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「く・・・っ!なんて櫛の通り難い髪なんでしょう・・・!」

シャンプーを終えたカカシの髪を櫛で梳こうとして、イカスミ店長は苛々と叫んだ。カカシの物凄いボリュームの髪の毛は、洗うだけでもシャンプー1リットルを使い切ってしまうほどの大仕事だったが、その後カットの為に髪を櫛で整える作業は更に困難を極めた。カカシはどうやら人生で一度もブラッシングというものをした事がないらしく、凄まじい量の髪の毛が雀の巣の様に複雑に絡み合っていた。店長がぐぐぐと渾身の力を込めて櫛で梳こうとすると、櫛の方が音を上げてポキリと折れてしまう。

「このケダマンめ・・・!負けないわよ・・・燃えてきたわあ〜〜〜!」

何本目かの櫛を手にしながら店長が腕まくりをした。その上腕二頭筋が店長の興奮を伝える如く、山の様に隆起していた。

な、何だケダマンって・・・!?だ、大丈夫かな・・・もう櫛が通り難いとか、そんな問題じゃない気がするけど・・・

傍らでイルカはその様子をハラハラと見守っていた。店長が櫛を通す度、カカシの首がその動きに合わせて激しく傾く。その細い首が今にも折れてしまいそうで、イルカはとても見ていられなかった。

ってゆーか、あんなに強く髪を引っ張られて、カカシ先生は痛くないのかな・・・
いや、それよりも、店長の渾身の力で引っ張られても抜けない毛根の力強さに感服するべきか・・・

イルカがそんな事に思いを巡らせている間に、何とか髪を梳く作業は終ったらしかった。「ふー!」と清々しい笑顔で額の汗を拭う店長の前には、髪を梳かす事によってボリュームが半分以下に落ちたカカシの頭があった。洗髪したてのその髪はぺったりと頭の形に沿って張り付き、肩を遥かに越える長さだった。

うわー・・・あんなに長かったのか・・・!あれがいつも逆立ってるんだから、頭が長く見えるはずだよなあ・・・
しかし何というか、今のカカシ先生を見ていると、風呂に入れた後の猫や犬の姿を思い出すなあ・・・

イルカはかつて自分が飼っていたペットに思いを馳せていた。初めて猫を洗ってやった時、その体の毛のあまりのボリュームダウン振りにショックを受けたものだ。ふくよかだと思っていた猫が、実は存外スリムだったと知った衝撃の瞬間だった。

カカシ先生も頭の小さい人だったんだなあ・・・

よく分からない感慨にイルカがうんうんと頷いてると、ここからは本領発揮とばかりに店長が左手に櫛、右手に鋏を持ってカカシの背後に立った。その瞳に燃える情熱が見て取れるようだった。

「ホワイトタイガーの様に雄々しく美しく・・・!見えてきたわ・・・あなたの生まれ変わった姿が・・・!!!!」

うっとりと叫ぶ店長に、

「あの、俺、虎のようじゃなくて人間の髪型がいいです。」

カカシが控えめにぼそぼそと呟いたが、店長の耳にはそれは届いていないようだった。

「カカシ先生、大丈夫ですから!」

イルカは慌てて鏡の中のカカシに向かって親指を立てて見せた。カカシが愚図り出すと面倒な事は学習していた。

はあー・・・些細な不安の芽も摘み取ってやらないといけないから大変だなー・・・

イルカの言葉に安心したのか、カカシは口を噤んで大人しく店長のされるがままになっていた。見た目や言動が怪しい店長だが、流石カリスマ美容師、鋏を持つとがらりと雰囲気が変わる。店長の神業と謳われる手さばきは流麗且つ繊細で、しかも忍びの目にも止まらぬほどの素早さだ。店長の足元には既に切り落とされた銀髪が小山の様に積もっていた。

「ついでにこの毛虫のような眉毛もきりりと整えてあげるわ・・・!」

剃刀を手にした店長に、カカシはまた泣きそうな声を上げる。

「イ、イルカ先生・・・!ま、まゆ、眉毛って・・・」

「大丈夫です、俺も時々整えてますよ。」

本当は嘘だったがイルカは適当に答えた。眉毛の形まで整えてくれるなんて、店長が乗ってきた証拠だった。その情熱の高まりに水を差さないほうがいい。イルカはそう判断した。渋々と言うことを聞くカカシの眉が、スーパーモデルの如き柳眉へと変わってゆく。

お、おおー・・・!眉は顔の輪郭の一つって言われるだけあって、だ、大分イメージが違ってきたな・・・

イルカが感心していると、

「さあ、これでいいわ・・・!」

そう言いながらも、何故か店長が剃刀をカカシに手渡した。

「ここは床屋じゃないんで、髭剃りはご自分で。」

カカシの乱雑な髭剃りを、どうやら店長は許せないようだった。

そうなんだよなー・・・口布をしてるし、銀色だからよく分からないんだけど、意外に剃り残しがあるんだよな・・・

イルカは何とはなしにカカシとキスをした時に感じた、ちくちくとした髭の刺激を思い出して、カアと顔を赤くした。
店長はカカシにシェービングクリームをも渡しながら、

「後は流して・・・そうねえ、ちょっと髪の色が痛んでいるから、ブルーのヘアマニキュアをしてみようかしら・・・?」

思案するように首をかしげた。ええー青い頭なんて嫌です、と不平を零すカカシの言葉を無視して、

「お任せします。」

イルカが頭を下げると、カカシが泣きそうな情けない顔をして振り返った。

「青くはならないから大丈夫ですって。俺の言う通りにするんでしょう?」

イルカは今更ながらに約束を持ち出してカカシを窘めた。店長は浮き浮きと「それじゃあ準備をしなくちゃ。その間に髭剃りよろしくね!」と席を立つ。項垂れるカカシは黙ったままで、髭剃りを始める様子もない。

仕方がないなー・・・

イルカは剃刀を握るカカシの手をそっと握った。自分が髭を剃ってやろう、そんな気持ちで。その瞬間ビクッと体を大きく震わせたカカシに、イルカも何だか吃驚してしまった。

そ、そんなに緊張していたんだろうか・・・?ちょっと可哀想だったかな・・・?

「大丈夫ですか、カカシ先生・・・?後少しで終わりますから・・・。見違えるようになりますから頑張りましょう!可愛い恋人、必ずできますよ!」

イルカが元気付けるようににっこりと笑うと、カカシは泣きそうだった顔をぐぐぐと無理矢理笑顔に変えた。

「はい・・・!俺、俺、頑張りますから・・・!可愛い恋人の為に・・・っ頑張ります!」

一生懸命なカカシを、やはりナルトみたいで可愛いなあ、と思いながら、

「頑張りましょうね・・・!」

イルカは優しく背中を撫でてやった。

続く

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