(5)

「ここが俺の住んでいるアパートです。」

そう言われて、イルカは「えっ、ここが!?」と吃驚した声を上げてしまっていた。
カカシが照れ臭そうに指差した建物は、今にも崩れ落ちそうな木造のボロアパートだった。およそ高給取りであるはずの上忍に似つかわしくない陋屋(ろうおく)にイルカは目を丸くした。ボロいでしょう、とカカシに重ねて言葉をかけられてイルカは焦った。ひょっとして謙遜して言っているかもしれないのに「そうですね、」と迂闊に頷くことはできない。かといって、「そんな事ないです、」とは白々し過ぎて言えないほどのボロさ加減だった。

な、なんて返答に難しい事を訊くんだ……!

イルカは窮地に追い込まれながらも、

「カ、カカシ先生って倹約家なんですね……!お金持ちでも清貧の思想を忘れないっていうか……お、俺はいいと思います。こういうアパートに住んでるカカシ先生って、身近でいいなあ、って……」

濁る言葉尻を誤魔化すように微笑めば、気のせいかカカシの顔がうっすらと赤く染まったようだった。

「イルカ先生がそんな風に言ってくれるほど生活にポリシーがあるわけじゃないんで、何だか恥ずかしいです……でもイルカ先生が身近に感じてくれて嬉しい……ここの家賃もすごく安いんですよ、」

「倹約家」と褒められて嬉しかったのか、カカシはもっと褒めてと言わんばかりの顔をして、そんな事を言い出した。倹約家というよりは、ただ単に住む家にも頓着していないだけなんだろうなあ、とイルカは薄々分かってはいたが、「へえ、そんなに安いんですか」と話をあわせて適当に相槌を打った。

「ええ、それが月額たったの50万円ぽっきりなんです!」

「え。え、ええええぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーー!!!!!????」

イルカは予想していなかった不当ともいえる高額家賃に、夜も遅いというのも忘れ、大絶叫を上げてしまっていた。途端に「うるせえぞ!何時だと思ってやがる!?」とアパートの窓がいくつか開いて怒号が飛んだ。もしやカカシはこのアパート全室を借り上げているのかとイルカの頭に一瞬過ぎった考えは、その怒号と共に消えてゆく。

このボロアパートが?月額50万円の家賃だって?俺のアパートの家賃なんか6万8千円だぞ…!
上忍にとってははした金程度なのか……!?
っていうか、カカシ先生……騙されてる……絶対、騙されてるよ……!!!!!!

カカシはあわあわとするイルカの様子に、「あんまり安いんで吃驚しましたか?」と可笑しそうに肩を揺らす。確かに吃驚していた。カカシがあまりに社会常識がなさ過ぎる事に。それはイルカにとって最早笑い事ではなかった。

カカシ先生、お金の管理はちゃんとしているのかな……
ああっ……心配だ……!!今まで一体どうしていたんだろう……?

色々な輩に騙され、いいカモにされていたのではないかと思うと、イルカは何だか苛々とした。一刻も早くどうにかしなくてはいけないという使命感がイルカの中で更に高まっていた。
そんなイルカを他所にカカシは呑気な口調で、

「ここが俺の家です。さあ、イルカ先生どうぞ上がってください。」

一番角の家の扉を開けて、イルカを中へと促した。イルカは思索からハッと我に返って、ごくりと唾を飲んだ。

こ、ここがカカシ先生の家か……確か俺の家と雰囲気が似てるって言ってたよな……
どんなところが似てるんだろう……?何か手に汗握るな……

「お、お邪魔します……」

足を踏み入れた家の中は、カカシの不在に勿論真っ暗なままだった。

「カカシ先生、電気のスイッチは何処ですか?」

イルカが手を壁伝いに彷徨わせながら尋ねると、

「ああ、そうでした、ちょっと待ってください。」

カカシが玄関先にある靴箱の上から何かを手に取った。それは太い蝋燭だった。イルカは訳が分からずぽかんとした顔でカカシを見詰めていると、カカシはその蝋燭に徐にマッチで火をつけた。マッチの揺れる明かりに照らされた蝋燭には「非常用」と大きな赤い字が彫られていた。

「これ、昔上忍の避難訓練の時に配られたものなんですけどね……取っておいてよかった…!イルカ先生の為に出しておいたんです。俺は暗闇でも物が判別できるから何の不便もありませんが、イルカ先生は明かりがないと困るでしょう……?」

イルカは滔々と説明するカカシの言葉の意味がよく飲み込めなかった。「だからこれはイルカ先生が使ってくださいねvv」と蝋燭を握らされた時点でようやく理解した次第だ。よもやまさかと思っていたが。

「カ、カカシ先生……電気は……電気はどうしたんですか……!?」

イルカが血相を変えて言うと、カカシはん〜、と困ったような声を上げた。

「えーとね、何時の間にか電気がつかなくなっちゃってたんです。止められちゃったみたいで……でも別に不都合がないからそのままにしてたんですけど……駄目ですか?」

「だ、駄目ですかって…と、止められたって事は……それは電気代を滞納してるってことじゃないですか……!?」

供給を止められるまで公共料金を滞納するなど、イルカにとっては信じられないことだった。しかもそれを放ったらかしという事実はもっと信じられなかった。

「ちゃんと払わなくちゃ駄目ですよ!!!!大体上忍で倹約家なんだから、お金を払えないって事はないでしょう?どういうことなんです!?」

イルカが詰問するとカカシが肩を竦めて小さくなった。

「振込みに行くのが面倒なんです……なかなか時間が取れないし……それにすぐに用紙がどっかに行っちゃうんです……」

「それじゃあ、口座から引き落としにすればいいでしょう!?」

イルカの言葉にカカシは心底不思議そうに首をかしげた。

「え?引き落とし……?なんですか、それは?」

暫しの間の後、イルカはがっくりとその場に膝をついた。常識のないカカシを教育しなおすには時間がかかる。しかし公共料金の払い込みはそれを待ってはくれないだろう。早急に対処する必要があった。

俺が…俺が払い込み用紙を探して何とかしなくては……!!!!

イルカの横ではカカシが蝋燭を片手に、様子のおかしいイルカを宥めるように言った。

「でもイルカ先生、電気がつかない中、こうして蝋燭をつけてみるとよく似ているでしょう……?俺の家とイルカ先生の家……」

何の事かと訝しげな顔をするイルカにカカシはにっこりと笑って続けた。

「家の中が薄暗い感じが……ねっ?」

い、一緒にすんなーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!

イルカは心の中で涙ながらに叫んでいた。

 

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