秀麗だ。それなのに首にタオル。それなのに裏返し赤短パン。

惜しい。本当に。「素材はいいんだけどなぁ・・・・・・」

イルカが神の残酷な悪戯に溜息混じりに呟くと、カカシが吃驚したように言った。

「え、イルカ先生どうして分かったんです?今日の料理は素材が勝負なんです。うに丼なんですよ。」

カカシの言葉にイルカはもっと吃驚した。うに丼。それはなんと高級な響きなのだろうか。

確かにうに丼なら洗ったり切ったり加熱する必要は全くない・・・

果たしてそれが料理といえるかどうかは別として、イルカ尺度的にはうに丼は客をもてなすのには相応しいものに思われた。ポテトチップご飯とは比べ物にもならない。というか、最初から同じ土俵で論じるべき問題ではなかった。

うに丼は何と言っても普通のメニューだし・・・!

イルカは自分の心配がとんだ取り越し苦労だった事を知り、ほっと胸を撫で下ろした。

「俺、料理とかまるで駄目で・・・実は紅に手早く出来て美味しい料理を教えてもらったんです。」

カカシは照れたように言いながら、丼を両手にイルカの前に腰を下ろした。

「へえ・・・紅先生が・・・」

イルカは相槌を打ちながら脳裏に浮かんだ紅の姿に、知らず表情を和らげた。紅は何処かイルカの亡き母に似ていた。その面差しが似ているというわけでなく、厳しく雄々しい雰囲気が似ていると思った。思えば自分の母親もいい加減気性の荒い人だったが、紅先生も気性が荒いんだろうか?そんな事を何とはなしに考えるイルカの前にカカシがことりと丼を置いた。

「お待たせしましたイルカ先生。うに丼です!」

イルカは会心の笑顔とともに置かれた丼の中を覗いて目が点になっていた。

こ、これがうに丼・・・!?

ご飯の上に乗っているのはどう見てもウニじゃなかった。

 

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