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「今日は沢山買い物をしましたねぇ!慣れない場所を梯子して疲れたでしょう。少し休憩しましょうか?」

両手に一杯の紙袋をぶら下げながら、イルカは傍らを歩くカカシに朗らかに話しかけた。紙袋の中は全てカカシの変身の為の衣料品だ。高級服などは着て帰る分以外は配送を頼んだのだが、その後またタカQやジーンズメイトなどのリーズナブルショップにも寄って手軽な普段着も購入して歩いたので、結局大荷物になってしまったのだ。

「すっかり日も傾いて・・・今何時くらいなんですかね。夏は分かり難いなあ・・・」

今や夏のぎらつく太陽もその陽射しを柔かいものに変え、西の地平へと緩やかに帰路を辿りつつあった。それでもまだあたりは十分に明るい。

「カカシ先生、俺のとっておきの場所があってね。ただの公園なんですけど少し高台になっていて、今時分夕陽を見るには丁度いいんじゃないかなあ。アイスクリームでも買ってそこで休んでいきませんか?」

あの坂の途中にある駄菓子屋のミルク棒が美味しいんだよな・・・

イルカは子供の頃からのお気に入りの場所を思って顔を綻ばせた。街中にある別に何の変哲もない公園だ。だから両親がいた頃は、休日ともなると散歩がてらよく訪れたものだ。日が沈む頃まで遊んで、夕焼けの道を三人で手を繋いで帰った。その途中で時々買ってもらえたアイスや駄菓子が、とても美味しく感じられたものだ。

「カカシ先生・・・?」

返事のないカカシに、おや、と立ち止まってその様子を窺うと、カカシがぼんやりと眩しいものを見るような目をして突っ立っていた。逆光だからかな、と思いつつ、イルカもまたぼんやりと立つカカシに見蕩れていた。夕陽の柔らかな光を銀の髪が弾き、その美貌を飾るように輝かせていた。全てが黄昏色に染まり均一化していく中で、唯一つ浮き立つその姿は神々しいばかりだ。だがその姿に近付き難さは覚えず、寧ろ落ちた陰影がカカシの表情に何処か憂愁の色を滲ませ、見る者の心を切なくざわめかせる。この腕の中に庇護してやりたいように。

うーん・・・女心を擽る条件を悉くクリアーしているなあ・・・
今朝までのカカシ先生とはまるで別人のようだ・・・本当にダイヤモンドだったんだなあ・・・
磨くって大切な事だと今日こそ思い知った事はない・・・家の薬缶や窓ガラスも今度ちゃんと磨かなくちゃ。

常々その曇り具合が気になっていた家の中のものたちを思い浮かべながら、イルカはうんうんと一人頷いた。すると突然カカシが折角整えた頭をガシガシと掻きながら、

「あの・・・綺麗ですねえ」

ぼそぼそと明後日の方向を見つめながら言った。夕陽の事かなとイルカは思って、「そうですね、今日の夕陽は何時にも増して燃えるようですね。」と相槌を打つと、カカシが違いますよ、とはにかんだ笑顔で応えた。

「全部がオレンジ色の光の中で、イルカ先生の黒い髪だけが、鴉の羽の様に輝いてキレイだなあって。」

えへへとさも大発見の様にカカシが嬉しそうに笑う。

・・・本当に子供のような人だ。

イルカは自分の顔が赤く火照るのを感じた。

なんつーか・・・この人天然だよなあ・・・こんなに屈託なくすごい殺し文句をいえる人は滅多にいないよな・・・

女性だったらイチコロに違いない。本人は無自覚だが、そんなに心配しなくても可愛い恋人が出来る日は案外近そうだった。

「野郎を綺麗だと褒めても意味ないですよ・・・でもまあ、ありがとうございます・・・」

イルカは恥ずかしさを紛らすためにゴホンゴホンとわざとらしく咳払いをすると、

「それでどうしますか?もうこのまま家に帰りますか?」

もう一度カカシに問いかけた。カカシは慣れない場所を梯子して酷く体力も気力も消耗したようで、何処となくげっそりしていた。休憩するならしてあげたいし、家に帰りたいならそうしてあげたい。判断を委ねて待っていると、カカシは疲れた顔を目一杯破顔させた。

「アイス食べて帰りたいです。イルカ先生のとっておきの場所で。」

期待に満ちたその表情に、何処か素晴らしい場所へ行くと誤解してるんじゃないかとイルカは心配になった。

「とっておきといっても、ただの公園で別に特別変わったところはないですよ?」

「はい」

「少し坂を上らなくちゃいけないし、」

「はい」

「アイスだって、駄菓子屋の棒アイスのことですからね?」

「はい、それでいいです。」

念を押すイルカにカカシははっきりと答えた。

「そこがいいです。」

・・・変なの。

自分で誘っておいてイルカは何だか居心地の悪さを感じた。カカシの過度に嬉しそうな表情を見ると、その思いは更に強まった。坂の途中でイルカはミルク棒を、カカシはチョコ棒のアイスを買った。高台にある公園に着くとベンチに座り、夕陽を見ながらアイスを食べた。

「本当に夕陽がきれいですね、」

カカシは物凄く満足そうに言いながら、少し控えめに、「ここには他に誰かと来た事があるんですか?」とおずおずと尋ねた。

「え?いやーないですねえ。こんな風に休日の夕暮れを誰かと歩くって、滅多にないですから。小さい頃両親と来たくらいかな・・・あ、後ナルトやサスケもつれてきたことありますよ。」

イルカの答えにカカシは更に物凄く嬉しそうな顔をした。カカシが何故そんなに嬉しそうなのかイルカには全く分からなかったが、

でも、ま、いっか・・・こんなに喜んでるんだし・・・

自分のことの様に嬉しくなった。カカシはチョコアイスを半分食べると、イルカのミルク味も食べたいと駄々を捏ね始めた。

「仕方ないなあ・・・」

イルカは苦笑しながら自分のアイスを差し出した。パクつくカカシが可愛い。こんな時はカカシがすっかり子供に見えているイルカだ。微笑ましい気持ちで見詰めていると、周囲の家族連れがヒソヒソと何か囁きながら凍った視線をこちらに向けていた。その時イルカは自分のおかれている状況にハッと正気付いた。 大の男二人が一つベンチの上で肩を寄せ合い、優しく微笑みあいながらお互いのアイスを舐めっこしている・・・(しかも両手に大荷物)

お、おかし過ぎだろう、それ・・・・!!!!!!

戻って来た常識にカカシマジックが敗れると、イルカは蒼白になった。

「た、大変だ、もうこんな時間・・・さっ、帰りますよ、カカシ先生!」

居た堪れなくなって突然イルカは立ち上がると、荷物を抱えてさっさと歩き始めた。残されたカカシが「ま、待ってください・・・!」と慌てて追いかけてくる・・・はずが、何時まで経っても追い付く気配がない。

どうしたんだろう・・・?

イルカが不審に思って振り返ると、カカシが道端に蹲って涙ぐんでいた。

続く

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