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十日から・・・二週間か・・・

受付所に愁眉の面持ちで座るイルカの前には、長蛇の列が出来ていた。殆どが眉目秀麗なくの一だが、それに混じって秀麗でも何でもない野郎の姿もちらほらある。くの一は皆、報告書をイルカに提出する際に、「酷く疲れてるみたいだけど大丈夫?よかったら食事を作りに行くけど、」と気遣いの言葉が書かれたメモを、さり気なく報告書の間に挟んでくる。ちらほらと混じる野郎どもも、「大丈夫か、イルカ?よかったら飲みにでも行かないか、俺の奢りだ。」と書かれた栄養ドリンクをさりげなく卓上に置いていく。皆、口に出して言わないのは、仕事の場で表立ったアプローチをイルカが嫌っている事を、熟知しているからだ。
イルカは「ありがとうございます、」とニッコリ営業用笑顔を浮べると、さり気なくそうしたメモやら栄養ドリンクやらを足元のダンボールに次から次へと落としていく。流れ作業だ。イルカは一応、全てに目を通して断りを入れてから捨てるタイプだった。

「今日は一段とすごいなあ、イルカ・・・!」

ようやく人影がまばらになった頃、足元のダンボールから溢れるメモや手紙、栄養ドリンクの山を見て、隣に座る同僚が感嘆と羨望の声を上げた。「一本、貰っていいか」と栄養ドリンクを手にする同僚に、メッセージを確認した後頷くと、同僚は嬉しそうにそれをごくごくと飲んだ。

「これ、たっかいんだよなぁ・・・!!ロイヤルゼリー入りだぜ?うおっ、朝鮮人参やすっぽんエキスも入っているのかぁ・・・!」

「お前は気楽でいいなあ・・・」

イルカはフウと溜息をつきながら、足元のダンボールを見詰めた。目を通すだけで大変そうだ。

はあー・・・あんまり疲れた顔を見せないようにしなくちゃな・・・もっと疲れることになる・・・

以前もうっかり風邪を引いてしまった時、受付や家中が花やら果物やらの見舞い品で一杯になってしまった。それだけならまだしも、「私が看病するわ!」「俺が看病してやる!」と弱ったイルカにつけ込もうと、イルカ狙いの人々が目を血走らせ、鼻息を荒くしながら一挙に押し寄せてきて、えらい目にあった。大体、看病に来ているというのに、女性はスケスケのネグリジェを着ていたり、野郎どもは「そのまま寝ていてくれ」と突然服を脱ぎだしたりと、おかしな事ばかりだ。イルカは身の危険を感じて、熱が下がるまで火影邸に匿って貰ったくらいだ。イルカが愚痴ると、同僚が何言ってんだ、と呆れた顔をした。

「いつまでもふらふらと独り身でいるのが悪いんだろ・・・?決まった彼女でも作れば、こんな目にあわずに済むぜ?簡単な話だろうが。」

同僚の言葉に「そうだな、」と曖昧な笑顔で応えながら、

でもなあ・・・今までも彼女がいても、『彼女がいても構わない、二番目でいい』って、付きまとわれたし・・・
それに・・・彼女が嫌がらせをされてすぐに破局を迎えたり・・・あんまり事態は変わらなかったよなあ・・・

過去を思い起こして表情を暗くした。何度、「イルカの事は好きだけど・・・もう駄目」と別れの言葉を口にされた事か。

強い・・・人がいいよな・・・他の人の嫌がらせにも屈せず、俺に言い寄る女達を「私のものよ!」と蹴散らしてくれるくらいの・・・・

イルカの脳裏に紅の姿が浮かんだ。数少ない上忍のくの一で、その腕っ節は勿論、鼻っ柱も強いと評判だ。一度夜更けの繁華街で、同じ上忍の酔っ払いに絡まれた紅を見たことがある。どうみても上官であるらしいその男が、何やらイヤラシイ言葉を紅に浴びせかけた瞬間、

「ふざんけんなよ、てめえ!」

紅が威勢のいい声を上げるとともに、一瞬の迷いもなく相手の股間を蹴り上げた。それはもう、思い切り。泡をふいて倒れる男を更にグリグリと足蹴にしながら、「いい様、」と艶然と微笑む紅にドキーンとした。

母ちゃんに似てる・・・強い・・・!それに情け容赦ない・・・!

そんな風に思ってしまう自分をどうか、とは疑問に思わなかった。仕方ない。それが自分の好みなのだ。
それ以来、何となく紅の事が気になっているのだが、猛烈に好きかと言われれば首を捻る。そんな感じだ。

カカシ先生とは・・・仲がいいのかな?

昨夜のウニ丼の事を考えると、とてもそうとは思えないけど、とイルカが何とはなしにそんな事を考えていると、終業のベルがジリリと鳴った。

えっ!?もうそんな時間か・・・?あぁ・・・っ・・・同居の瞬間が・・・刻一刻と近付いてくるな・・・まだ心の準備が出来ていないのに・・・!!

うっと呻き声を上げて、イルカが痛む胃の辺りを手で押さえた時、受付所に居合わせた十数名が、「だ、大丈夫?」「これ胃薬よ・・・!」とここぞとばかりに群がってきた。しまったと思った瞬間、受付所の扉がスパーンと物凄い勢いで開いた。

「イルカ先生〜今晩からよろしくお願いします!!俺、引越しの荷造りしてきました!!」

受付所中に響く大声で叫びながら、入ってきたのはカカシだった。
そのあまりに非日常的な姿に、ざわついていた受付所は瞬間音を失った。
カカシは自分の身長よりもでかい冷蔵庫を背負っていた。スリードアの最新式だ。

ああ、あの冷蔵庫、自動製氷にラップなし保存、しかもすぐに包丁で切れる冷凍が出来るんだよな・・・

イルカは茫然とそんな事を考えて、すぐにハッと正気付いた。

「な、ななな、何で冷蔵庫を背負ってるんですか、カカシ先生・・・!?」

「ああ、うちには箪笥がなくて・・・冷蔵庫を箪笥代わりに使っているというか・・・」

お恥ずかしい話ですけど、と額から流れ落ちるしとどの汗を拭いながら、カカシが爽やかな笑顔で言った。

「た、箪笥って・・・そんな・・・当座の荷物だけ持って来ればいいでしょう・・・!?」

突っ込みどころはそこじゃない気がしたが、イルカは冷静な判断力を失っていた。カカシは「え〜・・・だって・・・」と困惑したような顔をした。

「これから暫く一緒に暮らすんですし・・・!いちいち取りに帰るのも面倒じゃないですか!だったら箪笥ごと持って行っちゃえって、色々詰めてきたんです・・・!!」お世話になります、イルカ先生。

イルカは何だかカカシの説明を聞くうちに、この人ならこんな事もありか、と納得してしまっていた。

「・・・仕方が無いですねえ・・・」

こんな大きな冷蔵庫入るかな、と溜息をつくイルカの傍らで、イルカ狙いの人々が「え・・・?まさかイルカ・・・はたけ上忍と・・・?」と顔面を蒼白にさせていたが、それに気付く事はできなかった。

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