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「完璧よ・・・イメージ通りに仕上がったわ・・・!」

店長が満足顔でドライヤーをコトリと置くと、椅子をイルカの方へ向けた。その瞬間、イルカはその変貌振りに目を見張った。

こ、これがカカシ先生・・・!?ただの美形かと思っていたけど・・・すごい美形じゃないか・・・!!!!

目の前のカカシはまさに店長の予告通り、気高くも美しいホワイトタイガーそのものだった。繊細且つ細やかなシャギーによって半分以下にボリュームダウンした髪は、毛の流れをムースで遊ばせ、更にドライヤーで少しばかりその根元を立てることによって、銀獅子の鬣のような雄々しさと優美さを演出していた。しかも青いヘアマニキュアがその銀髪を神秘的な色合いに輝かせ、更にイメージを高める。そしてその下にはきりりと整えられた眉毛に彫りの深い顔立ち。美神が舞い降りたのかと見紛うばかりだ。髪型一つでこんなにイメージが違うものかとイルカは舌を巻いた。

こ、こんなに彫りが深かったのか・・・!?

イルカが目を瞬かせていると、「少しチークとシャドウも入れてみたわ!」と店長がブラシを手にくねくねしていた。流石カリスマ、抜かりがないなとイルカが感心している傍らで、鏡に背を向けた状態のカカシが不安そうな瞳でイルカを見上げていた。どうやらまだ自分の変貌振りをよく見てはいないらしい。

そういえば、ドライヤーの音と熱に怯えて、目を瞑っていたもんなあ・・・

予想だにしていなかった事だったが、なんとカカシはドライヤーという文明の利器さえも知らなかった。ゴオーッという轟音と共に熱い風を噴出すドライヤーをあてられ、カカシは「ひいいい・・・!」と椅子から飛び上がった。誇張でも何でもない。本当にお尻に発射エンジンが付いているかの如く、座ったままの姿勢でビョ―ンと一メートルほど飛び上がったのだ。

「あ、新しい忍び道具ですか・・・!?イ、イルカ先生、この男・・・っ怪しい怪しいと思っていたら、やっぱり刺客なんじゃ・・・!?」

錯乱して写輪眼をぐるぐると回しだし、剣呑な視線で店長を睨みつけるカカシに、イルカは心底焦った。

「ち、違いますよ・・・ドライヤーも知らないんですか!?濡れた髪を乾かす道具ですよ・・・!俺のうちの洗面所にも、掛けてあったでしょう・・・!?っていうか、あんた今まで床屋ではどうしてたんです・・・!?」

イルカの言葉にカカシは実にあっけらかんと答えた。

「ええー?俺、床屋になんて行った事ありませんよ?いつも自分で切ってるんです。」

「えええええーーーーーーー!?」

素っ頓狂な声を上げながらも、イルカは内心至極納得していた。

そ、そうか・・・そうだよな・・・あんな髪型にカットする床屋や美容師がいたら、一からやり直せって言ってやりたいもんな・・・!あの長さの違うザンバラ感はカカシ先生が自分で切ってるからだったんだな・・・そうだったのか・・・

これ以上驚くような事はないだろうと思いながらも、いつもカカシはその予想をはるかに上回る。カカシ道は奥が深い。というか迷宮めいてきたな、とイルカは尽きる事のないカカシの非常識さに乾いた笑みを浮かべた。
取り合えず未知の道具の正体を知ってひとまず落ち着いたカカシは、しかし今度はすぐにべそを掻いた。

「イル、イルカ先生・・・ド、ドライヤーって何だかすごく頭が熱くて気持ち悪いです・・・放っておけば自然に乾くのに・・・なんでわざわざこんな事をするんです〜!?」

「そういうもんなんです。我慢してください。」

イルカは心を鬼にして、にべもなく言い放った。ドライヤーをあてなければ、折角カットした髪が活かされないではないか。

「できれば、ちゃんとブローの仕方も覚えておいてくださいよ・・・」

イルカの言葉はカカシには全く届いていないようだった。

「あ・・・熱・・・っ・・・うえぇっ・・・ぷっ、顔にもなんかぬるい風が・・・っうう・・・っ」

初めてのドライヤーに一杯一杯な感じだ。

この人が里の中でも屈指の実力を誇る上忍なんてな・・・こんな所を見たら誰も信じないだろうなあ・・・

極秘任務をこなすカカシの姿など今となっては想像もできないが、愛撫のレッスンの際、自分を拘束するカカシの馬鹿力は確かに上忍のものだった。本当は強いんだろうなあ、と思いつつも何処か信じていない自分がいる。

まあ、カカシ先生が強かろうが弱かろうが、俺にはあまり関係ないことだけどな・・・

イルカは心の中でそんな事を考えつつも、目を瞑ったカカシの代わりにブローの手順をしっかりと頭に叩き込んでいた次第だ。

「イ、イルカ先生・・・俺・・・どうなりましたか・・・?格好良くなりましたか・・・?」

カカシの言葉に待ってましたとばかりに、

「さあ、御覧なさい!美しく生まれ変わった姿を・・・!」得意満面で店長が手鏡を渡す。

カカシは手鏡に映った自分の姿を覗きこんで、はっと息を呑んだ。そしてその顔を確かめるように手で撫でながら茫然と呟いた。

「こ、これが俺・・・?俺じゃないみたいです・・・!」

「そうでしょう、そうでしょう!まあ、そうはいっても貴方の顔は私の好みじゃないんだけど・・・」

店長が言いながら意味ありげにイルカに向かってばっちんとウィンクする。

目にゴミでも入ったのかな?

イルカはそのウィンクを軽く片付けて、店長の言葉に喜んでいた顔をしょげさせるカカシに、

「すごく格好良くなりましたよ・・・予想以上で吃驚しました。思わず見蕩れちゃいましたよ。」

にっこり笑いかけながら励ますと、

「ほ、本当ですか・・・?イルカ先生は、俺の顔どうですか?こ、好みのタイプですか・・・!?」

カカシが俄かに顔を輝かせながら、必死になって訊いて来た。

好みのタイプかって訊かれてもなあ・・・あんまり野郎の顔にこだわりはないからなあ・・・

戸惑いながらも、カカシの自信を喪失させるような発言は禁物だと、イルカは慎重に言葉を選んだ。

「ええ、好みのタイプですよ。俺が女だったら絶対に惚れてただろうなあ!」

その気遣いが功を奏して、カカシは今度こそ心底安心したように、心からの笑顔を浮べた。ニコニコと見詰め合う二人の傍らで、イカスミ店長が「そ、そんなイルカちゃん・・・!でもそのつれないところがいかすわ〜!」とよよと泣き崩れながらも悩ましげに胸毛を掻き毟っていたが、取り合えず視界に入っていなかった。

続く

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