(3)
「これがイルカ先生の家ですか〜・・・」
黒い卓袱台の前で、カカシは落ち着かない様子できょろきょろと視線を彷徨わせていた。
「男の一人暮らしなんで、あんまりきれいじゃないですけど。」
イルカは料理をしながら背中越しに謙遜した。
イルカの家はボロい和風のアパートの雰囲気をそのまま上手に生かした、安らぎ空間だ。部屋の中は白と黒を基調に、骨董染みた風合いの家具を配置して柔かさを加えている。細々とした物は見えない収納を目指し、仕事をする時以外は和紙越しの光が優しい、間接照明を用いていた。勿論掃除も行き届いている。
そんなイルカこだわりの部屋に対し、カカシはへへへと笑いながら言った。
「何処となく、俺の家に似てます〜」
「えっ!?」
思わずイルカは素っ頓狂な声を上げてしまった。
カ、カカシ先生の家と俺の家が似てる・・・?ほ、本当か・・・!?
疑ってしまった後でイルカは大きく首を横に振る。
い、いや・・・カカシ先生にだって多少のセンスがあるのかもしれない・・・そうだよな・・・全部が酷いわけないもんな・・・
イルカは自分の動揺を誤魔化すように、
「もうすぐご飯も炊けるんで・・・料理を並べちゃいますね。お待たせしました。」
出来上がった料理を次々と運ぶ。
普段から冷凍庫などに下ごしらえした食材を保存しているので、凝ったものは出来ないが割りと手際よく出来た。
今晩はイルカ得意の懐石料理風だ。まずは八寸にいつも冷蔵庫に常備のおきゅうど、とこぶしの煮付けに加え、即席アボカドとトマトのタルタル、柚子のおかか和えといった以上四品を丸盆にのせる。そして冷凍の海老すり身を使った椀物、焼き物はアパートの管理人さんに貰ったサワラの西京味噌焼き、メインの焚き物は牛肉の包み焼きだ。これは急な来客に備え、りゅうさん紙に包んだ状態で冷凍してあったものをチンしただけだ。少し手抜きなので、その分は皿や盛り付けに注意を払う事でカバーしたつもりだ。
カカシ先生は里の誇る上忍なんだから・・・栄養をきちんと摂らせないと・・・!
あんなポテトチップご飯ばかりじゃ、いつか絶対体を壊すぞ・・・!
使命感に鼻息を荒くするイルカの前で、
「うわー・・・これ全部イルカ先生が作ったんですか・・・?すごいですねえ・・・!」
カカシが信じられないとばかりに子供の様に目をきらきらさせ嬌声を上げる。
少し頭の足りない大人に見えるけど、なんだか可愛いなあ。
手を打ってはしゃぐカカシの姿にイルカが微笑んだ時、丁度ご飯が炊き上がる炊飯器の音がした。イルカは待ってましたとばかりに早速ごはんをよそって、お新香と共にカカシの前に置いた。
「お待たせしました、カカシ先生。早速食べましょうか?」
イルカが卓袱台の前に座ろうとすると、
「あの〜、その前に丼をもらってもいいですか?」
カカシが遠慮がちに言った。
「え?ああ、ご飯は丼がよかったですか?すみません、よそい直しますね。」
イルカがご飯茶碗を下げようとすると、「いいえ違います。空の丼が欲しいんです。」とカカシが不思議なことを言う。
「はあ・・・」
イルカはよく分からないながらも空の丼をカカシに渡してやると、カカシは今度こそ両手を合わせて、
「いただきます、イルカ先生」
嬉しげに言った。そして箸を手にした次の瞬間。
イルカは信じられない光景に目を大きく見開いたまま動けなくなってしまった。
ザザザザーーーー。
カカシは微塵の躊躇もなく、皿を手にとっては数ある料理を次々と丼の中に流し込んでいた。おきゅうどもとこぶしも柚子もアボカドも。汁物やご飯はもちろん、お新香まで。牛肉の包み焼きにいたっては、手でびりびりと紙を破いて中身をボチャリと丼の中に豪快に落とす。その時飛んだ汁が、向かいに茫然と座るイルカの頬をぴちゃりと濡らした。イルカはその感触にはっと正気付いた。
「カカカカ、カカシ先生・・・・!!!!!あ、あんた何やってんですかーーーーー!?」
イルカが大声で叫んだ時には、カカシは丼の中身を満遍なくぐるぐると掻き混ぜていた。丼の中では全ての料理が渾然一体となり、不思議な色合いと臭気を放ちながら、一つの小宇宙を形成していた。
ああああーーーーー!!時間が無いなりに一生懸命作った俺の料理が・・・!!
盛り付けや包丁使いにも気を遣った品々が・・・ってゆーか、これ食えるのか・・・・!?
イルカがあまりの衝撃にワナワナと体を震わせていると、
「ええ?何って・・・ご飯を混ぜてますけど・・・・」
カカシはイルカの剣幕に訳が分からないといった様子で屈託無く微笑みながら言った。
「こうすると一遍に食べられるでしょ?面倒くさくないし、お皿も一枚ですむし・・・どうせ胃の中に入っちゃえば一緒だから」
俺は何時もこうして食べてるんです、いい考えでしょ?
全く邪気なく言い切るカカシにイルカは戦慄していた。
こ、こんな人を俺はどうにかできるんだろうか・・・!?
イルカは自信を喪失しながらも、
「な、何言ってるんです!?それじゃあきちんとしたところではマナー違反ですよ!それに、味は一体どうなってるんです?折角の料理が台無しじゃないですか・・・!?」
何とか口にすれば、
「えー・・・だってここはきちんとしたところじゃないですよ・・・」
カカシが首を縮めて反論する。
「それに味だって大丈夫です、俺は忍犬たちに餌をあげる時もこうやって混ぜて出してます。皆おいしそうに尻尾を振って食べてますよ!」
あんたは犬かい!?
イルカは心の中で突っ込みを入れながら、激しい疲労に襲われていた。
俺には・・・無理だ。
イルカは思いながらもカカシから丼を取り上げていた。
「ここは俺んちですから、食べ方も俺の流儀に従ってもらいます。ちゃんと、一品一品別々に食べてください。」
カカシはそういわれると、なるほど、と納得したらしかった。
イルカは仕方なく自分の料理をカカシにまわし、自分はご飯とお新香だけで我慢した。
どうしてそこまで、と我ながら苦労性を呪ったが、
「牛肉ってこんな味だったんですか・・・!知らなかったなあ・・・!」
吃驚したように様々なものを頬張るカカシの姿に、ちょっぴり嬉しさを覚えるイルカだった。
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