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「カカシ先生、銀行のカードは持ってきましたか?」

ヘアカットが終って店を出ると、イルカは開口一番カカシに向かって言った。

「折角の格好いいヘアースタイルに忍服ではちょっとねえ・・・今から洋服を買いに行きますよ。カカシ先生の普段着からここ一番の勝負服まで、俺がトータルコーディネイトしてあげます。今日は沢山買い物をしますよ!カカシ先生はクレジットカードを持っていないでしょうから・・・キャッシュディスペンサーでおろしていきましょう。」

一応カカシの家に転がっていた、見つけることのできた給料袋の中のお金は、全て銀行口座を開いてイルカが貯金してあげた。家捜しすればまだまだ出てくるものと思われたが、目に付く給料袋だけでも相当の額になった。イルカが定年まで働いても決して稼げないような額だ。

沢山稼いでも、使わないんじゃ意味ないよな・・・実際カカシ先生、すっごく貧乏臭いし・・・
少しくらいは上忍らしい贅沢を教えてあげよう・・・

イルカは普段自分では決して買えない、憧れの高級ブランドを梯子するつもりだった。いつもはあからさまに冷やかしの自分は店に入るのも躊躇われ、ショーウィンドーを眺めるだけだったが、カカシの給料ならば自由に買い物できる。

自分の為の買い物じゃないけど・・・憧れのブランド服を自由に買えるって魅力だよな・・・
よーし!俺のセンスにかけて、カカシ先生を高級感溢れる、上品でワイルドなイケメンにしてやるぞー!

ようやくイルカがカカシ改造計画に対し、役得めいたものを感じて意欲を燃やしていると、

「銀行カード・・・俺、持って来ていないんですけど・・・」

カカシが困ったような顔をしてボソッと言った。早速暗礁に乗り上げた企画に、

仕方が無い、取り合えず俺のカードで買っておくか・・・でも俺のクレジット、ご利用限度額の上限が低いんだよなあ・・・

中忍の侘びさびをイルカが感じていると、カカシが突然ズボンの中に手を突っ込んで、なにやらごそごそとし始めた。

「な、なにしてるんです、カカシ先生・・・!?」

明らかに股間の辺りを弄っているカカシにイルカは激しく狼狽した。

な、ななな、何何だよ一体・・・!?まさかあそこが痒くなったのか・・・!?カカシ先生、インキン持ち・・・?
ってか、ここ往来なんだけど・・・!!

休日の長閑な街角の風景は、壮絶な美貌を首の上に乗っけて股間を弄っている変質者の存在に、夏だというのに吹雪が吹いているかのように凍りついていた。往来の激しい場所だというのに、イルカとカカシの周りにだけ人影もなく空いている。

ああ・・・っ・・・ど、どうしよう、どうしたら・・・!

恐慌を来たしながらも、

「カ、カカシ先生、そういうことはトイレの個室で・・・。俺、そこの薬局で薬を買ってきてあげますから・・・!」

イルカは割りと冷静に判断を下して、カカシを近くの公園のトイレに連れて行こうとした。その時。

「カードは持ってきてないけど・・・手持ちならあります・・・!これくらいで足りますか・・・?」

カカシがおずおずと、しかし羊羹くらいの厚さのある札束をばーんとイルカに向かって突きつけた。

その札束は一体何処から・・・?

あまりに予想外の出来事に茫然として口の利けないイルカに、「足りなかったらまだあります・・・!」とカカシはズボンの中をごそごそしては次々と札束を取り出していく。積み上げられていく札束が電話帳くらいの厚さになった時、イルカはハッと我に返った。

「カカカ、カ、カカシ先生・・・!!!!い、今あんた何処からこのお金を出したんです・・・!?」

何時の間にかカカシに握らされていた札束は、やけに湿気でしんなりとしていた。その上よく見ると、なんだか銀色の短い毛がついている。その毛が縮れているのに気付いて、

ま、まままま、まさか・・・!?

イルカは背筋を冷たいものが走るのを感じた。どうか思い過ごしであってくれと、心の中で十字を切るイルカに対し、カカシは屈託の無い笑顔を浮べてアッサリと言った。

「パンツの中からですよ〜!パンツの裏側に縫い付けてあるんです。」

「何でそんな事をするんですーーーー!!!!???あんたは財布も持ってないのかーーーーーー!!!???」

突っ込みどころはそこじゃない気がしたが、何処をどう突っ込んでいいのか最早イルカにはわからなかった。しんなりとした汚らわしい札束を、ぺいっと今すぐ放り出してしまいたいのに、「お金を粗末にしたら目が潰れるよ」と両親に諭された記憶がそれを頑なに阻止する。イルカは生暖かいその札束をぶるぶると震える手に握り締めながら、自分の貧乏根性を呪った。イルカの剣幕にカカシも「また何かやってしまったか」とびくびくとした様子で、

「えー・・・だってお金は狙われないように下着の中とか、靴の中とかに分けて、隠しておくのが普通でしょう・・・?」

違いますか?と困惑に揺れる瞳で窺われて、

あんたはどんな治安の悪い貧民窟に住んでるって言うんだーーーー!?
それに誰も腕利きの上忍を狙わねえよ!ってか、下着の中に隠すのはあんただけだーーーー!!!!

イルカは叫んでやりたかったが、ぐっと我慢した。アカデミーの生徒と同じだ。諭す時は感情的にならずに懇々とその非を訴えるのだ。

「カ、カカシ先生・・・確かにこんなに現金を持っていては危ないですから・・・普通の人はクレジットカードを使って現金は持ち歩かないんですよ・・・」

「くれじっとかあど・・・?」

「いや・・・カードの事はもういいです。とにかく・・・お金は財布に入れてください。そして胸の内ポケットに入れておけば、早々抜き取られませんよ。カカシ先生の胸の内側に手を突っ込めるような奴なんて、きっと誰もいないだろうし・・・」

イルカが引きつった笑みを浮かべながらそう言うと、

「え・・・ど、どう、でしょう・・・?ひ、ひとりだけ・・・俺の胸の内側に手を突っ込める人がいますけど・・・む、寧ろ突っ込んで欲しいような・・・ああっ・・・!俺は何言ってるんでしょう?す、すみません・・・そうですね・・・その人になら、お金を盗まれてもいいし・・・わかりました、これからはお金をお財布に入れます!お財布に入れて胸の内ポケットに仕舞っておきます・・・!」

カアア、と顔を赤らめながら照れたようにカカシがもじもじとした。その様子に首をかしげながらも、

カカシ先生の胸の内側を狙えるような人って・・・火影様のことかな・・・?確かに火影様にならお金をとられても仕方がないと思うもんな・・・

イルカはそう考えて一人納得していた。

「それで・・・お金は足りますか・・・?」

心配そうに尋ねるカカシにイルカは本来の目的を思い出してはっとした。

「足りますよ、十分です・・・!」

こんな穢れ切った金は全部使い切ってしまえ・・・!

ほんわかと湯気さえ立てている札束を涙で滲む目で睨みつけながら、

くっついている縮れ毛をどうしたらいいんだよ・・・振ってもとれないし・・・手で払うなんてご免だ・・・!

細かい事に悩むイルカだった。

続く

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