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「うぁ…っ、ちょ、ちょっとカカシ先生っ、あんた何してるんですか…!?」
「大丈夫です、今日は爪切ってあります!」
手も足も全部、とカカシが得意げに片足の爪先を浴室の端にダンとかけて、ほらほらとイルカに見せ付ける。
物凄く微妙なポーズだ。犬が電信柱に粗相をする時のような…。

そこまでして見せなくても…というか、足の爪はセックスに無関係じゃ…

カカシのポーズに気を取られているうちに、指は躊躇う事無く奥まで突き進んだ。
「や…ちょ…カ、カカシ先生!」
指から逃げるように慌てて腰を浮かすと、カカシがイルカの肩に顎を乗せて押し戻す。
「ああ…っ!」
結果より深く指先を呑み込む事になって、イルカは思わず声を上げた。狭い中を広げるようにカカシの指先がグリグリと動く。その未知なる感覚にイルカの背中が震えた。異物感はあるものの、先日と打って変わって痛みが無いところがショックだ。
それを見越したように、
「ね?痛くないでしょう…?」
ぬくぬくと指を出し入れしながら、カカシが全開の笑顔でチュチュと優しく唇を吸ってくる。
「う…っ…い、痛くはないですけど…っカ、カカシ先生…女性とのセックスに…っ、と、取り合えずそこは関係ありません…!場所…場所が違います…!」
イルカは至極真面目に必死で叫んでいた。
おしゃぶりの技術は勿論男のカカシには必要ないものだし、いきなりのアナルセックスも恋愛初心者にはきつすぎる。相手の女性がそういうマニアックプレイが好きならばいいが、その可能性は極めて低い。倦怠期を迎えた場合のいざという時の刺激として取っておいて置いたほうがいい。だからカカシが今からそんな技術を高める事も無い。

全く無駄な努力をして…ああっ、俺がはやく正しいセックスHOW TO本を買い与えてやれば…!
カカシ先生、一体どういう本で勉強したんだよ…!?

自分の手落ちを悔やみながら、イルカは更に恐ろしい可能性を考えていた。

カカシ先生はアナルに指を突っ込みながら、何の疑問も感じていないようだ…
セックスはいつも女性任せで、たまに自分から挿入するって言ってたけど…カカシ先生まさか…
挿入場所を間違えてたって事は無いよな…?というか、正確な挿入場所を知っているのかな…?

そんな事は既知であるとの大前提の上で話を進めていて、確認していなかった。よもやまさかと思うが、しかし相手はあのカカシだ。保健体育の授業はどうしていたんだと、一足飛びで中忍になったカカシに今更訊いても無駄のような気がした。

だが、流石にこの間違いは正してあげなくては…!折角彼女ができたとしても、セックスの溝は深刻だぞ…!

イルカはもう一度声を大にして言った。今度はもっと分かり易く赤裸々に。
「女性の挿入場所はそこじゃありません…!」
その叫びにカカシはねろりとイルカの耳の裏を舐めながら言った。
「そんなの分かってます…これは違います…練習じゃないです…」

は…?

イルカが目をぱちくりさせた瞬間、増やされたカカシの指がイルカの中を強く擦った。
「ああ…っ!?」
電流が走ったような衝撃があって、イルカの体がビクビクと震えた。
「ん。ここ?」
興奮したような声で、カカシが何度も何度も続けてイルカの中のある一点を擦る。
「ああっ…あっ…うぁ…っ…!」
イルカの頭の中が真っ白になった。自分の体に何が起こったのかわからなかった。腰から下が蕩けるように甘く痺れている。それが快楽だと気付いたのは、触れてもいない自分のペニスが硬度を持って反り返り、先端から滴る淫蜜で腹を汚したからだった。知らない快楽に戦慄くイルカの唇を吸いながら、カカシが指先を何度も突き通す。ぐちゅぐちゅといやらしい水音がした。もう片方の手で乳首を潰すように捏ねられて、イルカは何が何だか分からなくなっていた。気持ちよ過ぎた。今まで重ねてきたセックスが比べものにならないくらい。セックスで主導権を失うなんて初めての事だった。いつも自分がリードして、女性が気持ちよくなる事を優先して。だからイルカは惜しみなく与えられる愛撫と快楽に慣れていなかった。経験の浅い初心な少年のようだ。あっという間に流される。

こ、こんな事、やめさせなくちゃ…これ以上は…恋人同士がすることだ…

そう思うのに体に力が入らない。
「…気持ちいい?イルカ先生…俺…イルカ先生に、気持ちよくなってもらいたいんです…そのために一杯勉強して…」
カカシは吐息を吹き込むように耳元で囁きながら、イルカから指をぬるりと抜いた。
「ね、いい顔見せて?イルカ先生のいく顔、何回も見たい。」
恥ずかしい事を蕩けるような笑顔で強請られて、何を馬鹿なとイルカが顔を真っ赤にして反論しようとした瞬間、指とは別の熱い質量が閉ざされた窪みにあてがわれた。
「あああぁあぁ……っ」
硬くて長いものがイルカを貫いていく。お互い向き合う形で呑み込まされて。それは信じられない奥までイルカを犯した。イルカの中でまるで生き物の様にカカシのものがドクドクと熱く脈打つのを感じた。
「すごい…イルカ先生の中に俺がいる…」
気持ちいー…、とうっとり囁かれてイルカは激しい衝撃を受けた。

カカシ先生と繋がってしまった…!

何も貞操や処女性に拘るタイプではないし、セックスフレンドがいた時もある。
でも。本当に好きな相手と遊びで寝るような事はした事が無い。これが欲望を吐き出すための遊びなら抵抗は無い。
少なくともカカシは割り切っているだろう。紅を落とすまでの練習相手として。
だけど。

俺は違う…俺は何時の間にかカカシ先生を…

こんな状況になってから漸く気付いた自分に、イルカは泣けてきた。鈍いにも程がある。もっと早く気付いていれば、幾らでも回避できただろうに。こんな気持ちでセックスをしても傷が深くなるだけだった。今でも十分胸が痛い。
「カカシ先生…ぬ、抜いてくださ…」
言いかけた言葉は突き上げられる律動に掻き消された。
「なんで?気持ちいいでしょ、イルカ先生…?もうこんなに先っぽヌルヌル…どうして抜けなんて言うの?もっと奥まで突いてあげる…気持ちよくてたまらなくなるよ、ね?だから抜けなんて意地悪な事言わないで…」
カカシはあやすようにイルカの顔中にキスを落としながら、イルカの硬く張り詰めた中心を握りこんだ。
「あ、あっ…あーッ…」
激しく打ち込みながらイルカのペニスを扱きあげる。
「イルカ先生…イルカ先生…」
カカシはうわごとの様に繰り返しながら、イルカの体をそっと押し倒すと、高くイルカの腰を抱え上げた。真上から叩き込むように激しく突き込まれ、じゅぷじゅぷと泡立つような淫猥な音が引っ切り無しに上がる。己の間に怒張した赤黒いペニスが打ち込まれる卑猥な光景が嫌でもイルカの目に入る。脳が焼ききれるような羞恥と快楽を感じた。イルカは堪らずに精を解き放っていた。少し遅れてカカシがイルカの中に熱い欲望を注ぎ込むと、どさりとイルカの体に覆い被さってきた。
「…俺、上手にできましたか…?合格、ですか?」
駆けてきた子供の様に、ハアハアと荒い息をつきながら。頬と鼻先を赤くしてカカシがオドオドと、だけどいい返事を期待したような瞳で言う。ぎゅうっとイルカを抱き締める腕は酷く温かい。

俺のこと、好きでも何でもないのに。

じわっとイルカの胸に喩え様の無い悲しみが広がった。何でこんな人の面倒を見てしまったんだろうと後悔した。

俺が面倒見なくても。きっとカカシ先生に彼女はできた…
そりゃあ、少し時間はかかったかもしれないけど。相手は紅先生じゃないかもしれないけど。
タラリラリンで非常識でセンスの欠片も無いけど…純粋で一生懸命で…可愛いもんなぁ…

イルカはズズッと鼻を啜りながら短く答えた。
「…合格、です…」
途端にカカシの顔がこれ以上も無いほどパアッと輝く。
「イルカ先生、俺…」
油断しきったその顔に、
「…って言うと思ったか?馬鹿野郎…っ!!!!」
イルカは強烈なパンチをお見舞いしていた。グーで思い切り殴った。それはもう渾身の力を込めて。吹き飛ばされたカカシが赤くはれ上がった頬を押さえながら、
「イ、イルカ先生、俺…あの…っ?」
何か失敗してしまったのかとおどおどと不安そうな顔でイルカを見詰める。その鼻先からは鼻血がぼたぼたと垂れている。可哀想だなあと思ったがイルカはそれを拭ってやるのを我慢した。

そうだ、俺もいけないんだ。ベタベタにこの人を甘やかした。他人の境界を踏み越えさせるほど。

あやふやになった境界を、今こそ引き直す時なのだ。厳しい表情のイルカにカカシの顔はどんどん曇っていく。既に雨模様だ。
「き、気持ちよくなかったですか…?何処か痛かった?お、俺また勉強して…頑張ります。駄目なところ、直します。何でも言ってください…」
ただ事ではない雰囲気を察知して、必死に縋るカカシの瞳からはボロボロと大粒の涙が零れ落ちていた。
「そういうわけじゃないんです、」
イルカは無邪気で残酷な愛しい人に向かって、きっぱりと、そして噛んで含めるように言った。ちゃんと分かってもらうように。それは何よりも大切な事だ。
「俺たちは好き合ってるもの同士じゃない。だからこんな事はしちゃいけないんです。」
わかりますか、と静かに諭せばカカシの顔色がサッと変った。
「もう俺に教える事はありませんよ。それにカカシ先生の家の電気も水道ももう復旧してますし、」
イルカは最後の気力を振り絞って、最高の作り笑顔を浮かべた。
「この共同生活もこれで終わりですね。」
きっとすぐに素敵な彼女が見つかりますよ、と続けようとしたが、それは言葉にする事が出来なかった。


続く