(29)

「お、おおぉぉー・・・!」

イルカは思わず試着ルームの中で感嘆の声を上げた。カーテンの外では「如何ですか、お客様?」と店員が慇懃に尋ねる。如何も何も。イルカは目の前のカカシの姿に暫し茫然と見惚れていた。

アルメネジルド=ゼニアの服を、こうも気障にならずに着こなせるなんて・・・

勿論カカシに似合うと踏んでイルカが見立てたのだが、それにしても想像以上の変わりようだった。伊太利ブランドのその服は伊太利特有の色使いを取り入れながらも派手過ぎず、細身の優美なデザインが特徴だ。何処か貴族の遊び心を感じさせるその服は大胆でありながら上品さに溢れている。イルカが密かに憧れているブランドだ。

ただちょっと、着こなしが難しいんだよなー・・・

ややもすればチンピラ風に、またややもすればくどくなりがちだ。しかもその細身の服は着る物のスタイルを選ぶ。長身痩躯で足が長くなければとても着こなせない。イルカでも着こなす自信がなかった。それをカカシはすんなりと自然に着こなしている。服を様になるようにカカシに着せたのはイルカだ。カカシはまともな服の扱い方を知らなかったのだ。

「何です、このズボンは・・・?腰が細くて履き辛いですねえ・・・!」

破ってしまいそうな勢いで、ぞんざいに服を扱うカカシにイルカは大慌てだった。仕方が無いので、試着ルームに一緒に入って着替えを手伝ってあげた次第だ。男二人で試着ルームに籠もる。はっきり言って異常だ。普通だったら絶対にそんな事はしないが、何と言っても高級服。布地を傷めたら不味いと、イルカの頭にはいじましくもその事しかなかった。それに流石高級ブランド、試着ルームはイルカの台所よりも広く、何故か獣足のついたラグジャリー感覚溢れる布張りの休憩椅子もある。男二人で籠もってもそんなにおかしな感じではなく、寧ろイルカのアパートに居る時より窮屈さを感じないくらいだった。

「はい、ここに足を通してください。」

小さな子供にしてあげるようにイルカがズボンを広げて見せると、カカシがコクリと頷いて、イルカの肩に手を置きながらズボンに一本ずつ足を入れる。それをウェストまで引き上げてやりながら、

な、なんだかなあ・・・俺、一体何をしてるんだろう・・・

少しだけ冷静になったイルカは目尻がジワと熱くなった。その後もボタンを掛け違えたシャツを留め直してやったり、本当に大変だった。しかしその苦労もスーパーモデルの如きカカシの姿に全て消し飛んでしまった。

す、すごいな、カカシ先生・・・これほどまでとは・・・本当に格好いい人だったんだ・・・

輝き始めたダイヤモンドの原石にイルカは目も眩むばかりだ。

「ど、どうですか?イルカ先生・・・似合っていますか・・・?」

カカシはモジモジとしながらも、自分がジャケットの下に着ている抽象的な柄の派手なシャツが気になっているようだった。だが、その派手なシャツこそがカカシ好みだとイルカは知っていた。だからわざわざ伊太利ブランドを選んだのだ。イルカは冷蔵庫の中から出てきた写楽風の大胆な柄の服やピンクや紫の目に突き刺さる派手な色合いのTシャツを思い出して薄く微笑んだ。

好みの傾向は分かるんだけど、ほんと、ビミョーだよな・・・

カカシの派手好みをお洒落に纏めるのは高等テクニックだ。これからもカカシが見立てるのは難しいだろう。そう思うと、将来的な事を考えて、なるべく何枚も何着も今のうちに買わせておこう、とイルカは硬く決意した。

いつまでも俺がくっついてアドバイスするわけにいかないしな・・・

「格好いいですよ、カカシ先生!」

イルカが心からの賛辞を贈ると、不安そうなカカシの顔が嬉しそうに綻ぶ。

「そ、そうですか・・・!でもこれ暑いですねえ・・・夏なのにこんなの着てられませんよ・・・」

「でもそのジャケットは夏物ですよ・・・おしゃれの為には多少の暑さは我慢するものなんですよ。まあ、ジャケットは手に持っていればいいんです。」

えー、面倒臭いです、それにジャケットを持つ意味が分かりません!と不満そうに口を尖らせるカカシは既にしとどに汗を掻いていた。店内は寒いほどクーラーが効いているというのに、そして電気の通っていないあの灼熱のアパートでは汗一つ掻いていなかったというのに、服を着た途端汗を大量に掻き始めるカカシ。

何だろう・・・裸じゃないと駄目なんだろうか、この人・・・

夏の裸生活に汗腺も順応しているらしかった。

カカシ先生の発汗は気温とかじゃなく、服の有無なんだな・・・

行き着いた事実に、流石カカシ先生、とイルカは妙に感心してしまった。

「やっぱり裸がいいです・・・夏は裸が・・・」

お前は裸族か!?そんなに裸がいいなら山奥にでも住みやがれ・・・!

裸、裸としつこく繰り返すカカシにイルカは心の中で思わず叫んでいた。しかしその内心の苛立ちを億尾にも出さず、寧ろこれまでにないほどの会心の笑顔でカカシの肩にそっと手を置いた。

「裸は・・・大事な人にだけ見せるものですよ・・・だから我慢しましょう?」

思わずいつものフェミニストモードの癖で、ね?と人差し指をカカシの唇に「しー」とばかりにあててしまった。カカシは大口を開けたまま目を白黒させていた。その顔が見る見るうちに赤くなる。頭から湯気が立ち昇るのが見えるようだ。イルカは自分の振る舞いに吃驚していた。

な、何カカシ先生に俺、フェミニストモード使っちゃってるんだよ・・・?あわわ・・・!野郎相手に何が「ね?」だよ・・・!?

恥ずかしさにイルカの顔もこれ以上ないほど赤らんだ。二人は暫くの間顔を赤くしたまま黙ったままだったが、

「が、我慢します・・・」

蚊の鳴くような声でカカシが突然言った。

「俺も・・・好きな人の裸、誰にも見せたくないですし・・・誰かの前で裸で居て欲しくないです・・・そうですよね・・・俺も我慢しなくちゃ・・・」

妙に納得しているカカシに、

いや・・・恋人の前以外で裸になる女性はいないだろう・・・何考えてんのかなーカカシ先生は・・・

イルカは呆れながらも上手くカカシを丸め込めた事にホッと胸を撫で下ろした。

続く

戻る