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「うう…っ、イ、イルカ先生…っ…た、助けて…痛いです…っ!」
カカシは尺取虫のように腰を天井に高く突き出した形で、涙ながらに訴えた。鍋にこれ以上尻が食い込まないようにする為に最適な姿勢とはいえ、何とも微妙な格好だ。すっぽんぽんの下半身に鍋。何となく沈痛なような、それでいて滑稽なようなその光景に、イルカの顔面神経は如何なる表情を浮かべるべきか惑って、ただピクピクと痙攣していた。あまりに考えも及ばない非常識な組み合わせにイルカは動転してしまって、
「ふ、蓋…そうですよ、蓋しなくちゃ…!」
思わずカカシの股間にえいっと鍋の蓋を押し当ててしまった。
「あう…っ!つ、冷たい…っ!イ、イルカ先生っ、な、何するんですか…!?」
アルミの蓋の冷たい感触にカカシの体がビクリと震える。
その震えが蓋越しに伝わって、動転していたイルカをハッと正気付かせた。
「す、すみません…な、何だか臭いものには蓋をしろって言葉を思い出して…咄嗟に…!」
あわあわと言い訳すれば、
「そ、そんな…く、臭いだなんて…ひ、ひひひ、酷いですイルカ先生…っ…そ、そりゃあ臭いかもしれないけどっ、お、俺は臭くたってイルカ先生なら何でも平気なのに…うぅ…っ」
うわーんとカカシが一層性根を入れて喚きだす。

い、今何か重大なことを言わなかったか?カカシ先生…

イルカはそう思いながらも、押し当てた蓋をぐいぐいと押し返す、泡立った煮え立った状態のカカシのナニが酷く気になって、それどころではなかった。

ひーーーっ!俺はこの蓋をどうしたらいいんだーーーーーーーー!!!!????

心の中で絶叫を上げながらも、蓋を外すのも何処か恐ろしくて躊躇われ、イルカはただただ蓋を押し当てる手にぎゅぎゅう〜と力を入れた。
「かっカカシ先生…っ…や、あのっ、ち、違うんです…実際臭いわけじゃなくて…なんというか…目の毒気の毒というか…ああっ、す、すすす、すみませんカカシ先生…!」
最早何を言っているのか自分でもよく分からなかった。イルカは軽いパニック障害に陥っていた。
「イ…イルカ先生…あ、あんまり、蓋で、お、押さないで…はっ…あぁ…っ…お、俺…お尻が痛いのに…ううっ…な、なんか俺ヘン…」
ボロボロと涙を零しながらも、カカシが矢鱈と熱い息を吐く。イルカは自分の危機感知器が鳴り捲くる音を聞いていた。

まずいまずいまずい…このまま蓋をし続けるのは…!

イルカが大いに焦りを感じたその時、ふと蓋の先にある、鬱血して色を変えたカカシの太腿に気付いた。
真空圧に吸い込まれた尻はぎちぎちと鍋に食い込むように嵌まっている。かなり深刻な状況だ。

こ、こんな蓋如きで悩んでいる場合じゃない…!
幾らカカシ先生がこの頃流行のお尻の小さな男性だといっても…流石に煮物用鍋では小さすぎるよな…!
すっごく痛いんだろうなカカシ先生…は、早く何とかしてあげなくちゃ…!

イルカは大事の前の小事にかかずらっている場合ではないと、思い切って蓋をていっと外した。それと同時にびょーんと飛び出してきたシロモノを、

なんだか吃驚箱の仕掛けみたいだなあ…

少し余裕の心持でさらりと流し、突き出された腰の頂点で輝きを放つ鍋に手をかけた。
「カカシ先生、今鍋を外しますよ…!」
イルカは掛け声と共にグググイイイ!!!!と力任せに鍋を引っ張った。
「いいいいい、いた…痛いです…痛い痛い痛い…イルカ先生…痛い…!!!!」
涙を零し連綿と悲鳴を上げ続けるカカシに引っ張るイルカの手も鈍る。焦りは最高潮に達していた。

外れない…外れないよ鍋が…どうしよう…このままじゃカカシ先生はぶんぶく茶釜の狸みたいだよ…
い、いやそんな問題じゃない…このまま血の巡りが悪い状態が続いたら…カカシ先生は死…死んで……!

このまま死んでもこのまま病院に運び込まれても、写輪眼のカカシの名折れだ。それも全て鍋を嵌めてしまった自分の所為なのだ。イルカはカカシが尻を突き出してきた非常識さを忘れ、自分の浅はかさを責めていた。どうしよう、どうしたらと追い詰められたイルカの頭に突然、今更ではあるが、ごくごく古典的な解決方法が浮かんだ。

石鹸水…!そうだよ、石鹸水はどうだろう…!?外れなくなった指輪を外したりするじゃないか…!
こんな簡単な事をどうして今まで思いつかなかったんだろう…!?

イルカは痛がるカカシの体を尺取虫の形のまま抱え上げた。夢中だった。
「カカシ先生…!石鹸水ですよ、石鹸水!きっと上手く行きます…!任せてください…!」
有無も言わせず物凄い速さで風呂場へ駆け込むと、イルカは手早に石鹸水を風呂桶に作った。
「もう大丈夫ですよ…!」
イルカは得意満面で、石鹸水をカカシの尻と鍋の間辺りにジャバジャバとかけた。そして今度は慎重に鍋に手をかける。カカシは先ほど引っ張られた痛みに怯えて、
「ひ、引っ張らないでください、イルカ先生…あ、あれ、すごく痛かったです…!」
うぐうぐと喉を詰まらせながら身を竦ませる。
「今度は痛くないですから!」
イルカは宥めすかしながら、指輪を外す時もそうするように、鍋をゆるゆると回そうとした。
しかし。
「やです、いたいいたいーーー!!!!」
余程懲りたのか、カカシが我武者羅に暴れだした。
「ちょ、ちょっとカカシ先生、動かないで…!痛くないですってば!」
イルカは早く鍋を外してやりたい気持ちで一杯なのに、カカシは暴れてばかりでちっとも上手く行かない。それでもイルカは懸命に鍋に手をかけたが、カカシは動くし石鹸水はぬるぬるだ。鍋を掴もうとする手はつるつると滑り、なんだかあらぬところを触ってしまう。
「あぅ…っ!イ、イルカ先生…っ…vv」
「す、すみませんカカシ先生…っ!」
上がるカカシの悩ましげな声に呼応するかのように、滑ったイルカの手の下でカカシのモノが力を漲らせていく。

お、俺は何をやってるんだーーーー!!!???

イルカが焦れば焦るほど手はツルツルと滑り、何故かカカシの前を刺激するような結果になってしまう。そんな自分に目頭を熱くしながら、イルカはやっとの思いで本懐を遂げた。
すぽん、と軽快な音をさせて、鍋から尻が綺麗な放物線を描いて抜け出た様を、イルカは一生忘れないだろうと思った。

良かった…!本当に良かった…!

イルカは目尻に少し涙さえ浮かべながら、
「外れましたよ…カカシ先生!鍋が外れました…!」
満面の笑顔でカカシに向かって、ほら、と鍋を見せた。しかしカカシは依然尺取虫のポーズのままで微動だにしない。

ど、どうしたんだろう…?まさか失神してるって事は無いよな…?

イルカが心配してカカシの顔を覗き込むと、眉間に皺を寄せ額に脂汗を浮かべたカカシが何とも苦しそうに喘いだ。
「イ…イルカ先生…お尻は痛くなくなったけど…こ、今度は前が…前がすっごく痛い…です…っど、どうしたら…っ」
思わずイルカがカカシの下半身へと視線を向けると、そこには相当逼迫した状態のモノがどくどくと熱く脈打っていた。

ど、どうしたらって…ええええぇぇぇ…っ!?

一難去ってまた一難。再び自分に訪れた危機にイルカはごくりと唾を呑み込んだ。

続く

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