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何で突然バスローブなんか…そんなに着たかったのかな…

忍服に着替えたカカシと家路を辿りながら、イルカは不思議に思っていた。
何故沢山ある服から、よりによってバスローブを選んだのか。そのチョイスが信じられない。

浴衣みたいだっていっても…丈は短いし…普通変に思うよな…

だが、カカシに服の常識を求めるのはナンセンスだとイルカは頭を振った。散々そう思い知らされているのに、ついつい自分の尺度でものを考えてしまう。

少し豪華な金刺繍が入ったところがいけなかったのかも…普通の服っぽいもんな…それにパイル生地じゃなかったのも勘違いの元だな…

カカシの勘違いを理論立てて考えていると、何処からか微かに祭囃子が聞こえた。
「あれ…?今日ってひょっとして夏祭り…?」
イルカが思わず声に出すと、隣を歩くカカシの肩がビクッと震えた。猫背な背中が消沈したように更に丸くなるのを見て、イルカは「ははあ、」とバスローブの謎が解けたような気がした。

そっか…カカシ先生、浴衣を着て…夏祭りに行きたかったんだ…

それでバスローブを、と思い当たってイルカは自分の視界が急に開けるのを感じた。カカシの思考回路を理解するのは不可能だと思っていた。しかし支離滅裂だと思っていた行動に、多少の筋道があるのだと気付いたのだ。

奇天烈な行動の裏で意外に普通の事を考えてるんだな…うんうん、分からなくはないぞ…ただやっぱり一寸ずれてるけど。

イルカは何だか物凄く嬉しくなっていた。難しい相手だと思っていたカカシと上手くやっていけるのでは、そんな希望が見え始めていた。

それに、やっぱり可愛いなあ…浴衣を着て夏祭りに行きたかったなら、言えばよかったのに…

段々はっきりと聞こえてくる祭囃子に、カカシは俯いたまま体をモジモジさせていた。バスローブで出鼻を挫かれて、多分切り出しにくいのだ。イルカは笑い声を上げながらカカシの猫背をバンと叩いた。
「背中を丸めていたら折角のいい男が台無しですよ!もっと背筋をしゃんと伸ばして!」
「は、ははは、はい……っ!!」
突然背中を強く叩かれて、カカシは吃驚したように背中をしゃきっと伸ばした。
「そうそう。その方がずっと格好良いですよ。」
イルカが褒めると、カカシはカアアと顔を赤くしながら、「そ、そうですか…?」と反らし過ぎだろう、というほど顎を上げて背筋を伸ばす。その表情はさっきまでの消沈振りが嘘のようなほど、嬉しさに輝いていた。

うーん、ナルトより単純だぞ、この人……

よっぽど褒められ慣れていないんだろうなあ、と少し不憫に思いながら、イルカは何気ない様子で言った。
「カカシ先生、今日は夏祭りみたいですね…!さっきからお囃子が聞こえてきませんか…?」
「え?ええ…はあ…」
言おうかどうしようかと逡巡した様子を見せるカカシに、
「俺、祭り好きなんですよねえ…一寸よって行きませんか?」
イルカが誘うとカカシは瞬間驚いた様な顔をして、すぐにブンブンと顔を縦に振った。そのあまりの勢いにかまいたちでも起こりそうなほどだ。
「お、俺…っ、い、いいい、一度もお祭りとか、行った事がなくて…っさ、誘われた事もなかったし…嬉しいです!すごく、嬉しいです…!」
顔を真っ赤にして、うわー楽しみだなーとカカシが激しく自分の頭を掻く。ああ〜!折角今朝俺がブローしてあげたのに!とイルカは内心思いながらも、カカシの手放しの喜びように「ま、いっか。」と頬を緩ませた。

しかし…カカシ先生はお祭りにも行った事がなかったんだな……やはり六歳で中忍だったからか…?

何となくしんみりと子供のようなカカシを痛々しく思って見詰めていると、
「何でですかねー。いつも俺だけお祭りやらお花見やらといった時に声をかけられないんですよ。たまに声をかけられても、日付が間違ってたり集合場所が間違ってたり…ついてないんですよねー…」
えへへとカカシが屈託の無い笑顔を浮べる。

そ、それはひょっとして虐めでは…?

イルカは良くない想像に更に痛々しい気持ちになった。

ちょっとばかりタラリラリンだからって。ちょっとばかり規格外だからって。こんなに純粋な人を…

今度は猛烈な庇護欲にイルカは捕らわれていた。良くも悪くもカカシはずれ過ぎている。人の悪意も分からないほどに。

でもカカシ先生に人の汚い面を懇々と説くのはどうかな…

祭りの中心である境内へと足を進めながら浮かない顔をするイルカの傍らで、綿飴が食べたい、金魚すくいがしたいと、カカシは興奮したように始終ずっと喋っていた。しかし無言のままのイルカにカカシも段々と口数が少なくなっていく。
「あのー…俺…あんまりはしゃぎ過ぎで…その…イルカ先生…呆れちゃいました?」
顔色を窺うように呟かれてイルカはハッとした。

何を浮かない顔をしてるんだよ俺は…?折角のお祭りなのに…

何時の間にかあたりはお祭りに出向く人々で混雑し始めていた。その人混みの中にぽつんと立ったカカシがイルカを見詰めていた。人混みの中でも頭一つでかい。大人も大人、立派な成年男子にしか見えない。だが、イルカの瞳には何処か自信無げな子供に見えていた。

あーもう。何だって言うんだ。

イルカは自分の目を疑って何度も何度も目を擦ってみた。でもやっぱり子供に見える。イルカはその日初めての溜息をついた。

この人はこのままで良いんじゃないかな…人の悪意を知らない、純粋なままで…
そう、人の悪意に騙されそうな時は俺が…

そこまで考えてイルカはドキッとした。

え?今、俺なんて続けようとした…?

突き詰めて考えるのが恐ろしくて、イルカは「今のなし!」と唱えながら頭を大きく横に振った。ふとカカシに視線を戻すと、何時の間にかアップアップと人波に流されている。
「イ、イルカせんせえ〜!」
情けない声を上げるカカシにイルカは仕方がないなあとばかりに右手を差し出した。
「はぐれちゃうから…手を繋ぎましょう。」
すっかりカカシが子供に見えているイルカには何の躊躇いもなかった。
カカシは瞬間木偶の坊の様に立ち尽くしたままだったが、物凄い勢いで手のひらを服に擦りつけ拭うと、まるで親の仇をとるようにがしっとイルカの手を握ってきた。
「あだだだーーーー!い、痛っ…力入れ過ぎですよ…っ!」
「ご、ごご、ごめんなさい、イルカ先生…っ!」
カカシは慌てて力を抜いて謝りながらも、嬉しくて仕方がない様子だった。
「な、な、なんかこうしていると…まるで…デー……のよう…ですねっ」
蚊の鳴くような声でカカシがもごもごと何か言ったが、イルカにはよく聞き取れなかった。
「はあ?なんかいいましたか…?あ、そうだ。それよりも…さっきカカシ先生、これ落として行ったでしょう?」
イルカが懐からバラの表紙の本を取り出すと、あっ、と叫び声をあげてカカシが激しく否定した。
「ち、違います…それ、俺のじゃありません…!」
「ええっ?だ、だってカカシ先生の体からバサリって…」
「イルカ先生の勘違いです!!!!」
物凄い勢いで言い切られて、

お、俺の勘違いだったのかな…?じゃ、じゃあ、明日受付所の落し物箱に入れておかなくちゃな…

イルカは「そ、そうですか…」と再び本を懐に仕舞いこんだ。
繋いだカカシの手がじっとりと汗にぬれていたが、意外に汗っかきなんだなあ、くらいにしかイルカは思わなかった。

続く

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