(9)


イルカは始めから気付いていた。その目を見た時から。
イルカは自分を厭わしげに見るカカシの嫌悪の目を知っていた。
イルカは自分を愛しげに見るカカシの惑溺の目を知っていた。
だが、目の前にいるカカシの目はそのどちらでもなかった。
その目をイルカはよく知っていた。九尾の狐憑きとしてナルトを見る人々と同じ目だった。

それは、憎悪の目だった。

どうして憎まれているのか分からなかったが、今はまだ偽りの優しさに包まれた憎悪が、やがて剥き出しになってイルカを傷つけるだろう事は容易に知れた。だから。少しでもその時間を先へ延ばそうと思った。気がつかない振りをして。距離が詰まれば密やかに退いて。
その目が憎悪を宿していても。
その優しさが欺瞞に満ちていても。
イルカにとって。
カカシとの時間は掛け替えのないものだったので。


しかし、遂にその時がやって来たのだ。計らずしも、自分の手によって。


「俺のことを、憎んでいるのに。」

カカシの傍に居たい。その思いは切実なのに、憎悪の目を向けられることに耐えられなかった。カカシの憎しみを知っていると告白したら、カカシの方から距離を置いてくれるかもしれないと思った。こんなにも苦しいのに、それでも自分からは離れることが出来ないから。カカシの方から離れてくれればと。だがそれ以上にイルカは何処かで期待していた。カカシが憎しみの理由を吐露してくれるかもしれないと。理由がわかれば、何か解決策が見つかるような気がした。いいや、絶対に見つける。そうすれば。カカシの傍に居られるのではないだろうか。

だが、そのどちらもカカシはくれなかった。許しも解放も。
それなのに、イルカには強請った。

「俺に憎まれてると思うのに、どうして俺の傍にいるの?」

その答えを。

カカシの憎悪を甘受する、イルカの言葉を。

答えは決まっていた。イルカは憎まれても自分からは離れられないのだから。





「服脱いで。」とカカシは言った。「下着も。」とも。その癖、カカシは着衣のままだった。
それはこれから始まる行為が、吐息を重ね熱を分かち合う恋人達のそれとは全く違うものなのだとイルカに知らしめた。それを証明するかのようにカカシは口付けも愛撫も施さないまま、強引にイルカの後孔に割り入って来た。

痛かった。身体も心も。悲しかった。情けなかった。辛かった。

後孔は切れて激痛を訴えるだけで、気持ち良さは全く無かった。
それでも近くに感じるカカシの吐息に。カカシの匂いに。カカシの熱に。イルカの心は切なく疼いた。それはイルカの愛する男のものだった。非道くされてるのに。イルカの心の内を反映するかのように、身体がもっととカカシを求め始めていた。

そんな自分をカカシは罵った。

こんなに酷くされて感じてるなんて...
あんたは本当に淫乱だね
一体何本ここに咥えこんだの?

ショックだった。イルカはカカシとしか経験がなかった。イルカにセックスを教えたのはカカシだ。この体に触れて、快楽を刻み込んだのもカカシだ。カカシ以外知らない。カカシしか、欲しくない。カカシが愛してくれた身体。

その身体をカカシが嘲笑う。侮蔑の色を込めて。
淫乱、と。

嫌だ、とイルカは心の中で叫んだ。

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ......!

何がなんだかわからなくなった。嫌だと思うのにカカシに馴染んだ身体は、その感覚を取り戻しつつあった。胸は潰れそうなほど苦しいのに。耐えられなかった。考えるとおかしくなりそうだった。いっそ揺さぶられるがままにまかせて、快楽に溺れることに逃れよう、と思った。思って。
カカシに縋ろうと手を伸ばした。

その手を。
カカシが払った。


「何勝手に俺に触ろうとしてんの。」触らないでよ。おぞましい。

一瞬何を言われたのか、イルカには理解できなかった。何が起こったのかも。


おぞましい。

そう吐き捨てて。カカシが。手を。


イルカ愛してる。

セックスの度にカカシは囁いた。浴びせるほどにその言葉を。
優しい口付けをくれた。降るように。たくさん。
そして、イルカの身体中を愛撫してくれた。

肌を重ねながら、気持ちがいいといった。

イルカの中はあったかいね。とても気持ちがいい。
イルカは心も体も全部あったかいね。

あったかくて気持ちよくて、とても愛しい。
イルカの全てが。

そう言って三日月の形に目を眇めて優しく笑った人は。
カカシなのに。
同じカカシなのに。カカシ、なのに。


涙が止まらなかった。絶望と悲しみが胸を塞いだ。泣いて泣いて。

それでも。

こんなに傷つけられても。
これからまた傷つけられるのだとしても。

イルカは愛することしか出来なかった。その痛みを抱えたまま。



続く