(12)

何を・・・よく見ろ、だって・・・?

イルカは暫しの間身体を硬直させ、その場に立ち尽くしていた。頭の中が真っ白だ。
そんなイルカに現状把握の時間の猶予も与えぬまま、

「俺のは・・・俺のは何処かおかしいですか?形ですか・・・?それとも大きさですか?・・・病気って事は無いですよね?」

ぐしぐしと泣きながら、カカシが一歩前に出ながら腰を突き出してくる。定まらぬ思考の中イルカがぼんやりとしているうちに、一歩また一歩とカカシが近付いてくる。いや、正確に言うとカカシのアレがどんどん。どんどん・・・その時カカシに手首をがしっと掴まれて、イルカはハッと自分の危機的状況を悟った。

「ちょっと待ったーーーーーーっっっ!」

カカシの手が自分を何処に導こうとしているのかを知って、イルカはグググッと持てる力の全てを使ってその動きに抗った。

「カカカカ、カカシ先生・・・・っ!!!!俺になんてものを触らせようとしてるんですーーーーーーーっ!?」

「だ、だって触らないと分からないこととかあるじゃないですか・・・!?医者だって触診しますよ?」

俺は医者じゃねえーーーー!

イルカは心の中で絶叫を上げながら、空いた方の手で渾身の力を込めて、ゴチンとカカシの頭に拳骨を落とした。あたた、と頭を押さえてよろめくカカシに、興奮のままにもう一発とイルカが拳を振り上げると、ぺそっとそこに座り込んだカカシがボタボタと大粒の涙を零し始めた。肩を震わせ、ううーううーと泣きじゃくっている。

「お、俺のが・・・く、腐ってるから・・・イルカ先生も・・・触るのが嫌なんですね・・・っや・・・やっぱり俺の・・・病気なんですね・・・っ」

いや、腐って無くてもそこは普通触らないから。

イルカは心の中で意外に冷静に突っ込みを入れながら、はあーっとまた一つ盛大な溜息をついた。子供の様に泣きじゃくるカカシの姿に怒りと興奮があっという間に退いていく。何度も言うが、イルカは泣く子供には弱いのだ。カカシが子供かというとそれは甚だ疑問だが、大人に思えないのだからカカシは子供なのだ、という滅茶苦茶な論法がイルカの中で確立されつつあった。それに。

さっきの話、男としてかなり同情すべき点があるよなあ・・・

女性にHの際に「役立たずの腐れチ○ポ野郎」と罵倒されたら、自分でも計り知れないダメージを受ける。男としてのプライドは粉々だ。たった一人に言われただけでも、その後の人生に暗い影を落とすだろう。それなのにカカシはHの度にそんな恐ろしい言葉を投げつけられていたのだ。多少自分のモノについて疑心暗鬼になってしまってもおかしくない。しかもそれを他人に告白する事のなんと勇気の要ることか。

俺だったら口が裂けてもいえない・・・カカシ先生はよっぽど一人で悩んでいたんだろうな・・・

イルカは目の前の憐れな男をもう許す気になっていた。

「そんなに泣かないでくださいよ・・・カカシ先生のソレ・・・おかしなところはありませんよ・・・」

寧ろ皆に誇れる立派なイチモツです。

お下劣風味な言葉は呑み込んでイルカはその場にしゃがみこむと、優しく宥めるようにカカシの頭を撫でてやった。

「ほ、本当ですか・・・?」

カカシが涙と鼻水でぐしょ濡れの顔を上げて、揺れる眼差しでイルカを見詰める。

「本当ですよ・・・」

優しい微笑で頷いてみせたが、カカシはまだ何処か納得しきれない様子だ。

「イルカ先生・・・全っ然、俺のをよく見てくれてないじゃないですか・・・!あっ、あんなんで分かる筈無いです・・・!いい加減なことを言って・・・下手な慰めは欲しくありません・・・!!!!」

 わーっと突っ伏して今まで以上においおいと泣くカカシに、イルカはほとほと困ってしまった。どうしたらこの場を上手く収められるのか。腹は減っているし風呂にも入りたいし、玄関を陣取る冷蔵庫もさっさと運び込んで欲しい。それよりも何よりも、もう寝てしまいたい。何だか非常に疲れた。イルカはもうどうでもいい気持ちになっていた。

放っておけない俺が悪いんだ・・・

最後には自分の責任にして、イルカは乾いた笑みを浮かべた。尻拭いは自分でしなくては。誰も助けてはくれない。

「分かりました、カカシ先生・・・」

イルカはカカシの肩にがしっと手を置きながら言った。

「俺がよく見てあげますよ・・・」

イルカが抜けられない泥沼に嵌まった第一歩だった。
途端にパアア!と顔を輝かせるカカシに、イルカは一瞬意識が遠退きかけた。しかし、すぐにいかんいかんと頭を振って持ち堪えると、これだけは言っておかねばと厳しい顔をした。

「見てあげますけど・・・それは風呂に入った後です!なんですか、まだ洗ってもいないソレを他人に見せるなんて・・・非常識ですよ!!!!ぴかぴかに綺麗にしてから見てあげます!」

自分で言いながら、根本的なところで非常識の基準が間違っている事を感じていたが、最早どうする事もできなかった。カカシは「は、はい、わかりました・・・!お、俺、ぴかぴかにします・・・!ごしごし洗います・・・!」と涙を拭いながら嬉しそうに言った。いや、そんなにごしごし洗わんでも、とイルカは思ったが、最早口にする気力も失せていた。

「とりあえず、風呂が沸くまではパンツ、はいててください・・・」

それだけしか言う事ができなかった。

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