(19)

仕方ない・・・こうなる運命だったんだ・・・・

イルカは敷かれた布団を前に居住まいを正した。その布団を挟んで、カカシもまたしゃっきりと背筋を伸ばし、緊張した様子で正座をしている。じっと視線を合わせたまま、無言で相手の出方を待っている二人は、今から戦いを始めようとしている格闘家のようでもあった。そこにあるのは張り詰めた神経だけで、今のところ甘い雰囲気は一切ない。
だけど今日は逃げられない。いや、逃げないとイルカは決めたのだ。

だってなぁ・・・あんな風に何の疑いもなく、俺の帰りを待っていられちゃあなぁ・・・

昨晩コンビニの前に忠犬ハチ公の様に待っていたカカシの姿を思い出して、イルカは苦笑した。カカシはイルカと肩を並べて歩きながら、「イルカ先生が遅いのも心配だったんですが、何だか俺が一人で待ってられなくて、」と恥ずかしそうに道中語った。

「何でですかねえ、自分の家にいた時は一人でも何も感じなかったのに・・・イルカ先生の家に一人でいると、すごく寂しくて・・・だからつい、コンビニまで来ちゃったんです・・・」

えへへ、と笑うカカシは相変わらず首にタオルで上半身裸で短パンで。足元は今回雪駄だったけれど。

かわいいじゃないか・・・!

イルカは何となくじ〜んと胸を熱くしてしまった。ここまで素直で飾らない大人にお目にかかったことがなかった。駆け引きやら損得やら。そんな俗世のしがらみに囚われる自分のなんと矮小な事か。イルカは自分が猛烈に恥ずかしくなった。

カカシ先生は何も疚しいところはないのに・・・!俺は勝手に閨のレッスンをいやらしいものと決め付けて・・・!
そんな俺の方がいやらしい人間だ・・・!

セックスはそれだけで十分いやらしさを含んだものであるのに、イルカはまたしてもカカシマジックにかかっていた。そして不味い事にそれは一晩たった今でもまだ覚めてはいなかった。

やると決めた割には往生際が悪いよな、俺も・・・お、男らしくがばっと行かなくちゃ・・・!

イルカは自分を奮い立たせると、

「昨晩は残業で約束を守れなくてすみませんでした・・・そ、それじゃ早速始めましょうか・・・!」

教師らしく爽やかに言い切った。これから始まる淫靡な行為の欠片すら感じさせない爽やかさだった。カカシの純粋な態度に倣った感じだ。

カカシはがちがちに緊張した面持ちをして畳に手をつき、

「よ、よよよ、よろすくお願いひます、イルハ先生・・・お、俺をおちょこにしてくらさい・・・!」

呂律の回らない言葉を口にしながら深々と頭を下げた。

お、おちょこって何だよ・・・!?

そのあまりにへんちくりんな言葉にイルカは思わず、ぶはー!と噴出してしまった。

「あ、ま、間違いです・・・っおちょこじゃなくて・・・っあの・・・っ」

顔を真っ赤にして益々焦るカカシを手で制しながら、

「分かってますよ、『男にしてください』でしょう?」

イルカはそれ以上笑うのを必死で堪えながら、優しくカカシの背中をポンポンと叩いてやった。何だか気負っていたものも何処かへ吹き飛んでしまった。それに自然にいい雰囲気になってきた。イルカは背中を叩いていた手を、さり気なく背骨の上をそっと撫でるような動きに変えてゆく。

「それじゃ、この前のおさらいからしますよ・・・」

イルカはそっと囁きながらカカシの俯いた顔を上向かせた。背中を優しく撫でるイルカの手に、その顔は既に恍惚としていた。

よし・・・!いい感じだ・・・!

イルカは唇を熱く重ねながら、次なる手順を何通りも頭の中でシュミレーションしていた。というのも、イルカは女性のタイプによって愛撫の仕方を変えていたからだ。より感じてもらうためにその女性の嗜好に合わせるというのだろうか。イルカは筋金入りのフェミニストだった。

カカシ先生にはどんな感じで行くかな・・・まあ、オーソドックスな感じで行った方がいいんだろうなあ・・・

ちゅくちゅくとカカシの舌を十分弄ると、最後にちゅううう、ときつくその舌先を吸い上げてイルカは唇を離した。カカシは長いキスに息も絶え絶えだった。

「はあー・・・っ・・・は・・・っ・・・イルカせんせ・・・す・・・すごく、気持ちいいです・・・キ、キスが終っても、まだここに天使が・・・っパラパッパーって・・・!」

カカシは荒い息をつきながら、自分の頭上あたりを指差した。無論そこには何もないしイルカには何も見えない。

でも、後で俺にも見えるんだろうなー・・・

イルカは僅かに顔を引きつらせながらも、

「おさらいはここまでです。今日はこのまま続けて『愛撫』を教えますよ・・・ええと、まずは俺がカカシ先生を女性に見立てて愛撫しますから・・・ちゃんと手順を覚えてくださいね?」

先生らしい厳しい口調で言った。

「は・・・はい・・・!頑張ります・・・!」

カカシは息を乱しながらも、ピンと背筋を伸ばしてまた深々とお辞儀をする。そんな姿を微笑ましいと思ってしまう自分はどうかしてしまったんだろうか。イルカは自問しておきながら深く考えない事にした。深く考えると悩みが増すばかりだと心の何処かで分かっていた。

「それじゃ、先ず耳から始めますよ。耳が性感帯の女性が多いんです。最初から胸に手を伸ばしちゃ駄目です。じわじわと遠巻きに興奮をあおりながら、女性が身を摺り寄せてきてから胸、ですからね?」

イルカはいいながらコクコクと頷くカカシの耳元に唇を寄せ、ふうーっとその耳孔に熱い息を吹き込んだ。

「あ、ふ・・・っ」

その刺激に大袈裟なほどビクビクと体を震わせるカカシに、

ああ〜・・・この愛撫の数段バージョンアップしたアレンジバージョンが俺に施されるんだよなあ・・・俺、どうなるんだろうなあ・・・・

イルカは自分の身の安否を思い煩って、つい腹立ち紛れにカカシの耳朶に噛り付いていた。
その瞬間。

「う・・・っ」

カカシが息を詰めてブルリと一際大きく体を震わせた。

 

続く

戻る