コンビニの帰り道

(1)

今日も残業で疲れたなあ。

イルカは硬く凝った右肩を自分で揉むようにしながら、ハアと大きな溜息をついた。
最近仕事に忙殺される毎日だ。日付が変わる頃ようやく帰宅。休日も返上で働き尽くめだ。
今日は多少早く上がれたが、それでも十時を過ぎている。グウと派手な音を立てて空腹を訴える腹を擦りながら、夕飯をどうしようかと考える。帰宅途中の赤提灯の明かりがイルカを誘ってはいたが、その暖簾をくぐる元気は無かった。かといって、とても作る気にもなれない。

・・・面倒臭い・・・コンビニの弁当にでもするか。

イルカは道すがら見えてきたコンビニに立ち寄る事にした。自動扉のガラスに映る自分の顔に隈が出来てるのを見て、酷い顔してるなあ、と苦笑する。
夜中のコンビはイルカと同じように仕事帰りの疲れたチョンガーや、デート途中の若いカップルなどで結構賑わっていた。

何の弁当にしようかな。

イルカが食後のチョコエクレアを片手に暫し弁当コーナーの前で悩んでいると、また次の来客に自動扉の開く音がした。
その瞬間、コンビニの空気がザワッと揺れた。

何だろう?

その常ならぬ様子にイルカは思わず振り返った。振り返って・・・イルカはあまりの面妖さに瞬間ギクリと固まった。
入り口に立っていたのは首にタオルを巻いた、上半身裸の男だった。髪は激しく寝癖がつき、一部が踏み倒された稲のようになっているかと思えば、一部は鬼太郎の妖怪アンテナのように天を向いている。しかも裸の上半身には雨でもないのに紐で括った傘を背負っていた。
それだけならまだしも、下のズボンがかなりヒップハングだ。ギャランドゥもスレスレだ。それは流行ではなく、ゴムの緩んだスウェットが限りなくずり落ちている所為だった。そのスウェットのズボンには醤油をこぼしたと思しき茶色い染みが哀愁を添えている。更に視線を落とした足元には、何故か革靴を履いていた。なまじ首の上に乗っかっているマスクが整っているだけに、見る者の痛々しさは倍増した。ダサいとかそういう問題ではない。それは最早。

へ、変質者だ・・・!

イルカはハッと正気付いて、慌てて視線を弁当の棚に戻した。

あんな危ない奴が入ってくるなんて・・・さっさと弁当を買ってこのコンビニを出よう・・・!

イルカが適当に選んだ弁当を抱えて、レジに向かおうとしたその時。

「あれぇ〜?イルカ先生じゃないですか〜?」

吃驚したような声を上げて裸の男が近付いてきた。イルカはその声に、そしてその独特の間延びした喋り口調に聞き覚えがあった。そういえば男は激しく爆発した銀髪をしている。

まままま、まさか・・・!!!!

イルカはギギギと錆びた歯車のように回らぬ首を、渾身の力で回して男の方を向いた。

「カ、カカシ先生・・・?」

「ハイ、イルカ先生。こんばんは〜!こんなところで奇遇ですね♪」

裸の男は心底嬉しそうな声で言った。

う、嘘・・・・!!

イルカは落石が直撃したかのような衝撃を受けていた。
上忍はたけカカシ。木の葉の里でも屈指の凄腕の忍者だ。写輪眼という異形の瞳を持つこの男は、その瞳の如く神秘的で、クールな二枚目だという専らの評判だった。いつもその腕にぶら下がっている美女が日替わりな事も有名な話だ。イルカの教え子の担当上忍師なったカカシとは最近知り合ったばかりで、何時も口布に隠されたその素顔を見た事はなかった。

た、確かにかなりの二枚目だけど・・・ある意味この格好で歩ける神経は神秘的というか・・・背筋がクールになるというか・・・

イルカは混乱のあまりその場に呆然と立ち尽くしていた。
周囲の遠巻きの視線が体に痛い。あんな変質者と知り合いなのかと、皆が蔑んでいるのをイルカはひしひしと感じた。
そんなイルカに構わずカカシは上機嫌で一人捲くし立てていた。

「イルカ先生、今から夕飯なんですか?実は俺もです、家の中に何も無くて。7班の任務が終わって帰って来たら、疲れて寝ちゃったみたいで・・・今起きたところなんです。」

「そうなんですか・・・」

イルカは放心したように答えながらも、早くこの場を去るべきだと自分の中の警報機の音を聞いていた。関わり合いになるなと。
しかしイルカはその衝動を押し殺す事はできなかった。イルカの二十五年間培ってきた美意識が、カカシのその理解不能な衝撃のファッションセンスの謎を知りたがっていた。

ええい、ままよ!

イルカは震える声で遂に訊いてしまっていた。

「カカシ先生・・・どうして上半身裸なんですか・・・?」

「え?だって夏だから暑いでしょ?」

「どうして傘を背負ってるんですか?」

「家を出る時降りそうだったから。でも降らないみたいですね。」

スウェットズボンは訊いても仕方が無いような気がしたので飛ばして、革靴の事を尋ねると、

「玄関にあったから。忍靴巻くの面倒だったし。」

どれにもすっきりと明確な答えが返って来た。その何物にもとらわれないナチュラルな生活ぶりにイルカは度肝を抜かれた。

ちょっとこの人、これでいいのか・・・?忍びとして優秀でも人としてこれじゃあんまり・・・!

イルカがそんな事を思って眉間に皺を寄せている間に、カカシは手にしたかごの中にその辺の棚からポイポイと商品を取って放り込んだ。
イルカはそのかごの中を覗き見て首をかしげた。

炊いてあるコンビニ白米一パック。
海苔塩ポテトチップ。
そしてマヨネーズ。

カカシ先生、今から夕飯だって言ってなかったか・・・?

イルカは夕飯のメニューの想像ができず、

「カカシ先生、今日の夕飯は何にするつもりなんですか?」

思わず訊いていた。

「え?ああ、ポテトチップご飯ですよ。このご飯に砕いたポテトチップとマヨネーズを混ぜて食べるんです。海苔塩味とマヨネーズがマッチして、洋風手巻きみたいな味になるんですよ・・・!」

俺の得意料理ですと、えへんと威張ってみせるカカシにイルカは愕然としながら、猛烈な使命感に襲われていた。
駄目な生徒を前にした熱血教師の血が嫌というほど騒いでいた。

こんな駄目な人初めてだ・・・どうにかしてあげなくては・・・!里の誇る上忍なんだし!!
冷蔵庫の中に食材はあったはずだ。疲れているけど・・・仕方が無い!

イルカはごくりと唾を飲むと、意を決して言った。

「カカシ先生、俺が夕飯を作りますから・・・俺んちに食べに来ませんか?」

 

2へ

戻る